13 / 48
はじめましての一年目
母の記憶
しおりを挟む
私には父の記憶がない。
私が物心つく前に交通事故で亡くなったそうだ。写真もほとんど残っていないので私の中にはぼんやりとしたイメージすらない。
母は女手一つで私を育ててくれた。朝から晩まで働いてくれていたが生活に余裕はなかった。幼いながらにそのことを理解した私はわがままを言わないように気をつけていた。
欲しいおもちゃを我慢した。
欲しい絵本を我慢した。
欲しい服を我慢した。
幼い頃の私はずっと我慢して生きてきた。でも、別にそれが苦だと思っていなかった。我慢するのが当たり前になっていたから。
小学生になってすぐ、母は私を塾に通わせてくれた。クラスの子が通っていたのでいいなあと思っていた私は大層喜んだ。母はそんな私を見て満足そうな顔をしていた。たぶんその頃からだと思う。母の私に対する態度が変わったのは。
「宿題しなさい」
「勉強しなさい」
「読書をしなさい」
気がつけば母は私に毎日そう言うようになっていた。学校や塾の宿題が終わっても「勉強しなさい」と言われた。嫌だなあと思ったけれど私は母の言う通りにした。
私が小学校高学年になっても、母は私に毎日のように「勉強しなさい」と言った。
「お母さんの言うことを聞いていれば大丈夫よ」
「たくさん勉強していい大学に行くのよ」
母は毎日笑顔で私に言った。
「この本を読みなさい」
「漫画なんて読まなくていいの」
「テレビなんて時間の無駄だから見なくていいの」
刷り込むように言われ続けた私はなんでも母の言う通りにした。勉強し続けた私はいつも学校でトップの成績だった。テストで何回も100点を取っていたし通知表も毎回よかった。でも母が私を褒めてくれることは一度もなかった。
「テストなんて100点じゃなきゃ意味がないの」
「通知表がいいのは当然のことよ? もっと頑張りなさい」
母に褒めてもらいたかった。でも、何度期待しても同じことを言われた私は母に褒めてもらうことを諦めた。母に褒めてもらうにはいい大学に行かなきゃいけないんだと思った。
中学生になっても私はずっと勉強し続けた。母にも「勉強しなさい」と言われ続けた。
部活には入らなかった。
「部活なんて入ったって意味がないわ」
母が入学式の日の夜にそう言い切ったからだ。私の中学時代は勉強しかなかった。
「高校はここに行きなさい」
私の進路は母が決めた。国立大学への進学率が高い学校だった。私は何も考えず言われた高校を目指した。中学でも成績が学校トップだった私は失敗することなく言われた高校に合格した。
「次は大学受験ね」
高校に合格した私に母が贈った言葉は「おめでとう」ではなかった。そんな母を見て私はやっぱりいい大学に行かなきゃいけないんだなと改めて思った。
高校に入学してからも私は勉強し続けた。もちろん母には「勉強しなさい」と言われ続けた。
部活には入らなかった。理由は簡単。勉強時間を確保するためだ。毎日毎日勉強し続けた。母の言う通りにする、それが私の中で絶対だった。いい大学に入って母に褒めてもらう。それだけが私の目標だった。
勉強しかしていない私にとって受験勉強は苦ではなかった。模試の結果はいつもどの大学の名前を書いても『安全圏』だった。
「この大学に行きなさい」
大学の進路も母が決めた。母が言った大学は有名な国立大学だった。
「ここに入ればきっと大企業に入れるから」
母は笑顔で私に言った。私はそんな母を見て頷いた。既に安全圏の大学だったからこのまま勉強し続ければ合格できると思った。
受験当日、私は緊張することなく試験に挑むことができた。そして私は余裕で合格した。
合格発表は一人で見に行った。自分の受験番号を見つけた時、私はやっと褒めてもらえると思った。私は嬉しくて母にすぐ電話をした。
「次は就職活動ね」
大学に合格した私に贈られた言葉はまた「おめでとう」ではなかった。母は私に労いの言葉をかけることなく電話を切った。その時自分の中で何かが外れる音が聞こえた気がした。
私と母の関係に転機が訪れたのは大学に入学してすぐの頃だ。
大学からの帰り道、たまたま前を通ったアパレルショップのショーウィンドーを見た途端私はその場から動けなくなった。
一目惚れだった。
マネキンが身につけたブラウス、スカート、バック、ヒール、アクセサリー、全てが輝いて見えた。こんな風にお洒落をして出かけたいと思った。そしてそのすぐ後にぼんやりとガラスに映った自分の服装を見て絶望した。
着古したニット、どこにでもありそうなパンツ、汚れたスニーカー。私はなんてひどい格好をしているんだろう。
私は近くのATMに走った。そして子どもの頃から使うことなく貯めていたお小遣いやお年玉を下ろすと再びアパレルショップへ向かった。そしてマネキンのコーディネートをそのまま購入し、お店で着替えて家に帰った。
服を変える。ただそれだけで私には世界が変わって見えた。ああ、世界はこんなに鮮やかだったんだとその時初めて気がついた。美しい世界を見て私は決意した。これからは自分の生きたいように生きようと。
服をマネキンのコーディネート買いしたその日から私と母はよく喧嘩をするようになった。理由はとっても簡単で、私が母の言う通りにしなくなったから。
別に母の言うことを全て否定する訳ではない。でも、今まで無駄だと言われたことでもやりたいことはやるようになった。大学の部活に入り友だちと遊びに行くようになった。アルバイトをして漫画や服をたくさん買った。私は母に自分の意志を主張をするようになった。
私が物心つく前に交通事故で亡くなったそうだ。写真もほとんど残っていないので私の中にはぼんやりとしたイメージすらない。
母は女手一つで私を育ててくれた。朝から晩まで働いてくれていたが生活に余裕はなかった。幼いながらにそのことを理解した私はわがままを言わないように気をつけていた。
欲しいおもちゃを我慢した。
欲しい絵本を我慢した。
欲しい服を我慢した。
幼い頃の私はずっと我慢して生きてきた。でも、別にそれが苦だと思っていなかった。我慢するのが当たり前になっていたから。
小学生になってすぐ、母は私を塾に通わせてくれた。クラスの子が通っていたのでいいなあと思っていた私は大層喜んだ。母はそんな私を見て満足そうな顔をしていた。たぶんその頃からだと思う。母の私に対する態度が変わったのは。
「宿題しなさい」
「勉強しなさい」
「読書をしなさい」
気がつけば母は私に毎日そう言うようになっていた。学校や塾の宿題が終わっても「勉強しなさい」と言われた。嫌だなあと思ったけれど私は母の言う通りにした。
私が小学校高学年になっても、母は私に毎日のように「勉強しなさい」と言った。
「お母さんの言うことを聞いていれば大丈夫よ」
「たくさん勉強していい大学に行くのよ」
母は毎日笑顔で私に言った。
「この本を読みなさい」
「漫画なんて読まなくていいの」
「テレビなんて時間の無駄だから見なくていいの」
刷り込むように言われ続けた私はなんでも母の言う通りにした。勉強し続けた私はいつも学校でトップの成績だった。テストで何回も100点を取っていたし通知表も毎回よかった。でも母が私を褒めてくれることは一度もなかった。
「テストなんて100点じゃなきゃ意味がないの」
「通知表がいいのは当然のことよ? もっと頑張りなさい」
母に褒めてもらいたかった。でも、何度期待しても同じことを言われた私は母に褒めてもらうことを諦めた。母に褒めてもらうにはいい大学に行かなきゃいけないんだと思った。
中学生になっても私はずっと勉強し続けた。母にも「勉強しなさい」と言われ続けた。
部活には入らなかった。
「部活なんて入ったって意味がないわ」
母が入学式の日の夜にそう言い切ったからだ。私の中学時代は勉強しかなかった。
「高校はここに行きなさい」
私の進路は母が決めた。国立大学への進学率が高い学校だった。私は何も考えず言われた高校を目指した。中学でも成績が学校トップだった私は失敗することなく言われた高校に合格した。
「次は大学受験ね」
高校に合格した私に母が贈った言葉は「おめでとう」ではなかった。そんな母を見て私はやっぱりいい大学に行かなきゃいけないんだなと改めて思った。
高校に入学してからも私は勉強し続けた。もちろん母には「勉強しなさい」と言われ続けた。
部活には入らなかった。理由は簡単。勉強時間を確保するためだ。毎日毎日勉強し続けた。母の言う通りにする、それが私の中で絶対だった。いい大学に入って母に褒めてもらう。それだけが私の目標だった。
勉強しかしていない私にとって受験勉強は苦ではなかった。模試の結果はいつもどの大学の名前を書いても『安全圏』だった。
「この大学に行きなさい」
大学の進路も母が決めた。母が言った大学は有名な国立大学だった。
「ここに入ればきっと大企業に入れるから」
母は笑顔で私に言った。私はそんな母を見て頷いた。既に安全圏の大学だったからこのまま勉強し続ければ合格できると思った。
受験当日、私は緊張することなく試験に挑むことができた。そして私は余裕で合格した。
合格発表は一人で見に行った。自分の受験番号を見つけた時、私はやっと褒めてもらえると思った。私は嬉しくて母にすぐ電話をした。
「次は就職活動ね」
大学に合格した私に贈られた言葉はまた「おめでとう」ではなかった。母は私に労いの言葉をかけることなく電話を切った。その時自分の中で何かが外れる音が聞こえた気がした。
私と母の関係に転機が訪れたのは大学に入学してすぐの頃だ。
大学からの帰り道、たまたま前を通ったアパレルショップのショーウィンドーを見た途端私はその場から動けなくなった。
一目惚れだった。
マネキンが身につけたブラウス、スカート、バック、ヒール、アクセサリー、全てが輝いて見えた。こんな風にお洒落をして出かけたいと思った。そしてそのすぐ後にぼんやりとガラスに映った自分の服装を見て絶望した。
着古したニット、どこにでもありそうなパンツ、汚れたスニーカー。私はなんてひどい格好をしているんだろう。
私は近くのATMに走った。そして子どもの頃から使うことなく貯めていたお小遣いやお年玉を下ろすと再びアパレルショップへ向かった。そしてマネキンのコーディネートをそのまま購入し、お店で着替えて家に帰った。
服を変える。ただそれだけで私には世界が変わって見えた。ああ、世界はこんなに鮮やかだったんだとその時初めて気がついた。美しい世界を見て私は決意した。これからは自分の生きたいように生きようと。
服をマネキンのコーディネート買いしたその日から私と母はよく喧嘩をするようになった。理由はとっても簡単で、私が母の言う通りにしなくなったから。
別に母の言うことを全て否定する訳ではない。でも、今まで無駄だと言われたことでもやりたいことはやるようになった。大学の部活に入り友だちと遊びに行くようになった。アルバイトをして漫画や服をたくさん買った。私は母に自分の意志を主張をするようになった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

RD令嬢のまかないごはん
雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。
都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。
そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。
相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。
彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。
礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。
「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」
元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。
大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる