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はじめましての一年目
定食屋さんへお昼を食べに
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「そうだ! 近くに美味しい定食屋さんがあるんです」
手作りマーケットが来週だとわかった私たちはとりあえず公園を出た。そしてどこに行こうか考えているとクマが思い出したかのように言った。そしてその直後にクマのお腹がぐーっと鳴った。
「お腹が減ったのね?」
「減りました!」
クマは元気に言い放った。このクマは本当に……もう。私は呆れてとうとう笑いそうになった。でも、すぐに私もお腹が減っていることに気がついたので笑いが引っ込んだ。そう言えば私たちはまだお昼ご飯を食べてない。
「じゃあそこに連れてってもらえるかしら?」
「よろこんで!」
クマは嬉しそうににこにこと笑った。
「さあ行きますよ! 着いてきてください!」
クマはそう言うとずんずん歩き始めた。
秋の太陽の下をずんずん、てくてく、異なる足音をさせながら私たちは歩く。お腹は減ったけれど足音のリズムを聞いているとなんだか楽しくなってきた。
街路樹の銀杏の並木道。黄色いトンネルの下を歩いていると素敵な絵本の世界に迷い込んだみたいだなあと思った。黄色いトンネル、クマとの散歩。うん、やっぱり絵本や童話の世界みたい。
クマの後ろを歩きながら私は記念に綺麗な銀杏の葉を一枚拾った。クマにバレないようにこっそりと。
「着きましたー!」
クマが連れてきてくれたのは銀杏並木から少し外れた路地にある小さな定食屋さんだった。少し煤けた木造の外観はなんだか歴史を感じさせる。
「お先にどうぞ」
クマはがらがらと重たそうな木の引き戸を開けると私を先に通してくれた。お店の中は心地よい暖かさでお出汁のようないい匂いが出迎えてくれた。
クマがお店の中に入り引き戸を閉める。するとすぐに白い割烹着を着た三毛猫が厨房から出てきて私たちを席へ案内してくれた。年齢はわからないが三毛猫は毛がツヤツヤとしていてべっぴんさんだった。
お店の中はこじんまりとしていてテーブルは五つ。お客さんは私たちだけだった。
「ここ、夜は居酒屋さんなんですがお昼は定食屋さんなんです。お昼は日替わり定食しかないんですがそれがとっても美味しいんですよ」
席に着くなりクマがにこにこしながら言った。
「もう、そんなこと言って。褒めても何も出ないよ」
水をお盆に載せて運んできてくれた三毛猫はぴしゃりとそう言ったけれど顔が緩んでいる。クマが言ったことが嬉しかったみたいだ。尻尾も後ろで左右にゆらりゆらりと大きく動いている。
どんな献立なんだろう。私は気になってきょろきょろとテーブルの周りやお店の中を見渡したけれどどこにも書いてなかった。値段もいくらぐらいなんだろう。
「あの、今日の献立はなんですか?」
私はとりあえず献立を聞いてみた。
「今日は鰤の照り焼きと切り干し大根。それから白菜のお味噌汁だよ」
三毛猫が目を細めながら教えてくれた。
「美味しそう! ご飯は大盛りにできますか?」
クマが希望の眼差しを三毛猫に向けた。
「本当はできないけど、仕方がないねサービスだよ」
三毛猫がにやりとしながら言った。
「ありがとうございます!」
店内にクマの大きな声が響く。クマの顔は今日一番のにこにこ顔になった。そんなクマを見て私と三毛猫は思わず顔を見合わせてくすくすと笑ってしまった。
「ここ、おふくろの味っていうんですかね。どのお料理も優しい味でとっても美味しいんです」
三毛猫に注文した定食が出てくるのを待っているとクマが教えてくれた。食べるのが大好きなクマが言うんだから間違いないだろう。
「そうだ、ゆり子さんにとっておふくろの味ってなんですか?」
クマに聞かれた時、私は思考が止まった。水の入ったコップに向かって伸ばした右手が空中で固まる。
「ゆり子さん?」
「あ、ごめん」
我に返った私は慌ててコップを手に取り水を飲んだ。コップの水を半分ほど飲んでから私は笑って誤魔化そうとした。
「ゆり子さん、大丈夫です?」
「ええ、別に大丈夫よ」
「ゆり子さん……ゆり子さんのお母さんとあんまり仲が良くなかったり……しますか?」
私はまた笑って誤魔化そうとした。でも、できなかった。だって笑顔を作る前に真顔になってしまったのが自分でもわかったから。
「プライベートなことに土足で踏み込んでごめんなさい。でも、その、気になって……」
クマの顔を見る。クマは申し訳なさそうに、でも真剣な顔で私を見ていた。
「いつから気になっていたの?」
「えっと、ヒグマさんのビアガーデンの帰り道からです」
「そっか……」
自分の顔が冬のお風呂場の床のように冷たくなるのを感じた。あの時、やっぱり隠せてなかったんだ。私は自分が思うほど器用じゃないのかもしれない。私は何も言えなくなった。
「ごめんなさい、いきなり。こんなこと急に聞かれても言いづらいですよね。今の無かったことにしてください」
私の沈黙に耐え切れなくなったのか、クマがさっきよりもずっと申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。眉間にかなり深い皺ができている。皺に小銭が差し込めそうだ。
「いいわよ」
「……へ?」
クマが間抜けな声を上げた。鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をしている。
「教えてあげる」
私はクマの反応を待たずに話しことにした。
今まで避けてきたけれど、私自身そろそろちゃんと整理しなきゃなと思っていた。なんてことはない。私の恥ずかしい思い出話のようなものだ。
そうそれは、情けない思い出話のようなもの。
手作りマーケットが来週だとわかった私たちはとりあえず公園を出た。そしてどこに行こうか考えているとクマが思い出したかのように言った。そしてその直後にクマのお腹がぐーっと鳴った。
「お腹が減ったのね?」
「減りました!」
クマは元気に言い放った。このクマは本当に……もう。私は呆れてとうとう笑いそうになった。でも、すぐに私もお腹が減っていることに気がついたので笑いが引っ込んだ。そう言えば私たちはまだお昼ご飯を食べてない。
「じゃあそこに連れてってもらえるかしら?」
「よろこんで!」
クマは嬉しそうににこにこと笑った。
「さあ行きますよ! 着いてきてください!」
クマはそう言うとずんずん歩き始めた。
秋の太陽の下をずんずん、てくてく、異なる足音をさせながら私たちは歩く。お腹は減ったけれど足音のリズムを聞いているとなんだか楽しくなってきた。
街路樹の銀杏の並木道。黄色いトンネルの下を歩いていると素敵な絵本の世界に迷い込んだみたいだなあと思った。黄色いトンネル、クマとの散歩。うん、やっぱり絵本や童話の世界みたい。
クマの後ろを歩きながら私は記念に綺麗な銀杏の葉を一枚拾った。クマにバレないようにこっそりと。
「着きましたー!」
クマが連れてきてくれたのは銀杏並木から少し外れた路地にある小さな定食屋さんだった。少し煤けた木造の外観はなんだか歴史を感じさせる。
「お先にどうぞ」
クマはがらがらと重たそうな木の引き戸を開けると私を先に通してくれた。お店の中は心地よい暖かさでお出汁のようないい匂いが出迎えてくれた。
クマがお店の中に入り引き戸を閉める。するとすぐに白い割烹着を着た三毛猫が厨房から出てきて私たちを席へ案内してくれた。年齢はわからないが三毛猫は毛がツヤツヤとしていてべっぴんさんだった。
お店の中はこじんまりとしていてテーブルは五つ。お客さんは私たちだけだった。
「ここ、夜は居酒屋さんなんですがお昼は定食屋さんなんです。お昼は日替わり定食しかないんですがそれがとっても美味しいんですよ」
席に着くなりクマがにこにこしながら言った。
「もう、そんなこと言って。褒めても何も出ないよ」
水をお盆に載せて運んできてくれた三毛猫はぴしゃりとそう言ったけれど顔が緩んでいる。クマが言ったことが嬉しかったみたいだ。尻尾も後ろで左右にゆらりゆらりと大きく動いている。
どんな献立なんだろう。私は気になってきょろきょろとテーブルの周りやお店の中を見渡したけれどどこにも書いてなかった。値段もいくらぐらいなんだろう。
「あの、今日の献立はなんですか?」
私はとりあえず献立を聞いてみた。
「今日は鰤の照り焼きと切り干し大根。それから白菜のお味噌汁だよ」
三毛猫が目を細めながら教えてくれた。
「美味しそう! ご飯は大盛りにできますか?」
クマが希望の眼差しを三毛猫に向けた。
「本当はできないけど、仕方がないねサービスだよ」
三毛猫がにやりとしながら言った。
「ありがとうございます!」
店内にクマの大きな声が響く。クマの顔は今日一番のにこにこ顔になった。そんなクマを見て私と三毛猫は思わず顔を見合わせてくすくすと笑ってしまった。
「ここ、おふくろの味っていうんですかね。どのお料理も優しい味でとっても美味しいんです」
三毛猫に注文した定食が出てくるのを待っているとクマが教えてくれた。食べるのが大好きなクマが言うんだから間違いないだろう。
「そうだ、ゆり子さんにとっておふくろの味ってなんですか?」
クマに聞かれた時、私は思考が止まった。水の入ったコップに向かって伸ばした右手が空中で固まる。
「ゆり子さん?」
「あ、ごめん」
我に返った私は慌ててコップを手に取り水を飲んだ。コップの水を半分ほど飲んでから私は笑って誤魔化そうとした。
「ゆり子さん、大丈夫です?」
「ええ、別に大丈夫よ」
「ゆり子さん……ゆり子さんのお母さんとあんまり仲が良くなかったり……しますか?」
私はまた笑って誤魔化そうとした。でも、できなかった。だって笑顔を作る前に真顔になってしまったのが自分でもわかったから。
「プライベートなことに土足で踏み込んでごめんなさい。でも、その、気になって……」
クマの顔を見る。クマは申し訳なさそうに、でも真剣な顔で私を見ていた。
「いつから気になっていたの?」
「えっと、ヒグマさんのビアガーデンの帰り道からです」
「そっか……」
自分の顔が冬のお風呂場の床のように冷たくなるのを感じた。あの時、やっぱり隠せてなかったんだ。私は自分が思うほど器用じゃないのかもしれない。私は何も言えなくなった。
「ごめんなさい、いきなり。こんなこと急に聞かれても言いづらいですよね。今の無かったことにしてください」
私の沈黙に耐え切れなくなったのか、クマがさっきよりもずっと申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。眉間にかなり深い皺ができている。皺に小銭が差し込めそうだ。
「いいわよ」
「……へ?」
クマが間抜けな声を上げた。鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をしている。
「教えてあげる」
私はクマの反応を待たずに話しことにした。
今まで避けてきたけれど、私自身そろそろちゃんと整理しなきゃなと思っていた。なんてことはない。私の恥ずかしい思い出話のようなものだ。
そうそれは、情けない思い出話のようなもの。
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