下の階にはツキノワグマが住んでいる

鞠目

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はじめましての一年目

秋の散歩はちょっとそこまで

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 ひらひらと舞い落ちる紅葉。その下をクマが踊っている。いや、踊らされていると言う方が適切かもしれない。
「落ちる前に拾うといいことがあるって言いません?」
「そうなの? 私は初めて聞くけど」
「おばあちゃんが教えてくれたんです。だから間違いありません!」
 そう断言しながらクマは真剣な顔でずっと大きな紅葉の木を真っ直ぐ見上げている。そんなに見上げて首は痛くならないのかしら。
「もう少しで取れますからちょっと待っててくださいね」
 クマは私の顔も見ずにそう言うと風に乗って踊る紅葉の葉を追いかける。あっちに行ったりこっちに来たり。ふらふら、ふらふら、くるくる、くるくる動き回る。すぐに終わると言っていたけれど、クマはかれこれ15分ほど踊っている。
 クマが動き回るのを見るのは楽しい。優雅に舞い落ちてくる葉をせかせかと追い回す姿がなんだかかわいいのだ。私は紅葉の木から少し離れたところでしゃがんで見ている。
 秋晴れの空の下、今日はクマと隣町に遊びに来ている。でも、私たちはまだしばらく駅前から動けそうにない。

 今日は朝から天気がよかった。せっかくなので散歩に行こうと思った私はお昼の少し前に家を出た。どこに行こうかなあと思いながらマンションの階段を降りるとちょうどクマが家から出てきた。
「おはようございます、ゆり子さん」
「おはよう、クマ」
 クマは郵便屋さんみたいな黒くて大きなショルダーバッグを下げている。なんだかいろんなものがたくさん入っていそうだ。
「ゆり子さん、お出かけですか?」
「はい、お出かけですよ」
「どちらまで?」
「ちょっとそこまで」
 やっと言えた。いつの日か『どちらまで?』と聞かれたら『ちょっとそこまで』と言ってみたいと思っていた私。その夢が今叶った。なんだろう、地味に嬉しい。
 私が悦に入っているとクマがきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「そこまでってどこですか?」
「へ?」
「どこに行くんですか?」
 クマが興味津々な顔でこちらを見ている。こいつ、それを聞くのか。つい数秒前まであった満足感は吹き飛び、謎の羞恥心が私に覆いかぶさってきた。
「秘密よ。でもとってもいい所なの」
 言いながら私は後悔した。駄目だな、なんて馬鹿なことを言ってるんだろう。こんなレベルの低い誤魔化し方をするぐらいなら素直に言えばよかった。ため息が出そうになる。
「一緒に行ってもいいですか?」
 ひゅっ。ため息が引っ込んだ。クマを見ると目をキラキラさせている。やめてくれ、そんな純粋な目で私を見ないで。私はクマの眼差しから逃げたくなった。
「そうねえ……そういえばクマはどこに行こうとしたの?」
 話を逸らせないか試してみた。
「隣町の手作りマーケットに行くんです!」
 クマがにこにこしながら言った。
「あら素敵。何を買いに行くの?」
 これは話が逸らせそうな気がする。ちょっと押し込んでみる。
「ゴリラさんのバナナケーキです!」
 クマがさらににこにこしながら言った。
「私も一緒に行っていい?」
 これはいけるな。
「行きましょう!」
 クマが嬉しそうに両手を上げた。顔に『やったー!』と書いてある。クマはやはりわかりやすい。私は話を逸らすことに成功した。そして今日のお散歩の相棒と行き先を手に入れた。
「あ、でもゆり子さんも行くところがあったんじゃないんですか?」
 クマが思い出したかのように言ったので私は聞こえないふりをして歩き出した。
「さ、早く行きましょう」
 すたすたと歩きながら、もうくだらない事は言わないと心に誓った。

 隣町までは電車で15分ほどで行ける。私たちは駅までふらふらと歩いて行った。駅までの道の街路樹はすっかり色付いている。綺麗な落ち葉を踏みながら、たまに軽く蹴りながら楽しくクマと歩く。
「秋ですねー」
 クマが雲一つない空を見ながら言った。
「秋ねー」
 私も釣られて言った。こんな秋のお散歩もいいなー、そんなことを考えているうちに駅に着いた。
 駅は閑散としていた。二つあるホームにはクマと私以外誰もいない。いつもはもうちょっと混んでいるのにな。私たちしかいないね、そうクマに言おうとして気がついた。クマの右の肩の上にリスの親子が乗っていた。
「クマ、肩の上……」
 びっくりした私は心の声がそのまま口からこぼれ出た。
「お子さん足が疲れちゃったそうなんです。リスさんたちも隣町の駅まで行くそうなので乗ってもらいました」
「そう……」
 リスの親子が私に向かってぺこりと頭を下げた。
 なにこれ、かわいい。
「あの、写真撮ってもいいかしら?」
 我慢できなかった。
「え? いいですけど、写真を撮るようなことあります?」
 クマが首を傾げる。リスの親子もクマの肩の上で同じように首を傾げている。私は胸の奥がぎゅっとなった。このかわいさは罪だ。
「いいの。私が撮りたくなっただけだから」
 目眩を感じながら私はクマとリスの親子の写真を撮った。そしてその画像をそっとスマートフォンの待ち受けに設定した。私が新しい待受画像に満足していると遠くから電車がやってくる音がした。
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