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はじめましての一年目
ヒグマのビアガーデンへ
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気がつけば私はふかふかの大きなクッションに抱きついていた。いや、クッションじゃない気がする。ゆっさゆっさ上下に揺れている。周りを見るとゆっくりと夜の町の景色が後ろに流れている。
「起こしちゃいました?」
クッションみたいなふかふかが喋った。ああ、これは知った声だ。そこでやっと気がついた。これはクマだ。私はクマにおんぶしてもらっていた。
「あれ……なんで?」
状況が読めない。私は急いで降りようとした。
「だめですよ、じっとしていてください。ゆり子さん酔っ払ってるんだから」
「私が? 酔っ払ってる?」
「はい、それもかなり」
信じられない。お酒は毎日飲んでいる。夕食後にテレビを見ながら晩酌をするのが日課だ。お酒を飲まない日はほとんどない。
自分のお酒の限界は把握している。だから飲みに行っても無理はしない。飲み会ではお酒を飲みながら酔い潰れた人の介抱もしている。そんな私が酔っ払う? 信じられない。いや、信じたくない。
「そんな訳ないじゃらい」
舌が回らない。あれ、なんか変かもしれない。
「ほら、呂律がおかしい」
クマが少し揺れる。くそう、こいつ笑ってやがる。なんだか腹が立ってきた。
「おかしくらい! ……あれ?」
また舌が回らない。おかしい、おかしい、おかしい。なんだか思うように話せない。
「私、そんなに飲んだっけ?」
「ゆり子さん覚えてないんですか? 序盤からすごいペースで飲んでましたよ」
思い出そうとしてみた。すると頭が少し痛くなった。小さな金槌でこんこんと頭を叩かれているみたい。
こんこん、こんこん、こんこん、小さな痛みが走る度、徐々に自分の愚行が蘇ってきた。
私はクマとヒグマのビアガーデンに来ていた。上司にもらった食事券を使うためだ。クマもわたしも上機嫌で店にやってきた。
夏の終わりとは言えお店は大盛況。一人で飲んでいる人もいれば大人数で宴会をしている席もある。私たちはお店の端っこのテラス席を案内してもらった。
「本日はお越しくださり誠にありがとうございます」
席まで案内してくれたのは黒いデニムの前掛けをした大きなヒグマだった。ヒグマは深々と頭を下げると注文方法やラストオーダーの説明をしてくれた。食べ物は席で頼むけれど飲み物は自分でカウンターに行って頼み、持って帰るスタイルだった。
説明を終えて立ち去るヒグマを見ているとクマがため息をついた。
「どうしたの?」
「ヒグマさんかっこいいなあと思って。憧れるんですよね。あの凛々しい顔」
「クマも十分凛々しい顔をしていると思うけど」
「違うんですよ。あの『ヒグマ!』って感じがかっこいいんです。なんとか身につけられないかなー」
クマは離れていくヒグマを見つめながら再びため息をついた。ツキノワグマがヒグマの雰囲気を身につけるのはなかなか難易度が高いような気がする。
「まあまあ、ないものねだりをしたって仕方がないでしょう。ビールでも飲んで切り替えなさいな」
私がそう言うとクマは急に背筋を伸ばして目を輝かせた。
「そうだった! ゆり子さんもはちみつビールでいいですか? ゆり子さんの分ももらってきますね。食べ物は好きなの頼んでおいてください!」
そう言いながらクマは私の返事を待たずに席を離れていった。よく噛まずに早口で言い切ったなあと感心してしまった。本当に忙しないクマだ。
クマに好きな食べ物を頼んでもいいと言われた私は少し困った。こんな時何を頼めばいいのかわからないのだ。最初の注文でご飯ものを避けるべきなのは流石にわかる。でも、クマがサラダが欲しい派なのか、飲みの席では野菜いらない派なのかがわからない。
少し悩んだ結果、私は手が空いていそうなイノシシの店員さんを呼んだ。そしてとりあえず枝豆と漬物盛り合わせとフライドポテトを頼んだ。私は飲みの席では野菜はいらない派なのだ。
「ご注文を確認させていただきます。枝豆がおひとつ、漬物盛り合わせがおひとつ、フライドポテトがおひとつ。以上でよろしいでしょうか?」
イノシシの店員さんは手書き伝票を片手に注文を丁寧に確認してくれた。少し斜めの角度で見ると正面で見た時よりも顔が凛々しく見えた。
「はい、お願いします」
「ありがとうございます。それでは急いでお持ちします」
深々と頭を下げるとイノシシは素早い動きで店の奥の厨房へ消えていった。
「すみません、遅くなりました」
クマは申し訳なさそうにビールを持って帰ってきた。
「カウンターがすごく混んでいて」
「それは仕方ないわ。でも、あの、そのジョッキ……」
私はクマが持ち帰ったジョッキを見て言葉を失った。間違いなく普通のサイズではない。
「何か変ですか?」
「いや、変ではないけどかなり大きくないかしら? 私、そのサイズはジョッキじゃなくてピッチャーだと思うんだけど……」
大きさに怯んでいる私を見てクマは最初不思議そうにしていた。でもすぐに電流が流れたのか、はっとした顔になった。
「しまった! はちみつビール二つって言っちゃったからクマ用サイズのが二つに……」
「なるほどね。まあいいわ、乾杯しましょ。喉が渇いたの」
「すみません……無理なら全部飲まなくて大丈夫ですからね。私こう見えてお酒強いんで……」
心配そうな顔をするクマを無視して私はジョッキを一つ受け取ると、クマの持つジョッキに軽くぶつけて乾杯した。
はちみつビールは想像以上にすっきりした味でとっても美味しかった。喉ごしもよく、私はすぐにはちみつビールの虜になった。
量が多いからゆっくり飲むつもりだった。それなのにいつの間にか大きなジョッキは空っぽになっていた。
「起こしちゃいました?」
クッションみたいなふかふかが喋った。ああ、これは知った声だ。そこでやっと気がついた。これはクマだ。私はクマにおんぶしてもらっていた。
「あれ……なんで?」
状況が読めない。私は急いで降りようとした。
「だめですよ、じっとしていてください。ゆり子さん酔っ払ってるんだから」
「私が? 酔っ払ってる?」
「はい、それもかなり」
信じられない。お酒は毎日飲んでいる。夕食後にテレビを見ながら晩酌をするのが日課だ。お酒を飲まない日はほとんどない。
自分のお酒の限界は把握している。だから飲みに行っても無理はしない。飲み会ではお酒を飲みながら酔い潰れた人の介抱もしている。そんな私が酔っ払う? 信じられない。いや、信じたくない。
「そんな訳ないじゃらい」
舌が回らない。あれ、なんか変かもしれない。
「ほら、呂律がおかしい」
クマが少し揺れる。くそう、こいつ笑ってやがる。なんだか腹が立ってきた。
「おかしくらい! ……あれ?」
また舌が回らない。おかしい、おかしい、おかしい。なんだか思うように話せない。
「私、そんなに飲んだっけ?」
「ゆり子さん覚えてないんですか? 序盤からすごいペースで飲んでましたよ」
思い出そうとしてみた。すると頭が少し痛くなった。小さな金槌でこんこんと頭を叩かれているみたい。
こんこん、こんこん、こんこん、小さな痛みが走る度、徐々に自分の愚行が蘇ってきた。
私はクマとヒグマのビアガーデンに来ていた。上司にもらった食事券を使うためだ。クマもわたしも上機嫌で店にやってきた。
夏の終わりとは言えお店は大盛況。一人で飲んでいる人もいれば大人数で宴会をしている席もある。私たちはお店の端っこのテラス席を案内してもらった。
「本日はお越しくださり誠にありがとうございます」
席まで案内してくれたのは黒いデニムの前掛けをした大きなヒグマだった。ヒグマは深々と頭を下げると注文方法やラストオーダーの説明をしてくれた。食べ物は席で頼むけれど飲み物は自分でカウンターに行って頼み、持って帰るスタイルだった。
説明を終えて立ち去るヒグマを見ているとクマがため息をついた。
「どうしたの?」
「ヒグマさんかっこいいなあと思って。憧れるんですよね。あの凛々しい顔」
「クマも十分凛々しい顔をしていると思うけど」
「違うんですよ。あの『ヒグマ!』って感じがかっこいいんです。なんとか身につけられないかなー」
クマは離れていくヒグマを見つめながら再びため息をついた。ツキノワグマがヒグマの雰囲気を身につけるのはなかなか難易度が高いような気がする。
「まあまあ、ないものねだりをしたって仕方がないでしょう。ビールでも飲んで切り替えなさいな」
私がそう言うとクマは急に背筋を伸ばして目を輝かせた。
「そうだった! ゆり子さんもはちみつビールでいいですか? ゆり子さんの分ももらってきますね。食べ物は好きなの頼んでおいてください!」
そう言いながらクマは私の返事を待たずに席を離れていった。よく噛まずに早口で言い切ったなあと感心してしまった。本当に忙しないクマだ。
クマに好きな食べ物を頼んでもいいと言われた私は少し困った。こんな時何を頼めばいいのかわからないのだ。最初の注文でご飯ものを避けるべきなのは流石にわかる。でも、クマがサラダが欲しい派なのか、飲みの席では野菜いらない派なのかがわからない。
少し悩んだ結果、私は手が空いていそうなイノシシの店員さんを呼んだ。そしてとりあえず枝豆と漬物盛り合わせとフライドポテトを頼んだ。私は飲みの席では野菜はいらない派なのだ。
「ご注文を確認させていただきます。枝豆がおひとつ、漬物盛り合わせがおひとつ、フライドポテトがおひとつ。以上でよろしいでしょうか?」
イノシシの店員さんは手書き伝票を片手に注文を丁寧に確認してくれた。少し斜めの角度で見ると正面で見た時よりも顔が凛々しく見えた。
「はい、お願いします」
「ありがとうございます。それでは急いでお持ちします」
深々と頭を下げるとイノシシは素早い動きで店の奥の厨房へ消えていった。
「すみません、遅くなりました」
クマは申し訳なさそうにビールを持って帰ってきた。
「カウンターがすごく混んでいて」
「それは仕方ないわ。でも、あの、そのジョッキ……」
私はクマが持ち帰ったジョッキを見て言葉を失った。間違いなく普通のサイズではない。
「何か変ですか?」
「いや、変ではないけどかなり大きくないかしら? 私、そのサイズはジョッキじゃなくてピッチャーだと思うんだけど……」
大きさに怯んでいる私を見てクマは最初不思議そうにしていた。でもすぐに電流が流れたのか、はっとした顔になった。
「しまった! はちみつビール二つって言っちゃったからクマ用サイズのが二つに……」
「なるほどね。まあいいわ、乾杯しましょ。喉が渇いたの」
「すみません……無理なら全部飲まなくて大丈夫ですからね。私こう見えてお酒強いんで……」
心配そうな顔をするクマを無視して私はジョッキを一つ受け取ると、クマの持つジョッキに軽くぶつけて乾杯した。
はちみつビールは想像以上にすっきりした味でとっても美味しかった。喉ごしもよく、私はすぐにはちみつビールの虜になった。
量が多いからゆっくり飲むつもりだった。それなのにいつの間にか大きなジョッキは空っぽになっていた。
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