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はじめましての一年目
夏の終わりのお誘い
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秋の足音が微かに聞こえ始めた頃、会社で突然上司からビアガーデンの食事券を手渡された。
「これ、今週末までなんだけど君にあげよう」
校長先生の卒業証書授与のように両手で丁寧に手渡された。
「ありがとうございます」
私も上司の態度に倣い両手でありがたく受け取った。食事券は二枚あった。いきなりどうしたんだろう。不思議に思い上司の顔を見つめていると彼はなんだか恥ずかしそうに頭をかいた。
「いやあ、実は週末に友だちと飲みに行く気満々だったんだけど……」
「だけど?」
「健康診断の結果が妻にバレて……」
上司はそう言いながら俯くと存在感のあるお腹をそっとさすった。
「ああ……」
「昨日の夜はこの世の終わりかと思ったよ。本当に」
「……それは大変でしたね」
頭の中で上司にかけるべき言葉を探したけれど残念ながら見つけることができなかった。私たちは顔を見合わせると、ふふふと苦笑いをして解散した。
さて、ビアガーデン。行くのは何年ぶりだろう。お酒は好きだけれどビアガーデンには最近ずっと行ってなかった。さてさて誰を誘おうかしら。私は鼻歌を歌いながら仕事に戻った。
「ねえ、ビアガーデン、行かない?」
クマを誘ってみた。仕事帰りに夕飯を買おうと家の近くのコンビニに寄ったらクマにばったり出会った。ちょうどクマも夕飯を買いに来ていたらしい。
ちょっと悩んだけれど家までの帰り道でビアガーデンに誘ってみた。少し照れが出てしまい辿々しくなってしまった。なんだろう、さらに恥ずかしくなった。顔が熱い。
「ビアガーデンですか。いいですね! ゆり子さんビール好きなんですか?」
クマは嬉しそうだ。何故か嬉しそうに右手に持ったエコバッグをぶんぶん振り回し始めた。たしか缶ビールとお弁当と卵を買っていた気がする。そんなことをして大丈夫かしら。
「今週末までのお食事券をもらったの。よかったらどうかなと思って」
「どこのビアガーデンですか?」
「隣町の駅ビルにあるビアガーデンよ」
クマがエコバッグを振り回すのをピタリとやめた。何か軽いものが割れるような音が聞こえた。
「あの、もしかしてヒグマさんのビアガーデンですか?」
クマの声のトーンが急に低くなった。気になって見てみると隣を歩いていたはずのクマは私の少し後ろで立ち止まり真剣な顔でこっちを見ていた。かなり迫力がある。
「ええ、そうだけど……」
そこまで言って気がついた。もしかしてツキノワグマとヒグマって仲が悪いのかもしれない。同じクマだし。クマの世界のことを私はよく知らないけれどなんとなくそんな気がした。クマを怒らせちゃったかもしれない。
私は慌てて謝ろうとした。「ごめんなさい」の「ご」の文字が喉まで出かかった時、突然クマが両手を高く上げて笑顔で飛び跳ね出した。
「やった! やった! はちみつビールが飲めるところじゃないですか! 一度行ってみたかったんですよ」
どすんどすんと重たい足音と共に地面が少し揺れる。
「ちょっと、近所迷惑になるから落ち着いて」
「あ、ごめんなさい」
注意するとクマは申し訳なさそうに小声で謝ると縮こまった。どうやらヒグマと仲が悪いということはないのかもしれない。
「ツキノワグマとヒグマって仲良いの?」
「ヒグマさんですか? 普通ですよ。ビアガーデンを始めたって話は聞いていたんですがなかなか行く機会がなくて」
「そうなの……」
クマの顔に「どうしてそんなこと聞くの?」と書いてあったけど私は気づかなかったことにして先に歩き始めた。
「じゃあ土曜日の夕方空けといてね」
私は前を見たまま言った。すると後ろから「はい!」と、かわいい元気な返事が聞こえた。私は嬉しくて顔が緩んだ。でも、その後ふと気になることを思い出した。
「ねえ、そう言えばエコバッグの中は大丈夫?」
「エコバッグ?」
「エコバッグ。振り回してたでしょ? だめよ危ないから」
「え? 無意識でし……あ」
クマはエコバッグの中を覗き込むとその場で固まった。私も気になって覗いてみた。エコバッグの中ではお弁当と卵がぐしゃぐしゃになっていた。
「自業自得ね。どんまい……」
「卵で食後にホットケーキ焼こうと思ったのに」
クマは膝から崩れ落ちた。悲しそうな顔をしていてなんだか今にも泣き出しそうだ。そんなクマを見ていたらなんとかしてあげたい気持ちになった。
「卵、あげようか?」
「え?」
「確か冷蔵庫にあったはず」
私はそう言いながら家の冷蔵庫の中の記憶を呼び覚ます。うん、大丈夫。こないだ買ったのがある。
「いいんですか?」
「その代わり私にもホットケーキ食べさせてね」
「もちろん! コーヒーも用意しておきますね!」
クマは嬉しそうにそう言うと勢いよく立ち上がり家に向かって走り出した。クマがすごい速さで走るのでクマの背中は一瞬で小さくなった。
「そうだ! ゆり子さん、本当にありがとうございまーす」
家に向かって歩き始めると前の方からクマが叫ぶ声が聞こえた。嬉しいやら恥ずかしいやらで私は顔が熱くなるのを感じた。
絶対に後で叱ってやる。
「これ、今週末までなんだけど君にあげよう」
校長先生の卒業証書授与のように両手で丁寧に手渡された。
「ありがとうございます」
私も上司の態度に倣い両手でありがたく受け取った。食事券は二枚あった。いきなりどうしたんだろう。不思議に思い上司の顔を見つめていると彼はなんだか恥ずかしそうに頭をかいた。
「いやあ、実は週末に友だちと飲みに行く気満々だったんだけど……」
「だけど?」
「健康診断の結果が妻にバレて……」
上司はそう言いながら俯くと存在感のあるお腹をそっとさすった。
「ああ……」
「昨日の夜はこの世の終わりかと思ったよ。本当に」
「……それは大変でしたね」
頭の中で上司にかけるべき言葉を探したけれど残念ながら見つけることができなかった。私たちは顔を見合わせると、ふふふと苦笑いをして解散した。
さて、ビアガーデン。行くのは何年ぶりだろう。お酒は好きだけれどビアガーデンには最近ずっと行ってなかった。さてさて誰を誘おうかしら。私は鼻歌を歌いながら仕事に戻った。
「ねえ、ビアガーデン、行かない?」
クマを誘ってみた。仕事帰りに夕飯を買おうと家の近くのコンビニに寄ったらクマにばったり出会った。ちょうどクマも夕飯を買いに来ていたらしい。
ちょっと悩んだけれど家までの帰り道でビアガーデンに誘ってみた。少し照れが出てしまい辿々しくなってしまった。なんだろう、さらに恥ずかしくなった。顔が熱い。
「ビアガーデンですか。いいですね! ゆり子さんビール好きなんですか?」
クマは嬉しそうだ。何故か嬉しそうに右手に持ったエコバッグをぶんぶん振り回し始めた。たしか缶ビールとお弁当と卵を買っていた気がする。そんなことをして大丈夫かしら。
「今週末までのお食事券をもらったの。よかったらどうかなと思って」
「どこのビアガーデンですか?」
「隣町の駅ビルにあるビアガーデンよ」
クマがエコバッグを振り回すのをピタリとやめた。何か軽いものが割れるような音が聞こえた。
「あの、もしかしてヒグマさんのビアガーデンですか?」
クマの声のトーンが急に低くなった。気になって見てみると隣を歩いていたはずのクマは私の少し後ろで立ち止まり真剣な顔でこっちを見ていた。かなり迫力がある。
「ええ、そうだけど……」
そこまで言って気がついた。もしかしてツキノワグマとヒグマって仲が悪いのかもしれない。同じクマだし。クマの世界のことを私はよく知らないけれどなんとなくそんな気がした。クマを怒らせちゃったかもしれない。
私は慌てて謝ろうとした。「ごめんなさい」の「ご」の文字が喉まで出かかった時、突然クマが両手を高く上げて笑顔で飛び跳ね出した。
「やった! やった! はちみつビールが飲めるところじゃないですか! 一度行ってみたかったんですよ」
どすんどすんと重たい足音と共に地面が少し揺れる。
「ちょっと、近所迷惑になるから落ち着いて」
「あ、ごめんなさい」
注意するとクマは申し訳なさそうに小声で謝ると縮こまった。どうやらヒグマと仲が悪いということはないのかもしれない。
「ツキノワグマとヒグマって仲良いの?」
「ヒグマさんですか? 普通ですよ。ビアガーデンを始めたって話は聞いていたんですがなかなか行く機会がなくて」
「そうなの……」
クマの顔に「どうしてそんなこと聞くの?」と書いてあったけど私は気づかなかったことにして先に歩き始めた。
「じゃあ土曜日の夕方空けといてね」
私は前を見たまま言った。すると後ろから「はい!」と、かわいい元気な返事が聞こえた。私は嬉しくて顔が緩んだ。でも、その後ふと気になることを思い出した。
「ねえ、そう言えばエコバッグの中は大丈夫?」
「エコバッグ?」
「エコバッグ。振り回してたでしょ? だめよ危ないから」
「え? 無意識でし……あ」
クマはエコバッグの中を覗き込むとその場で固まった。私も気になって覗いてみた。エコバッグの中ではお弁当と卵がぐしゃぐしゃになっていた。
「自業自得ね。どんまい……」
「卵で食後にホットケーキ焼こうと思ったのに」
クマは膝から崩れ落ちた。悲しそうな顔をしていてなんだか今にも泣き出しそうだ。そんなクマを見ていたらなんとかしてあげたい気持ちになった。
「卵、あげようか?」
「え?」
「確か冷蔵庫にあったはず」
私はそう言いながら家の冷蔵庫の中の記憶を呼び覚ます。うん、大丈夫。こないだ買ったのがある。
「いいんですか?」
「その代わり私にもホットケーキ食べさせてね」
「もちろん! コーヒーも用意しておきますね!」
クマは嬉しそうにそう言うと勢いよく立ち上がり家に向かって走り出した。クマがすごい速さで走るのでクマの背中は一瞬で小さくなった。
「そうだ! ゆり子さん、本当にありがとうございまーす」
家に向かって歩き始めると前の方からクマが叫ぶ声が聞こえた。嬉しいやら恥ずかしいやらで私は顔が熱くなるのを感じた。
絶対に後で叱ってやる。
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