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はじめましての一年目
クマの家にお邪魔する
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「こんにちわー、上の階に引っ越してきた中澤と申します。引っ越しの挨拶に来ました」
インターホンを鳴らすとすぐに「はい!」と歯切れのいい声が聞こえたので手短に要件を伝えた。『セールスお断り』のステッカーが貼られたインターホンから「少々お待ちください」と聞こえたかと思うと、どしどしと足音が迫ってきた。
「すみません、お待たせしました」
ドアを開けて出てきてくれたのは見上げるほど大きなツキノワグマだった。クマは思っていたよりもかなり大きい。そういえばこんなに近くでクマを見たことがないなあとぼんやり思った。
「引っ越しの音、うるさかったですよね。お騒がせしました。これ、つまらないものですが」
私はそう言って持ってきた紙袋を渡した。
「これはこれはご丁寧に。……ん? これって」
「駅前のケーキ屋さんのロールケーキです」
クマは私と紙袋を交互に見ると目をきらきらと輝かせた。
「ということはもしかして……」
「はい、はちみつのロールケーキです」
「やったー!」
クマは紙袋を両手で高々と掲げた。鼻息をふんふんさせながらすごくにこにこしている。とても嬉しそうだ。
「喜んでもらえてよかった。これからよろしくお願いします。じゃあ私はこれで」
「あ、あの……よかったらコーヒーでも飲んでいきませんか?」
用が済んだので帰ろうとしたらクマに呼び止められた。
「コーヒーですか?」
「す、すみませんいきなり。もしよければですが……」
やっちまった、と顔にでかでかと出したクマがおずおずと聞いてきた。不安そうに忙しなく動いている。そんなクマを見ているともうちょっとお話ししてみたいと思った。
「いいですよ。じゃあ、お邪魔します」
「やったー!」
クマは嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねた。クマが飛び跳ねるたびに地面が揺れるのを感じた。やはりこのクマすごく大きい。そしてきっとすごく重い。
「さあさあ、どうぞ。今コーヒーを用意しますね」
クマはすたこらと家の中に入っていった。少し緊張してきたので、一度深呼吸してから私はクマの後に続いた。
クマの家の中は森みたいだった。壁には木の皮が貼ってあり天井には蔦が伸びている。床には毛足が長くて深緑の絨毯が敷かれていた。なんだか森の中に迷い込んだみたい。
「どうぞおかけください」
クマに勧められるまま私は丸太の椅子に座った。ダイニングに置かれた大きな木のテーブルに丸太の椅子はぴったりだった。
「お洒落ですね」
家の中を見回しながら言うとクマは嬉しそうに目を細めた。
「そんなそんな、照れちゃいます」
クマは慣れた手つきでコーヒーと切ったロールケーキを出してくれた。コーヒーのいい香りが部屋中に広がっていくのを感じる。一口飲んでみた。思わず笑みが溢れた。クマが出してくれたコーヒーはとってもおいしかった。
「中澤さんはどうしてこのマンションに?」
私の向かいの椅子に座ったクマがロールケーキを頬張りながら聞いてきた。少し悩んだけれど、私は素直にカワウソの火事の一件を話した。クマは、はふはふとコーヒーを冷ましながら黙って聞いてくれた。
「それは珍しい経験をされましたね。でも、美味しい鰹のたたきはうらやましいです」
ずずずとコーヒーをすすりながらクマが言った。クマはどうやら猫舌のようだ。
「クマさんは鰹のたたき好きなんですか? あ、そうだお名前を伺ってもいいですか?」
クマさん、と呼んでからそれは呼び方として正解なのか心配になった。ツキノワグマさんと言うのは長くて無意識にクマさんと言ってしまったけれど気を悪くさせたかもしれない。私は急に不安になった。
「鰹のたたきは大好きです! それから私のことはクマでいいですよ。言葉づかいもそんな丁寧にしなくて大丈夫です」
「いいんですか?」
「はい、その方が私も落ち着きます」
「そう、じゃあこれからはクマと呼ぶわね」
「はい!」
クマはにこにこしながらいい返事をしてくれた。嬉しいのか耳がぴこぴこ動いている。
「中澤さんは下の名前はなんて言うんですか?」
「ゆり子よ」
「ゆり子さん! いいお名前! じゃあ私はゆり子さんって呼びますね!」
嬉しそうに話すクマを見てなんだか私も嬉しくなった。会話の流れで私も敬語をやめてって言ってみた。でも、普段の話し方がこれなのでとクマに断られてしまった。
「実は私、こんなふうに誰かとコーヒーを飲むのが夢だったんです」
マグカップを両手で持ってコーヒーを眺めながらクマが言った。今写真を撮ったらすごくおしゃれな写真が撮れそうだなと思った。コーヒーの広告に使えそうな気がする。
「夢? 今までしたことなかったの?」
私は気になってつい聞いてしまった。聞いてからデリカシーがなかったかもしれないと後悔した。
「こんな見た目なんで誘っても誰も一緒にコーヒーを飲んでくれないんですよ。だからこうしてゆり子さんが来てくれて私はすごく嬉しいんです」
クマがふーっとマグカップの中に息を吹きかけながら言う。
「子どもの頃、おばあちゃんがいつも話してくれた昔話があるんです。何度も何度も聞いているうちに誰かとコーヒーを飲むのに憧れるようになっていました」
「どんなお話か教えてよ」
「いいですよ。思い出しながらになるので辿々しいのは大目に見てくださいね」
クマはぐびっとコーヒーを飲むとゆっくり話し始めた。
インターホンを鳴らすとすぐに「はい!」と歯切れのいい声が聞こえたので手短に要件を伝えた。『セールスお断り』のステッカーが貼られたインターホンから「少々お待ちください」と聞こえたかと思うと、どしどしと足音が迫ってきた。
「すみません、お待たせしました」
ドアを開けて出てきてくれたのは見上げるほど大きなツキノワグマだった。クマは思っていたよりもかなり大きい。そういえばこんなに近くでクマを見たことがないなあとぼんやり思った。
「引っ越しの音、うるさかったですよね。お騒がせしました。これ、つまらないものですが」
私はそう言って持ってきた紙袋を渡した。
「これはこれはご丁寧に。……ん? これって」
「駅前のケーキ屋さんのロールケーキです」
クマは私と紙袋を交互に見ると目をきらきらと輝かせた。
「ということはもしかして……」
「はい、はちみつのロールケーキです」
「やったー!」
クマは紙袋を両手で高々と掲げた。鼻息をふんふんさせながらすごくにこにこしている。とても嬉しそうだ。
「喜んでもらえてよかった。これからよろしくお願いします。じゃあ私はこれで」
「あ、あの……よかったらコーヒーでも飲んでいきませんか?」
用が済んだので帰ろうとしたらクマに呼び止められた。
「コーヒーですか?」
「す、すみませんいきなり。もしよければですが……」
やっちまった、と顔にでかでかと出したクマがおずおずと聞いてきた。不安そうに忙しなく動いている。そんなクマを見ているともうちょっとお話ししてみたいと思った。
「いいですよ。じゃあ、お邪魔します」
「やったー!」
クマは嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねた。クマが飛び跳ねるたびに地面が揺れるのを感じた。やはりこのクマすごく大きい。そしてきっとすごく重い。
「さあさあ、どうぞ。今コーヒーを用意しますね」
クマはすたこらと家の中に入っていった。少し緊張してきたので、一度深呼吸してから私はクマの後に続いた。
クマの家の中は森みたいだった。壁には木の皮が貼ってあり天井には蔦が伸びている。床には毛足が長くて深緑の絨毯が敷かれていた。なんだか森の中に迷い込んだみたい。
「どうぞおかけください」
クマに勧められるまま私は丸太の椅子に座った。ダイニングに置かれた大きな木のテーブルに丸太の椅子はぴったりだった。
「お洒落ですね」
家の中を見回しながら言うとクマは嬉しそうに目を細めた。
「そんなそんな、照れちゃいます」
クマは慣れた手つきでコーヒーと切ったロールケーキを出してくれた。コーヒーのいい香りが部屋中に広がっていくのを感じる。一口飲んでみた。思わず笑みが溢れた。クマが出してくれたコーヒーはとってもおいしかった。
「中澤さんはどうしてこのマンションに?」
私の向かいの椅子に座ったクマがロールケーキを頬張りながら聞いてきた。少し悩んだけれど、私は素直にカワウソの火事の一件を話した。クマは、はふはふとコーヒーを冷ましながら黙って聞いてくれた。
「それは珍しい経験をされましたね。でも、美味しい鰹のたたきはうらやましいです」
ずずずとコーヒーをすすりながらクマが言った。クマはどうやら猫舌のようだ。
「クマさんは鰹のたたき好きなんですか? あ、そうだお名前を伺ってもいいですか?」
クマさん、と呼んでからそれは呼び方として正解なのか心配になった。ツキノワグマさんと言うのは長くて無意識にクマさんと言ってしまったけれど気を悪くさせたかもしれない。私は急に不安になった。
「鰹のたたきは大好きです! それから私のことはクマでいいですよ。言葉づかいもそんな丁寧にしなくて大丈夫です」
「いいんですか?」
「はい、その方が私も落ち着きます」
「そう、じゃあこれからはクマと呼ぶわね」
「はい!」
クマはにこにこしながらいい返事をしてくれた。嬉しいのか耳がぴこぴこ動いている。
「中澤さんは下の名前はなんて言うんですか?」
「ゆり子よ」
「ゆり子さん! いいお名前! じゃあ私はゆり子さんって呼びますね!」
嬉しそうに話すクマを見てなんだか私も嬉しくなった。会話の流れで私も敬語をやめてって言ってみた。でも、普段の話し方がこれなのでとクマに断られてしまった。
「実は私、こんなふうに誰かとコーヒーを飲むのが夢だったんです」
マグカップを両手で持ってコーヒーを眺めながらクマが言った。今写真を撮ったらすごくおしゃれな写真が撮れそうだなと思った。コーヒーの広告に使えそうな気がする。
「夢? 今までしたことなかったの?」
私は気になってつい聞いてしまった。聞いてからデリカシーがなかったかもしれないと後悔した。
「こんな見た目なんで誘っても誰も一緒にコーヒーを飲んでくれないんですよ。だからこうしてゆり子さんが来てくれて私はすごく嬉しいんです」
クマがふーっとマグカップの中に息を吹きかけながら言う。
「子どもの頃、おばあちゃんがいつも話してくれた昔話があるんです。何度も何度も聞いているうちに誰かとコーヒーを飲むのに憧れるようになっていました」
「どんなお話か教えてよ」
「いいですよ。思い出しながらになるので辿々しいのは大目に見てくださいね」
クマはぐびっとコーヒーを飲むとゆっくり話し始めた。
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