ふたりはともだち

みみみ

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ふたりはともだち

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「二人で旅行行こうよ。」
夏休み前最終日の放課後、二人だけの教室で、中川 秋斗はそう言った。その日は授業が午前のみしかなく、大した話もされずに解散が言い渡されたクラスメイトは、我先に夏休みを謳歌しようと一目散に帰っていた。教室に残っているのは秋斗と、同級生の佐賀美 波瑠だけだった。
まだ太陽の照る教室で、軽い調子で放たれた秋斗の言葉に、波瑠は脊髄反射のように頷く。
「うん、行こう。」
秋斗は波瑠の即答に驚く様子も無く、いつもの笑みを浮かべた。周りには食えないと言われるような、少し含みのある胡散臭そうな秋斗の笑みが、波瑠は好きだった。
「じゃ、明日の朝九時に駅前集合な。」
あまりにも気安く秋斗は言った。波瑠はまた反射のように頷いた。
「分かった。」
何処に行くだとか、予定の話は一切出なかった。波瑠も秋斗も、そんな話はするつもりもなかった。二人は無言で教室を出て、並んで靴箱に向かう。
クーラーのある教室とは違い、廊下は夏特有のジメジメとした暑さに満ちていた。シャワシャワとセミの鳴く音が聞こえた。
波瑠はなんとなく隣を見るのが憚られ、目線を自分の足に落とした。一年と少しの期間で茶色がかってしまった上靴をじっと見つめる。言葉も出なかった。恐らく秋斗もそうだった。無言のまま二人は階段に差し掛かったが、やはり言葉を交わすことはない。一段一段階段を降りる足を、二人はただじっと見つめていた。
いつの間にか地面は平坦になっていて、波瑠は自分が一階に辿り着いたのだと気が付いた。無言で二人は靴箱に向かう。同じクラスだから、靴箱の場所も大体は同じで、しかし秋斗と波瑠の靴箱は一メートル程離れていた。靴箱から靴を出して上靴を入れる。波瑠がちらりと秋斗を盗み見ると、ふわふわと癖のある髪を揺らし、秋斗も波瑠を見た。波瑠は思わず目を逸らしたが、鈴のような笑い声が小さく響いた。秋斗の笑い声だった。
そこから数秒もしないうちに、とん、と少し遠くでなにかが床に落ちる音がした。そちらを見ると、床に落とした靴をおなざりに履く秋斗が見えた。家が反対側だから、波瑠と秋斗は逆の門から出るのが常だった。だから、校舎の出口も逆になる。どの出口から出ても裏門にも正門にも辿り着けるけれど、波瑠も秋斗もそれをしなかった。一度だってしたことがなかった。
波瑠が声を上げる。
「じゃあな。また明日。」
右手に靴を持ったまま波瑠が左手で手を振ると、秋斗は笑って手を振り返した。そしてそのまま踵を返し、秋斗は校舎を出ていった。波瑠はそれをじっと見つめていた。
秋斗と別れた波瑠は、一人帰り道を辿る。波瑠にとって、一人の帰り道は珍しいものでもなかった。ついでに言えば、二人きりで放課後の教室に居ることも然程珍しいものでもなかった。ふと波瑠は、明日は木曜日であることに思い当たる。波瑠は芋づる式に、明日の夕方には塾がある事にも気が付いた。塾をサボる事になるかもしれない。波瑠はそれが少し気掛かりだった。


朝。
波瑠が目を覚ますと八時半だった。波瑠の家から駅までは自転車で15分。波瑠は少し慌てた。親は仕事に出ており家には誰も居ない。波瑠は財布に今まで貰ったお小遣いやお年玉を全て入れた。波瑠は欲しいものをすぐ買ってしまう質である為、全て合わせて3万円もない。波瑠は顔を顰めた。冷蔵庫から牛乳だけを取って、コップに入れて飲み干す。どうせ秋斗は遅刻するだろう、と波瑠は思ったが、だからといって波瑠が時間通りに行かないという選択肢は無かった。玄関に置いてある家のカギと自転車のカギを乱雑に取り、乱暴にドアを開ける。家の鍵を閉めて自転車のロックを外し、カゴに荷物を詰めて家を出た。ジリジリと地面を焼くように日が差していた。

「え、居るじゃん。珍し。」
波瑠は思わず大きな声を上げた。無料の駐輪場に自転車を止めて波瑠が駅に向かうと、秋斗はもう改札の向こうにいた。駅の周りが田舎である故か、中途半端な時間であるが故か、駅には人が殆ど居なかった。秋斗はTシャツに短パンというラフな格好で、肩から少し大きめのポシェットを提げている。波瑠はそれを見て少しだけ後悔した。
改札にカードをかざす。ピッ、という音がして、波瑠は改札を通った。少しだけ、戻れるか不安だった。
「珍しいって何。遅刻しないときだって多いだろ。」
秋斗に近寄った波瑠に向けられた第一声はそれだった。秋斗は波瑠の言葉が聞こえていたようで、スマホに向けていた視線を訝しげに波瑠に向ける。あからさまに不貞腐れたような顔はポーズでしかなく、波瑠はそれに軽口を返す。
「いや半々位だろ。」
そう波瑠が言うと共に、秋斗と波瑠は目を合わせて笑い合った。穏やかな空気が流れていた。

「で、どこ行く?」
秋斗はそう言った。二人とも、当たり前になんのプランも無かった。
「…定番だけど、海行きたいな。」
波瑠のその言葉で一番目の行き先は海に決まった。ここから一番近い海は何処かからの漂流物が多くゴミだらけで、海も濁って荒く、泳げたようなものではない。けれど二人は海へ向かった。電車に揺られ、二人は座席の隅に座って何も言わずじっとしていた。電車にはちらほらと人がいて、本を読んだりスマホを見たり、思い思いの事をしていた。緩やかで張り詰めた時間が流れていた。

秋斗と波瑠は海の最寄りの駅で降りた。件の汚いと有名な海の最寄りである。二人以外にそこで降りる人は居なかった。駅のホームを降りると、潮の香りが鼻を擽る。駅の目の前には道路があり、海はそのすぐ向こうにあった。
「…海、来ちゃった。」
「…うん。」
一瞬の沈黙が二人の間に流れた。
「…彼処の崖、有名な自殺スポットらしいよ。」
「…へぇ。行ってみる?」
波瑠の返答の後、また沈黙。波瑠は、今のは自分が悪かったという自負があった。けれど、謝ることもなかった。
「…折角海来たし、写真撮ろ。」
秋斗は波瑠にそう言うと、ポシェットからスマホを取り出す。波瑠も自身の小さなバッグからスマホを取り出した。そして、パシャリ。スマホのカメラで、二人して汚い海を写真に収める。目の前の道路と、その奥の濁った海だけが写った写真。きっとスマホを変えるまで残り続けるであろう、意味のない写真だった。
ピロン。軽快な音が鳴る。波瑠のスマホにメッセージが来た音だった。
【仕事が遅くなりそうだから、今日の塾は自分で行って。遅刻しないように。】
送り主は波瑠の母親。波瑠はメッセージの内容を既読がつかない様にこっそりと見た。返信もせず、波瑠はアプリを閉じる。秋斗は何を言うでもなく、波瑠をじっと見ていた。
「な、あの崖行こ。」
スマホをバッグに仕舞った波瑠は、秋斗に向かってそう言った。秋斗は少し驚いたような顔をしてから頷く。
「…うん。行こ。」


駅から崖の上までは30分ほど掛かり、照りつけるような日は二人を焦がした。崖の上に辿り着いた頃には二人はヘトヘトで、肩で息をするだけの存在になっていた。秋斗も波瑠も体力がなく、頂上に辿り着いた二人は、土の上に無造作に座り込む。思いの外硬い土は疲れた体に響いたが、それでも立ったままでいるよりは幾分か楽だった。
横並びに座った二人は、疲れを吹き飛ばすかのように大きく息を吐く。そうして息を吸い込むと、磯の香りと草の香りがした。段々と上がっていた息が整う。ゆっくりと息を吸って吐くと、疲れも何もかもが逃げていくようだった。
「…ここなら誰も居ない、から。」
最初に声を上げたのは波瑠だった。波瑠は首だけを回して秋斗の方を向く。秋斗も波瑠を見つめていた。波瑠の口が開く。
「ずっと、好きだった。」
沈黙が流れた。秋斗はくしゃりと顔を歪ませる。全ての感情が綯い交ぜになったような表情。波瑠もきっと、同じ顔をしていた。
「…俺も好き。」
秋斗が言葉を返す。周囲には誰も居ない。強く風が吹いていた。


晴れて両思いになった秋斗と波瑠は、この旅行をデートにすることにした。最後にここにもう一度来ることを決め、二人は水族館に向かう。水族館にしたことに特に意味はなく、強いて言うならばデートらしい場所だから。担任の先生が水族館が好きだったから、というのも有るかも知れなかった。
丁度良く近くにあった水族館は、規模としては小さなものだった。崖を降りてまたクタクタになった二人は、休憩を挟むことなく水族館に向かう。ゆったりと歩いていたおかげか、水族館につく頃には二人の疲れは幾らかマシになっていた。
水族館は規模こそ小さいものの、見た目は綺麗で寂れた雰囲気もなかった。二人は受付でチケットを買う。和やかな雰囲気の女性が二人を対応した。学生二人分。一般の値段よりも少し安いそれを買った二人は、チケットを握りしめ、水族館に入っていった。

汚れの殆どないガラスの中で魚達が泳いでいる。平日だからなのか、二人の他に客は疎らにしかいなかった。少しだけ辺りを見回して、二人は目を合わせる。そして、お互いの手を繋いだ。汗ばんだ手だった。
「前に、先生言ってたよな。いつまでも眺めてられる、って。」
ぼんやりと水槽を眺めながら、秋斗は独り言のようにぽつぽつと話し始めた。波瑠もただ水槽を見つめる。波瑠は魚たちに何か情緒を感じることは無かった。イワシに似た小さな魚を見て、食欲が湧く程度のものだった。
「でもさ、多分俺らは無理だわ。魚みても美味そうとしか思わないし。」
波瑠は無言で話を聞いていた。無言は同意に等しかった。魚たちは優雅に泳ぐ。小さな魚達の中で、エイやマンボウが一際存在感を放つ。どんな味がするのだろう、と波瑠は思った。
「…いい加減腹減ったし、とっとと魚全部見て飯食べよ。」
秋斗はそう言って、繋いでいた手を放した。にぱりといつもの笑みを浮かべ、秋斗は波瑠に笑い掛ける。それから二人は経路をするすると通り過ぎて、魚なんて殆ど見ずに水族館の出口に向かった。クリオネやクラゲの居る小さな水槽もヒトデの触れ合いコーナーも、何一つ二人の興味を唆らなかった。
一時間も掛からぬ内に二人は出口へと辿り着く。出口を跨いだ瞬間、後ろ髪を引かれるような思いがした。
水族館の出口の奥はお土産を売るコーナーで、優しそうなレジ係の女性と商品の棚を整理する男性が居た。水族館内には客が疎らに居たものの、お土産コーナーには店員以外誰も居なかった。
「…な、お土産買ってこ。」
そう言ったのは波瑠だった。辺りを見回すと、よく分からない赤い生物のキーホルダーが目に入る。恐らくタコであろう赤さと瞳をしていたが、足がふにゃふにゃとしていて何本あるかも分からない、謎の生物だった。二人してその生物の名前が分からず首を傾げる。けれど、だからといって名前を知るつもりも無かった。
壁に掛けられたキーホルダーを二人は一つずつ手に取り、レジへと持っていく。先にレジに商品を出したのは波瑠だった。レジ係の女性は微笑み、キーホルダーをレジに通す。二人は黙ってそれを見ていた。
「600円になります。」
女性の言葉を受け、波瑠は自身の財布をバッグから取り出し、財布の中身を探る。女性はにこやかな笑みを保ったまま、何気なく二人に話しかけた。
「友人と水族館、いいですね。夏休みですか?」
波瑠の財布を探る手が一瞬止まる。答えを紡いだのは秋斗だった。
「…………そうなんです。学校の先生にオススメされて、折角だったので。」
波瑠は何事も無かったかのように財布を探す。が、結局100円玉を探すのは諦め、波瑠は1000円札を取り出した。
「1000円のお預かりですね。」
女性は1000円札を受け取るとレジを操作し、400円を取り出して波瑠に渡した。波瑠が商品と共に無言でそれを受け取ると、今度は秋斗がキーホルダーをレジに出す。
「お願いします。」
女性は揃いのキーホルダーを見て笑みを深める。女性の目尻の緩んだ笑みは、母を彷彿とさせるものだった。
「お預かりします。」
ピッ、とバーコードを読み込んだ音が鳴る。先程と同じ値段がディスプレイに映った。
「600円ですね。」
女性の言葉と共に、秋斗が600円丁度をトレーに置く。女性はそれを受け取り、レジを操作した。
「ありがとうございます。」
秋斗の声。女性がレジの操作を終える前に秋斗はレジに通されたキーホルダーを取り、女性に背を向け歩き出した。波瑠もそれについて行く。
「ありがとうございました。またお越し下さい。」
背後からそんな声が聞こえた。本当に心から出ていると思えるような声だった。二人は女性に小さく会釈をし、水族館を出た。きっともう来ることはない。

水族館を出ると、二人は近くに海鮮丼屋さんの看板があることに気が付いた。水族館に行った人間はやはり魚が食べたくなるのか、そこかしこに海鮮丼や寿司等といった文字が見える気がした。二人は何を考えるでも無く、適当に一番近い店に入る。引き戸を開きつつ暖簾をくぐると、いかにも昔ながらといったような店内が見えた。
「いらっしゃいませ。お好きなお席どうぞ。」
控えめなゆったりとした声が聞こえる。店の奥には店主らしき老婆が座っており、老婆が声の主であろうことは容易に想像がついた。
「どこ座るか。」
「端にしよ。」
二人は店内を見回しつつそう言うと、窓際一番端の二人席に腰掛けた。机の上にあるメニュー表を二人で見る。シラス丼やマグロ丼など、メニューがずらりと並んでいる一番端に、海鮮丼、という文字があった。値段を見ても他の丼ものの2倍は高い。二人は顔を見合わせた。
「...今日昼食べ終わったらどうする?」
そう言ったのは秋人だった。波瑠は目を伏せただけで、何も答えない。
「はは。」
秋人の笑い声が小さく響く。
「海鮮丼頼も。」
秋斗はそう言って手を挙げた。秋人の視線は波瑠から逸れ、店の奥に向いていた。
「すいません、注文お願いします。」
波瑠が秋人の目線の先を見ると、老婆がゆっくりと立ち上がって此方に向かってくるのが見える。波瑠は視線をメニュー表に落とした。
「お待たせしました。ご注文どうぞ。」
ゆったりとした声色で老婆が告げる。老婆の手にはメモ帳とペンが握られていた。
「海鮮丼2つで。」
メニュー表を指差しながら、波瑠が老婆にそう告げる。老婆は目を細め、メモ帳に何かを書いた。一画一画を大事に書くその姿は、緩慢な仕草だというのに不思議と苛立ちを感じさせなかった。二人はただ静かに老婆を見守っていた。
「少々お待ち下さい。」
伝票を書き終わった老婆はそう言うと、これもまた緩慢な動作で奥に引っ込む。二人は暫く老婆の方を見ていたが、老婆が店奥の暖簾をくぐったのを皮切りに視線を戻した。二人の目が合う。秋斗は波瑠に微笑んだ。
「学生の財布にはちょっときつい値段だよね。」
秋斗がそう言ってメニューにある海鮮丼の文字をなぞる。秋斗は男性にしては細く白い指をしていたが、滅多に外に出ない波瑠も似たようなものだった。
二人して他愛ない話をしていると、暖簾の奥から老婆が出てきた。手にはトレーが握られており、トレーの上には丼に盛られた海鮮丼が2つ置かれていた。ボリューム感は圧巻のもので、波瑠は驚いてメニュー表の値段を二度見した。ボリュームと値段が見合っていなかった。
「はい、海鮮丼ね。お待たせしました。」
老婆は一度トレーを机に置き、海鮮丼を持つと二人の前に差し出す。重さからなのか、老婆の手は小刻みに震えていた。二人は丼の上に乗った海鮮が机に溢れて仕舞わないかヒヤヒヤしつつ見ていたが、老婆は欠片も溢すことなく二人の前に丼の器を置いた。そして、丼の蓋を添えるように差し出す。
「ごゆっくりどうぞ。」
にこやかな笑みを浮かべて去っていく老婆を見送る余裕は二人には無かった。二人は自身の前に置かれた器とお互いの顔を交互に見合わせる。
「...これ、どうやって食べんの?」
波瑠がそういうと、秋斗も曖昧に笑った。匙を通した瞬間に海鮮が零れ落ちるとしか思えなかった。
ふと、丼を見ていた秋斗の視線が少し右に逸れる。
「...そのための蓋か?」
「それだわ。」
二人は器の上に乗った海鮮を一部蓋に避けた。海鮮を避けた筈の丼はまだ米が見えず、二人は顔を見合わせて笑った。
「そんなことある?」
「やばいわ。」
二人が丼の蓋に海鮮を更に盛っていく。ようやく米が見えた頃には、蓋の上が溢れそうになっていた。
「うわ、すご…。」
秋斗が呟く。波瑠は机の隅に備え付けられた醤油を手に取った。海鮮丼の器の方に醤油をかける。
「やっぱ魚は見るより食べる方が良いわ。」
そう言って秋斗が笑った。波瑠は目を伏せる。
「やっぱ、俺らには向いてないな。」
ポツリとそう言ったのは、どちらだったのか。

「はぁ、…。」
海鮮丼を食べて、それから二人はもう一度崖に戻ってきた。着いた頃にはやはり二人ともヘトヘトで、時刻も夕暮れ時だった。夕焼けに照らされた海が橙色に染まっている。朝に感じた濁りはそのままに、海は美しく悍ましい色をしていた。
「…な、どうするか。」
波瑠はそう言った。けれど、答えは分かりきっている気がした。秋斗は曖昧に微笑むだけだった。
「…今日、楽しかったな。」
波瑠の言葉が秋斗の耳に届く。夕日が二人を照らす。
「…うん。」
秋斗が頷く。二人は海を見つめるばかりで、目を合わせる事もなかった。
「…なぁ、二人で今からどっか行かん?逃避行とか、しても良かったし。俺、そのつもりで全財産持ってきた。」秋斗に視線を向け、波瑠はそう言った。秋斗の視線は未だに海を向いていた。
「俺も、全財産持ってきてる。…でも、お前今日の夜塾あるじゃん。サボれる?俺だったら無理。」
秋斗は海を見つめ続けていた。波瑠は秋人の言葉に視線を逸らす。視線を逸らした先はやはり海だった。
「…そうだね。」
秋斗と波瑠は、どちらともなくキーホルダーをポケットから取り出す。水族館で買ったキーホルダー。赤く歪んだシルエットが夕焼けに照らされ黒々として見えた。
「別れよう。」
「うん。」
二人はキーホルダーを海に落とした。キーホルダーは、手から離した瞬間に一瞬で消え、落ちた水音すら聞こえなかった。
「はは、もったいな。」
波瑠がオレンジ色に染まる水面を見つめて言った。秋斗は自嘲的な笑みを浮かべながら、黙って波瑠を見ていた。波の音が響いていた。
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