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生きていけると信じたい
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冬の夜、雪がしんしんと降り積もる街並みに、一軒のカフェがぽつんと明かりを灯している。毎週火曜日の夜、常連客である僕と彼はここで会うのが習慣になっていた。
僕は大学生で、彼は少し年上の社会人だった。二人は高校の先輩後輩の関係で、卒業後もこうして会うことを続けていた。僕はいつもノートパソコンを持ち込んで、彼は仕事の資料を広げていた。少し狭い机で、二人の間には緩やかな雰囲気が漂う。二人は何を言うでもなく作業をするのが常だった。
その夜、カフェの窓から外を見ていた僕は、雪の降りしきる景色に目を奪われていた。雪などは毎年降るものであるし、雪を踏みしめる瞬間は寧ろ億劫に感じてしまうものだが、何故だか今日は美しく見えたのだ。彼がそっとカップを置いて、静かに僕に話しかけた。
「最近どう?」
可笑しいくらいに何気ない会話の一つ。今更そんな話を振られることが不思議だった。僕は口を開く。
「忙しいけど、なんとかやってます。貴方は?」
彼は笑った。当たり障りのない言葉が面白いのだろうと思った。こんな会話は久しぶりにしたな、と思う。いつもは挨拶くらいしか言葉を交わさず、ただ黙々と作業をしていたはずだ。
「まあ、変わらずだな。でも、今日は君と話したいことがあって。」
僕の心臓がドキリと音を立てた。彼が真剣な表情を見せるのは珍しかった。
「何ですか?」
平静を装って言葉を返す。僕は彼の顔が好きだった。いつでも彼はかっこよくて、直接顔を見るのは少し苦手なほどだ。でも、真剣な顔をされたものだから、僕もそれに応えようと彼の顔をまっすぐ見つめ返した。
「実は、来月から海外に転勤することになったんだ。」
一瞬、時間が止まったかのようだった。僕は何も言えずに、ただ彼の顔を見つめた。彼は続けた。
「それで、会えなくなってしまう前に、これだけは君に伝えたいと思って。本当は、もっと早く言うべきだったけど。」
僕はただ彼を見つめ返すしか出来ない。彼のことが好きだったし、こんな時間がずっと続くと思っていた。いってほしくなかった。
「いわないで。」
小さく声が出た。悲痛にカフェに響いた声は震えていた。
「わかった。」
彼は何かを言うのを辞めて、自身の資料に目を落とした。瞳は薄く濡れているような気がした。
僕は何度も深呼吸をして、心の中の感情を整理しようとした。
「じゃあ、会えるのは今夜が最後ってことですよね。」
「そうだね。」
僕は彼から目を逸らし、外で降り積もる美しい雪を眺めていた。鼻を啜る音が聞こえた。僕は彼に視線を向けられなかったし、泣くこともできなかった。どちらの資格も僕にはなかった。
僕は大学生で、彼は少し年上の社会人だった。二人は高校の先輩後輩の関係で、卒業後もこうして会うことを続けていた。僕はいつもノートパソコンを持ち込んで、彼は仕事の資料を広げていた。少し狭い机で、二人の間には緩やかな雰囲気が漂う。二人は何を言うでもなく作業をするのが常だった。
その夜、カフェの窓から外を見ていた僕は、雪の降りしきる景色に目を奪われていた。雪などは毎年降るものであるし、雪を踏みしめる瞬間は寧ろ億劫に感じてしまうものだが、何故だか今日は美しく見えたのだ。彼がそっとカップを置いて、静かに僕に話しかけた。
「最近どう?」
可笑しいくらいに何気ない会話の一つ。今更そんな話を振られることが不思議だった。僕は口を開く。
「忙しいけど、なんとかやってます。貴方は?」
彼は笑った。当たり障りのない言葉が面白いのだろうと思った。こんな会話は久しぶりにしたな、と思う。いつもは挨拶くらいしか言葉を交わさず、ただ黙々と作業をしていたはずだ。
「まあ、変わらずだな。でも、今日は君と話したいことがあって。」
僕の心臓がドキリと音を立てた。彼が真剣な表情を見せるのは珍しかった。
「何ですか?」
平静を装って言葉を返す。僕は彼の顔が好きだった。いつでも彼はかっこよくて、直接顔を見るのは少し苦手なほどだ。でも、真剣な顔をされたものだから、僕もそれに応えようと彼の顔をまっすぐ見つめ返した。
「実は、来月から海外に転勤することになったんだ。」
一瞬、時間が止まったかのようだった。僕は何も言えずに、ただ彼の顔を見つめた。彼は続けた。
「それで、会えなくなってしまう前に、これだけは君に伝えたいと思って。本当は、もっと早く言うべきだったけど。」
僕はただ彼を見つめ返すしか出来ない。彼のことが好きだったし、こんな時間がずっと続くと思っていた。いってほしくなかった。
「いわないで。」
小さく声が出た。悲痛にカフェに響いた声は震えていた。
「わかった。」
彼は何かを言うのを辞めて、自身の資料に目を落とした。瞳は薄く濡れているような気がした。
僕は何度も深呼吸をして、心の中の感情を整理しようとした。
「じゃあ、会えるのは今夜が最後ってことですよね。」
「そうだね。」
僕は彼から目を逸らし、外で降り積もる美しい雪を眺めていた。鼻を啜る音が聞こえた。僕は彼に視線を向けられなかったし、泣くこともできなかった。どちらの資格も僕にはなかった。
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