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第三章
臨港パークの吠える犬
しおりを挟む梶山が優秀だったのか、運が味方したのか、連絡先はすぐに判明した。
港が見える、きれいに整備された公園を歩きながら、目的地を目指す。正午を回ったところで、土曜日もあって芝生にシートを敷いて昼食をとる家族や、犬連れの二人組、若いカップル、のんびり散歩している年配者、ジョギング中のスポーツウェア姿などで賑わっていた。
薄曇りの天候ですこし冷えるが、花壇には色とりどり、種類の違う花がきれいに咲きそろっている。
「ウチの母親がなんでもかんでもしまいこんでる人だったから助かったよ。名刺が残ってたんだ」
「名刺?」
「そう。須藤さんはなんかカルチャースクールの講師をやってるって言ってたんだ。連絡先として名刺もらってた。ダメ元でメールで連絡してみたら」
梶山は目の前で、二枚の細長い紙――入場チケットをひらつかせた。「こいつが送られてきたってわけだ」
「それ……いったい、なんのチケットだよ」
「大さん橋ホールの手作り品のイベントだってさ」
「そんなのあるのか」
「あるみたいだなー、実際」
俺も知らなかったよ、と梶山は言った。
「ディーラーとして出てるって書いてあった。出展番号がこれ」
チケットの裏に書かれた番号。
「わざわざ来てもらうのも気詰まりだろうから、遊びがてらイベント覗いて帰るといいって書いてあった。午後はそれほど混まないから、話も聞けるって」
「なんで久しぶりに会う場所がイベント会場なんだよ」
「ビーズに興味があって、聞きたいことがあるって書いたからだよ」
「それ……、絶対むこうが考えてることと違うと思うぞ。まずくねえか?」
あのなあ、と梶山が向き直った。
「考えてもみろよ。十年ぶりに甥の友人とか名乗る胡散臭いのがいきなり連絡してきてだぞ、亡くなった甥御さんが持ってたストラップそっくりのシロモノを拾ったんです、増水した川に橋から子どもを投げ落とす犯人から奪ったもので、これが本当に侑永のものなら身内以外持ってるはずがない、だからその殺人未遂犯は侑永のお兄さんだと思います、なんて伝えてみろ、果たして会ってくれると思うか? まず間違いなく頭おかしいって思われるに決まってるだろ」
「いや、まあそうだけど……」
「こっちの説明も間違っちゃいないだろ、見解の相違だよ」
ミスリードを狙ったくせに、ものは言いようだな、と思う。
だがこうやって他人がまとめた経緯を聞くと、いかれてるの一語が相応しいように思えてくる。
それなのにこいつ、オレの話をよく信用したよな。
「でも、本当に大丈夫なのか? 関係者みたいな顔してついて来たけど、オレは須藤の兄弟と一度も面識がないし、話題振られても口を合わせる情報もない。まったくの戦力外だぞ」
「平気だって。シュウは隣で座って頷いてりゃなんとかなる。万が一拾ったものについて経緯を訊かれたら適当に答えりゃいい。あと奥の手も用意してある」
「奥の手――?」
修哉は梶山へと視線を向けた。同時にアカネが視界に入る。姿が透けて、その向こうの梶山が見える。
「ああ。使うかどうかは相手の出方次第だけどな。ま、無理なく目的さえ達成できればいいんだ」
梶山は目的地のほうを眺めていた。気楽を装って笑いはしているが、眼鏡の奥の目は緊張しているように思えた。それとも今の気分を投影して梶山を見ているからだろうか。
須藤家の行き先を聞き出す。侑永の兄に会って、あの日、何故あんなことをしたのか、今はどう思っているのかを質したい。
アカネはこちらの会話に興味が無いのか、左肩にもたれながら気もそぞろによそ見をしている。このままなにも起こらず、アカネがおとなしくしていてくれればいい。
若い夫婦と思わしき二人組が連れた、小さな犬が通りすがりに上を向き、しきりと吠え立ててくる。
おっと、と梶山が驚いて飛び退き、犬を大きく避ける。すると犬の視線は修哉の顔あたりに向いたまま、吠え続けた。
すみません、と飼い主が頭を下げ、きゃんきゃん鳴く犬をリードで強制的に引っ張っていった。思わず苦笑が浮かぶ。
理由はわからないが、視えているのか、それとも人と違って気配を感じるのか。動物に威嚇されることが増えた気がする。
「あたし、犬に嫌われるみたい」
肩の上で、アカネが傷ついた顔をして言った。
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