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第一章
曰くつきの過去
しおりを挟む翌朝。
いつもの夢の続きを見ていた。名残を覚えている。
夢のなかにまで、アカネに追いかけられるのはどうかといつも思う。普段から、アカネの強い感情は修哉にも漏れ伝わる。もしかすると、意識の深層部分でアカネと繋がっていて、なにかしらの影響を受けていてもおかしくない。
ただ、夢のなかの彼女は、ふだんとまったく違う。
ひとことも話さないし、透明な水の底へ沈みながらまとわりつくようについてくるだけだ。
静かな、落ち着いた夢。脅かされる日常が続いて文字通り死にそうになるから、夢のなかだけでも平穏に浸れるのは有難かった。
眠りは無意識下の安息。唯一、心穏やかでいられる時間になりつつある。
思いのほか、目覚めはよかった。
午前中は惰眠を貪ろうと考えていたのに、スマートフォンの画面を確認すると六時半の数字が目に入った。すでに遮光カーテンの合わせ目から明るい外光が射している。
壁側から反転して目を向ける。自室の中央でアカネが体育座り、グレが胡座をかいて神妙なようすで話し込んでいた。直接頭の中に聞こえてくるはずの声が遠く、不明瞭でうまく聞き取れない。
体を丸め、顔を突き合わせている姿が、なんだか年配者の寄り合いみたいだ、と思った。
アカネさん、見た目はしとやかだけど、時々とんでもない暴走機関車みたいになる。母親というより親父かと思う時もある。
すると、内心を見透かされたかのように、同時にふたりの首がぐるんとこちらに向いた。視線が合って、ばちっと静電気が飛んだような感じがした。
起き抜けに見てはいけないものを視た。反射で声が出そうになって、慌てて飲み込む。非常に心臓に悪い。
布団から起き上がると、顔に出さないようにして尋ねる。
「すっかり仲良くなってるけど、なに? 夜通し話してたの?」
アカネはまあね、と曖昧に答えた。声が近くなった。
「オレに内緒の話?」
「だって、うまくやるコツはなんですかって訊くから」
「――?」
「互いの協力関係と共同作業だって」
なんか嫌な予感がする。
ろくでもないことを話してた気がする。新婚カップルかよ、と内心でツッコミを入れるが黙っておく。
あ、そう、と聞き流す。身を起こし、ベッドの上であぐらをかく。
「ふつうは長期間いっしょにいると、無意識に食いつくして殺しちゃうものなんだって」
「へえ」
生返事をしてから、会話の深刻さに気づいた。
「――はい?」
「やっぱり、このままではまずいと思うんですよ」とヤクザ男は緊張を解き、巨漢の背を伸ばして低音の良く響く声でしゃべった。
「私には、おふたりの根っこが絡まっているように見えますのでね」
「――根っこ?」
「ふつうは長いこと一緒にいると、生きてるほうが先に参ってしまうもんです。そのつもりで取っ憑いてるのがふつうですから。その点、おふたりはうまくやってるんでしょう。どちらかと言うと背後霊、守護霊のような関係に近いのかもしれませんが、そのぶん姐さんは余計に強くくっついちまってるようだ」
アカネは一晩で、姉さんから姐さんに格上げされたようだった。
アカネもその呼びかたをすっかり受け入れてしまったようで、そう呼ばれても動じていない。
「絡まってるから、あたしはシュウのそばから離れられないのかしらね」
「離れられないとは、おおよそどのくらいの距離です?」
グレは、アカネと修哉の顔を交互に見た。
「さあ……十メートル? くらい?」とアカネの返答。
「この家の壁を通り抜けて、上空から外を見るぐらいのことはいつもやってますね」と修哉が説明を重ねる。
修哉が寝ているあいだは暇なのか、屋根のうえでアカネが日の出を眺めていることがある。たまに、寝起きの頭にアカネの視界が広がって、眩しくて目が覚めたりする。
グレは太い腕を組んで、顎を上げた。
「移動できる距離範囲ですが、執着の強さでより強力に縛られるもんだと私は思っとるんです。どのみち、あまりいい兆候ではない気がしますなあ。守護にしては姐さんの影響力が強すぎます。兄さんが参るのが先か、姐さんが成り代わるのが先か、って感じがしとるんです」
「成り代わるって……アカネさんがオレを乗っ取るってことですか」
「姐さんにはその気はなさそうですがね」
「あたりまえじゃない、そんなのぜんぜん興味ないもん」
グレとアカネがほぼ同時に発声した。
「まあ……差し当たって、この先どうすればいいのか」
修哉の反応に、グレはしばし注視していたが、ぼそりとアカネに告げた。
「素直すぎやしませんか」
ね、とアカネが頷く。「すごくいい子なのよ」
どういう意味だよ、と思う。
「まあ……そうですなあ」
腕を組み、考える。
「まずはすぐに解決できないまでも、原因を突き止めるのが先決じゃねえですかね」
「原因?」
「兄さんと姐さん、お互いがどんなきっかけでくっつくはめになったのか、さっぱりわからんじゃないですか」
「そうは言っても、オレがアカネさんの存在を知ったのは半年くらい前だし、原因となったはずのもらい事故では、死人はひとりも出ていないし」
「重要なのは、そこじゃないです。問題は姐さんが、いつから兄さんといたか、って点でしょう」
今度は修哉とアカネが顔を見合わせる番だった。
わからないから、探るのをあきらめていた。いや、そう思い込もうとしてきた。
「過去に必ずきっかけがあったはずです」
「きっかけ……」
「なにかあるはずだ。過去に大きな事故かなにか。死にかけたほどの大きな。思い当たる節は?」
修哉はグレの丸い顔を見た。
記憶。ずっと覗き込むのを避けてきた。
「ない……ことはない――」
アカネがいつもと違う、心許ない目をしているのを見た。修哉は大きく息を吸い込んで、続けた。
「子どもの頃、水の事故にあったことがある」
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