7 / 41
第一章
曰くつきの過去
しおりを挟む翌朝。
いつもの夢の続きを見ていた。名残を覚えている。
夢のなかにまで、アカネに追いかけられるのはどうかといつも思う。普段から、アカネの強い感情は修哉にも漏れ伝わる。もしかすると、意識の深層部分でアカネと繋がっていて、なにかしらの影響を受けていてもおかしくない。
ただ、夢のなかの彼女は、ふだんとまったく違う。
ひとことも話さないし、透明な水の底へ沈みながらまとわりつくようについてくるだけだ。
静かな、落ち着いた夢。脅かされる日常が続いて文字通り死にそうになるから、夢のなかだけでも平穏に浸れるのは有難かった。
眠りは無意識下の安息。唯一、心穏やかでいられる時間になりつつある。
思いのほか、目覚めはよかった。
午前中は惰眠を貪ろうと考えていたのに、スマートフォンの画面を確認すると六時半の数字が目に入った。すでに遮光カーテンの合わせ目から明るい外光が射している。
壁側から反転して目を向ける。自室の中央でアカネが体育座り、グレが胡座をかいて神妙なようすで話し込んでいた。直接頭の中に聞こえてくるはずの声が遠く、不明瞭でうまく聞き取れない。
体を丸め、顔を突き合わせている姿が、なんだか年配者の寄り合いみたいだ、と思った。
アカネさん、見た目はしとやかだけど、時々とんでもない暴走機関車みたいになる。母親というより親父かと思う時もある。
すると、内心を見透かされたかのように、同時にふたりの首がぐるんとこちらに向いた。視線が合って、ばちっと静電気が飛んだような感じがした。
起き抜けに見てはいけないものを視た。反射で声が出そうになって、慌てて飲み込む。非常に心臓に悪い。
布団から起き上がると、顔に出さないようにして尋ねる。
「すっかり仲良くなってるけど、なに? 夜通し話してたの?」
アカネはまあね、と曖昧に答えた。声が近くなった。
「オレに内緒の話?」
「だって、うまくやるコツはなんですかって訊くから」
「――?」
「互いの協力関係と共同作業だって」
なんか嫌な予感がする。
ろくでもないことを話してた気がする。新婚カップルかよ、と内心でツッコミを入れるが黙っておく。
あ、そう、と聞き流す。身を起こし、ベッドの上であぐらをかく。
「ふつうは長期間いっしょにいると、無意識に食いつくして殺しちゃうものなんだって」
「へえ」
生返事をしてから、会話の深刻さに気づいた。
「――はい?」
「やっぱり、このままではまずいと思うんですよ」とヤクザ男は緊張を解き、巨漢の背を伸ばして低音の良く響く声でしゃべった。
「私には、おふたりの根っこが絡まっているように見えますのでね」
「――根っこ?」
「ふつうは長いこと一緒にいると、生きてるほうが先に参ってしまうもんです。そのつもりで取っ憑いてるのがふつうですから。その点、おふたりはうまくやってるんでしょう。どちらかと言うと背後霊、守護霊のような関係に近いのかもしれませんが、そのぶん姐さんは余計に強くくっついちまってるようだ」
アカネは一晩で、姉さんから姐さんに格上げされたようだった。
アカネもその呼びかたをすっかり受け入れてしまったようで、そう呼ばれても動じていない。
「絡まってるから、あたしはシュウのそばから離れられないのかしらね」
「離れられないとは、おおよそどのくらいの距離です?」
グレは、アカネと修哉の顔を交互に見た。
「さあ……十メートル? くらい?」とアカネの返答。
「この家の壁を通り抜けて、上空から外を見るぐらいのことはいつもやってますね」と修哉が説明を重ねる。
修哉が寝ているあいだは暇なのか、屋根のうえでアカネが日の出を眺めていることがある。たまに、寝起きの頭にアカネの視界が広がって、眩しくて目が覚めたりする。
グレは太い腕を組んで、顎を上げた。
「移動できる距離範囲ですが、執着の強さでより強力に縛られるもんだと私は思っとるんです。どのみち、あまりいい兆候ではない気がしますなあ。守護にしては姐さんの影響力が強すぎます。兄さんが参るのが先か、姐さんが成り代わるのが先か、って感じがしとるんです」
「成り代わるって……アカネさんがオレを乗っ取るってことですか」
「姐さんにはその気はなさそうですがね」
「あたりまえじゃない、そんなのぜんぜん興味ないもん」
グレとアカネがほぼ同時に発声した。
「まあ……差し当たって、この先どうすればいいのか」
修哉の反応に、グレはしばし注視していたが、ぼそりとアカネに告げた。
「素直すぎやしませんか」
ね、とアカネが頷く。「すごくいい子なのよ」
どういう意味だよ、と思う。
「まあ……そうですなあ」
腕を組み、考える。
「まずはすぐに解決できないまでも、原因を突き止めるのが先決じゃねえですかね」
「原因?」
「兄さんと姐さん、お互いがどんなきっかけでくっつくはめになったのか、さっぱりわからんじゃないですか」
「そうは言っても、オレがアカネさんの存在を知ったのは半年くらい前だし、原因となったはずのもらい事故では、死人はひとりも出ていないし」
「重要なのは、そこじゃないです。問題は姐さんが、いつから兄さんといたか、って点でしょう」
今度は修哉とアカネが顔を見合わせる番だった。
わからないから、探るのをあきらめていた。いや、そう思い込もうとしてきた。
「過去に必ずきっかけがあったはずです」
「きっかけ……」
「なにかあるはずだ。過去に大きな事故かなにか。死にかけたほどの大きな。思い当たる節は?」
修哉はグレの丸い顔を見た。
記憶。ずっと覗き込むのを避けてきた。
「ない……ことはない――」
アカネがいつもと違う、心許ない目をしているのを見た。修哉は大きく息を吸い込んで、続けた。
「子どもの頃、水の事故にあったことがある」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
朧《おぼろ》怪談【恐怖体験見聞録】
その子四十路
ホラー
しょっちゅう死にかけているせいか、作者はときどき、奇妙な体験をする。
幽霊・妖怪・オカルト・ヒトコワ・不思議な話……
日常に潜む、胸をざわめかせる怪異──
作者の実体験と、体験者から取材した実話をもとに執筆した怪談短編集。

こちら御神楽学園心霊部!
緒方あきら
ホラー
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。
灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。
それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。
。
部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。
前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。
通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。
どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。
封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。
決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。
事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。
ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。
都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。
延々と名前を問う不気味な声【名前】。
10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
トゴウ様
真霜ナオ
ホラー
MyTube(マイチューブ)配信者として伸び悩んでいたユージは、配信仲間と共に都市伝説を試すこととなる。
「トゴウ様」と呼ばれるそれは、とある条件をクリアすれば、どんな願いも叶えてくれるというのだ。
「動画をバズらせたい」という願いを叶えるため、配信仲間と共に廃校を訪れた。
霊的なものは信じないユージだが、そこで仲間の一人が不審死を遂げてしまう。
トゴウ様の呪いを恐れて儀式を中断しようとするも、ルールを破れば全員が呪い殺されてしまうと知る。
誰も予想していなかった、逃れられない恐怖の始まりだった。
「第5回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
他サイト様にも投稿しています。
182年の人生
山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。
人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。
二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。
(表紙絵/山碕田鶴)
※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「66」まで済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる