罪とロマンス

結城りえる

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第三章 大人の本気

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「実は話があるんだ、柳葉」
 私はパソコンの画面越しにオンラインで副社長の柳葉始と話をしていた。
「へぇー。今回はオレを探すのに血眼になってたらしいじゃないか?さっきまで快適だったのに、おかげでオレは少々機嫌が悪いんだ、雄一郎。マラケッシュでいい女に出逢ったのに逃がしちまったからなぁ」
 私が経営する『ハニカムホールディングス』は簡単に言えば輸入を主とする商社のようなものだ。私は大学時代から起業し、当時後輩だった柳葉の才能を買い、彼を副社長に据えていた。
 ふざけた名前だが、ハニカムとは蜂須賀の「蜂」からとって付けた。この命名者が後輩の柳葉だ。
 他人よりも二歩以上先を読むことが出来る柳葉のビジネスセンスは私が舌を巻くほどだ。ただ、彼の人間性には特筆するところがある。めっぽう美女に弱いというところと、気が向かないことにはまったく興味すら示さないところだ。
「…そうか、ならばタイミングが悪かったな。次の機会にしよう」
 ここであっさりと引き下がろうとすると、逆に柳葉は「おいおい」と呼び止める。
「なんだよ?アンタのいつものテンポじゃないとオレは調子狂うんだよ、くそっ」
 私は案外彼の扱いには慣れている。通常なら強引に仕事を押し付け「これが片付くまで日本に帰ってくるな」などと、有無も言わせなくしてしまうのだが。
「まぁ相談の内容だが、姫川コーポレーションを知ってるか?」
「あァ?まぁ、中堅クラスの資材か何かを扱ってた会社だろ?アソコのCEOはまったく頭堅くて古臭いからな。そのうち自然淘汰される典型的な会社だな」
 私が言わんとする事情を知る前から、柳葉は姫川コーポレーションについて言いたい放題だ。
「…やはりな。お前は聡い。実は、その姫川コーポレーションには、かつて私の伯父がいたのだ」
「ああ、知ってる。あの会社の唯一の救いだった役員だろ?っていうか、あのオッサン、アンタの伯父さんだったのか?初耳だ」
 画面の向こうから、柳葉の百面相が面白いように変わる。
「問題はここからだ。伯父から以前聞いた話だが、お前の予想どおり姫川の経営はかなり傾いているらしい。いつ倒産してもおかしくない状況だ。私が収集した情報や噂では既に経営陣が逃げてしまっているらしい。もはや会社の機能さえ失われている始末だそうだ」
「だな…。わかりやすい会社だからな」
「そこでだ、私はあの会社の債務を引き受けようと思ってる」
 画面の向こうで柳葉は自分の爪をやすりで研ぎながら、ふんふん、と話半分聞いていた。
 そして、わずかなタイムラグがあり、絶叫する。
「はァ?アンタ、正気か?何をバカなこと言ってンだ?あんな使い道のない会社をカスを買い取るようなもんだろう?」
 興味なさげに聞いていても、さすがに話の内容にスルー出来なかったようだ。
「時間がないのだ、柳葉!頼む、この通りだ。今回だけは利害に関しては目をつぶってはくれないか?今回だけは、私のわがままを聞いてくれ」
 私が必死に頭を下げる姿を、柳葉は創業以来初めて見た、と言った。いや、もっといえば大学時代に起業に誘われた時以来ではないだろうか。いずれにしても、こんな私に柳葉は根負けしたのだ。
「……ったくー。実に割が合わんな。あんなもの抱えたら今のビジネスが30%以上後退することぐらい、アホでも判るだろう?」
「……そこを言われたら返す言葉もない。だが、伯父の遺言であり、約束なのだ。あるひとを助けたい」
「遺言ってなんだ?アンタの伯父さんはまだ健在だろう?」
「つい先日、亡くなった。本人も以前から心臓が悪く、死期が近いことを自覚していたのだ」
 私の必死の形相をモニターを介して見ていた柳葉はめずらしく詳細を聞く気になった。
「アンタが助けたいあのひとって?」
「今はエクセレンス女学園に在学中の姫川社長のご令嬢だ。両親が行方をくらましているらしくて、このままなら彼女は路頭に迷う」
「えぇ~っ?JKだと?アンタ、オレがいない間、日本で何があったンだよ?JKに惚れたのか?犯罪じゃないのか?」
「ば…馬鹿なことを言うな。オレは後見人として彼女の行く末を見守らなくてはならないのだ」
(……ほんとかよ)
柳葉は疑り深い目で私をジロリと見つめた。
「と…とにかく!彼女を助けたいし、時間がないのだ。頼む。今回の債務負担の件、了承してくれ。役員や株主はオレがきちんと自分で説得する」
(あーあ、いつになく熱くなりやがって。ったく、割が合わねぇけど、しょうがないな)
 柳葉はとうとう私に向かって、口の端を吊り上げる。
「わかったよ。アンタの好きなようにすればいい。あと、今回の件はかなりのリスクを伴う。その辺はオレがなんとかしよう。来週あたまにでも帰国するからな。それまで待つのが条件だ」
「わかった。柳葉、恩に着る」
 パソコンのモニター画面から柳葉の画像が消えると、私は内線の受話器を取った。
「早坂!私だ。今から大至急車を回してくれ。エクセレンス女学園に行く」
「…まったく、雄一郎アイツはオレの話をどこまで聞いてくれるか皆無だが…」
 オンラインから外れた柳葉だったが、おおよそ私が行動を起こすことがすぐに予測出来ていたという。
「オレが来週日本に帰ったところで間に合わないってお前は思って動いてるだろうからな…。オレは裏で暗躍してやるぜ?寄付が出て、無担の取引……少なくとも3時と為決の取引までには金の動きをあのこてこてカレー野郎の会社に絶対にバレないようにしないと……な、と」
 柳葉はキーボードを打ちながら、裏で短資会社のディーラーたちを動かしていく。ハイリスクな仕事ほどアドレナリンが出る…と彼はいつも言う。
「うちのメインバンクが急激に金を吸い上げ始めたら絶対にヤバいのは目に見えてるからな…」
 
 オレはあのカレー野郎にだけは負けたくないンだよなぁ…。
 ま、雄一郎もきっと同じだろうけれど。

 なんとなく、同族嫌悪なところがあるのだろうか。柳葉は河村孔雀をかなり嫌っている。
「何から何まで気に入らんな。あのギラギラのゴテゴテな服の趣味といい、女好きな感じといい、まったく!オレから見たらアイツはとことん下品で気に入らんのだ!」
 ブツブツと孔雀の悪口を並べ立てながら、柳葉はひたすらディーラーたちとネットでコンタクトを取り合っている。
「いいか、いい値でギブンだからな。よりによってあんな使い物にならん会社の負債を肩代わりとか……雄一郎もつくづくヤキが回ったものだ」
 地球の裏側でそんなふうに柳葉が暗躍している頃、私は秘書の早坂が運転する社用車の中にいた。
「一刻も早くエクセレンス女学園に着きたい」
「かしこまりました。全力を尽くします」
 昔取った杵柄とはよくいったもので、早坂は不良時代、かなりのやんちゃであったらしい。改造車で峠を攻めるなど、相当な走り屋を自負していた。
「頭文字Hとは、オレのことですから」
 ある日、普段生真面目な彼が全力でウケを狙って冗談を言ったことがあったが、そのときは私にうまく伝わらず、悔しい思いをしたことがあったという事実に関しては、今は不問にしておくことにしよう。
 早坂はそんなただならぬ様子の私の気持ちを察したのか、一切ナビは使わず、自分の経験だけで編み出した最短ルートでエクセレンス女学園の正門へと辿りついた。
 正門の前では、ちょうど制服姿の姫川蓮美が立っていた。学園の理事長から全ての事情を聞き、自分の置かれた身の上を整理するのにいささか時間がかかったようだ。
「……あの車が……そうなのかな?」
 急ブレーキを掛けながらタイヤを鳴らして止まったその車の後部座席から見覚えのある男が慌てて飛び出してくるのを、蓮美は目で捉えていた。
「あ、あの……初めまして、というか。実は以前、私はあなたにお会いしたことがあるのですよ、姫川様」
「私に…」
 蓮美は確かめるように私を見つめた。その表情には声に出さずとも、そうだ、たしかに私はこのひとに会ったことがある。と表れていた。
「改めて自己紹介させてください。私は蜂須賀雄一郎と申します。私の亡き伯父は蜂須賀大吉と申します。彼の意志もあり、私はあなたの後見人となるべく、お迎えに参りました」

「私の……後見人」

「はい、お聞き及びかと存じますが、現在、お父上とお母上は行方知れずとなっておるようでございます。なので、私は姫川様をこうしてお迎えに上がりました。男一人所帯のむさ苦しいところではございますが、なにとぞよろしくお願い致します。」
「本当に申し訳ないです。お恥ずかしい話で恐縮です。私のような者をお住まいに置いて頂けるなんて…」
 蓮美は深々と私に頭を下げた。ふと足元にポトリ、ポトリと雫の染みが出来た。それはいうまでもなく彼女の涙だった。
「とても心細かったことでしょう。でも、大丈夫ですよ。実は、急がせて申し訳ありませんが、時間がありません。すぐに発進しますので車にお乗りくださいませんか?」
 雄一郎は彼女の腕をとり、早坂が開けてくれた後部座席へと彼女をいざなった。
「……お忙しいのですか?」
「いえ……実は後見人を申し出ているのは、私だけではなく、どうやら、あなたの御父上がお決めになったという、婚約者の河村孔雀氏が来るかもしれないからです」
「あ……」
 蓮美はそこで全てを思い出していた。そうだ!私の親が決めた婚約の事情まで知っていたこのひとは、あの土砂降りの日、父の会社へと一緒に傘の中に入って歩いた、まさにあのときの紳士ひと
「蜂須賀………様」
「私のことは、雄一郎とお呼びください、姫川様。私は、あなたを全力で守りますから」
「………有り難う……雄一郎様」
 こうして、私と蓮美を乗せた社用車は自宅があるタワーマンションへと向かったのだった。


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