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第一章 雨の日の出会い
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蜂須賀雄一郎……ハニカムホールディングスの若き社長。ふとしたきっかけで姫川蓮美と知り合う。
姫川蓮美……姫川コーポレーションの令嬢。穏やかな性格で清楚な女子高生。
河村孔雀……急成長した会社の社長。蓮美と政略結婚を目論んでいる。
蜂須賀大吉……雄一郎の伯父。姫川コーポレーションの役員
柳葉 始……雄一郎の学生時代の後輩で副社長。女好きで遊び好きだが、ビジネスセンスは抜群。
早坂 剛……雄一郎の運転手兼秘書。A級ライセンスの持ち主。
姫川是清……姫川コーポレーションの社長。蓮美の父。
それは完全に一目惚れだった。たまたま伯父である、蜂須賀大吉に呼ばれ、私は自分の会社を抜け出し、運転手兼秘書の早坂のマークをうまくかわし、公共交通機関を使って姫川コーポレーションへと出かけたのだった。
早坂の眼を欺いたのは彼を信頼していないという理由ではなく、健康のために歩きたかったという単純な理由だったりする。上司思いの部下はどんなに近くても車を出そうとするからだ。
姫川コーポレーション、それは姫川蓮美の父が経営する会社でもあった。
最寄の駅に降り立った途端、私は思わず眉間に皺を寄せた。
「……まいったな、こんなに早く雨が降ってくるなどとは、想定外だったぞ?」
私はスマホの天気予報のアプリを見つめながら、大きくため息をついた。
「傘の用意なんてしていないのに」
つい、ため息交じりに大きな声で呟くと、後ろから歩いてきた何者かが、私の背中越しに声をかけてきた。振り向けば、大きな瞳の優しげな顔をした制服姿の少女だった。いまどき珍しい、古風な感じのセーラー服の少女だった。
「あの…何かお困りですか?」
私は思わずこの可憐な少女の容姿に釘付けになりそうになったが、すぐに自分で正気を取り戻すように会釈をした。
「この先の姫川コーポレーションに、少し用があったのですが、あいにくこの有様です。天気予報のことなど、さっぱり頭にありませんでした」
私が恐縮しながら応えると、少女は口元に手をやりながら少し迷った素振りを見せ、勢いで決めたように手にしていた赤い傘を開きながら言った。
「よろしければ……ご一緒致しませんか?私も、姫川コーポレーションに行くところなのです」
彼女の名は姫川蓮美といった。エクセレンス女学園の生徒だった。
「私は……あ、いや、ご一緒に傘に入っては貴女が好奇な目で周りに見られてしまうのではないですか?」
私は彼女の為を思って躊躇した。自分のようなこんなオジサンが彼女に近づいてはいけないと思ったからだ。
「ふふ、そのようなことはご心配に及びません。ほら、この通り!この土砂降りでほとんど人もいらっしゃいませんよ。えっと……貴方をなんとお呼びしたらよいですか?」
「これは失礼しました。せっかく傘を勧めて頂いたのに名乗ることもなく…。私の名は蜂須賀雄一郎と申します。伯父が姫川コーポレーションにおりまして、なにやら野暮用で呼びつけられまして…」
「まぁ、そうだったんですね!だったらなおさら私は貴方を放っておけません、蜂須賀様。さぁ、どうぞ」
蓮美は背伸びをしながら傘を掲げた。その仕草がとても健気で可愛らしく映る。私は微笑を浮かべ、彼女から赤い傘を取り上げた。
「失礼します。傘は私が持ったほうが、良いかもしれませんね。姫川様」
「あ……いえ、すみません。蜂須賀様の方がずっと背が高いのに…」
彼女は申し訳なさそうにはにかんだ。私を見上げる大きな瞳はゆるゆると湖のなかに浮かぶ星のようだった。思わず私の顔も真っ赤になってしまった。
「あ、いや、その……。では、参りましょうか」
「はい」
私たちは雨の中、話をしながら歩いた。お互いのことが知りたくて、沈黙することが耐えられそうになかったのだ。
「卒業はもうちょっと先なんです。今はエクセレンス学園の寮にいるんです」
「そうなんですか?寮は厳しいのですか?」
「ええ、そうですね。でも、今日の外出許可はあっさり貰えました。父からの連絡があったので」
「そうだったんですね。お父様はどちらに?」
「はい……その……姫川コーポレーションの社長です」
「これは…!!知らなかったとはいえ大変失礼致しました」
私は慌てて彼女に頭を下げた。
「いえいえ、私は父にあまり似ていないので、よく親子だとは気付かれないのです」
蓮美は無邪気に微笑む。真っ赤な傘に落ちてくるパラパラという雨の音がまるで彼女の声と競うように鳴った。
「でも……今日、何故呼ばれたのか、よくわからなくて」
「そうですか。きっとお父様は久しぶりに貴女の顔をご覧になりたかったのでは?」
「……そうだと……良いのですが」
蓮美にはなにやら思うところがあるらしく、しばらくの間無口になった。やがて、私たちは姫川コーポレーションのエントランスに辿りついた。
「……ありがとうございます、姫川様。おかげで助かりました」
私が心から礼を言うと、彼女はニッコリと笑った。
「困ったときはお互い様ですよ。では……」
蓮美が背を向け、役員室直行らしきエレベーターに乗り込もうとしたとき、思わず私は声をかけずにはいられなかった。
「あ、あの……また、いつかお目にかかることが……出来たら、と思います」
何故唐突にそのような事を言ってしまったのだろう。それでも、私は彼女との再会を望んだ。
「はい……では……」
ゆっくりと閉じてゆくエレベータードアの間に、彼女の笑顔だけが見えていた。蓮美がエレベーターの扉の向こうに消える瞬間、言い知れぬ寂しさが溢れた。
心のなかでつい、離れるのを惜しんだことを自分自身で驚くように首を振った。
「…ったく、私はどうかしている。お!マズい。伯父上を待たせてしまうとうるさいからな」
私は受付で入館手続きを済ませ、伯父・蜂須賀大吉と面会できるよう、応接室へと通されたのだった。
姫川蓮美……姫川コーポレーションの令嬢。穏やかな性格で清楚な女子高生。
河村孔雀……急成長した会社の社長。蓮美と政略結婚を目論んでいる。
蜂須賀大吉……雄一郎の伯父。姫川コーポレーションの役員
柳葉 始……雄一郎の学生時代の後輩で副社長。女好きで遊び好きだが、ビジネスセンスは抜群。
早坂 剛……雄一郎の運転手兼秘書。A級ライセンスの持ち主。
姫川是清……姫川コーポレーションの社長。蓮美の父。
それは完全に一目惚れだった。たまたま伯父である、蜂須賀大吉に呼ばれ、私は自分の会社を抜け出し、運転手兼秘書の早坂のマークをうまくかわし、公共交通機関を使って姫川コーポレーションへと出かけたのだった。
早坂の眼を欺いたのは彼を信頼していないという理由ではなく、健康のために歩きたかったという単純な理由だったりする。上司思いの部下はどんなに近くても車を出そうとするからだ。
姫川コーポレーション、それは姫川蓮美の父が経営する会社でもあった。
最寄の駅に降り立った途端、私は思わず眉間に皺を寄せた。
「……まいったな、こんなに早く雨が降ってくるなどとは、想定外だったぞ?」
私はスマホの天気予報のアプリを見つめながら、大きくため息をついた。
「傘の用意なんてしていないのに」
つい、ため息交じりに大きな声で呟くと、後ろから歩いてきた何者かが、私の背中越しに声をかけてきた。振り向けば、大きな瞳の優しげな顔をした制服姿の少女だった。いまどき珍しい、古風な感じのセーラー服の少女だった。
「あの…何かお困りですか?」
私は思わずこの可憐な少女の容姿に釘付けになりそうになったが、すぐに自分で正気を取り戻すように会釈をした。
「この先の姫川コーポレーションに、少し用があったのですが、あいにくこの有様です。天気予報のことなど、さっぱり頭にありませんでした」
私が恐縮しながら応えると、少女は口元に手をやりながら少し迷った素振りを見せ、勢いで決めたように手にしていた赤い傘を開きながら言った。
「よろしければ……ご一緒致しませんか?私も、姫川コーポレーションに行くところなのです」
彼女の名は姫川蓮美といった。エクセレンス女学園の生徒だった。
「私は……あ、いや、ご一緒に傘に入っては貴女が好奇な目で周りに見られてしまうのではないですか?」
私は彼女の為を思って躊躇した。自分のようなこんなオジサンが彼女に近づいてはいけないと思ったからだ。
「ふふ、そのようなことはご心配に及びません。ほら、この通り!この土砂降りでほとんど人もいらっしゃいませんよ。えっと……貴方をなんとお呼びしたらよいですか?」
「これは失礼しました。せっかく傘を勧めて頂いたのに名乗ることもなく…。私の名は蜂須賀雄一郎と申します。伯父が姫川コーポレーションにおりまして、なにやら野暮用で呼びつけられまして…」
「まぁ、そうだったんですね!だったらなおさら私は貴方を放っておけません、蜂須賀様。さぁ、どうぞ」
蓮美は背伸びをしながら傘を掲げた。その仕草がとても健気で可愛らしく映る。私は微笑を浮かべ、彼女から赤い傘を取り上げた。
「失礼します。傘は私が持ったほうが、良いかもしれませんね。姫川様」
「あ……いえ、すみません。蜂須賀様の方がずっと背が高いのに…」
彼女は申し訳なさそうにはにかんだ。私を見上げる大きな瞳はゆるゆると湖のなかに浮かぶ星のようだった。思わず私の顔も真っ赤になってしまった。
「あ、いや、その……。では、参りましょうか」
「はい」
私たちは雨の中、話をしながら歩いた。お互いのことが知りたくて、沈黙することが耐えられそうになかったのだ。
「卒業はもうちょっと先なんです。今はエクセレンス学園の寮にいるんです」
「そうなんですか?寮は厳しいのですか?」
「ええ、そうですね。でも、今日の外出許可はあっさり貰えました。父からの連絡があったので」
「そうだったんですね。お父様はどちらに?」
「はい……その……姫川コーポレーションの社長です」
「これは…!!知らなかったとはいえ大変失礼致しました」
私は慌てて彼女に頭を下げた。
「いえいえ、私は父にあまり似ていないので、よく親子だとは気付かれないのです」
蓮美は無邪気に微笑む。真っ赤な傘に落ちてくるパラパラという雨の音がまるで彼女の声と競うように鳴った。
「でも……今日、何故呼ばれたのか、よくわからなくて」
「そうですか。きっとお父様は久しぶりに貴女の顔をご覧になりたかったのでは?」
「……そうだと……良いのですが」
蓮美にはなにやら思うところがあるらしく、しばらくの間無口になった。やがて、私たちは姫川コーポレーションのエントランスに辿りついた。
「……ありがとうございます、姫川様。おかげで助かりました」
私が心から礼を言うと、彼女はニッコリと笑った。
「困ったときはお互い様ですよ。では……」
蓮美が背を向け、役員室直行らしきエレベーターに乗り込もうとしたとき、思わず私は声をかけずにはいられなかった。
「あ、あの……また、いつかお目にかかることが……出来たら、と思います」
何故唐突にそのような事を言ってしまったのだろう。それでも、私は彼女との再会を望んだ。
「はい……では……」
ゆっくりと閉じてゆくエレベータードアの間に、彼女の笑顔だけが見えていた。蓮美がエレベーターの扉の向こうに消える瞬間、言い知れぬ寂しさが溢れた。
心のなかでつい、離れるのを惜しんだことを自分自身で驚くように首を振った。
「…ったく、私はどうかしている。お!マズい。伯父上を待たせてしまうとうるさいからな」
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