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第三章 気にならないよ
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私がマンションのエントランスでしゃがみ込んで泣きじゃくっていたので、さすがにマンション前の道行く人々がどうかしたのかと集まってきた。
「……大丈夫ですか?」
声を掛けてくれる人も中にはいて、彼は思わず“ああ、大丈夫、大丈夫です、お気になさらず!”と頭を下げまくった。ようやく私も落ち着いてきて、ここまでの出来事を頭のなかで整理出来た。そうよ!私が不注意で落とした写真を、わざわざ拾って、しかも家に届けてくれようとしたこのひとに、私はまだお礼さえも言ってない!!
はっ……とようやく我に返ると、私は彼の服の袖を引っ張った。
「ここではなんですからっ!お茶しましょう!!」
「えっ?あの……お茶??」
切り替えの早さにあ然としながらも、彼は私に引っ張られたままついてきた。うちのマンションから数分歩いたところに24時間営業のファミレスがあるのだ。さすがに初対面の男性を自分のマンションの部屋に招いてお茶をするのは躊躇った。ただ、せっかく大切なあの写真を拾ってくれた彼にはちゃんとお礼をしなくてはいけない、と亡くなったおばあちゃんもきっと思ってくれるはずだから。
さっきは凄い勢いで言い合いになりそうだったのに、今はファミレスのテーブルを挟んでなんだか気まずい感じになっていた。
「あ……あの、さっきはすみませんでした。私、渡辺美玖っていいます。写真、拾って頂いて有難うございました。ちゃんとお礼も言ってなくて…」
「いや、僕も誤解してしまってすみませんでした。僕は山中英吾っていいます。朝見たとおり、環境事業局で働いてます」
「……私服だと判らなかったんです。今朝のひとだって。それに…わりと落ち着いて年齢の人が多い職業だって思っていたから…」
言い方によっては偏見に解釈出来てしまうかもしれない。私のイメージはわりと浅い。
「それに……香水?というかパルファムの匂いが……ちょっと強めだから、てっきり水商売の方なのかと」
すると恐縮したように彼は苦笑いする。
「ああ……うん。普段からあまり良い匂いじゃない環境下で仕事してるから、作業が終わったあとにお風呂とかシャワーとかで身体を洗うんだけど、なんか…自分の身体にゴミの匂いが付いているような気がするから」
ファミレスの店内の照明下で、私はそのとき初めて彼の顔をまともに見た。さっき運ばれてきたコーヒーカップに手を伸ばす彼を。
(………わぁ……。若いと思っていたけど、やっぱり同い年くらいのひとかな?しかも爽やか系)
「……山中さんに、お聞きしてもいいですか」
「はい。なんですか?」
「どうして……写真を届けてくれたんですか?」
「そうだね。お節介だとは思ったけど、どうして手放したんだろうって、知りたかったから。でもうっかり落としてしまったことが解ったから、なんだかホッとしたんだ」
「……どうして?他人なのに…」
彼はコーヒーを一口飲むと言った。
「写真って、そのときにしか切り取れなかった時間じゃない?だからせっかく“カタチ”として残したものをわざわざ捨てるのって、どんな理由なんだろう…って知りたくて。ましてや大切な人の思い出が映っているように思えたからね」
彼の言葉には、なにか含みがあるように聞こえた。でも、言っていることはなんとなくわかる。きっとこのひとも優しいひとなんだろう。そして、大切なひととの思い出をちゃんと残したいひとなのだ。
「本当に、拾って頂いて有難うございました。亡くなったおばあちゃんの写真、あれが一枚きりなんです。あの写真は私の拠り所になっているというか…元気の源になっていたりするので」
「……うん、そうなんだろうな、って思った。マンションの入口であんなに泣くから」
「ちょ……と……もう……恥ずかしいからやめてください」
「はははは…ごめん」
彼は目を細めて静かに笑った。しばらく穏やかな時間が流れていた。とても久しぶりにこんな時間を過ごしたような気がした。
「あ、あの……またゴミ収集とか……されるの…ですか?」
我ながらすごくバカなことを聞いていると思ったけれど、思わず聞いてしまった。
「んん……実は、今週があの地域は最後。僕らは収集する地域が1カ月単位で移動になるんだ。ゴミってたくさん出る地域とそうでない地域って実は差があったりするんだよ。世帯数とかマンション地域とか理由はいろいろあるけれどね」
「……そうなんですね」
もう彼に会えないかもしれない、そんなふうに思ったらなんだか落胆している自分がいた。だったら、どうせ最後ならもう少し深いことを聞いてもよいだろうか。
「山中さん、ご出身は東京なんですか?」
当たり障りのない話題だけれど、もう少しだけこのひとのことが知りたくなった。
「ええ……まぁ」
「私は…埼玉から出てきたんです。だからいなかっぺというか…」
「埼玉はいなかっぺではないですよ。都心のベッドタウンじゃないですか」
「……まぁ、そう言って頂けると救われますけど、自分がなんとなくもっさりしていてドンくさいので」
彼は首を傾げ「そうかな?」と言ったあと笑ってくれた。その笑顔が穏やかで、なんだか安心する。素朴でナチュラルで、都会の出身でも時間に縛られずに生きている、そんな印象があった。
「……大丈夫ですか?」
声を掛けてくれる人も中にはいて、彼は思わず“ああ、大丈夫、大丈夫です、お気になさらず!”と頭を下げまくった。ようやく私も落ち着いてきて、ここまでの出来事を頭のなかで整理出来た。そうよ!私が不注意で落とした写真を、わざわざ拾って、しかも家に届けてくれようとしたこのひとに、私はまだお礼さえも言ってない!!
はっ……とようやく我に返ると、私は彼の服の袖を引っ張った。
「ここではなんですからっ!お茶しましょう!!」
「えっ?あの……お茶??」
切り替えの早さにあ然としながらも、彼は私に引っ張られたままついてきた。うちのマンションから数分歩いたところに24時間営業のファミレスがあるのだ。さすがに初対面の男性を自分のマンションの部屋に招いてお茶をするのは躊躇った。ただ、せっかく大切なあの写真を拾ってくれた彼にはちゃんとお礼をしなくてはいけない、と亡くなったおばあちゃんもきっと思ってくれるはずだから。
さっきは凄い勢いで言い合いになりそうだったのに、今はファミレスのテーブルを挟んでなんだか気まずい感じになっていた。
「あ……あの、さっきはすみませんでした。私、渡辺美玖っていいます。写真、拾って頂いて有難うございました。ちゃんとお礼も言ってなくて…」
「いや、僕も誤解してしまってすみませんでした。僕は山中英吾っていいます。朝見たとおり、環境事業局で働いてます」
「……私服だと判らなかったんです。今朝のひとだって。それに…わりと落ち着いて年齢の人が多い職業だって思っていたから…」
言い方によっては偏見に解釈出来てしまうかもしれない。私のイメージはわりと浅い。
「それに……香水?というかパルファムの匂いが……ちょっと強めだから、てっきり水商売の方なのかと」
すると恐縮したように彼は苦笑いする。
「ああ……うん。普段からあまり良い匂いじゃない環境下で仕事してるから、作業が終わったあとにお風呂とかシャワーとかで身体を洗うんだけど、なんか…自分の身体にゴミの匂いが付いているような気がするから」
ファミレスの店内の照明下で、私はそのとき初めて彼の顔をまともに見た。さっき運ばれてきたコーヒーカップに手を伸ばす彼を。
(………わぁ……。若いと思っていたけど、やっぱり同い年くらいのひとかな?しかも爽やか系)
「……山中さんに、お聞きしてもいいですか」
「はい。なんですか?」
「どうして……写真を届けてくれたんですか?」
「そうだね。お節介だとは思ったけど、どうして手放したんだろうって、知りたかったから。でもうっかり落としてしまったことが解ったから、なんだかホッとしたんだ」
「……どうして?他人なのに…」
彼はコーヒーを一口飲むと言った。
「写真って、そのときにしか切り取れなかった時間じゃない?だからせっかく“カタチ”として残したものをわざわざ捨てるのって、どんな理由なんだろう…って知りたくて。ましてや大切な人の思い出が映っているように思えたからね」
彼の言葉には、なにか含みがあるように聞こえた。でも、言っていることはなんとなくわかる。きっとこのひとも優しいひとなんだろう。そして、大切なひととの思い出をちゃんと残したいひとなのだ。
「本当に、拾って頂いて有難うございました。亡くなったおばあちゃんの写真、あれが一枚きりなんです。あの写真は私の拠り所になっているというか…元気の源になっていたりするので」
「……うん、そうなんだろうな、って思った。マンションの入口であんなに泣くから」
「ちょ……と……もう……恥ずかしいからやめてください」
「はははは…ごめん」
彼は目を細めて静かに笑った。しばらく穏やかな時間が流れていた。とても久しぶりにこんな時間を過ごしたような気がした。
「あ、あの……またゴミ収集とか……されるの…ですか?」
我ながらすごくバカなことを聞いていると思ったけれど、思わず聞いてしまった。
「んん……実は、今週があの地域は最後。僕らは収集する地域が1カ月単位で移動になるんだ。ゴミってたくさん出る地域とそうでない地域って実は差があったりするんだよ。世帯数とかマンション地域とか理由はいろいろあるけれどね」
「……そうなんですね」
もう彼に会えないかもしれない、そんなふうに思ったらなんだか落胆している自分がいた。だったら、どうせ最後ならもう少し深いことを聞いてもよいだろうか。
「山中さん、ご出身は東京なんですか?」
当たり障りのない話題だけれど、もう少しだけこのひとのことが知りたくなった。
「ええ……まぁ」
「私は…埼玉から出てきたんです。だからいなかっぺというか…」
「埼玉はいなかっぺではないですよ。都心のベッドタウンじゃないですか」
「……まぁ、そう言って頂けると救われますけど、自分がなんとなくもっさりしていてドンくさいので」
彼は首を傾げ「そうかな?」と言ったあと笑ってくれた。その笑顔が穏やかで、なんだか安心する。素朴でナチュラルで、都会の出身でも時間に縛られずに生きている、そんな印象があった。
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