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第二章 どうして捨てたの?
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「気持ちは解るけどさ……元気出しなよ?ほら、勘違いってこともあるじゃない?家に帰ったら、案外床とかに落ちてるかもしれないから」
同じ職場で働く1つ年上の美奈はまるで小さな子でもあやすように私の頭をよしよしと撫でた。はぁぁ…これだけで元気が出るのなら、有難いんだけれどね。
「……正直、嫌な予感しかしないの。あれ、大事な写真だったのに。ホントに家にあるかなぁ」
「大事な写真だったら、ほら、バックアップというか、写メで撮っておいたとか、複数プリントしたとか無かったの?」
「そんなの無いよぅ…」
そうなのだ。そんなに大切な写真なら写真立てに入れて家に置いておけばよかったのだ。けれど昔からおばあちゃん子だった私は、おばあちゃんを肌身離さず持っていたいと思ってしまっていたからいけなかった。それにあの写真、お葬式のときにたまたまおばあちゃんの家で見つけたものだったから、貴重な一枚だったのだ。
「あああああ~バカだった、私。こんなことになるなら、家に置いて置けばよかった」
カフェテリアのテーブルに突っ伏したまま、私はろくにランチも喉に通らなかった。
「美玖ぅ、食べなきゃ6時までお腹持たないよ?」
そんなふうに言いながら美奈はため息をついた。
私の仕事はテクニカルサポート。通信機器の不具合や操作が解らないお客様から問い合わせが来たとき、もしくは同じ会社内の営業ショップからの問い合わせに対してチャットで対応する業務をしている。近年、知らない人と話をする機会が本当に減ったと思う。いや、敢えて接触を避けた仕事に就いたと言った方がいいのかも。もともとは営業畑だったけれど、日付が変わるような時刻にヘロヘロになりながら家に帰っていた毎日だったので、ある日突然身体をこわした。メンタルも壊れる寸前だったと思う。そんなとき、肌身離さず持っていたおばあちゃんの写真が私にこう言ったような気がした。
「美玖はほんとうに頑張っているねぇ…。おばあちゃんは応援してるよ。でもね、身体だけは大事にしておくれよ?お願いだからね」
そんなこともあって、バリキャリ願望も無く、私は翌年度の転属希望にここの部署を選んだ。体調不良もあったことから、希望どおりここで働けるようになって現在に至っている。ここでは同期は居ない。野心のある同期たちはここへは絶対に来ないだろうなぁ…。まぁ、いいけど。
ああ、またおばあちゃんの写真に助けられたことを思い出したら余計に凹む…もぉ…。
今日の分の仕事はなんとかこなすことが出来たけれど、家に帰るまでが気が気ではなかった。写真…家にありますように!!神様、お願い!!これは普段、だらしなく生きている私に対しての戒めのドッキリなんですよね?そうよね?家に帰ったら安心できる設定ですよね?
エントランスの横に設置させた小窓をそっと覗く。もしかしたら管理人さんが拾っていたりして?なんてドラマチックな展開を期待したけど、管理人室は真っ暗だった。がっくりとそのまま肩を落としてオートロックを解除していると、独り言が聞こえた。
「……まいったな。このマンションだと思ってたんだけど」
集合ポストの前辺りにすらりと背の高い男性が立っていた。様子をうかがうように近づいてみる。うっ……なかなかキツい香水?トワレ?よくわからないけどお洒落系な匂いがする人だった。水商売のひとかな?それにしてもラフな格好だな。
「あの……どうかされました?」
自分にほとんど余裕がないけれど、つい声を掛けてしまった。するとゆっくりとそのひとは振り返る。
「あーーーっ!!!!いたいた!!!きみでしょ、これっ!!」
男性はちょっとムッとしたような口調でひらひらと手にした紙を私に差し出した。
「ちょ……………!!!!おばあちゃんの写真っ!!!!」
見た瞬間に有頂天になりかけた私にそのひとは少し怒っているような口調で言った。
「ねぇ!聞いていいかなっ?どうしてこんな良い写真を捨てたりしたのっ!?」
私はその言葉に驚きを隠せなかった。
「捨てるですって!?」
それはあまりにも心外な言葉だった。
「捨てるわけないでしょ!?これは大事な写真なの!おばあちゃんの写真、私はこれしか持ってないの!!なのに捨てるわけないじゃないっ!っていうか、あなた、誰よ?なんで私の大事な写真を持ってたの!?」
なんだか喧嘩腰の話し方になってしまった。でもいきなり捨てただなんて決めつけられたら腹が立った。私はこの写真のせいで丸一日、凹んでいたのだから。
私の勢いに彼も驚いたようだったけれどため息をつくと話を始めた。
「今朝、可燃ゴミの収集作業をしていたら、この写真がタイヤのそばに落ちていたんだよ。気づかなかったらタイヤで踏んでぐちゃぐちゃになるところだった。だから、僕が拾ったんだ。確認したら、とても良い写真だと思ったからどうして捨てるんだろう?って思ってさ。きみが慌てて駆け込みでゴミを出しに来たからそのときにコレを捨てたのかと思ったんだよ」
ああ、そういうことか。私はやっと納得した。そして目の前にいる彼は今朝、なんとなく私が気に留めたゴミ収集作業員さんだと判ったのだ。
「捨てたんじゃなくて…いつもスマホケースのポケットに入れていたの。手に持っていたときに落としてしまったみたいで。私はてっきり失くしてしまったと思って会社に着いてから必死になって捜していたの。でも……見つかって……今見つかってホッと………しました」
興奮してまくし立てたら、急に安心して力が抜けた。ホッとしたのと同時にその場にしゃがみ込んだ。自分でも驚くほどに涙が止まりそうになかった。
同じ職場で働く1つ年上の美奈はまるで小さな子でもあやすように私の頭をよしよしと撫でた。はぁぁ…これだけで元気が出るのなら、有難いんだけれどね。
「……正直、嫌な予感しかしないの。あれ、大事な写真だったのに。ホントに家にあるかなぁ」
「大事な写真だったら、ほら、バックアップというか、写メで撮っておいたとか、複数プリントしたとか無かったの?」
「そんなの無いよぅ…」
そうなのだ。そんなに大切な写真なら写真立てに入れて家に置いておけばよかったのだ。けれど昔からおばあちゃん子だった私は、おばあちゃんを肌身離さず持っていたいと思ってしまっていたからいけなかった。それにあの写真、お葬式のときにたまたまおばあちゃんの家で見つけたものだったから、貴重な一枚だったのだ。
「あああああ~バカだった、私。こんなことになるなら、家に置いて置けばよかった」
カフェテリアのテーブルに突っ伏したまま、私はろくにランチも喉に通らなかった。
「美玖ぅ、食べなきゃ6時までお腹持たないよ?」
そんなふうに言いながら美奈はため息をついた。
私の仕事はテクニカルサポート。通信機器の不具合や操作が解らないお客様から問い合わせが来たとき、もしくは同じ会社内の営業ショップからの問い合わせに対してチャットで対応する業務をしている。近年、知らない人と話をする機会が本当に減ったと思う。いや、敢えて接触を避けた仕事に就いたと言った方がいいのかも。もともとは営業畑だったけれど、日付が変わるような時刻にヘロヘロになりながら家に帰っていた毎日だったので、ある日突然身体をこわした。メンタルも壊れる寸前だったと思う。そんなとき、肌身離さず持っていたおばあちゃんの写真が私にこう言ったような気がした。
「美玖はほんとうに頑張っているねぇ…。おばあちゃんは応援してるよ。でもね、身体だけは大事にしておくれよ?お願いだからね」
そんなこともあって、バリキャリ願望も無く、私は翌年度の転属希望にここの部署を選んだ。体調不良もあったことから、希望どおりここで働けるようになって現在に至っている。ここでは同期は居ない。野心のある同期たちはここへは絶対に来ないだろうなぁ…。まぁ、いいけど。
ああ、またおばあちゃんの写真に助けられたことを思い出したら余計に凹む…もぉ…。
今日の分の仕事はなんとかこなすことが出来たけれど、家に帰るまでが気が気ではなかった。写真…家にありますように!!神様、お願い!!これは普段、だらしなく生きている私に対しての戒めのドッキリなんですよね?そうよね?家に帰ったら安心できる設定ですよね?
エントランスの横に設置させた小窓をそっと覗く。もしかしたら管理人さんが拾っていたりして?なんてドラマチックな展開を期待したけど、管理人室は真っ暗だった。がっくりとそのまま肩を落としてオートロックを解除していると、独り言が聞こえた。
「……まいったな。このマンションだと思ってたんだけど」
集合ポストの前辺りにすらりと背の高い男性が立っていた。様子をうかがうように近づいてみる。うっ……なかなかキツい香水?トワレ?よくわからないけどお洒落系な匂いがする人だった。水商売のひとかな?それにしてもラフな格好だな。
「あの……どうかされました?」
自分にほとんど余裕がないけれど、つい声を掛けてしまった。するとゆっくりとそのひとは振り返る。
「あーーーっ!!!!いたいた!!!きみでしょ、これっ!!」
男性はちょっとムッとしたような口調でひらひらと手にした紙を私に差し出した。
「ちょ……………!!!!おばあちゃんの写真っ!!!!」
見た瞬間に有頂天になりかけた私にそのひとは少し怒っているような口調で言った。
「ねぇ!聞いていいかなっ?どうしてこんな良い写真を捨てたりしたのっ!?」
私はその言葉に驚きを隠せなかった。
「捨てるですって!?」
それはあまりにも心外な言葉だった。
「捨てるわけないでしょ!?これは大事な写真なの!おばあちゃんの写真、私はこれしか持ってないの!!なのに捨てるわけないじゃないっ!っていうか、あなた、誰よ?なんで私の大事な写真を持ってたの!?」
なんだか喧嘩腰の話し方になってしまった。でもいきなり捨てただなんて決めつけられたら腹が立った。私はこの写真のせいで丸一日、凹んでいたのだから。
私の勢いに彼も驚いたようだったけれどため息をつくと話を始めた。
「今朝、可燃ゴミの収集作業をしていたら、この写真がタイヤのそばに落ちていたんだよ。気づかなかったらタイヤで踏んでぐちゃぐちゃになるところだった。だから、僕が拾ったんだ。確認したら、とても良い写真だと思ったからどうして捨てるんだろう?って思ってさ。きみが慌てて駆け込みでゴミを出しに来たからそのときにコレを捨てたのかと思ったんだよ」
ああ、そういうことか。私はやっと納得した。そして目の前にいる彼は今朝、なんとなく私が気に留めたゴミ収集作業員さんだと判ったのだ。
「捨てたんじゃなくて…いつもスマホケースのポケットに入れていたの。手に持っていたときに落としてしまったみたいで。私はてっきり失くしてしまったと思って会社に着いてから必死になって捜していたの。でも……見つかって……今見つかってホッと………しました」
興奮してまくし立てたら、急に安心して力が抜けた。ホッとしたのと同時にその場にしゃがみ込んだ。自分でも驚くほどに涙が止まりそうになかった。
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