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わたくし、自暴自棄になりますわ
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ウィルと過ごすようになって、一ヶ月ほど経った頃でしょうか。領地での生活にも慣れ、季節は夏も終わろうとしていました。
その日は雨で、二人してお城の中で過ごしていました。その頃になると、お茶くらいは一人でいれられるようになっていましたので、わたくしとウィルの分のお茶をいれて、彼のところに持っていこうと思っていました。
ウィルは居間の窓辺で椅子に座りながら、雨の降る庭をぼうっと見つめておりました。
端正な横顔は、貴族の殿方にはない、生きる強さが現れているように思います。引き締まった体も、日焼けした肌も、それら全てが彼という完璧な存在を形作っているかのように思いました。
「メイベル様、お茶をいれてくださったのですか。お望みであれば、俺がしましたのに」
静かな笑顔に、どうしようもなく愛おしさがこみ上げます。
カップをテーブルに置いた後、椅子に座るウィルの膝の上に、わたくしは腰掛けました。
「抱きしめてくださいまし」
ウィルは驚いたようでしたが、わたくしの言葉に素直に従いました。彼の腕が、おずおずとわたくしの体に回されます。
わたくしの心臓はドキドキと、うるさいくらいに鳴っていました。
「あのね、違うのですわ。わたくしがウィルにお茶をいれてあげたかったの。わたくし、ウィルが好きですもの。わたくし、偉いでしょう? 頭を撫でてくださいまし」
言うと、彼は頭を撫でてくれました。わたくしは彼を見上げます。困ったように、彼は微笑んでいました。
「今日は甘えたい日ですか」
間髪入れずにわたくしは言いました。
「次はキスをしてくださいまし」
彼の体がびくりと震え、のろのろと指がわたくしの髪の一房を握ると、そこに口づけが落ちました。
「唇にしてくださいませんか」
ウィルの目が暗く澱みました。
「それはできません」
「なぜですの? わたくしのことがお嫌いですか? 無理矢理結婚した女ですものね」
言いながら、体を離し、彼の前に立ちます。
ウィルはじっとわたくしを見上げたまま、言葉を探すように、黙っています。耐えきれずにわたくしから言いました。
「こんなに可愛いわたくしがいて、手を出さないのはとても不思議です。貴族の皆様は、わたくしに言い寄り、落とすことを一種のゲームのように楽しんでおられるようでしたもの。
そんな方々よりも、あなたは遥かに誠実です。わたくし、この世の男性の中で、あなたが一番好きですわ」
もう一度彼の手を握ります。抵抗はありませんでしたが、彼はわたくしを拒否するように、首を横に振っていました。
「よしてください、メイベル様」
「なぜ? わたくしはあなたの妻なのに」
「この結婚は偽りです。あなたの叔父様がそうおっしゃった。いつかメイベル様を宮廷に戻すつもりでいるから、絶対に手を出すなと。手を出したら殺すとまで言われています」
「そんなの脅しでしょう?」
「俺には分かりません。本気かもしれません」
「ではやはり、わたくしが嫌いですか? 悪女と言われ続けていますから」
その問いかけにも、彼は首を横に振りました。
「嫌いではありません。少しも、嫌いではないのです」
ざあざあと、雨の音がしていました。
わたくしの言うことを何でも聞いてくれたウィルの初めての拒否に、傷ついている自分に驚いていました。
「ウィル、あなたはやっぱり意気地なしですわ!」
そう言うと、わたくしは部屋を後にしました。数時間後に居間を覗くと、わたくしがいれた紅茶は、綺麗に片付けられておりました。
数日の間、気まずい空気がわたくし達の間に漂っていました。挨拶もわたくしは返せませんでした。
ある晴れた日、気分転換に領地を回ろうと思い立ちました。もちろん、一人でです。ですがウィルは付いてくると言い出しました。
断りましたが、彼は意固地です。わたくしに何かあったら、叔父様からの報酬が受け取れないので、彼も必死なのでしょう。仕方がないので受け入れます。
わたくしが一人で馬に乗ると、ウィルは信じられないものを見たかのように驚愕の表情を浮かべました。
「一人で馬に乗れたのですか?」
「わたくしは淑女ですもの。当然です」
冷たくそう言い放ち、馬を蹴りました。少し間を開けて、ウィルは付いてきました。
しばらく無言で馬を走らせていました。
わたくしは考えに没頭していました。だから、直前までそれに気が付かなかったのです。
道の上に、うさぎが突然飛び出してきました。避けようとして馬を操りますが、上手くできません。馬は混乱に陥り、前足を高く掲げました。
――瞬間、なるようになってしまえ、と思ったことは確かでした。
大衆の目の前で王子に婚約破棄されて、与えられた夫はわたくしを決して愛してはくれません。穏やかさは得ても、心からの幸福を得ることは、できないのです。
だから半ば、自暴自棄でした。わたくしの体が地面に落ちて、ガラス細工のように粉々になってしまえばいいと思いました。そうすれば皆、わたくしがいかに繊細で透明で、美しい存在だったのかを思い知ると思ったのです。
ですがわたくしの体は怪我どころか、土で汚れることもございませんでした。
「うっ……」
ウィルが痛みに呻きました。
わたくしの体は、ウィルにしっかりと抱きとめられておりました。
その日は雨で、二人してお城の中で過ごしていました。その頃になると、お茶くらいは一人でいれられるようになっていましたので、わたくしとウィルの分のお茶をいれて、彼のところに持っていこうと思っていました。
ウィルは居間の窓辺で椅子に座りながら、雨の降る庭をぼうっと見つめておりました。
端正な横顔は、貴族の殿方にはない、生きる強さが現れているように思います。引き締まった体も、日焼けした肌も、それら全てが彼という完璧な存在を形作っているかのように思いました。
「メイベル様、お茶をいれてくださったのですか。お望みであれば、俺がしましたのに」
静かな笑顔に、どうしようもなく愛おしさがこみ上げます。
カップをテーブルに置いた後、椅子に座るウィルの膝の上に、わたくしは腰掛けました。
「抱きしめてくださいまし」
ウィルは驚いたようでしたが、わたくしの言葉に素直に従いました。彼の腕が、おずおずとわたくしの体に回されます。
わたくしの心臓はドキドキと、うるさいくらいに鳴っていました。
「あのね、違うのですわ。わたくしがウィルにお茶をいれてあげたかったの。わたくし、ウィルが好きですもの。わたくし、偉いでしょう? 頭を撫でてくださいまし」
言うと、彼は頭を撫でてくれました。わたくしは彼を見上げます。困ったように、彼は微笑んでいました。
「今日は甘えたい日ですか」
間髪入れずにわたくしは言いました。
「次はキスをしてくださいまし」
彼の体がびくりと震え、のろのろと指がわたくしの髪の一房を握ると、そこに口づけが落ちました。
「唇にしてくださいませんか」
ウィルの目が暗く澱みました。
「それはできません」
「なぜですの? わたくしのことがお嫌いですか? 無理矢理結婚した女ですものね」
言いながら、体を離し、彼の前に立ちます。
ウィルはじっとわたくしを見上げたまま、言葉を探すように、黙っています。耐えきれずにわたくしから言いました。
「こんなに可愛いわたくしがいて、手を出さないのはとても不思議です。貴族の皆様は、わたくしに言い寄り、落とすことを一種のゲームのように楽しんでおられるようでしたもの。
そんな方々よりも、あなたは遥かに誠実です。わたくし、この世の男性の中で、あなたが一番好きですわ」
もう一度彼の手を握ります。抵抗はありませんでしたが、彼はわたくしを拒否するように、首を横に振っていました。
「よしてください、メイベル様」
「なぜ? わたくしはあなたの妻なのに」
「この結婚は偽りです。あなたの叔父様がそうおっしゃった。いつかメイベル様を宮廷に戻すつもりでいるから、絶対に手を出すなと。手を出したら殺すとまで言われています」
「そんなの脅しでしょう?」
「俺には分かりません。本気かもしれません」
「ではやはり、わたくしが嫌いですか? 悪女と言われ続けていますから」
その問いかけにも、彼は首を横に振りました。
「嫌いではありません。少しも、嫌いではないのです」
ざあざあと、雨の音がしていました。
わたくしの言うことを何でも聞いてくれたウィルの初めての拒否に、傷ついている自分に驚いていました。
「ウィル、あなたはやっぱり意気地なしですわ!」
そう言うと、わたくしは部屋を後にしました。数時間後に居間を覗くと、わたくしがいれた紅茶は、綺麗に片付けられておりました。
数日の間、気まずい空気がわたくし達の間に漂っていました。挨拶もわたくしは返せませんでした。
ある晴れた日、気分転換に領地を回ろうと思い立ちました。もちろん、一人でです。ですがウィルは付いてくると言い出しました。
断りましたが、彼は意固地です。わたくしに何かあったら、叔父様からの報酬が受け取れないので、彼も必死なのでしょう。仕方がないので受け入れます。
わたくしが一人で馬に乗ると、ウィルは信じられないものを見たかのように驚愕の表情を浮かべました。
「一人で馬に乗れたのですか?」
「わたくしは淑女ですもの。当然です」
冷たくそう言い放ち、馬を蹴りました。少し間を開けて、ウィルは付いてきました。
しばらく無言で馬を走らせていました。
わたくしは考えに没頭していました。だから、直前までそれに気が付かなかったのです。
道の上に、うさぎが突然飛び出してきました。避けようとして馬を操りますが、上手くできません。馬は混乱に陥り、前足を高く掲げました。
――瞬間、なるようになってしまえ、と思ったことは確かでした。
大衆の目の前で王子に婚約破棄されて、与えられた夫はわたくしを決して愛してはくれません。穏やかさは得ても、心からの幸福を得ることは、できないのです。
だから半ば、自暴自棄でした。わたくしの体が地面に落ちて、ガラス細工のように粉々になってしまえばいいと思いました。そうすれば皆、わたくしがいかに繊細で透明で、美しい存在だったのかを思い知ると思ったのです。
ですがわたくしの体は怪我どころか、土で汚れることもございませんでした。
「うっ……」
ウィルが痛みに呻きました。
わたくしの体は、ウィルにしっかりと抱きとめられておりました。
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