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第3章 望郷、邂逅、アセンブル

迎え撃つお姉様ですわ!

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 雪は、その深さを更に増していく。

 ヴェロニカたちは、またしても走り、そして開けた斜面に出た。白い雪の上に三人と一匹の姿は何よりも目立つ。ヒグマはその速度を緩めることなく弾丸のように走ってくる。下方にヴェロニカたち。上方にヒグマ。
 絶体絶命だった。

「神様!」

 チェチーリアは神に祈る。神は乗り越えられる試練しか与えないというが、乗り越えなくても特に問題のない試練は気まぐれに与えるようだ。

 ――ここまでか。

 諦めかけるヴェロニカの頭に、最適解が浮かぶ。
 ヒグマの狙いはヴェロニカだ。そうでなくとも、一人おとりになれば時間は稼げるはずだ。

 一か八か。

「お姉様!?」

 突然立ち止まったヴェロニカにチェチーリアが悲鳴に似た声を上げる。次の行動を察したのだ。

「二人は行って! 走り続けるのよ!!」

 背中越しに二人に声をかける。

「嫌です!」

「グレイ! チェチーリアを連れてって! 守るんでしょう!?」

 グレイはほんの一瞬だけ迷ったようだが、即座にチェチーリアの体を抱えると、雪積もる地面の上を走り始めた。チェチーリアのわめき声が聞こえるが、グレイは無視して走っているようだ。
 ヴェロニカは向かってくるヒグマと対峙する。いつの間にか、アルテミスも隣に寄り添う。それにまた強さを貰う。

(死ぬ気はない。迎え撃つ!)

 自己犠牲などなる気はなかった。
 しかし、今はこれが最善だ。

 馬鹿みたいに三人で力を合わせて立ち向かったところで、ヒグマに勝てるとは思えない。もし自分がここで死んでも、一人欠けるだけだ。二人は生き延びる。生存者は限りなく多い方がいい。
 何を選び、何を捨てるか、それをやっているだけだ。そしてあの日、ロスが身を挺してヴェロニカを守った意味が分かったように思えた。それが正解だったか分からない。しかし彼は最善だと判断した。

(――頭を狙うのはだめだ。頭蓋は硬い)

 狙うのは、心臓か肺……!

 瞬間、世界の時が止まってしまったかのような錯覚を覚えた。向かってくるヒグマのスピードは、ひどくのろく感じる。

 

 声が、聞こえた気がした。
 
 ――「集中しろ。確実に敵の心臓に撃ち込め」

 煩わしい。偉そうな。
 
 ――「生き延びるんだ」



 ヴェロニカはとにかく腹が立っていた。猛然と向かってくるヒグマに対してだ。

 この獣が、あの日現れなかったら。
 そうしたらヴェロニカを助けようとしたロスが滝へ落ちることもなく、再会した彼の姿をあれほど嬉しく思ったこともないだろう。

 そうであれば……きっとこんな感情抱かなかったはずだ。苛立ち、焦り、はしたなく取り乱し、あまりにも無力な自分を思い知らされるこんな感情を。まるで自分らしくない、いち早く捨て去ってしまいたいこんな感情を……。

 あの日々において、ヴェロニカにはロスが必要だった。そしてロスにもヴェロニカが絶対に必要だったはずだ。

 だけど、男はいつもそうだった。ヴェロニカに決して殺人をさせなかったロスのように、守ることが、女のためになると本気で勘違いをしている。だが断言するが、それは間違いだ。少なくともヴェロニカは、いつだって彼の横で一緒に戦いたかったし、そのつもりだった。何を考えているか話して欲しかったし、どんな真実でも受け入れるつもりだった。

 そのことを余すことなく全て真っ直ぐに伝えたつもりだった。
 それでもロスは去った。たった一人で、何も語らずに、何も分け合うことなく。

 だから、ひどく腹立たしい。

「あなたに言われなくても生き延びて見せるわ!!」

 叫び、ヴェロニカの指が、引き金を引く。

 残りの弾は何発か。計算する。三発。
 ポケットに入れている弾薬を取り出し装填している時間はない。チャンスは少ない。ここで確実に殺す。

 ついに目前のこの凶悪な獣に引導を渡すときが来たのだ。――他の誰でもない、ヴェロニカ自身の手によって。
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