断頭台のロクサーナ

さくたろう

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最終章 奇跡の世界でわたしは生きる

救いの弾を、わたしは撃ち込む

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 レットの顔が、わずかに上げられた。

 なぜ彼が――独善的であるにせよ――そこまでモニカを救おうとしていたのか、やはり答えは、一つしかない。

 長い沈黙の後で、ようやく口を開いた。

「……あの娘は、既に悪魔と同じだった。罪を償いながら生きるのは、耐え難い苦痛だろう。それに死ねば次の世界があると信じている者にとって、自らの死の感情は我々とは違うはずだ」

 ロキシーを見上げる目は、先ほどよりもずっと穏やかだった。

「確かに、あなたに抱く激しい愛とは別種だったが、それも確かに、愛だった。うんざりするほど、あの娘は私によく似ていたから。人を憎み、不幸を自分以外の全てのせいにして、人の愛し方さえも、自分を見ているようだった。だから、何があの娘の救いになるか、分かっていた」

 どんな慰めも、もう彼には届かない。二度と夜明けが来なくとも、闇の中にしか彼の救いはないのだ。

 国政の責任は、ほとんど全て、レットが被ることとなった。モニカはただ、表に立っていたにすぎないと片付けられた。
 ロキシーを生かし、モニカを殺し、全ての罪を自ら負うことが、彼にとっての愛し方だった。

「あなたにとって、愛は自分を犠牲にすることなの?」

 握り合う手に、力が籠った。悔しかった。今更真実を知った自分にも、一人で抱え込んでいた彼にも、怒りが沸いていた。
 もしもっと早く、考えを全て話していてくれていたのなら、全く違う今があったはずだ。檻を挟んでから、やっと対等に話せるなんて、悔しくてたまらない。

 未だ両膝をついたまま、レットはロキシーを見上げている。やがて静かに言った。

「……本当の恋は、愛はなんだか知っているのかと、幼いあなたは聞いたね」

 まだ、出会って間もない頃だ。不安と恐怖でいっぱいで、下心のうちに彼を利用しようとし、あっさりと見抜かれたときの話だ。
 身に覚えがあり頷くと、レットは小さく笑う。 

「あの時、私は答えられなかった。当たり前だ。そんなもの、知らなかったから。だけど、今は分かる。たとえ報われなかったとしても、愛した事実だけで、生きていける。あなたと出会えて、初めて自分という存在が、この世にあってよかったと感じた。あなたを想うと、私のこの虚しい人生が、誰よりも特別なものに思えたんだ。それが本当の恋だと、本当の愛だと、あなたが教えてくれた。時間はかなりかかったが、それがあの時の答えだ……ロキシー」
 
 ついに彼の手が、ロキシーから離された。人の温もりを失った手は、握られる前よりもずっと寒い。 

「こんな私にも、執着はあった。あなたが幸せに笑っている姿を、一度でいいからこの目で見たい。……この両手は血で染まっている。魂は悪魔に売り渡した。許しはいらない。ただ、救いが欲しい。言ってくれ、たったひと言、幸せだと。それだけで、私は救われる」

 ロキシーの目から涙がこぼれ、自分が傷ついていることを知った。涙が頬を伝い、床に落ちる。
 それでも首を横に振り、はっきりとした口調で彼に言った。 

「いいえレット。幸せだとは、言えないわ。あなたがわたしのために死ぬなら、わたしは永遠に、幸せにはなれない」

 レットの目が開かれる。

 思い出が駆け巡る。
 彼といて幸福もあった。悲しみもあった。やるせなくて泣いて、おかしくて笑って、そうして今日まで、日々が続いてきた。だがそれら一切は、すでに過去だ。

 彼が屋敷を訪ねてきてから、激流が始まった。その激流を終わらせるのは、ロキシーしかいない。

「……わたしは神様じゃないけれど、あなたに救いをあげられるのは、やっぱりわたしだけだと思うから」

 本当は初めから、そのためにここに来た。服の下に隠してたそれを、取り出す。

「あなたが好きだった。本当に、好きだったわ」

 レットは、ロキシーのよく知る笑顔で優しく微笑み、すべてを受け入れるかのように、頭を垂れた。


「ありがとう――」


 やがて牢に、数発の銃声が響いた。


 



 銃声を聞き、駆けつけようとする兵士に叫ぶ。

「来ないで!」

 兵士たちの動きが止まる。 

「フィン・オースティンを呼んできて! レット・フォードを殺したわ……!」

 ロキシーが誰だか兵士たちは知らないが、革命軍上がりの彼らはルーカスの言いつけを守り、ロキシーの命令にも従うことにしたようだ。こちらに近づくこともなく、そのままフィンを呼びに行く。

 やがてすぐにやって来たフィンは、ロキシーの意図を尊重してくれた。
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