断頭台のロクサーナ

さくたろう

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第五章 夢見る少女は夢から醒める

わたしが誰か、母の瞳は知っていた

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 衝撃で倒れ込んだモニカは、驚いたように口を開け憎しみの籠った瞳で睨みつける。

「理不尽だと思ってるの? 姉としてわがままなあなたを叱っているのよ!」

 モニカが口を開きかけた時だ。

 遂に玉座の間の扉が開かれた。なだれ込むように民衆が入ってくる。
 銃声が聞こえるが、あまりの接近に、銃はほとんど機能していないようだ。近衛兵と民兵たちの間で殴り合いが繰り広げられる。怪我人が数人生じ、呻き声が聞こえた。

「いたぞ! 女王だ!」
 
 民衆のうち、一人がモニカを見つけ叫んだ。
 次に近衛兵が叫ぶ。

「行かせるものか! 女王を守れ」
  
 モニカはまだ殴られた衝撃により床に手をついている。
 今まさに自分を殺しにきた人間たちがいるのに、あまりにも無関心のまま、ロキシーだけをその大きな瞳に涙をためならがら睨みつけていた。

 まったく、この妹は分からず屋だった。

「モニカ、あのね――」 
 
 ため息交じりに語り掛ける声は、女王死すべきという民衆たちと、何が何でも殺させてたまるかという兵士たちの間で生じた、怒鳴り合いの声と交戦する爆音にたちまち掻き消された。
 モニカに話さなくてはいけないことが山ほどあるのに、こうもうるさくてはままならない。

 ――どいつもこいつも、何も分かっていない!

 ロキシーの怒りは頂点に達する。

 いつだって、いつだって我慢してきた。
 許されない罪を償うように、自分の順番を人に譲って生きてきた。その結果がこれだ。望む世界とは、かけ離れてしまった。大切な人達の心は離れ離れになった。
 だからもう、我慢などしない。望むままに、世界を変えるのだ。
 それができるのもまた、自分しかいない。

「皆、そのうるさい口を閉じなさい!」

 ロキシーの鋭い声は、思いのほか高い天井に響き渡った。
 誰もが驚き手を止めた。この何者か分からない娘が、なぜこれほど怒り狂っているのか、真意を測りかねているかのように、困惑した表情を浮かべてはいたものの――。

 先ほどまでの騒ぎが嘘のように、静寂に包まれる。
 満足を覚え、人々に向かって笑いかけた。

「そうよ、いい子ね。誰も彼も、静かに、そうやって大人しくしていなさい」

「なんなんだ、あんたは……」

 こらえきれず近衛兵が発した疑問に、呆れた。

「なんなんだですって? わたしを誰だと思っているの?」

「だ、誰だと言うんだ?」

「愚問だわ」

 今度は民衆が困惑気味に尋ねるのを、ロキシーはまたしても笑った。
 そして自分の姿がこの場にいる全員に見えるように進み出る。

「わたしは、あなたたちが従うべきただ一人の人間よ! 
 父の名はアーロン、母の名は、ベアトリクス。わたしの名はロクサーナ。この国に、復活をもたらすべく、この場に訪れた! 即刻、そのくだらない争いを止めなさい!」

 自分でも、信じられないほど言葉が出た。もしかすると、自分が誰で、何をすべきか、ずっと前から知ってたのかもしれない。

 息を呑む音がした。
 誰もが驚愕の瞳でロキシーを見つめる。武器は降ろされ、声すらも忘れ、呆然と立ち尽くしていた。

「……そうよ、わたしこそが、女王よ。王が憎いのなら、殺すべきはこの娘ではなく、わたしであると知りなさい」

 しんと静まり返った場に、小さな声が響いた。

「ベアトリクス様……」

 声を発した壮年の兵士は、かつての女王の名を呼んだ。

「ベアトリクス様だって……?」

 ざわめきが広がっていく。兵士も民衆も顔を見合わせる。だが誰も、疑問への解答を持ち合わせてはいなかった。

「ああ、なんということだ……!」

 今度は民衆の一人が叫んだ。

「あの瞳は、まさしくベアトリクス様のものだ……!」

 いつだって、この瞳はロキシーが誰か教えてくれていた。

 嵌めた母の形見の指輪を、そっと撫でる。母はここにいてくれている。だからなのか、あれほど恐れていた人々の視線を、受け止めることができていた。

 皆がロキシーを見ていた。ロキシーも彼らを見返した。恐怖はない。そのことに、また勇気づけられる。
 民衆の中に、ふとフィンの姿が見えた。人々の中にいて、ただ一人しかめっ面でロキシーを見ていた。
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