断頭台のロクサーナ

さくたろう

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第五章 夢見る少女は夢から醒める

言い争いの果てに、頑固野郎どもは譲らない

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 フィンが訝しそうにロキシーを振り返る。周囲の人間も、ロキシーの頭がおかしくなったと思ったのかもしれない。銘々に顔を引きつらせていた。

「いくらモニカが大切だからって、ばればれの嘘をつくな」

「本当よ。クリフ様が証言するわ」

「彼の行方は知られていない」

「……リーチェが知ってる」
 
 ルーカスの呟きにフィンは頓狂な声を上げた。

「な、なんでリーチェがクリフと知り合いなんだ?」

「そんな話は後でいいのよ。重要なのは、わたしこそが女王になる人間だったってこと」
 
 クリフから聞いた話を、そのままこの場でした。両親たちの間で、何が起こったかという話だ。
 フィンが首を横に振る。話を否定するというよりは、理解が追い付いていないようだった。
 
「女王だと名乗り出るわ。そして国を正式にあなたに渡す。だけど――」

 黙っている男たちをゆっくりと見渡した。皆、ロキシーの中に王家のかけらを探すようにじっと見つめている。 
 
「――モニカだけはわたしが貰う」

 いち早く我を取り戻したのは、やはりフィンだった。硬直が解けたかのように、再び厳しい表情になる。

「モニカとフォードの身柄は渡せない。ロキシーの話が本当なら、女王と偽っている女だ。いずれにせよ、その首を取るまで収まらない」

「どうしてそんなに頑ななの!? 国をあげるって言ってるじゃない!」

「難しい問題なんだ」

「どこが難しいの? 簡単よ。わたしは女王、あなたは国が欲しい。だからわたしはあなたに国をあげる。その代わりモニカをもらう。単純明快じゃないの」

「……しがらみが多すぎる」

「しがらみを作ってるのはあなただわ。結局そういう大人になったのね。話を複雑化させるのが大好きなんだわ」

「複雑化させてるのは君だ。俺たちはモニカを倒すことで王政を叩きのめす。貴族だって、あいつに愛想を尽かして寝返った奴も多い。なのにそこに君が現れたら、また王を擁護しかねない。やっとここまで来たんだ、邪魔をしないでくれ!」

 唇を噛んだ。

「……いいわ! あなたがそうなら、別の人のところに行って、今の話をするから! 味方になってくれる人はいるはずよ!」

「ロキシー、変な気を起こすな!」

 ルーカスがロキシーの腕をつかんだのを、振り払った。

「止めないでルーカス! こんな場所、いるだけ無駄だわ!」

「彼女を捕えろ! 行かせるんじゃない!」

 フィンの命令が聞こえ、ロキシーは数人に抑え込まれる。

「放して!」
  
 暴れるが、力で敵うはずがない。

「ルーカス! あなたも何が正しいか分かるでしょう!?」

 呆然と立ったままのルーカスに向かって叫んだ。
 
「わたしを行かせて! お願いよ、モニカを助けなくちゃ!」

「ルーカス、戦場に行って知ったはずだ。この国はもう腐りきり朽ち果てる寸前だと。内側から変革しなきゃならない」

 フィンがルーカスに言う声が聞こえた。
 きつく目を閉じ、歯を食いしばるルーカスは、目前の光景を拒絶するように何かにじっと耐えているようだった。

「それでいい」フィンは頷いた。

 ロキシーの心を絶望が支配する。
 だが刹那、瞬間的に空気を揺るがすような鋭い音が聞こえた。   

「ロキシーから離れろ」

 驚いて目を向けると、拳銃を天井に向けて構えるルーカスが見えた。銃口からは白煙が立ち上っている。すぐさまそれを、ロキシーを抑え込んでいる男たちに向けた。

 慌てた男たちがどき、ロキシーは自由になる。
 ルーカスが手をつかんだため、側に引き寄せられた。触れる手が熱い。

「ルーカス。君って奴は、本当に……」

 言いかけた言葉を飲み込むように、フィンは顔を歪める。

「君になら分かるはずだ。いつも弱かった俺たちが、ようやく対抗する力を得たんだ。世界をひっくり返すチャンスは、今しかない」

「……世界をひっくり返してロキシーが傷つくなら、今のままでいい」

「より大きな不幸が襲うぞ」

「それでもだ!」

 ルーカスが叫ぶ。
 二人の男の間に、燃えるような火花が散った。

「たとえ国中が幸福になっても、ロキシーが不幸ならオレは不幸だ。たとえ国中が不幸になっても、ロキシーが幸福なら、それがオレの幸福だ! いつだってそうだ!」

 少なからず驚いて、ルーカスを見た。
 ルーカスも横目でロキシーを確認すると、目が合うと思っていなかったのか、困ったように眉を下げた。 

「……そうだよロキシー。愛してる。告白すると、子供の頃から、何も変わらず、大好きだった」

 黄金の野に揺れる赤毛を見つけては、嬉しくなって駆け寄った日を思い出す。
 揺るがない彼の思いは、変わらないものなどないこの世界の中で、唯一の指針のように進むべき方向へ導いてくれるのだ。

「だからフィン。オレは譲れない。ロキシーを止めるなら、オレを殺してからにしろ」

「頑固だなルーカス」

「元女王に育てられたからな。そう簡単に人に従わないんだ。馬鹿だって思うだろ? ――多分そうだ」

 だがフィンもまた頑なだった。諦めたようにため息をひとつ吐くと、周囲に言う。 

「彼女を議会に出席させてはだめだ。今まで流れた血が、無意味になる」

 男たちが近づくと、ルーカスの背中に、にわかに緊張が走った。

「誰があんたたち素人に銃を教えたと思ってる? 言っておくけどもう、人に向けて撃つなんて造作もない――」
 
 撃たせてはだめだ、とロキシーは思った。
 ルーカスにも、彼らにも、撃たせてはいけない。この場にいる人間同士で争っては無意味だ。

 と、ロキシーの頭に突然銃口が突き付けられた。
 冷たい感触に、はっとして銃を構える人物を見ると、無表情の男が立っていた。

「マーティーさん……!」

 いつからいたのか。フィンに寄り添う影のように初めから事態を静観していたのか。

 豹のように物陰からじっくりと、獲物が油断するのを待っていたのだ。
 マーティーはロキシーに銃を突きつけたまま、周囲に言う。
 
「ルーカス・ブラットレイを捕えろ」

 飛びかかる男たちの怒号に混じり、くそ野郎、と罵るルーカスの声が聞こえた。


 


「少なくともこの議会が閉会するまで、大人しくしていてくれ」

 酒場の地下倉庫にルーカスと一緒に押し込められる。
 手足は縛られていたし、ルーカスに至っては猿轡までかまされている。憎らし気にフィンを睨むが、効果はあまりないようだった。

「議案は女王の処刑なのね」

 察しがついて言うと、フィンは否定しない。
 
「ロキシー。分かってくれ」

「無理よ。一生恨むわフィン」

「……だとしても構わない」

 扉は無常に閉められる。
 ランプの光だけがぼんやりと赤かった。

「失敗ばかりだ、ちくしょう」

 口枷を自力で外したルーカスが天井を仰いでそう言った。

「ここから脱出しなくちゃ」

「どうやって出るかって問題もあるけど、出れたとしてどうするんだ?」

 策などない。二人の間に沈黙が漂った。
 しばらく空中を睨みつけていたルーカスが、何かに思い至ったかのように勢いよくロキシーを見た。

「レット・フォードを頼るか?」

 ロキシーが反論する前に、ルーカスは続ける。

「あいつはこう言っちゃなんだが、権力が好きなんだろ。ロキシーが女王だと分かれば、寝返るかもしれない」

「わたしにもプライドくらいあるのよ。……死んでも嫌」

 聞いたルーカスは静かに吹き出し、それきり黙り、また思案を始めた。
 
 どうにか縄をほどけないものかとあれこれ体をよじっていると、ロキシーの首から下げた鎖がカチャリと音を立てた。随分と、昔のことを思い出す。

「――ルーカス。わたし、ナイフを持ってるわ」
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