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第五章 夢見る少女は夢から醒める
血に濡れて、人々は団結する
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変化は起こり続けていた。
ロキシーが撃たれたことをきっかけに、あの日交戦となったらしい。死傷者が出る騒ぎだったと聞いたのは、数日も過ぎてからだった。
血塗られた日。
民衆はその日をそう呼んだ。
マーティーが撃たれなくても、必ず誰かは撃たれて、同じ道を辿っていく。
パズルのピースに誰が収まっても、運命というものは、大河の如く何も変わらずに流れていくのかもしれない。
レットは、目覚めた日に会いに来て以来、この部屋を訪れなかった。彼がフィンの運動に参加していたことを、ルーカスから聞かされ初めて知る。
「自分は留守がちだから、ここで面倒を見てくれた方が安心だって、そう言ってた」
ロキシーの目を見ずにそういうルーカスは、ここが彼の部屋なのだから当たり前だが、ずっと側にいた。
記憶が戻ったと黙っていたことをとっちめてやりたかったが、そんな暇はほとんどなかった。
入れ代わり立ち代わり誰かが尋ねてきたからだ。
それは傷の具合を見にきたシャノンであったり、見舞いのフィンであったり、意外なことにマーティーだった。
彼は自分を庇ったロキシーに心からの感謝をしているようで、以前向けられていた敵意が薄れたのは感じていた。
しかし、いてもおかしくはない人物がいくら待っても訪れず、ロキシーはある日フィンに尋ねた。
「リーチェは元気?」
あの人懐っこいかわいい少女に会いたかった。
「……あいつは今、地方にいる。まあ、元気だ。色々あったが――」
どこか言葉を濁したフィンは、咳ばらいをひとつすると話題を変える。
「それよりも喜べ。議会が開かれるぞ」
「いつだって開かれてるじゃないの」
「ただの議会じゃない。ついに市民からも代表が選出されるんだ。つまり、俺だ」
「まあ! すごいわ、夢を叶えたのね?」
感激するロキシーだが、しかしふと不安を覚える。
「だけど、逮捕されるんじゃないかしら? だって、あなたとマーティーさんには懸賞までかけられているのよ」
「平気さ」
答えたのはルーカスだった。
「フィンの首を切りたくてうずうずしてる連中だけど、本当にそうしたら、人々の抑えが効かなくなるって分かったんだ。生かして使う方向に舵を切った。だろう?」
「ああ、ルーカス、その通りだ。手配は近く取り消される。今までじゃ考えられないことだぞ? 俺たちの勝利だ! これで人々の怒りも、少しは収まるだろ」
まさか初めから、それを見越しての反乱だったんじゃなかろうかと、ロキシーは涼しい顔をしているフィンを見て思った。
「他人ごとのような顔をしているが、ロキシーも議会へ出て、そして証言をするんだ。撃ったのは、兵士だったとな。王の責任を追求する」
ロキシーは目を見張る。
「そんなことをしたら、貴族たちが黙っていないわ」
「貴族ももう、嫌気がさしているみたいだ。自分たちの土地に課税があったことも、財産を没収されたことも忘れてない」
ルーカスの言葉に、フィンも同意した。
「実際、何人かはこちら側に寝返っている。王から財産を取り返すためにな」
王、王、と簡単にフィンは言うが、王というのはあのモニカなのだ。分かって言っているんだろうか。だが相変わらず、フィンもルーカスも表情に変わりはない。
ルーカスはゆっくりと語り掛ける。
「誰が撃ったか、本当に見ていない?」
灰色の瞳が、見つめてくる。彼は何かを感づいているらしい。
あの日、騒乱の中で、誰がはじめに銃を撃ったのか未だ特定されていないのだ。
ロキシーは、静かに首を横に振る。
運命は、勝手に同じ道を辿っていく。
だがそれは、何者かが故意に推し進めていないのであれば、の話だ。
撃った人物。
その名を、口に出したことはない。その向こうに、誰かが透けて見えるような気がしていたからだ。
◇◆◇
革張りのソファーに、レットはどかりと座り込んだ。
このところ、方々に奔走し、ひどく疲れていた。
その体を、白い手が背中側から抱きしめる。
彼女の好む甘ったるい香水の香りが、鼻腔をかすめた。
「ご苦労様。疲れたでしょう?」
歌うような軽やかな声が響く。
「ああ」曖昧に返事をした。
「反乱軍の内偵も、市民との泥沼の戦いの開戦も、とてもわたくし好み。素敵だったわ」
「あなたは悪い人だ。マーティーを撃てと命じたのも、あなたの言う運命に沿ったことだったのか」
首に回る手に触れる。
日に焼けていない白い肌も、手入れの行き届いた爪先も、何もかも彼女の手とは違うのに、同じように温かい。
「……じゃなきゃ、彼女があそこにいるわけがない。彼女がマーティーをかばうことも、私が彼女を撃つことも、想定内だったんだろう?」
ふふ、と笑う娘の吐息を頬に感じる。
「いいでしょう? わたくし、とっても悪い子なの――。あの子が本当に現れるって確信してたわけじゃないけれどね? 撃たれても生き残るなんて、流石悪運の強い女だわ。さあ、仕掛けは続くわ。議会で、皆をびっくりさせてあげましょう」
女王モニカは、白い歯を見せ微笑んだ。
ロキシーが撃たれたことをきっかけに、あの日交戦となったらしい。死傷者が出る騒ぎだったと聞いたのは、数日も過ぎてからだった。
血塗られた日。
民衆はその日をそう呼んだ。
マーティーが撃たれなくても、必ず誰かは撃たれて、同じ道を辿っていく。
パズルのピースに誰が収まっても、運命というものは、大河の如く何も変わらずに流れていくのかもしれない。
レットは、目覚めた日に会いに来て以来、この部屋を訪れなかった。彼がフィンの運動に参加していたことを、ルーカスから聞かされ初めて知る。
「自分は留守がちだから、ここで面倒を見てくれた方が安心だって、そう言ってた」
ロキシーの目を見ずにそういうルーカスは、ここが彼の部屋なのだから当たり前だが、ずっと側にいた。
記憶が戻ったと黙っていたことをとっちめてやりたかったが、そんな暇はほとんどなかった。
入れ代わり立ち代わり誰かが尋ねてきたからだ。
それは傷の具合を見にきたシャノンであったり、見舞いのフィンであったり、意外なことにマーティーだった。
彼は自分を庇ったロキシーに心からの感謝をしているようで、以前向けられていた敵意が薄れたのは感じていた。
しかし、いてもおかしくはない人物がいくら待っても訪れず、ロキシーはある日フィンに尋ねた。
「リーチェは元気?」
あの人懐っこいかわいい少女に会いたかった。
「……あいつは今、地方にいる。まあ、元気だ。色々あったが――」
どこか言葉を濁したフィンは、咳ばらいをひとつすると話題を変える。
「それよりも喜べ。議会が開かれるぞ」
「いつだって開かれてるじゃないの」
「ただの議会じゃない。ついに市民からも代表が選出されるんだ。つまり、俺だ」
「まあ! すごいわ、夢を叶えたのね?」
感激するロキシーだが、しかしふと不安を覚える。
「だけど、逮捕されるんじゃないかしら? だって、あなたとマーティーさんには懸賞までかけられているのよ」
「平気さ」
答えたのはルーカスだった。
「フィンの首を切りたくてうずうずしてる連中だけど、本当にそうしたら、人々の抑えが効かなくなるって分かったんだ。生かして使う方向に舵を切った。だろう?」
「ああ、ルーカス、その通りだ。手配は近く取り消される。今までじゃ考えられないことだぞ? 俺たちの勝利だ! これで人々の怒りも、少しは収まるだろ」
まさか初めから、それを見越しての反乱だったんじゃなかろうかと、ロキシーは涼しい顔をしているフィンを見て思った。
「他人ごとのような顔をしているが、ロキシーも議会へ出て、そして証言をするんだ。撃ったのは、兵士だったとな。王の責任を追求する」
ロキシーは目を見張る。
「そんなことをしたら、貴族たちが黙っていないわ」
「貴族ももう、嫌気がさしているみたいだ。自分たちの土地に課税があったことも、財産を没収されたことも忘れてない」
ルーカスの言葉に、フィンも同意した。
「実際、何人かはこちら側に寝返っている。王から財産を取り返すためにな」
王、王、と簡単にフィンは言うが、王というのはあのモニカなのだ。分かって言っているんだろうか。だが相変わらず、フィンもルーカスも表情に変わりはない。
ルーカスはゆっくりと語り掛ける。
「誰が撃ったか、本当に見ていない?」
灰色の瞳が、見つめてくる。彼は何かを感づいているらしい。
あの日、騒乱の中で、誰がはじめに銃を撃ったのか未だ特定されていないのだ。
ロキシーは、静かに首を横に振る。
運命は、勝手に同じ道を辿っていく。
だがそれは、何者かが故意に推し進めていないのであれば、の話だ。
撃った人物。
その名を、口に出したことはない。その向こうに、誰かが透けて見えるような気がしていたからだ。
◇◆◇
革張りのソファーに、レットはどかりと座り込んだ。
このところ、方々に奔走し、ひどく疲れていた。
その体を、白い手が背中側から抱きしめる。
彼女の好む甘ったるい香水の香りが、鼻腔をかすめた。
「ご苦労様。疲れたでしょう?」
歌うような軽やかな声が響く。
「ああ」曖昧に返事をした。
「反乱軍の内偵も、市民との泥沼の戦いの開戦も、とてもわたくし好み。素敵だったわ」
「あなたは悪い人だ。マーティーを撃てと命じたのも、あなたの言う運命に沿ったことだったのか」
首に回る手に触れる。
日に焼けていない白い肌も、手入れの行き届いた爪先も、何もかも彼女の手とは違うのに、同じように温かい。
「……じゃなきゃ、彼女があそこにいるわけがない。彼女がマーティーをかばうことも、私が彼女を撃つことも、想定内だったんだろう?」
ふふ、と笑う娘の吐息を頬に感じる。
「いいでしょう? わたくし、とっても悪い子なの――。あの子が本当に現れるって確信してたわけじゃないけれどね? 撃たれても生き残るなんて、流石悪運の強い女だわ。さあ、仕掛けは続くわ。議会で、皆をびっくりさせてあげましょう」
女王モニカは、白い歯を見せ微笑んだ。
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