断頭台のロクサーナ

さくたろう

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第四章 砂糖でできた甘い楽園

背徳に身を任せ、わたしは愛を聞く

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 父の部屋で見つけた拳銃を、頭に当ててみる。引き金を引く勇気はなかった。それに弾を抜いている。
 拳銃としての役割を、もはやこれは果てしていないのだ。銃口を下げる。当然ながらロキシーは死なない。

 別にスリルを楽しんでいる訳ではなかった。ただ、死ぬ真似をして、それでも生きていることを確かめると、ひどく安心するのだった。

 カラカラと、外で馬車の気配がした。

 窓に目を向けると、モニカとレットが馬車から降りてくるのが見えた。連れ立って屋敷を訪れる。何の用事かなど、想像に容易い。
 出迎えたロキシーを見るなり、モニカは満面の笑みになり、楽しそうに告げる。 

「わたくしとレット、婚約することにしたのよ! その報告を、ロキシーとお父様にしようと思って!」
 
 対するレットはロキシーだけを見つめて言った。

「……ロクサーナ様。すみません」

「どうして謝るの? 心からの祝福を、二人に送るわ」
 
 悲しみと、やっぱりそうだったかという安堵が胸の中を回る。これでもう、心をかき乱す者はいない。無駄な不安もざらつきも、味わわなくて済む。心穏やかに過ごせるのだ。
 これでいいんだ、とそう思った。


 
 久し振りに家の中に笑顔が戻った。
 オリバーが何度もレットに礼を言い、上物の葉巻を彼に勧め、断り切れなかった彼が吸わされている。モニカは終始上機嫌だった。

 茶を入れ直そうと、ロキシーはそっと談笑の輪を離れた。
 湯を沸かす時間、手持ち無沙汰になり、エプロンのポケットから拳銃を取り出した。

 弾を一発、入れて戻す。
 弾倉をくるくる回す。リボルバー式の銃だから、確率は八分の一だ。

 本気ではなかったはずだった。
 だが抑えられない衝動があった。

 帰れるのならば。あの場所に、戻れるのならば。

 何を躊躇っていたんだろう。墓守をする必要なんてない。一発であの故郷に行ける。養父と、養母の待つ世界へ――。

「やめろ!」

 鋭い声が聞こえて、ロキシーがこめかみに当てた拳銃が取り上げられた。見上げると、レットが恐ろしい形相で立っている。
 
「撃つ気なんてないわ。ほんのお遊びのつもりで」

 言い訳のようにそう言った。

「……心臓が止まりかけました」

「あなたを撃ったわけじゃないわ」

「同じことです。ロキシー様が死んだら、私の生きる意味はない」

 この言い方に勘違いをする女性は少なくないだろう。努めて冷静に言った。

「モニカと婚約しているなら、そんな言い方は止めた方がいいと思う」
 
 二人きりでいない方がいい。
 出て行こうとするが、手を掴まれ阻まれた。レットは握るロキシーの手を見つめる。

「荒れた手だ」

 水仕事で荒れている。
 顔が赤くなった。
 先日まで貴族の令嬢だったとは考えられない。恥ずかしくなり引っ込めようとするが、握る彼の力は強く、それは許されなかった。 

「この家を出るべきです」

「何を言っているの?」

 彼にしては珍しく、怒っているようだった。だが一方で、どこか悲痛だ。

「昔のあなたは素晴らしかった。強く、自分の正しさを疑っていなかった。だからこそ守りたかった。
 でも今は、こんなに弱い……消えてしまいそうなほどに。自分の頭に拳銃を当てて引く遊びが、正常だと本気で思っているんですか?」

「だってもう、子供じゃないのよ。馬鹿みたいに自分を信じることなんてできないわ」

「そうじゃない。何者かが、あなたから一つずつ奪っていったんだ。強さも気高さも。次は命までも奪わせるつもりか?
 あなたはその者の名を正確に言えるはずなのに、なぜだか黙っていて、されるがままになっている。取り戻さなくていいのですか?」

 同じようなことを、ルーカスにも言われた。

「いいのよ」ロキシーは首を横に振る。

「そんな強さがあったから、悲劇が起こったんだわ。誰かを不幸にする強さなんて、欲しくない」

「私は、あなたが幸せなら、それでいいと思っていたんですよ。婚約を断れた以上、迷惑ならば身を引こうと考えました。だがそれは間違っていた。もう躊躇はしません――」

 そう言って、握る手に、レットは唇を当てた。驚き身を引こうとするが、叶わず逆に引き寄せられる。

 抗うことができない。
 妹と婚約したばかりの彼なのに。

 ――やがて額に、瞼に、頬に、彼のキスが落ちてくる。

 このままではいけないと警鐘を鳴らす思考はあるのに、それでも動けなかった。

 そして遂に唇に、彼が触れた。
 苦い葉巻の味がする。

 身を離そうとするが、逃すまいとするかのように、背に回る手に、さらに力が込められる。

 いつか教会でしたルーカスのキスとは違う、ゆっくりと、長い口づけだった。

 真実がどこにあるのか、自分の心がどこにあるのか、もう分からなかった。身を任せては危険だ。それでも離れられない。

 あらゆるものが曖昧な思考の中で、抱きしめられる腕を感じ、確かな声を聞いた。

「ロキシー様。あなたを心から愛しています」
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