断頭台のロクサーナ

さくたろう

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第三章 蝙蝠は誰も愛さない

銃をぶちまけ、少年は走る

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 昼下がり、久し振りに街へ出かけようと思い立った。このところほとんど家から出ない生活で、気が滅入ってしまいそうだったし、気分を変えたかったのだ。

 一人で行くとモニカが拗ねると思い、声をかけたが、昼寝中の彼女は夢半ばで「行かない」と言ったのでじゃあ一人でと出かけることにした。

 実を言うと、モニカがいない外出はこの一年間で初めてだった。ほんの少しだけ罪悪感がある。

(だけど声をかけたことはかけたもの)

 美味しいお菓子のお土産でも買っていけば、機嫌は直るだろうと思った。





 街の様子はいつもと変わらない。至る所に戦争勝利へのスローガンが掲げられている。
 “レット・フォード中尉、我が国に勝利を”という文字さえ見つけた。あの彼が、ひどく遠い存在に感じられる。

 過去の世界においても、彼は同じ道を辿っていた。次々に勝利を収める彼は、その外見の良さも相まって人々の英雄として担ぎ上げられたのだ。

 彼は誰からも称賛される人間だった。そんな彼を手に入れることは、矮小な自分さえも素晴らしい人間にさせてくれるのだと、その頃のロクサーナは信じて疑わなかった。
 思えば自分のことだけだった。初めから、純粋な恋ではなかったのかもしれない。

 この世界のロキシーが彼に抱く感情は複雑だった。

 まだ子供だった自分は、彼に同情めいた感情を抱いていた。孤独で寂しい人だったから。
 今になって、子供の頃のあの日々は、懐かしく遠く感じる。

 モニカといがみ合っていて、味方など皆無に等しかった。今は何もかも違う。モニカは唯一の味方に変わった。
 それでもレットの励ましがなかったら、こんな状況はなかったかもしれない。モニカと本音で語り合うことも、しなかったと思う。だから、感謝している。

 彼が戦争から帰ってきて、モニカに結婚を申し込むのなら、自分と彼の友情も、これから続いていくことになるのだろう。
 生きる楔になるなど、思えば恥ずかしいことを言ったものだ。今の彼には支えなどもはや不要だ。理解者が大勢いるのだから。
 
(もう考えるのはやめよう)

 彼と逃げ込んだあの宿で、思い出しかけた感情に、ロキシーは蓋をすることにした。
 恋はしない。彼を自己実現の道具などにもしない。友人として、モニカとの婚約をお祝いするのだ。

 

 夕暮れまでには帰ろうと思っていた。街を二時間ほど見て回り、モニカにお土産を買ったところでふとパン屋が目に入った。

 ルーカスが働いていた店だ。
 立ち止まり、見つめる。

 シャノン・ウィルソンがいるかと探した。ルーカスに恋をしていた快活で、明るい少女。
 彼女はロキシーには真似できないほど真っ直ぐにルーカスに恋をしていた。
 
 だが中にシャノンの姿はない。そういえば、以前通りがかった時も彼女はいなかった。シャノンはルーカスに気持ちを伝えたのだろうか。キスのひとつくらい、したのかもしれない。

 しばらく通りを挟んで、パン屋を見つめていた。
 やがてゆっくりと歩き出そうとしたときだ。通りから走ってきたらしい少年とぶつかった。

「うわ!」

 少年はそのまま、持っていた包みから中身を地面にぶちまける。

 ロキシーは驚愕した。

「な、なにこれ……」

 戦争でも起こせそうなほどの拳銃が、散らばっていたからだ。

 ロキシーより一つ二つ年下だろうか。さっと、彼の顔が青ざめる。

「待て!」

 と、彼が来たのと同じ方角から、数人の兵士が走ってくるのが見えた。
 少年は素早く散らばった銃の一つを拾い上げるとロキシーの頭にかざす。

「近寄るとこの人を撃つ!」

 兵士たちはわずかにひるんだようだ。その瞬間を見逃すまいと、少年は裏路地へと走った。――ロキシーの手を引っ張りながら。

「ちょ、ちょっと!」

 大通りから発砲音が聞こえる。兵士が威嚇射撃をしたのだ。それでも少年はしっかりとロキシーの手を掴んだまま、入り組んだ迷路のような路地を進んでいく。

 文句を言う暇もなく、手を引かれるまま、ただひたすら走るしかなかった。
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