断頭台のロクサーナ

さくたろう

文字の大きさ
上 下
43 / 133
第二章 真実のキスは藪の中

黒幕の名を、彼女は告げる

しおりを挟む
 居候の身ではあったが、ルーカスにも一室が与えられていた。ベアトリクスと旧知の仲だったということもあり、屋敷の主であるオリバーは親切だった。

 だったら初めからルーカスも一緒に引き取ってくれればよかったのに、とロキシーが以前ぼやいていたが、ルーカスの暮らしを守りたかったオリバーの親切心だったのではないかと思っていた。
 穿って見るなら、子供を二人抱えて帰るのを煩わしく思ったレット・フォードの職務怠慢だ。

 あの男ならいかにもしそうだ、とルーカスはベッドに横になりながら思う。

 深夜だった。
 部屋の扉が静かに叩かれる音に、驚いて体を起こす。

「こんばんわ、ルーカス。ご機嫌いかが?」

 寝間着姿のモニカがいた。甘ったるい声をさせ、招いてもいないのに部屋に入ってくる。

「おい何の用だ――」

「思い出したの。曖昧だった記憶の、何もかもを」

 言いかけた言葉を遮るようにして、モニカが微笑む。ルーカスはベッドから出て、床に両足をついた。

「真っ先に、ルーカスに教えてあげようと思ったのよ? 喜んでね」

 言いながら、彼女はベッドに腰掛ける。隣に座るわけにもいかず、立ち上がり見据えた。

「それで、わざわざ来たってのか。明日、ロキシーと一緒にいるときに話せばいいのに」

「あの子には聞かせたくなかったんだもの。あまりにも残酷だから」

 にこっと笑うモニカを見て、きっと悪巧みをしているに違いないと、そんな予感がした。

「ロキシーの言う、前の世界の世界よ。わたくしの、初めての世界での話。……座ったら?」

 ルーカスを促すように、モニカは自分の隣をぽんと叩いたが、それでも動かなかった。
 強情ね、と吐き捨てるように言った後、モニカは話を続ける。

「反乱軍がロキシーを殺すって話は、したわよね? 
 反乱軍が本格的に組織されるのは、フィンが留学先から帰ってきてから。異国の制度を学んで、我が国でも王無き世界が作れるのではないかって考えるの。結局わたくしが真実の女王だと気が付いて、その夢は叶わないんだけど、始まりはそうだった」

 ルーカスも頷く。彼なら考えそうなことだ。

「一方で、王家にも有能な人間が入ることになる。ロキシーと婚約したレット・フォードね」

「ちょっと待て」

 話を遮った。

「レット・フォードはロキシー……っていうか、以前のロキシー……ややこしいな。
 女王ロクサーナが無理矢理婚約を結んで王家に入れたんだろ? それに結局、あいつは反乱軍側のスパイだったんだから、王家に味方するのはおかしいじゃないか」

 反乱軍と対立するのは変な話だ。

「彼は商人に騙されて家族を失っているの。だから商家出身のフィンとは真っ向から対立することになるのよ。ロキシーとの婚約は本意ではなかったとしても、王家側で手腕を振るうのに悪い気はしなかったってことね。
 彼がスパイになるのは、かつて愛したわたくしこそが王家の血を引いていると知ったから。愛故に……ってわけね、一応は」

 含みのある言い方をモニカはした。

「王家側で、彼は隣国との戦争だって有利に進めていくの。そうすると、どうなると思う? 王家に支持が集まるわ。反乱軍が弱まるの。
 王家に入ったばかりの彼は、元々有能だからか、反乱軍をどんどん追い詰めて行くのよ。 
 彼が王家側にいる限り、反乱軍と対立し続けて内戦だって長引いて、皆、ますます疲弊していくわ」

 モニカは笑う。

「でもわたくし、この世界ではロキシーを女王にさせる気はないし、わたくしもそうなるつもりはないの」

「じゃあレット・フォードは王家に入らないし、反乱軍が勝つってことか?」

「いいえ、それがそうはいかないわ。厄介なことに、彼はわたくしが王家の血を引いているって、必ず気が付いて結婚を申し込んでくる」

 モニカは首を横に振る。

「変だって思わない? 彼は情熱的にわたくしに結婚を申し込んできたくせに、ロキシーが王家に入って、結婚しなさいとひとこと命令したら、コロッとそっちに行くのよ。そしてやっぱりわたくしこそが女王だと分かったら、最後はわたくしに戻ってくる。
 どうしてレットはそうやって簡単に、王家に味方したり、反乱軍に味方したりできるのでしょう?」

「知るか。自分のない奴なんだろ」

「いいえ。むしろ反対よ」

 ルーカスは黙って続きの言葉を待った。

「……フィンが国を変えたいと望むなら、レットは変えてはいけないと考えている。
 レット・フォードは自分がないどころか、一貫して、何が何でも王制を守りたいと思っている。権力を得て、自分の理想の国を作ろうとしているの。戦争の中で、その思いをさらに強めていくのよ。
 だからたとえ王家に入らなくても、国の中枢に登り詰めるのは目に見えてるわ。現に彼の評価は高いしね」

 ふう、とため息をついたモニカは、伺うようにルーカスを見た。

「蝙蝠のおとぎ話を知っている?」

 急な話の転換に戸惑いつつも答える。

「……鳥にも、動物にもなれない可哀想な奴の話だろ」

「そう。上手く立ち回ったつもりの、どっちつかずの阿呆の話」
 
 どこか馬鹿にしたように笑った後で、モニカは話題を戻した。

「今までのループの中では、レットと結ばれて、無事女王になっても、わたくし、死んじゃってたのよ」

「食中毒でだろ」

「それは一番最初だけだし、ロキシーの前ではそう言ったけど、そんなことあり得ない。王族の食事は、数時間前と直前に、全く同じメニューを毒味係が毒味するのよ。その人たちがけろりとしているのに、どうしてわたくしだけが死んだの? 毒を盛られたのよ。それができたのは、わたくしと同じテーブルに着いた人物だけだった」

 自分の背中に冷たい汗が伝うのを感じた。モニカが言いたいのは、つまり――。

「レット・フォードがロキシーを断頭台に送って、その後でモニカを殺したって言いたいのか」

 全ては理想を貫くためだ。そこまでひたむきな信念だったのだ。

「その通りよ、賢いわねルーカス」

 まるで飼い犬を褒めるように、モニカは言う。

「初め、彼はわたくしが王女だと思って婚約を申し込んだ。だけどロキシーが王女だと名乗り出て、だから素直に乗り換えた。
 邪魔なクリフを殺して、ロキシーを上手に誘導して思うとおりの操り人形にしたのよ。愛に飢えていたロキシーは、きっと彼の言うことをよく聞いたのね。だけど実際、王家の血を引くのはわたくしだと判明したから、またこちら側に着いた。あっさりとロキシーを切り捨てたの」

 ルーカスはロキシーを思い、胸がうずいた。過去の彼女はなんて愚かで哀れだったんだろう。自分が側にいたら、そんなことにはならなかったはずなのに。

「国民の感情が王家憎しと高まったところで、わたくしが現れた。怒りの矛先をロキシーに向けて、首を置き換えて王制を守ったのよ。
 でもね? わたくしはこう見えて、自分をしっかり持っているの。レットの思うとおりには動かなかった。だから彼はわたくしも殺したのかもしれないわ。理想の国を追求するために。
 ……分かるでしょう? 彼の正体は、卑怯な蝙蝠なのよ」

 初めからレット・フォードに、愛などなかった。あったのは、狂気じみた理想だけだ。

 モニカの瞳は、暗がりの中にあっても異様に爛々と輝いている。
 
「もしって、考えない? もし、レット・フォードがいなければって――」

 部屋の闇が深まったように思えた。
 問いかけに、答えられない。

「そうしたら、彼がわたくしに婚約を申し込んでくることもないし、ロキシーが嫉妬に狂って女王と偽ることもない。
 彼のいない世界で、阻む者のいない反乱軍は手早く王家に勝利するわ。もし仮にわたくしが王家に戻っても、彼らに素直に国を明け渡せばいい。
 戦争だって早く終わる。優秀な脳を失った国は負けるでしょうけど、王族以外は悪いようにはされないわ。
 王家は没落し、代わりに王のいない国が作られる。王が不要だったら、女王が首を切られるなんてこともない。ロキシーもわたくしも、どこかで平和に暮らせるわ」

 耳には、ただモニカの声だけが響く。

「……ルーカス。あなたにお願いするかもって、言ったわよね?」

 何を言われるか、予想がついてしまった。
 目眩にも似た感覚を覚える。

 風すらない晩。ひたすらの静寂の後で、やっと答えた。

「あいつのこと、好きなんじゃなかったのか」

「あの時はロキシーをからかっただけよ? あの子の本心を確かめたかったし」

 その言葉に、ルーカスは思った。

(やっぱりモニカは、初めから全部知っていたんだ)

 記憶が曖昧などと、嘘だったに違いない。
 ロキシーが自分から絶対に離れないと確信し、ようやくルーカスに話を持ちかけてきたのだ。

「……今の彼が、何をしたって言うんだ」

「いいえ。まだ、何もしてないわ」

「善人を、これから犯す罪のために裁けと言うのか」

 彼は自分が怪我をしていても、恩人の娘を助けに走り回ることのできる、善良な人間だ。

 モニカは声を立てて笑った。

「ねえルーカス。永遠にロキシーのジーヴスでいるつもり? 側に寄り添って、あの子が他の誰かと恋に落ちるのを見守るのがお望み? それともいつか気が付いてくれると淡い期待を抱いてる?
 言っておくけど、レット・フォードがいる限り、あの子はあなたに振り向かないわよ。だってここはそういう世界なんだもの。
 ……それともまさか自分の身を心配しているの? ロキシーがあなたの立場だったら、絶対にそれをしたわ。わたくしがあなたの立場でも、迷うことなくしたでしょう。なのに、あなたは大好きなロキシーのために、そのまたとないチャンスを得てもなお、自分のちっぽけなプライドのために、たった一度のさえ、遂行できないというの?」

 普通は迷うはずだ。
 誰かの死にも、自分の死にも。

 最終的にはその答えにたどり着くのだろうが、それまで逡巡するはずだ。この世に即答できる奴なんているのか。

 慈愛たっぷりに、モニカは目を細めた。これがこんな場面でなかったら、愛する人を見る目にでも見えただろうか。

「もう、それしかないのよ」

 そうしても仕方がないというのに、ルーカスは目を閉じた。
 彼女の声は、囁くように優しく告げる。

「戦場へ行って、レット・フォードを殺しなさい。何よりも大切なお姉さんを守るために」

 モニカは知っているのだろうか。
 ルーカスがロキシーを姉だと思った事なんて、一度だってなかったことを。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

自分勝手な側妃を見習えとおっしゃったのですから、わたくしの望む未来を手にすると決めました。

Mayoi
恋愛
国王キングズリーの寵愛を受ける側妃メラニー。 二人から見下される正妃クローディア。 正妃として国王に苦言を呈すれば嫉妬だと言われ、逆に側妃を見習うように言わる始末。 国王であるキングズリーがそう言ったのだからクローディアも決心する。 クローディアは自らの望む未来を手にすべく、密かに手を回す。

【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません  

たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。 何もしていないのに冤罪で…… 死んだと思ったら6歳に戻った。 さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。 絶対に許さない! 今更わたしに優しくしても遅い! 恨みしかない、父親と殿下! 絶対に復讐してやる! ★設定はかなりゆるめです ★あまりシリアスではありません ★よくある話を書いてみたかったんです!!

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...