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第二章 真実のキスは藪の中
黒幕の名を、彼女は告げる
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居候の身ではあったが、ルーカスにも一室が与えられていた。ベアトリクスと旧知の仲だったということもあり、屋敷の主であるオリバーは親切だった。
だったら初めからルーカスも一緒に引き取ってくれればよかったのに、とロキシーが以前ぼやいていたが、ルーカスの暮らしを守りたかったオリバーの親切心だったのではないかと思っていた。
穿って見るなら、子供を二人抱えて帰るのを煩わしく思ったレット・フォードの職務怠慢だ。
あの男ならいかにもしそうだ、とルーカスはベッドに横になりながら思う。
深夜だった。
部屋の扉が静かに叩かれる音に、驚いて体を起こす。
「こんばんわ、ルーカス。ご機嫌いかが?」
寝間着姿のモニカがいた。甘ったるい声をさせ、招いてもいないのに部屋に入ってくる。
「おい何の用だ――」
「思い出したの。曖昧だった記憶の、何もかもを」
言いかけた言葉を遮るようにして、モニカが微笑む。ルーカスはベッドから出て、床に両足をついた。
「真っ先に、ルーカスに教えてあげようと思ったのよ? 喜んでね」
言いながら、彼女はベッドに腰掛ける。隣に座るわけにもいかず、立ち上がり見据えた。
「それで、わざわざ来たってのか。明日、ロキシーと一緒にいるときに話せばいいのに」
「あの子には聞かせたくなかったんだもの。あまりにも残酷だから」
にこっと笑うモニカを見て、きっと悪巧みをしているに違いないと、そんな予感がした。
「ロキシーの言う、前の世界の世界よ。わたくしの、初めての世界での話。……座ったら?」
ルーカスを促すように、モニカは自分の隣をぽんと叩いたが、それでも動かなかった。
強情ね、と吐き捨てるように言った後、モニカは話を続ける。
「反乱軍がロキシーを殺すって話は、したわよね?
反乱軍が本格的に組織されるのは、フィンが留学先から帰ってきてから。異国の制度を学んで、我が国でも王無き世界が作れるのではないかって考えるの。結局わたくしが真実の女王だと気が付いて、その夢は叶わないんだけど、始まりはそうだった」
ルーカスも頷く。彼なら考えそうなことだ。
「一方で、王家にも有能な人間が入ることになる。ロキシーと婚約したレット・フォードね」
「ちょっと待て」
話を遮った。
「レット・フォードはロキシー……っていうか、以前のロキシー……ややこしいな。
女王ロクサーナが無理矢理婚約を結んで王家に入れたんだろ? それに結局、あいつは反乱軍側のスパイだったんだから、王家に味方するのはおかしいじゃないか」
反乱軍と対立するのは変な話だ。
「彼は商人に騙されて家族を失っているの。だから商家出身のフィンとは真っ向から対立することになるのよ。ロキシーとの婚約は本意ではなかったとしても、王家側で手腕を振るうのに悪い気はしなかったってことね。
彼がスパイになるのは、かつて愛したわたくしこそが王家の血を引いていると知ったから。愛故に……ってわけね、一応は」
含みのある言い方をモニカはした。
「王家側で、彼は隣国との戦争だって有利に進めていくの。そうすると、どうなると思う? 王家に支持が集まるわ。反乱軍が弱まるの。
王家に入ったばかりの彼は、元々有能だからか、反乱軍をどんどん追い詰めて行くのよ。
彼が王家側にいる限り、反乱軍と対立し続けて内戦だって長引いて、皆、ますます疲弊していくわ」
モニカは笑う。
「でもわたくし、この世界ではロキシーを女王にさせる気はないし、わたくしもそうなるつもりはないの」
「じゃあレット・フォードは王家に入らないし、反乱軍が勝つってことか?」
「いいえ、それがそうはいかないわ。厄介なことに、彼はわたくしが王家の血を引いているって、必ず気が付いて結婚を申し込んでくる」
モニカは首を横に振る。
「変だって思わない? 彼は情熱的にわたくしに結婚を申し込んできたくせに、ロキシーが王家に入って、結婚しなさいとひとこと命令したら、コロッとそっちに行くのよ。そしてやっぱりわたくしこそが女王だと分かったら、最後はわたくしに戻ってくる。
どうしてレットはそうやって簡単に、王家に味方したり、反乱軍に味方したりできるのでしょう?」
「知るか。自分のない奴なんだろ」
「いいえ。むしろ反対よ」
ルーカスは黙って続きの言葉を待った。
「……フィンが国を変えたいと望むなら、レットは変えてはいけないと考えている。
レット・フォードは自分がないどころか、一貫して、何が何でも王制を守りたいと思っている。権力を得て、自分の理想の国を作ろうとしているの。戦争の中で、その思いをさらに強めていくのよ。
だからたとえ王家に入らなくても、国の中枢に登り詰めるのは目に見えてるわ。現に彼の評価は高いしね」
ふう、とため息をついたモニカは、伺うようにルーカスを見た。
「蝙蝠のおとぎ話を知っている?」
急な話の転換に戸惑いつつも答える。
「……鳥にも、動物にもなれない可哀想な奴の話だろ」
「そう。上手く立ち回ったつもりの、どっちつかずの阿呆の話」
どこか馬鹿にしたように笑った後で、モニカは話題を戻した。
「今までのループの中では、レットと結ばれて、無事女王になっても、わたくし、死んじゃってたのよ」
「食中毒でだろ」
「それは一番最初だけだし、ロキシーの前ではそう言ったけど、そんなことあり得ない。王族の食事は、数時間前と直前に、全く同じメニューを毒味係が毒味するのよ。その人たちがけろりとしているのに、どうしてわたくしだけが死んだの? 毒を盛られたのよ。それができたのは、わたくしと同じテーブルに着いた人物だけだった」
自分の背中に冷たい汗が伝うのを感じた。モニカが言いたいのは、つまり――。
「レット・フォードがロキシーを断頭台に送って、その後でモニカを殺したって言いたいのか」
全ては理想を貫くためだ。そこまでひたむきな信念だったのだ。
「その通りよ、賢いわねルーカス」
まるで飼い犬を褒めるように、モニカは言う。
「初め、彼はわたくしが王女だと思って婚約を申し込んだ。だけどロキシーが王女だと名乗り出て、だから素直に乗り換えた。
邪魔なクリフを殺して、ロキシーを上手に誘導して思うとおりの操り人形にしたのよ。愛に飢えていたロキシーは、きっと彼の言うことをよく聞いたのね。だけど実際、王家の血を引くのはわたくしだと判明したから、またこちら側に着いた。あっさりとロキシーを切り捨てたの」
ルーカスはロキシーを思い、胸がうずいた。過去の彼女はなんて愚かで哀れだったんだろう。自分が側にいたら、そんなことにはならなかったはずなのに。
「国民の感情が王家憎しと高まったところで、わたくしが現れた。怒りの矛先をロキシーに向けて、首を置き換えて王制を守ったのよ。
でもね? わたくしはこう見えて、自分をしっかり持っているの。レットの思うとおりには動かなかった。だから彼はわたくしも殺したのかもしれないわ。理想の国を追求するために。
……分かるでしょう? 彼の正体は、卑怯な蝙蝠なのよ」
初めからレット・フォードに、愛などなかった。あったのは、狂気じみた理想だけだ。
モニカの瞳は、暗がりの中にあっても異様に爛々と輝いている。
「もしって、考えない? もし、レット・フォードがいなければって――」
部屋の闇が深まったように思えた。
問いかけに、答えられない。
「そうしたら、彼がわたくしに婚約を申し込んでくることもないし、ロキシーが嫉妬に狂って女王と偽ることもない。
彼のいない世界で、阻む者のいない反乱軍は手早く王家に勝利するわ。もし仮にわたくしが王家に戻っても、彼らに素直に国を明け渡せばいい。
戦争だって早く終わる。優秀な脳を失った国は負けるでしょうけど、王族以外は悪いようにはされないわ。
王家は没落し、代わりに王のいない国が作られる。王が不要だったら、女王が首を切られるなんてこともない。ロキシーもわたくしも、どこかで平和に暮らせるわ」
耳には、ただモニカの声だけが響く。
「……ルーカス。あなたにお願いするかもって、言ったわよね?」
何を言われるか、予想がついてしまった。
目眩にも似た感覚を覚える。
風すらない晩。ひたすらの静寂の後で、やっと答えた。
「あいつのこと、好きなんじゃなかったのか」
「あの時はロキシーをからかっただけよ? あの子の本心を確かめたかったし」
その言葉に、ルーカスは思った。
(やっぱりモニカは、初めから全部知っていたんだ)
記憶が曖昧などと、嘘だったに違いない。
ロキシーが自分から絶対に離れないと確信し、ようやくルーカスに話を持ちかけてきたのだ。
「……今の彼が、何をしたって言うんだ」
「いいえ。まだ、何もしてないわ」
「善人を、これから犯す罪のために裁けと言うのか」
彼は自分が怪我をしていても、恩人の娘を助けに走り回ることのできる、善良な人間だ。
モニカは声を立てて笑った。
「ねえルーカス。永遠にロキシーのジーヴスでいるつもり? 側に寄り添って、あの子が他の誰かと恋に落ちるのを見守るのがお望み? それともいつか気が付いてくれると淡い期待を抱いてる?
言っておくけど、レット・フォードがいる限り、あの子はあなたに振り向かないわよ。だってここはそういう世界なんだもの。
……それともまさか自分の身を心配しているの? ロキシーがあなたの立場だったら、絶対にそれをしたわ。わたくしがあなたの立場でも、迷うことなくしたでしょう。なのに、あなたは大好きなロキシーのために、そのまたとないチャンスを得てもなお、自分のちっぽけなプライドのために、たった一度の正義さえ、遂行できないというの?」
普通は迷うはずだ。
誰かの死にも、自分の死にも。
最終的にはその答えにたどり着くのだろうが、それまで逡巡するはずだ。この世に即答できる奴なんているのか。
慈愛たっぷりに、モニカは目を細めた。これがこんな場面でなかったら、愛する人を見る目にでも見えただろうか。
「もう、それしかないのよ」
そうしても仕方がないというのに、ルーカスは目を閉じた。
彼女の声は、囁くように優しく告げる。
「戦場へ行って、レット・フォードを殺しなさい。何よりも大切なお姉さんを守るために」
モニカは知っているのだろうか。
ルーカスがロキシーを姉だと思った事なんて、一度だってなかったことを。
だったら初めからルーカスも一緒に引き取ってくれればよかったのに、とロキシーが以前ぼやいていたが、ルーカスの暮らしを守りたかったオリバーの親切心だったのではないかと思っていた。
穿って見るなら、子供を二人抱えて帰るのを煩わしく思ったレット・フォードの職務怠慢だ。
あの男ならいかにもしそうだ、とルーカスはベッドに横になりながら思う。
深夜だった。
部屋の扉が静かに叩かれる音に、驚いて体を起こす。
「こんばんわ、ルーカス。ご機嫌いかが?」
寝間着姿のモニカがいた。甘ったるい声をさせ、招いてもいないのに部屋に入ってくる。
「おい何の用だ――」
「思い出したの。曖昧だった記憶の、何もかもを」
言いかけた言葉を遮るようにして、モニカが微笑む。ルーカスはベッドから出て、床に両足をついた。
「真っ先に、ルーカスに教えてあげようと思ったのよ? 喜んでね」
言いながら、彼女はベッドに腰掛ける。隣に座るわけにもいかず、立ち上がり見据えた。
「それで、わざわざ来たってのか。明日、ロキシーと一緒にいるときに話せばいいのに」
「あの子には聞かせたくなかったんだもの。あまりにも残酷だから」
にこっと笑うモニカを見て、きっと悪巧みをしているに違いないと、そんな予感がした。
「ロキシーの言う、前の世界の世界よ。わたくしの、初めての世界での話。……座ったら?」
ルーカスを促すように、モニカは自分の隣をぽんと叩いたが、それでも動かなかった。
強情ね、と吐き捨てるように言った後、モニカは話を続ける。
「反乱軍がロキシーを殺すって話は、したわよね?
反乱軍が本格的に組織されるのは、フィンが留学先から帰ってきてから。異国の制度を学んで、我が国でも王無き世界が作れるのではないかって考えるの。結局わたくしが真実の女王だと気が付いて、その夢は叶わないんだけど、始まりはそうだった」
ルーカスも頷く。彼なら考えそうなことだ。
「一方で、王家にも有能な人間が入ることになる。ロキシーと婚約したレット・フォードね」
「ちょっと待て」
話を遮った。
「レット・フォードはロキシー……っていうか、以前のロキシー……ややこしいな。
女王ロクサーナが無理矢理婚約を結んで王家に入れたんだろ? それに結局、あいつは反乱軍側のスパイだったんだから、王家に味方するのはおかしいじゃないか」
反乱軍と対立するのは変な話だ。
「彼は商人に騙されて家族を失っているの。だから商家出身のフィンとは真っ向から対立することになるのよ。ロキシーとの婚約は本意ではなかったとしても、王家側で手腕を振るうのに悪い気はしなかったってことね。
彼がスパイになるのは、かつて愛したわたくしこそが王家の血を引いていると知ったから。愛故に……ってわけね、一応は」
含みのある言い方をモニカはした。
「王家側で、彼は隣国との戦争だって有利に進めていくの。そうすると、どうなると思う? 王家に支持が集まるわ。反乱軍が弱まるの。
王家に入ったばかりの彼は、元々有能だからか、反乱軍をどんどん追い詰めて行くのよ。
彼が王家側にいる限り、反乱軍と対立し続けて内戦だって長引いて、皆、ますます疲弊していくわ」
モニカは笑う。
「でもわたくし、この世界ではロキシーを女王にさせる気はないし、わたくしもそうなるつもりはないの」
「じゃあレット・フォードは王家に入らないし、反乱軍が勝つってことか?」
「いいえ、それがそうはいかないわ。厄介なことに、彼はわたくしが王家の血を引いているって、必ず気が付いて結婚を申し込んでくる」
モニカは首を横に振る。
「変だって思わない? 彼は情熱的にわたくしに結婚を申し込んできたくせに、ロキシーが王家に入って、結婚しなさいとひとこと命令したら、コロッとそっちに行くのよ。そしてやっぱりわたくしこそが女王だと分かったら、最後はわたくしに戻ってくる。
どうしてレットはそうやって簡単に、王家に味方したり、反乱軍に味方したりできるのでしょう?」
「知るか。自分のない奴なんだろ」
「いいえ。むしろ反対よ」
ルーカスは黙って続きの言葉を待った。
「……フィンが国を変えたいと望むなら、レットは変えてはいけないと考えている。
レット・フォードは自分がないどころか、一貫して、何が何でも王制を守りたいと思っている。権力を得て、自分の理想の国を作ろうとしているの。戦争の中で、その思いをさらに強めていくのよ。
だからたとえ王家に入らなくても、国の中枢に登り詰めるのは目に見えてるわ。現に彼の評価は高いしね」
ふう、とため息をついたモニカは、伺うようにルーカスを見た。
「蝙蝠のおとぎ話を知っている?」
急な話の転換に戸惑いつつも答える。
「……鳥にも、動物にもなれない可哀想な奴の話だろ」
「そう。上手く立ち回ったつもりの、どっちつかずの阿呆の話」
どこか馬鹿にしたように笑った後で、モニカは話題を戻した。
「今までのループの中では、レットと結ばれて、無事女王になっても、わたくし、死んじゃってたのよ」
「食中毒でだろ」
「それは一番最初だけだし、ロキシーの前ではそう言ったけど、そんなことあり得ない。王族の食事は、数時間前と直前に、全く同じメニューを毒味係が毒味するのよ。その人たちがけろりとしているのに、どうしてわたくしだけが死んだの? 毒を盛られたのよ。それができたのは、わたくしと同じテーブルに着いた人物だけだった」
自分の背中に冷たい汗が伝うのを感じた。モニカが言いたいのは、つまり――。
「レット・フォードがロキシーを断頭台に送って、その後でモニカを殺したって言いたいのか」
全ては理想を貫くためだ。そこまでひたむきな信念だったのだ。
「その通りよ、賢いわねルーカス」
まるで飼い犬を褒めるように、モニカは言う。
「初め、彼はわたくしが王女だと思って婚約を申し込んだ。だけどロキシーが王女だと名乗り出て、だから素直に乗り換えた。
邪魔なクリフを殺して、ロキシーを上手に誘導して思うとおりの操り人形にしたのよ。愛に飢えていたロキシーは、きっと彼の言うことをよく聞いたのね。だけど実際、王家の血を引くのはわたくしだと判明したから、またこちら側に着いた。あっさりとロキシーを切り捨てたの」
ルーカスはロキシーを思い、胸がうずいた。過去の彼女はなんて愚かで哀れだったんだろう。自分が側にいたら、そんなことにはならなかったはずなのに。
「国民の感情が王家憎しと高まったところで、わたくしが現れた。怒りの矛先をロキシーに向けて、首を置き換えて王制を守ったのよ。
でもね? わたくしはこう見えて、自分をしっかり持っているの。レットの思うとおりには動かなかった。だから彼はわたくしも殺したのかもしれないわ。理想の国を追求するために。
……分かるでしょう? 彼の正体は、卑怯な蝙蝠なのよ」
初めからレット・フォードに、愛などなかった。あったのは、狂気じみた理想だけだ。
モニカの瞳は、暗がりの中にあっても異様に爛々と輝いている。
「もしって、考えない? もし、レット・フォードがいなければって――」
部屋の闇が深まったように思えた。
問いかけに、答えられない。
「そうしたら、彼がわたくしに婚約を申し込んでくることもないし、ロキシーが嫉妬に狂って女王と偽ることもない。
彼のいない世界で、阻む者のいない反乱軍は手早く王家に勝利するわ。もし仮にわたくしが王家に戻っても、彼らに素直に国を明け渡せばいい。
戦争だって早く終わる。優秀な脳を失った国は負けるでしょうけど、王族以外は悪いようにはされないわ。
王家は没落し、代わりに王のいない国が作られる。王が不要だったら、女王が首を切られるなんてこともない。ロキシーもわたくしも、どこかで平和に暮らせるわ」
耳には、ただモニカの声だけが響く。
「……ルーカス。あなたにお願いするかもって、言ったわよね?」
何を言われるか、予想がついてしまった。
目眩にも似た感覚を覚える。
風すらない晩。ひたすらの静寂の後で、やっと答えた。
「あいつのこと、好きなんじゃなかったのか」
「あの時はロキシーをからかっただけよ? あの子の本心を確かめたかったし」
その言葉に、ルーカスは思った。
(やっぱりモニカは、初めから全部知っていたんだ)
記憶が曖昧などと、嘘だったに違いない。
ロキシーが自分から絶対に離れないと確信し、ようやくルーカスに話を持ちかけてきたのだ。
「……今の彼が、何をしたって言うんだ」
「いいえ。まだ、何もしてないわ」
「善人を、これから犯す罪のために裁けと言うのか」
彼は自分が怪我をしていても、恩人の娘を助けに走り回ることのできる、善良な人間だ。
モニカは声を立てて笑った。
「ねえルーカス。永遠にロキシーのジーヴスでいるつもり? 側に寄り添って、あの子が他の誰かと恋に落ちるのを見守るのがお望み? それともいつか気が付いてくれると淡い期待を抱いてる?
言っておくけど、レット・フォードがいる限り、あの子はあなたに振り向かないわよ。だってここはそういう世界なんだもの。
……それともまさか自分の身を心配しているの? ロキシーがあなたの立場だったら、絶対にそれをしたわ。わたくしがあなたの立場でも、迷うことなくしたでしょう。なのに、あなたは大好きなロキシーのために、そのまたとないチャンスを得てもなお、自分のちっぽけなプライドのために、たった一度の正義さえ、遂行できないというの?」
普通は迷うはずだ。
誰かの死にも、自分の死にも。
最終的にはその答えにたどり着くのだろうが、それまで逡巡するはずだ。この世に即答できる奴なんているのか。
慈愛たっぷりに、モニカは目を細めた。これがこんな場面でなかったら、愛する人を見る目にでも見えただろうか。
「もう、それしかないのよ」
そうしても仕方がないというのに、ルーカスは目を閉じた。
彼女の声は、囁くように優しく告げる。
「戦場へ行って、レット・フォードを殺しなさい。何よりも大切なお姉さんを守るために」
モニカは知っているのだろうか。
ルーカスがロキシーを姉だと思った事なんて、一度だってなかったことを。
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