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第一章 首を切られてわたしは死んだ
誓い合う、わたしと彼女
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「……自分の嫌な部分を聞くのって、正直かなり堪えるわ」
モニカが語り終えた沈黙の後で、ロキシーは言った。
彼女の話の中の自分は、根っからの嫌な女だった。それが、あながちあり得なくもないと思えるからロキシーは顔を顰める他ない。
「だってあなたが全部話せっていうんだもの」
揃ってソファーに座り、なぜだかロキシーの腕にしがみつくようにして体を離さないモニカは口を尖らせてそう言った。
昼間の騒ぎがようやく収まってから、家に戻った。父は娘たちの無事を確認した後、残党の始末に向かった。
フィンはロキシーに何かを言いたげだったが、また後日、と帰って行った。レットは言わずもがな、病院へとかつぎ込まれた。
「わたしの首を切った後……言葉を借りるなら“初めの世界”で、モニカは長生きしたの?」
ロキシーの記憶にあるのは、その世界のことだけだ。
正直、自分の死後皆がどうなったかは気になる。
「いいえ、すぐに死んだわ。食中毒で」
「……なんだかしょぼいわね」
「う、うるさいわね」
モニカはそっぽを向く。
彼女の整った横顔をロキシーは見つめる。こういう性格の少女だとは知らなかった。
ロキシーに抱きつき大泣きしてから、モニカは自分を偽るのを止めたようだ。
彼女の達観した死生観を疑問に思ったが、死ねばまた始まると知っているのであれば納得できる。
話を聞きながら、ロキシーは自分の記憶を以前よりもはっきりと思い出してきていた。
女王だった世界で、死の間際までモニカを憎み、呪った。その呪いが成就し、彼女を無限の時の中に閉じ込めたのだとしたら――やはり罪の意識はあった。
「わたしは、あなたにとって何番目のロクサーナなの?」
「さあ。数えるのも止めてしまったから……」
「いつもどちらかが死んじゃうの? あなたはわたしに殺されるか、事故で」
「ええそうよ。わたくしが死んだ後、生き残ったあなたの人生は知らないけど、きっと偽の女王だって露呈して処刑されるんじゃないかしら? 今までの世界の傾向からすると、ね?」
モニカは横目でロキシーを見て、馬鹿にするように笑った。
「信じるの? こんな話を?」
「信じるわ」
即座にそう答えたロキシーにモニカは目を見開く。腕を放し、のけぞった。
「う、嘘でしょう? ねえロキシー、あなたってお馬鹿さん? こんな変な話、本気にしたの? お父様だってわたくしのこと病気だと思ったのに」
あまりの言い草に、ロキシーは思わず苦笑した。
「信じて欲しかったから話してくれたんでしょう? 信じて何が悪いのよ」
それに、と付け足す。
「さっきも言ったけど、わたしにも記憶があるの。断片的にだけど……」
首を切られたことだけは、鮮明に脳裏に焼き付いている。
モニカとレット、それからルーカスから向けられた、あのまなざしも覚えている。
「不思議なことばかりだけど、わたしとモニカ、二人がこうして同時に前世を思い出したのには、きっと意味があるはずだって思うわ。あなただってそう思ってるから、話してくれたんでしょう?」
真っ直ぐにモニカの瞳を見つめ返すと、大きなそれが、微かに揺れた。
「今まで、一人だったから上手く行かなかったのよ。でも今は、わたしがいる。できるわ、きっと。ループを抜け出すの。運命を覆すのよ。
約束する。絶対にあなたを殺したりなんかしない。女王になんてならない。あなたを裏切ったりしない。レットもいらない。嫉妬もしない。ずっと一緒だって、今世こそ誓うわ。運命に負けたりしない」
何かを言うように、モニカの口が震え、しかし漏れたのは吐息だけだった。
そして、ぼんやりと考えていたことを、ついに口にした。
「この世界は祝福なんだわ。神様が運命をわたしたちに教えて、協力して打ち勝てと言ってくださっているのよ」
運命があるのなら、それに抗う力を得たのだ。
「……そんな風に、考えたこと、なかった」
モニカが泣くのを堪えるように唇を噛みしめる。
「ロキシー。誓って。わたくしも誓うわ。絶対に裏切らないって。絶対に二人で生き延びるって、誓うのよ」
「分かった」
ロキシーは頷き、自分の両手をモニカの両手に重ねた。まるで懺悔をするように。
「誓うわ。……絶対にあなたを裏切らない。絶対にあなたの味方でいる。絶対に、二人で生き延びるわ」
モニカは安堵したようにも見えた。
結局、その日父が帰宅したのは深夜のことだった。事件のごたごたを片付けていたらしい。帰宅の音と、娘たちを心配する声を、寝室でロキシーは聞いていた。
モニカはロキシーの部屋で眠ることにしたようだ。共に同じベッドに横になる。
不思議だった。
つい昨日まで、和解など絶対にあり得るはずがないと思っていた妹なのに。
今日一日で、世界は見事にひっくり返ってしまった。妹の温もりを感じながら、ロキシーは思う。
(絶対なんてこと、思い込みなんだわ)
決まっていることなどなにもない。自分次第で、人生などどうとでもなるのだ。
だからモニカも、悲観しなくていいと思う。
そういう風になっていることなど、本当は何一つないのだ。ロキシーがレットに惹かれるなんてことだって、ない。
そういえば、とロキシーは思った。
モニカが殺したあの男。あれは昨日泊まった、あの小さな宿の主人だったらしい。見覚えがあるような気がしていたが、彼だったのだ。
だがなぜ彼がロキシーとモニカを誘拐したのかは分からないままだった。
モニカが語り終えた沈黙の後で、ロキシーは言った。
彼女の話の中の自分は、根っからの嫌な女だった。それが、あながちあり得なくもないと思えるからロキシーは顔を顰める他ない。
「だってあなたが全部話せっていうんだもの」
揃ってソファーに座り、なぜだかロキシーの腕にしがみつくようにして体を離さないモニカは口を尖らせてそう言った。
昼間の騒ぎがようやく収まってから、家に戻った。父は娘たちの無事を確認した後、残党の始末に向かった。
フィンはロキシーに何かを言いたげだったが、また後日、と帰って行った。レットは言わずもがな、病院へとかつぎ込まれた。
「わたしの首を切った後……言葉を借りるなら“初めの世界”で、モニカは長生きしたの?」
ロキシーの記憶にあるのは、その世界のことだけだ。
正直、自分の死後皆がどうなったかは気になる。
「いいえ、すぐに死んだわ。食中毒で」
「……なんだかしょぼいわね」
「う、うるさいわね」
モニカはそっぽを向く。
彼女の整った横顔をロキシーは見つめる。こういう性格の少女だとは知らなかった。
ロキシーに抱きつき大泣きしてから、モニカは自分を偽るのを止めたようだ。
彼女の達観した死生観を疑問に思ったが、死ねばまた始まると知っているのであれば納得できる。
話を聞きながら、ロキシーは自分の記憶を以前よりもはっきりと思い出してきていた。
女王だった世界で、死の間際までモニカを憎み、呪った。その呪いが成就し、彼女を無限の時の中に閉じ込めたのだとしたら――やはり罪の意識はあった。
「わたしは、あなたにとって何番目のロクサーナなの?」
「さあ。数えるのも止めてしまったから……」
「いつもどちらかが死んじゃうの? あなたはわたしに殺されるか、事故で」
「ええそうよ。わたくしが死んだ後、生き残ったあなたの人生は知らないけど、きっと偽の女王だって露呈して処刑されるんじゃないかしら? 今までの世界の傾向からすると、ね?」
モニカは横目でロキシーを見て、馬鹿にするように笑った。
「信じるの? こんな話を?」
「信じるわ」
即座にそう答えたロキシーにモニカは目を見開く。腕を放し、のけぞった。
「う、嘘でしょう? ねえロキシー、あなたってお馬鹿さん? こんな変な話、本気にしたの? お父様だってわたくしのこと病気だと思ったのに」
あまりの言い草に、ロキシーは思わず苦笑した。
「信じて欲しかったから話してくれたんでしょう? 信じて何が悪いのよ」
それに、と付け足す。
「さっきも言ったけど、わたしにも記憶があるの。断片的にだけど……」
首を切られたことだけは、鮮明に脳裏に焼き付いている。
モニカとレット、それからルーカスから向けられた、あのまなざしも覚えている。
「不思議なことばかりだけど、わたしとモニカ、二人がこうして同時に前世を思い出したのには、きっと意味があるはずだって思うわ。あなただってそう思ってるから、話してくれたんでしょう?」
真っ直ぐにモニカの瞳を見つめ返すと、大きなそれが、微かに揺れた。
「今まで、一人だったから上手く行かなかったのよ。でも今は、わたしがいる。できるわ、きっと。ループを抜け出すの。運命を覆すのよ。
約束する。絶対にあなたを殺したりなんかしない。女王になんてならない。あなたを裏切ったりしない。レットもいらない。嫉妬もしない。ずっと一緒だって、今世こそ誓うわ。運命に負けたりしない」
何かを言うように、モニカの口が震え、しかし漏れたのは吐息だけだった。
そして、ぼんやりと考えていたことを、ついに口にした。
「この世界は祝福なんだわ。神様が運命をわたしたちに教えて、協力して打ち勝てと言ってくださっているのよ」
運命があるのなら、それに抗う力を得たのだ。
「……そんな風に、考えたこと、なかった」
モニカが泣くのを堪えるように唇を噛みしめる。
「ロキシー。誓って。わたくしも誓うわ。絶対に裏切らないって。絶対に二人で生き延びるって、誓うのよ」
「分かった」
ロキシーは頷き、自分の両手をモニカの両手に重ねた。まるで懺悔をするように。
「誓うわ。……絶対にあなたを裏切らない。絶対にあなたの味方でいる。絶対に、二人で生き延びるわ」
モニカは安堵したようにも見えた。
結局、その日父が帰宅したのは深夜のことだった。事件のごたごたを片付けていたらしい。帰宅の音と、娘たちを心配する声を、寝室でロキシーは聞いていた。
モニカはロキシーの部屋で眠ることにしたようだ。共に同じベッドに横になる。
不思議だった。
つい昨日まで、和解など絶対にあり得るはずがないと思っていた妹なのに。
今日一日で、世界は見事にひっくり返ってしまった。妹の温もりを感じながら、ロキシーは思う。
(絶対なんてこと、思い込みなんだわ)
決まっていることなどなにもない。自分次第で、人生などどうとでもなるのだ。
だからモニカも、悲観しなくていいと思う。
そういう風になっていることなど、本当は何一つないのだ。ロキシーがレットに惹かれるなんてことだって、ない。
そういえば、とロキシーは思った。
モニカが殺したあの男。あれは昨日泊まった、あの小さな宿の主人だったらしい。見覚えがあるような気がしていたが、彼だったのだ。
だがなぜ彼がロキシーとモニカを誘拐したのかは分からないままだった。
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