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第一章 首を切られてわたしは死んだ
分かり合えない妹を、わたしは悲しむ
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モニカは後ろに縛られた手で、ロキシーの懐を探る。ロキシーも彼女が取り出しやすいように、体を動かしてやる。
「そこじゃないわ! 胸の谷間のことろよ!」
「そんなのないわ!」
「とにかく、首から鎖で胸にかかっているから。服の下よ!」
遂にモニカの手が、鎖に触れた。そのまま取り出される。
「刃に注意して、二つ折りになってるから」
言われたモニカは慎重にナイフを開く。
「咥えるわ。先にあなたの縄を切るから、そしたらあなたがわたしの縄を切るのよ!」
言われたとおりに、モニカはナイフをロキシーに差し出す。それを咥えた。
「わたくしの白魚のような美しい手を切らないでね?」
言い返したくなる衝動を抑え、ロキシーはモニカの縄を切り始める。器用には行かないが、なんとか一本切り抜いた。
遂に彼女の手が自由になると、ロキシーの首から鎖ごとナイフを取り、足を縛っている縄も切る。
モニカは立ち上がった。次はロキシーの番だ。床に腹ばいになりながら、彼女を見つめる。
「よかった。さあわたしの縄も」
だが妹は直立不動だった。ロキシーとナイフを、交互に見つめる。
まさか。
ロキシーの胸に疑惑が浮かぶ。きっと表情に出ていたのだろう。感じ取ったらしいモニカがふ、と口元を歪めた。
「ねえ、ロキシー。もしここであなたが死んだら、誘拐犯に殺されたって、皆、思うかしら?」
――なぜ。
ロキシーには分からない。
なぜ、モニカはこんなにもロキシーを排除したいのか。
単なる憎しみか、張り合いなのか。
だが対面するモニカの瞳に浮かぶのは静かな決意だった。
彼女は自分の中の信念に従って、ロキシーを排除しようとしているのだ。
「モニカ、お願い。わたしはあなたの敵じゃないわ……」
床に転がったまま、ロキシーは懇願した。
ロキシーがモニカに抱く感情は複雑だった。
血の繋がらない妹。幼い頃は、本当に仲が良かったと思う。前世では、ひどく憎かった。
今世では憎まれ、殺されかけたこともある。仲良くなりたかったが、拒絶された。
だがいつだって、もし彼女が心を開いてくれるなら、と願った。今も一緒にここから生き延びようと思っていた。協力して、父の元に帰る。それができると思っていた。
なのに、彼女は刃を向ける。それがただ、ひたすら悲しい。
(悲しむなんて、お門違いなのかもしれないわ……)
だって、これはきっと、自分がまいた種なのだ。
女王ロクサーナが犯した罪は――嫉妬に荒れ狂い、偽りの王として君臨し、国を混沌に陥れた罪は――周囲に憎まれ、疎まれ、真実の女王の手によって殺されることで、ようやく償われるものなのかもしれない。
この世界で記憶を取り戻し、今、殺されることが、神が課した償いの道なのだ。
それほどまでに重い罪。神は一度の死では、許してくれなかった。
「これが、前世の罰なのね……」
そう呟いたとき、モニカの瞳が揺れた。困惑気味の、囁くような声。
「ぜん、せ……?」
モニカの顔に奇妙な色が浮かぶ。
その時だ。
外から、足音が聞こえた。大きな音からして、恐らく男だ。足音は一人分。
(誘拐犯が戻ってきたんだわ!)
悠長に押し問答をしている時間は無い。このままでは、モニカでさえも危ない。
瞬時に気持ちを切り替え、ロキシーは叫んだ。
「モニカ! わたしの縄を切って! はやく!」
モニカは黙ったまま、大人しくロキシーを縛る縄を切った。ロキシーが立ち上がったのと、男が入ってきたのは同時だった。
これもまた、母が教えてくれたことだ。体の小さな者が自分よりも大きな者を倒すためには、相手の虚を衝く必要がある。
ロキシーは男に突進した。
ロキシーがぶつかった勢いで男の手が触れ、扉が閉まる。
男が我に返る前に、彼が銃を握る腕を掴むと捻り上げた。
銃は手から離れ地面に落とされる。それを遠くへと蹴った。ぽかんと口を開けたままのモニカの足元に行く。ロキシーはモニカに叫んだ。
「銃をこいつに向けて!」
手を180度捻られた男はいとも簡単に膝を床に着いた。後は縛ればいい。だが、男はロキシーの手を無理矢理引き剥がした。そのまま首を掴まれる。
「くそがきが!」
大人の男の本気の力を、ロキシーが振りほどけるわけがない。首を締め付けられて、息が苦しくなる。
今度こそ、死を覚悟した。
だが。
続けざまに発砲音がして、ロキシーの呼吸は突然楽になる。
手が離れ、男はそのまま、何も言うことなく地面に倒れた。体からは血が流れる。数発撃ち込まれ、ほとんど即死状態だ。
ロキシーはその男の顔に、見覚えがあるような気がした。だが今は、思い出している余裕はない。
銃口からは白い煙が立ち上る。震える手で銃を握っていたのは――怯えた表情のモニカだった。
「し、仕方がなかったのよ、だって、この男があなたを、こ、殺そうとしていたから……」
今にも泣きそうなモニカをなだめようと、ロキシーは言った。
「モニカ、そうよ、その通りだわ。……ありがとう」
「動かないで!」
モニカは、銃をロキシーに向けた。人を撃って動揺しているようで、引きつった筋肉を無理に動かすように口を開く。
「あなたを殺さない限り、また同じ事の繰り返しだわ! 二度と、負けるわけにはいかないのよ! わたくし、もう死にたくない!」
銃口は真っ直ぐロキシーに向けられている。ロキシーはどこか冷静にそれを見た。
ここで殺されてやれば、モニカの心は晴れるのだろうか。もし前世の罪を償うのであれば、そうすべきなのか――?
静かに、二人の瞳が交差した。
「そこじゃないわ! 胸の谷間のことろよ!」
「そんなのないわ!」
「とにかく、首から鎖で胸にかかっているから。服の下よ!」
遂にモニカの手が、鎖に触れた。そのまま取り出される。
「刃に注意して、二つ折りになってるから」
言われたモニカは慎重にナイフを開く。
「咥えるわ。先にあなたの縄を切るから、そしたらあなたがわたしの縄を切るのよ!」
言われたとおりに、モニカはナイフをロキシーに差し出す。それを咥えた。
「わたくしの白魚のような美しい手を切らないでね?」
言い返したくなる衝動を抑え、ロキシーはモニカの縄を切り始める。器用には行かないが、なんとか一本切り抜いた。
遂に彼女の手が自由になると、ロキシーの首から鎖ごとナイフを取り、足を縛っている縄も切る。
モニカは立ち上がった。次はロキシーの番だ。床に腹ばいになりながら、彼女を見つめる。
「よかった。さあわたしの縄も」
だが妹は直立不動だった。ロキシーとナイフを、交互に見つめる。
まさか。
ロキシーの胸に疑惑が浮かぶ。きっと表情に出ていたのだろう。感じ取ったらしいモニカがふ、と口元を歪めた。
「ねえ、ロキシー。もしここであなたが死んだら、誘拐犯に殺されたって、皆、思うかしら?」
――なぜ。
ロキシーには分からない。
なぜ、モニカはこんなにもロキシーを排除したいのか。
単なる憎しみか、張り合いなのか。
だが対面するモニカの瞳に浮かぶのは静かな決意だった。
彼女は自分の中の信念に従って、ロキシーを排除しようとしているのだ。
「モニカ、お願い。わたしはあなたの敵じゃないわ……」
床に転がったまま、ロキシーは懇願した。
ロキシーがモニカに抱く感情は複雑だった。
血の繋がらない妹。幼い頃は、本当に仲が良かったと思う。前世では、ひどく憎かった。
今世では憎まれ、殺されかけたこともある。仲良くなりたかったが、拒絶された。
だがいつだって、もし彼女が心を開いてくれるなら、と願った。今も一緒にここから生き延びようと思っていた。協力して、父の元に帰る。それができると思っていた。
なのに、彼女は刃を向ける。それがただ、ひたすら悲しい。
(悲しむなんて、お門違いなのかもしれないわ……)
だって、これはきっと、自分がまいた種なのだ。
女王ロクサーナが犯した罪は――嫉妬に荒れ狂い、偽りの王として君臨し、国を混沌に陥れた罪は――周囲に憎まれ、疎まれ、真実の女王の手によって殺されることで、ようやく償われるものなのかもしれない。
この世界で記憶を取り戻し、今、殺されることが、神が課した償いの道なのだ。
それほどまでに重い罪。神は一度の死では、許してくれなかった。
「これが、前世の罰なのね……」
そう呟いたとき、モニカの瞳が揺れた。困惑気味の、囁くような声。
「ぜん、せ……?」
モニカの顔に奇妙な色が浮かぶ。
その時だ。
外から、足音が聞こえた。大きな音からして、恐らく男だ。足音は一人分。
(誘拐犯が戻ってきたんだわ!)
悠長に押し問答をしている時間は無い。このままでは、モニカでさえも危ない。
瞬時に気持ちを切り替え、ロキシーは叫んだ。
「モニカ! わたしの縄を切って! はやく!」
モニカは黙ったまま、大人しくロキシーを縛る縄を切った。ロキシーが立ち上がったのと、男が入ってきたのは同時だった。
これもまた、母が教えてくれたことだ。体の小さな者が自分よりも大きな者を倒すためには、相手の虚を衝く必要がある。
ロキシーは男に突進した。
ロキシーがぶつかった勢いで男の手が触れ、扉が閉まる。
男が我に返る前に、彼が銃を握る腕を掴むと捻り上げた。
銃は手から離れ地面に落とされる。それを遠くへと蹴った。ぽかんと口を開けたままのモニカの足元に行く。ロキシーはモニカに叫んだ。
「銃をこいつに向けて!」
手を180度捻られた男はいとも簡単に膝を床に着いた。後は縛ればいい。だが、男はロキシーの手を無理矢理引き剥がした。そのまま首を掴まれる。
「くそがきが!」
大人の男の本気の力を、ロキシーが振りほどけるわけがない。首を締め付けられて、息が苦しくなる。
今度こそ、死を覚悟した。
だが。
続けざまに発砲音がして、ロキシーの呼吸は突然楽になる。
手が離れ、男はそのまま、何も言うことなく地面に倒れた。体からは血が流れる。数発撃ち込まれ、ほとんど即死状態だ。
ロキシーはその男の顔に、見覚えがあるような気がした。だが今は、思い出している余裕はない。
銃口からは白い煙が立ち上る。震える手で銃を握っていたのは――怯えた表情のモニカだった。
「し、仕方がなかったのよ、だって、この男があなたを、こ、殺そうとしていたから……」
今にも泣きそうなモニカをなだめようと、ロキシーは言った。
「モニカ、そうよ、その通りだわ。……ありがとう」
「動かないで!」
モニカは、銃をロキシーに向けた。人を撃って動揺しているようで、引きつった筋肉を無理に動かすように口を開く。
「あなたを殺さない限り、また同じ事の繰り返しだわ! 二度と、負けるわけにはいかないのよ! わたくし、もう死にたくない!」
銃口は真っ直ぐロキシーに向けられている。ロキシーはどこか冷静にそれを見た。
ここで殺されてやれば、モニカの心は晴れるのだろうか。もし前世の罪を償うのであれば、そうすべきなのか――?
静かに、二人の瞳が交差した。
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