断頭台のロクサーナ

さくたろう

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第一章 首を切られてわたしは死んだ

熱に冒され、男は独白する

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 ――夢か幻か、得体の知れない考えが浮かんでは消えていく。 
 
 飽食の時代の中に捨てられた亡霊どもの妄念が立ち止まるなと責め立てる。

 言われなくても分かっているさ。
 この国を正常な状態に戻すまで、歩みを止めるつもりはない。

 そうだ、この国は間違いを犯そうとしている。

 王の絶対的な庇護の下、貴族が平民を導くのが、正しい世のはずだ。人民は間違いを犯さぬよう統制し管理しなければならない。平民が貴族を越える力を得るなどあってはならない。
 にも関わらず、商人たちは自由と平等を求める。
 金がものを言う時代。個人の利益を追従する社会では、誰も他人を顧みない。弱者は切り捨てられ、飢えて死ぬ。
 かように歪んだ時代だから、フォード家は滅びたのだ。

 幼い妹が両親によって殺される。それが正しい世界なわけがない。
 誰かがこの怒濤の潮流を止めなければ。悲劇は国全土へと波及する。確実に世が滅ぶ。

 不幸は続く。
 誰かが。
 誰かが止めなければ――。
 
 家族の死を知った時、途方もない空虚の後に訪れたのは誰に向けているのかも分からない激しい怒りだった。怒りはやがて、決意に変化する。

 死に至る病は絶望だと、かつて哲学者は言っていた。

 ならばまだ、死なない。
 まだ、希望を見ているからだ。

 この国を覆い尽くそうとしている暗い闇を打ち消そうとする、光だ。言い換えるならば、野心だ。この国を守ろうという、強い意志だ。

 地位も名誉もない男が権力を得るには、政治家として民衆の支持を得るか、または軍でのし上がるしかない。だからまず軍人として後ろ盾を作り、上を目指そうと考えた。
 間違っていない選択のはずだ。現に、順調に進んでいる。
 
 だが。
 誤算と言うには小さすぎる違和感が、棘のように胸に刺さる。

 ロクサーナ――。

 自分でも分からない。なぜこの娘にここまで肩入れをしているのか。

 どん底から這い上がる彼女を自分と重ねているのか。
 妹にしてやりたかったことを、この娘にしているのか。たった一人生き残ってしまったことの贖罪か。

 この娘のような強さがあったら、妹は死なずに済んだのではないのか――。

 触れた肌や髪は柔らかく、そこに確かに自分と彼女が存在するのだと否が応でも思い知らされた。

 囁くような言葉に、あまりにも懸命に生きるこの娘の存在に、必死に隠してきた直視しがたい自分の弱さが照らし出された。

 なんのことはない。崇高すぎる理想は、都合良くすり替えたものに過ぎなかった。
 怒りは、時代や世の中に抱いたのではない。両親に向けられていたのだ。

 ふざけるな。自分勝手に死にやがって。

 本当は、それだけだった。
 ただ、それだけだ。

 いけない。
 また余計なことを考えている。

 絶え間なく襲う頭痛と一向に冷めぬ煩わしい熱のせいだ。
 それとも昨晩抱え込んだ、あの倒錯的な感情のせいか。

 それにしても気分が悪い。
 
 すべて忘れ、弱さも優しさも見えぬよう蓋をして葬り去らなければ。 
 目的に向かい、一心に進まなければ。不要なものを、余計なものを排除しなければ。正しさに向かわなければ。自分にしかできないことをしなければ。
 そうでなければ、死んで行った者達に顔向けができない。

 まるで纏まらない連続する思考の中に、ふと、柔らかな声が届いた。

「あなたが安心して眠れるように、側にいるわ」
 
 ひやりと当てられた小さな掌の心地よさに、それ以上の一切は遮られた。だから目を閉じ、もはや世界を遠ざけ、ただ、温かな暗闇の中に体を委ねる。

 ――あなたが生きることが、ご両親にとって希望だったんだわ。
 
 その言葉だけが、残響のように、いつまでも胸の中から消えなかった。
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