断頭台のロクサーナ

さくたろう

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第一章 首を切られてわたしは死んだ

妹に告げられ、兄は真相を知る

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 フィンは憤っていた。

 ロキシー。
 記憶の中に残る幼い頃の彼女は、明るく朗らかで、人を陥れるような人間ではなかった。離れていた六年の間に何があったのか知らないが、彼女はひどく変わってしまった。

(モニカのみならず、リーチェにまで嫌がらせをするとは……)

 フィンは正義感の強い人間だ。だからいたずらに人を傷つけるロキシーを許せない。
 昼間リーチェと二人でいるのを見て、激しい怒りが沸いた。もし妹の身に何かあったら――。

 リーチェは昔から体が弱く、幼い頃はずっと部屋に籠もっていた。ようやく最近元気になり、モニカの開くお茶会にも参加できるようになったというのに、妹の繊細な心をロキシーが傷つけたのなら、許すことはできない。

 家に帰って夕食を終えてからもリーチェは静かだった。元々自己主張のさほどない、物静かな彼女ではあったが、今日は輪をかけて元気がない。

 夜、眠れずにいると雨音に混じり遠慮がちに部屋をノックする音が聞こえた。この叩き方をするのは一人しかいない。フィンは優しく声をかけた。 

「リーチェ。おいで」

 ゆっくりと扉が開かれ、妹が暗い顔をして入ってくる。

(かわいそうに、ロキシーのことがよほど怖かったんだな)

 体を起こしベッドの端に腰掛けると、リーチェがその隣に座った。

「あのね、お兄様」

「今日は大変だったな。明日、俺がロキシーに言ってやるから。もうリーチェに近づくなと」

 妹の瞳が悲しそうに揺れる。 
 そんな彼女の頭を撫でてやる。

「怖かったね」

「お兄様、そうじゃなくて」

「ロキシーの奴、許せない。リーチェにまで嫌がらせをするなんて」

「違うの……! あのね」

「お前は何も心配しなくていいから」

「お兄様、もう! 聞いてったら!」

 突然大声を出したリーチェを驚きを持って見る。
 いつの間にかそんな声が出せるようになったのだろうかと嬉しくも思いながら。
 だがリーチェはその瞳に涙をためながら、どういうわけかフィンに対して怒っているようだった。

「違うの!」

 リーチェはずい、とフィンに顔を近づける。

「何が違うんだ? ロキシーにやり返されるのが怖いのか? 大丈夫だ、俺が守ってやるから」

「ばかぁ!」

 勇気づけようとしたのに、逆にパンチされてしまった。リーチェは叫ぶ。

「そうじゃないの! ロクサーナ様はあたしを庇ってくれたのよ! 二度も! 二度もよ?」

「ロキシーが?」

 馬鹿な。あのロキシーが?

 もしかすると妹は、あの悪女に脅されてそんなことを言えと命令でもされているんだろうか。
 だがリーチェの顔は切実だった。

「今日ね? 街で、兵隊さんにぶつかって、それで、すごく怒られちゃったの……お金を出せって」

「出かける時は俺か使用人と一緒にといつも言っているだろう」

「みんな忙しそうだったの! お兄様は、モニカ様のところだったし……」

 確かに最近モニカに呼び出されることが多く、リーチェにかまってやれていなかった。罪悪感を覚えるが、リーチェは気にしない様子でそれでね、と続ける。

「ロクサーナ様が現れて、あたしを兵士から庇ってくれたの」

「だけど、どうしてお前はそれを言わなかったんだ?」

「だって……」

 リーチェの瞳が揺れ、ぽろぽろと両方の目から涙を流した。
 フィンは戸惑いつつその涙を拭う。泣き虫の妹が泣くのはいつものことだが、今に限っては何が彼女を悲しませているのか分からなかった。

「リーチェ。泣いていたら分からないよ。お兄様に悩みも不安も全て話してごらん」

「モ、モニカ様が……」

 意を決したようにリーチェは一気に話した。

「モニカ様が、前に言ったの。ロクサーナ様を追い出すまで、言うとおりにしなさいって。逆らったら、どうなるのか分かるでしょうって。オースティン家なんて小さな商家、潰すのは簡単だって!
 だから、だから……あたし、言われた通りに紅茶を倒して……今日だって、本当はロクサーナ様が助けてくれたのに、モニカ様の前だと、それを言い出せなくって……う、うわーん!」

 ごめんなさいお兄様、と妹はしゃくり上げる。フィンは聞かされた衝撃的な話に反応ができずにいた。

 モニカはお茶会でリーチェにロキシーの隣に座るように指示し、そしてタイミングを見計らってカップを倒せと命じたらしい。
 ロキシーがお茶をかけたように見せるため、別の少女にも命じ、そう証言させた。ロキシーがモニカをいじめているように見せかけるためだ。
 リーチェはやっぱり考え直し、本当のことを言おうとしたがロキシーが庇ったという。

 思えば、昼間だってリーチェが何かを言いかけたのをモニカが遮っていた。自分に都合の悪いことを言われると思ったのだろうか。

 妹の話を聞きながら、フィンの顔はみるみる青ざめていく。
 オースティン家を潰せる、というのは脅しだろう。いくらファフニール大佐に権力があろうとも、商家を潰す道理がない。それに、あの大佐がそのようなことを好むとも思えなかった。

(モニカこそが、ロキシーを陥れようとしていたというのか?)

 昼間のロキシーの顔が蘇る。
 フィンを見つめる、冷たい瞳。

 ようやく悟る。
 あれは自分の罪が暴かれた負け惜しみではなかったのだ。何を言っても無駄だと気がついた失望だった。
 
 あのか弱げなモニカが、天使のような笑みで悪魔の所業を成していたとは。

(俺は、ロキシーに今までなんと言ってきた?)

 最低だとも言ったし、消えろとも言った。頬を平手で打ったこともある。

 自分の言葉や態度が、どれほどロキシーを絶望の底にたたき落としたことだろう。

(最低なのは、俺の方じゃないか!)

 だがモニカはなぜそんなことを――? 
 分かるはずもない。

 それでも明日、ファフニール家の屋敷に行って、ロキシーに非礼を詫びなければ。
 そして本当は何が起きているのか、真実を聞かなければならない。
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