断頭台のロクサーナ

さくたろう

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第一章 首を切られてわたしは死んだ

彼の痛みを、わたしは抱える

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「いいえ、誰でも知っていることですから。それなりに有名ですよ。フォード伯爵家に起こった悲劇については」

「伯爵なの?」

「肩書きは、一応。それにもしかすると、あなたの婚約者になったかもしれないんですよ?」

「あなたが!?」

 実際、女王の婚約者だったけど、と言いかけて慌てて口を閉ざす。

「私をロクサーナ様かモニカ様と婚約させようと、うちの両親は乗り気でした。最も大佐は渋っていましたけどね。なにせあなたたちはまだ三歳かそこらでしたから。
 ほら、以前に一度会ったと言いましたが、その時ですよ。覚えておいでですか?」
 
 レットが家に迎えに来たとき、そういえばそんなことを言っていたっけ。

 ロキシーを見つめて、レットは微笑んだ。だが、口の端を無理に引き上げたような、不自然な笑みだった。
 
「……今思えば、その頃から我が家は借金漬けだったのかもしれません。貴族と言っても、今はあまり関係ないでしょう? 商人や農民たちの方が金を持ってることも珍しくない。
 結局、両親と妹は火事で亡くなりました。笑えますよね、家族が焼けている時、私は王都で暢気に勉学に励んでいたんですよ」

「そんな、ひどい事故が……」

「不幸な事故だったと思いますか?」

 ロキシーは少なからず動揺する。
 レットは話して聞かせているというよりはむしろ、過去を思い出して言葉が止められないようだった。

「まさか。両親は自分たちで火を放ったんです。妹を銃で撃ち殺した後で」

 声すら出ない。
 事実なら、無理心中だ。
 
 ――病で死ねる人間は幸福かもしれませんよ。自分に何が起こったかも分からず、死すら感じる暇もない人に比べたら。

 そう言った時の彼の、あの冷たい瞳を思い出した。

「……ごめんなさい」

「どうして謝るんです?」

「あなたに、辛い話をさせてしまったから」

 時に退廃的とも思える彼の態度の根底にあるものの正体を、ロキシーは見てしまった。
 ああ、とレットは言う。

「確かに、自分らしくないですね今日は……すみません」

 彼は目を伏せる。長い睫毛が、瞳を覆う。

「……とうの昔に、忘れたと思っていたんですよ。だけど、今日、報せがあって」

 彼の吐く息が、空気を震わせる。

「友人が死んだと。学生の頃からの親友でした。私の友人にしては珍しいほどの善人で。
 戦争に行きました。愛国者でしたからね、前線を望み、砲弾にやられて、体がバラバラになったみたいですよ。生き残った者の話だと、ひどい有様だったらしく、大の男も泣きわめいていたとか。
 それで思ったんです。妹は銃で撃たれましたが、それはどれほどの恐怖だっただろうかと。
 ……ああ、なんでこんな話を、すみません。そんな顔をさせたかったわけではないんです。言うべきではありませんでした……」

「お願い、謝らないで。レット、大丈夫よ」

 何が大丈夫なのか少しも分からなかったが、それでもロキシーは言った。

「きっと雨のせいよ。それに、寒いでしょう? すごく、すごく……」

 彼はきっと寒いんだろう。
 だって体が震えている。

 暗闇の中で彼をたぐり寄せる。すぐに見付かり、その頭を抱きしめる。母がよくロキシーにしてくれていたことだ。彼は大人しくそうされている。 

 こんなふざけた時代だから、誰もが大切なものを失ってしまう。喪失の悲しみを抱えながら、平気なふりをして生きているのだ。
 
 温かい彼の体温を感じる。大人のはずの彼が、幼い子供のように小さく思えたのは、暗がりにいるせいかもしれない。
 胸の中で、レットの呼吸を感じた。

「……なぜ両親が、死を選んだのか。なぜ私だけを置いて行ったのか。私は愛されていなかったのか。彼らにとって家族ではなかったのか。私では、生きる意味になれなかったのか。問いかけない日はありませんでした。
 くだらない噂話は至る所でされるのに、疑問には誰も答えてはくれません」

「なぜって……」

 解など分かりきっているように思えた。そうしなければならない気がして、彼の髪を優しく撫でる。

「なぜって、あなたにだけには生きていて欲しかったのよ。あなたが生きることが、ご両親にとって希望だったんだわ。だって、あなたを愛しているから」

 母がそうだった。自分の死の間際ですらロキシーとルーカスが生きることを願った。
 レットが顔を動かしたので二人の体は離れる。

 暗闇に、彼の目が見えた。
 
 さっき彼を利用しようとした時とは、明らかに別種の感情が、ロキシーの中に生まれた。
 胸が高鳴るのは、心の中にいる、過去の自分なのか、それとも――。

 レットの手が、ロキシーの髪に触れる。その目がにわかに熱くなった。
 
「ロキシー……」

 だが彼はすぐに目を見開くと、がばりと体を起こした。慌てたようにベッドを飛び出す。
 さきほどまでの気弱な彼ではない。しかしいつものような余裕があるわけでもなかった。

「ロクサーナ様。これ以上あなたの横にいると、私はとんでもなく悪い男になりそうです。きっと大佐に拷問の末に殺される」

 言いながらソファーに逃げていく。

「風邪を引いてもいいので、こっちで寝ます。おやすみなさい」

 そのまま背中を向けてしまったのでどんな表情をしているのかは分からない。それでもその後頭部に向かって声をかけた。

「ねえ」

「……はい」

「お誕生日おめでとう」

「ありがとうございます」

 答える彼の声を聞きながら、そういえばとロキシーは思った。

(過去のロクサーナは、この人の家族のことも、誕生日がいつかすらも知らなかったんだわ――)
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