14 / 133
第一章 首を切られてわたしは死んだ
大雨の中、わたしたちは途方に暮れる
しおりを挟む
ぽつり、と雨が降ってきた。
「旦那、これ以上は無理だ。道が塞がっちまってる」
数日前に降った大雨の影響で、道には大量の土砂が覆い被さっていた。否応なく馬車は止まる。
「では引き返してくれたまえ」
レットは御者にそう言った後、ロキシーに顔を向ける。
「土砂崩れのようですね。残念ですが、仕方ありません」
ロキシーは悟った。
レットは街からそう遠くないこの場所で土砂崩れがあると知っていたに違いない。ロキシーが家に帰るのを諦めさせるために、わざと馬車でここまで来させたのだ。
「ひどいわ! 期待させておいて、知っていたのね!」
「こうでもしなきゃ、あなたの心は晴れないでしょう? ……あ、こら待て!」
彼の言葉を待たずにロキシーは馬車を飛び出した。ぬかるんだ地面に足をつけ、土砂に手をかけ登り始める。ずぼずぼと体が土の中に入るが、それでも進む。
服が見る間に泥に汚れていく。
雨が体を濡らすが、少しも気にならなかった。
「何をやってるんだ!」
続いて外に出たレットが叫ぶ。
「決まってるでしょ! ルーカスのところに行くの!」
「無茶言うんじゃない!」
「あなたは帰ればいいじゃない!」
レットの両手がロキシーの腰に触れ、あっけなく土砂から引き剥がされた。
「ロクサーナ様を一人残して戻るわけにはいきません」
「いやよ、あの家には戻りたくない!」
「大人の言うことを聞きなさい!」
「子供扱いはよして!」
「……なら、少しは大人になったらどうだ!」
レットが大声を上げたのでロキシーは驚いた。
「衝動的に家を飛び出し、父親を悲しませて、周囲にこれほどの迷惑をかけて、それで一人前のつもりですか?」
「じゃあ連れて行って!」
振り向きざまに彼の体を両手で殴りつける。ロキシーの手に付いた泥が、彼のシャツを染めた。
「連れてってよ! ルーカスのところに! お願いよ、あなたが大人だって言うなら、子供のわたしを今すぐ連れてって! じゃなきゃルーカスを連れてきてよ! たった一人の家族なの、わたしが行かなきゃ、あの子は心細いはずよ!」
訴えかけるように、何度も彼の胸を叩いた。
彼は黙っている。雨が更に強くなってきた。頬を流れるのが涙なのか、それとも雨なのか、判断がつかない。
黙っていたレットは、ゆっくりと口を開く。
「……ロクサーナ様。大佐は、必死にルーカス君を探しています。だから、また必ず会えます。
だけど再会の前にあなたの身になにかあったらどうするんです? ルーカス君は、本当にひとりになってしまいますよ。それに……」
と、レットは一呼吸置いて言った。
「大佐もモニカ様も、あなたの家族じゃないですか」
――家族。
脳天を殴られたような衝撃だった。
なんてこと。ほとんど家にいない父と、憎しみのこもった瞳で睨み付けてくる妹。あの二人は、ロキシーの家族だったのか。
それでもロキシーは大人しくなった。体を濡らす雨の冷たさにようやく気がつく。
雨に濡れてレットの髪は顔に貼り付いていた。多分、自分もそうなのだろう。
「屋敷へ戻りましょう。大丈夫ですよロクサーナ様。なにもかも、きっと大丈夫ですから」
彼はまるで根拠のない慰めの言葉を吐いた後、ロキシーの肩に自分の上着を掛けた。そして背中を押すようにして馬車に歩かせる。ロキシーも大人しく従う。もう抵抗の気力はない。
だが二人を引き留めたのは今度は別の者だった。
「馬車を汚されちゃ敵わねえ。悪いが乗せるわけにはいかん。近くに宿がある、そこで一晩くらいどうにかなるだろう」
御者がそう言い、馬車とともに去ってしまったのだ。
「なんてこった……」
レットは助けを求めるように天を仰いだ。だが空からは、勢いを増した水滴が落ちてくるだけだった。
「旦那、これ以上は無理だ。道が塞がっちまってる」
数日前に降った大雨の影響で、道には大量の土砂が覆い被さっていた。否応なく馬車は止まる。
「では引き返してくれたまえ」
レットは御者にそう言った後、ロキシーに顔を向ける。
「土砂崩れのようですね。残念ですが、仕方ありません」
ロキシーは悟った。
レットは街からそう遠くないこの場所で土砂崩れがあると知っていたに違いない。ロキシーが家に帰るのを諦めさせるために、わざと馬車でここまで来させたのだ。
「ひどいわ! 期待させておいて、知っていたのね!」
「こうでもしなきゃ、あなたの心は晴れないでしょう? ……あ、こら待て!」
彼の言葉を待たずにロキシーは馬車を飛び出した。ぬかるんだ地面に足をつけ、土砂に手をかけ登り始める。ずぼずぼと体が土の中に入るが、それでも進む。
服が見る間に泥に汚れていく。
雨が体を濡らすが、少しも気にならなかった。
「何をやってるんだ!」
続いて外に出たレットが叫ぶ。
「決まってるでしょ! ルーカスのところに行くの!」
「無茶言うんじゃない!」
「あなたは帰ればいいじゃない!」
レットの両手がロキシーの腰に触れ、あっけなく土砂から引き剥がされた。
「ロクサーナ様を一人残して戻るわけにはいきません」
「いやよ、あの家には戻りたくない!」
「大人の言うことを聞きなさい!」
「子供扱いはよして!」
「……なら、少しは大人になったらどうだ!」
レットが大声を上げたのでロキシーは驚いた。
「衝動的に家を飛び出し、父親を悲しませて、周囲にこれほどの迷惑をかけて、それで一人前のつもりですか?」
「じゃあ連れて行って!」
振り向きざまに彼の体を両手で殴りつける。ロキシーの手に付いた泥が、彼のシャツを染めた。
「連れてってよ! ルーカスのところに! お願いよ、あなたが大人だって言うなら、子供のわたしを今すぐ連れてって! じゃなきゃルーカスを連れてきてよ! たった一人の家族なの、わたしが行かなきゃ、あの子は心細いはずよ!」
訴えかけるように、何度も彼の胸を叩いた。
彼は黙っている。雨が更に強くなってきた。頬を流れるのが涙なのか、それとも雨なのか、判断がつかない。
黙っていたレットは、ゆっくりと口を開く。
「……ロクサーナ様。大佐は、必死にルーカス君を探しています。だから、また必ず会えます。
だけど再会の前にあなたの身になにかあったらどうするんです? ルーカス君は、本当にひとりになってしまいますよ。それに……」
と、レットは一呼吸置いて言った。
「大佐もモニカ様も、あなたの家族じゃないですか」
――家族。
脳天を殴られたような衝撃だった。
なんてこと。ほとんど家にいない父と、憎しみのこもった瞳で睨み付けてくる妹。あの二人は、ロキシーの家族だったのか。
それでもロキシーは大人しくなった。体を濡らす雨の冷たさにようやく気がつく。
雨に濡れてレットの髪は顔に貼り付いていた。多分、自分もそうなのだろう。
「屋敷へ戻りましょう。大丈夫ですよロクサーナ様。なにもかも、きっと大丈夫ですから」
彼はまるで根拠のない慰めの言葉を吐いた後、ロキシーの肩に自分の上着を掛けた。そして背中を押すようにして馬車に歩かせる。ロキシーも大人しく従う。もう抵抗の気力はない。
だが二人を引き留めたのは今度は別の者だった。
「馬車を汚されちゃ敵わねえ。悪いが乗せるわけにはいかん。近くに宿がある、そこで一晩くらいどうにかなるだろう」
御者がそう言い、馬車とともに去ってしまったのだ。
「なんてこった……」
レットは助けを求めるように天を仰いだ。だが空からは、勢いを増した水滴が落ちてくるだけだった。
90
お気に入りに追加
489
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
【完】前世で子供が産めなくて悲惨な末路を送ったので、今世では婚約破棄しようとしたら何故か身ごもりました
112
恋愛
前世でマリアは、一人ひっそりと悲惨な最期を迎えた。
なので今度は生き延びるために、婚約破棄を突きつけた。しかし相手のカイルに猛反対され、無理やり床を共にすることに。
前世で子供が出来なかったから、今度も出来ないだろうと思っていたら何故か懐妊し─
「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。
石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。
ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。
ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。
母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。
【完結】用済みと捨てられたはずの王妃はその愛を知らない
千紫万紅
恋愛
王位継承争いによって誕生した後ろ楯のない無力な少年王の後ろ楯となる為だけに。
公爵令嬢ユーフェミアは僅か10歳にして大国の王妃となった。
そして10年の時が過ぎ、無力な少年王は賢王と呼ばれるまでに成長した。
その為後ろ楯としての価値しかない用済みの王妃は廃妃だと性悪宰相はいう。
「城から追放された挙げ句、幽閉されて監視されて一生を惨めに終えるくらいならば、こんな国……逃げだしてやる!」
と、ユーフェミアは誰にも告げず城から逃げ出した。
だが、城から逃げ出したユーフェミアは真実を知らない。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる