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第一章 首を切られてわたしは死んだ
思いがけない味方に、わたしは励まされる
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(結局、前と一緒だわ)
ロキシーの心は暗かった。
きっとモニカは父に言うのだろう。ロキシーに殺されかけたのだと。そして父は、それを信じるに違いない。
オリバーの帰宅までフィンはいたらしく、見たままをきっちり報告し帰って行った。
別にどうってことない。分かりきっていたことだ。いつだって父はモニカの方が大切なんだから。
「なぜお前は言わなかったんだ?」
「お二人とも怪我もなく、些末なことだと思いましたので」
「些末かどうか判断するのは私であって貴様ではない。なんのために貴様を……」
わずかに開いた扉の隙間から、声が漏れる。
オリバーの書斎に呼び出されたレット・フォードは、軍服のまま駆けつけ、馬車に轢き殺されかけた一件について報告がなかったことを詰められていた。
妹のすすり泣く声が聞こえる。
「ロキシーは、やっぱり、わたくしを許してはいないのですわ。殺したいほど、憎まれていたなんて……」
「私の目には、事故に見えましたよ。それにむしろロクサーナ様はモニカ様を助けたように思いましたけどね。お茶会や殴り合いについては知りませんが」
はっきりとしたレットの声。
彼にしたら見たままを言っているのだろうが、ロキシーを庇うような彼の言葉に、少なくともあの時彼に殺意はなかったのだと安心する。
ふむ、と吐き出すようにオリバーは言い、レットに命じた。
「フォード。ロクサーナをここへ連れてこい。彼女からも話を聞こう」
扉に人が寄ってくる気配がし、ロキシーは慌ててその場を離れる。だが部屋に逃げ帰るのが間に合うはずもなく、すぐさま見付かってしまった。
扉が閉まる音がしてから呼び止められる。
「ロクサーナ様」
ロキシーは気まずい思いで足を止める。立ち聞きなど、はしたないことだ。
だがレットはいつもの調子で声をかけてきた。
「お父様がお呼びですよ」
「……行かないわ」
「なぜ?」
「なぜって……」
決まっている。
ロキシーによるモニカへの連続嫌がらせ事件。裁判長はモニカを何よりも大切に思う父だ。判決が分かりきっている裁判なんて、被告人からしたらご遠慮願いたい。
今度こそ、上手くやっていけると思っていたのに。ロキシーは妹を憎んでいた女王ロクサーナとは違う。モニカを大切に思おうと、少なくとも努力はしていた。
「ははあ。逃げるおつもりですか」
合点がいったような彼の言葉に、思わず振り返る。意に反して目に溜まっていた涙が、宙に散った。
「そうよ! 逃げちゃだめ? 行きたくないの」
ロキシーの涙を見てもレットの態度は変わらない。目の前まで歩いて来ると見下ろすようにして言った。
「存外、期待外れですね」
「なによそれ!」
「悪いことをしていないのに逃げるのですか?」
「……あなたに何が分かるのよ」
「さあ。私は男爵令嬢ではないので、その繊細すぎるお心など分かりかねますが」
ロキシーは黙る。
分かってたまるか、と思いながら。
「私が迎えに行った時に見せたような気概を今も見せればいいじゃないですか。拳銃後ろに『帰ってちょうだいレット・フォード!』って」
馬鹿にしているのかこの男は。ロキシーは睨み付ける。
「堂々と、事実を述べればいい。殺されかけたのは、むしろ自分の方だと」
驚いて彼の表情を探る。しかし飄々とした態度の内側に潜む感情は遂に分からなかった。
やはりロキシーの勘違いではなく、馬車の時、モニカは殺す気でいたのか。
「だって、お父様は昔モニカを信じたのよ」
それでロキシーを追い出したのだ。
「昔そうだったからと言って、今もそうだとは限らないでしょう。こんなことで、負けてどうするんです? 今逃げたら、これから先も逃げ続けることになりますよ」
彼にしては、呆れから発した言葉だったかもしれない。
だがそれは、思いがけずロキシーの心を励まし、闘志に火をつけた。
(――確かに。ここで諦めたら、お母様に叱られてしまうわ)
きっと母だって、レットと同じ事を言うだろう。負けてはだめだと。いつだって母は戦い抜いた人だったのだから。
涙の跡を拭く。
泣いていたと、傷ついていたと、妹に知られたくなかった。
「あなたはなぜわたしを奮い立たせるような事を言ってくれるの?」
考え込むような少しの間の後で、彼は言った。
「……さあ、どうしてでしょうね。私はあまり、他人に入れ込む人間ではないのですが。
多分、興味があるんですよ。何も持たない、どう見ても負け戦のあなたが、その身一つでどこまでやれるのかをね」
ロキシーはレットの脇を抜けると、オリバーの書斎へ向かう。
「やるなら徹底的に。中途半端はいけませんよ。一分の隙もなきように」
レットの声が背中越しに聞こえる。
「ご忠告ありがとう」
小さな胸には決意が宿る。
ロキシーは父と妹の前に立つ。やや遅れて、レットも部屋に入ってきた。
モニカが、大きな目いっぱいに涙をためながらロキシーを睨んだ。
ロキシーの心は暗かった。
きっとモニカは父に言うのだろう。ロキシーに殺されかけたのだと。そして父は、それを信じるに違いない。
オリバーの帰宅までフィンはいたらしく、見たままをきっちり報告し帰って行った。
別にどうってことない。分かりきっていたことだ。いつだって父はモニカの方が大切なんだから。
「なぜお前は言わなかったんだ?」
「お二人とも怪我もなく、些末なことだと思いましたので」
「些末かどうか判断するのは私であって貴様ではない。なんのために貴様を……」
わずかに開いた扉の隙間から、声が漏れる。
オリバーの書斎に呼び出されたレット・フォードは、軍服のまま駆けつけ、馬車に轢き殺されかけた一件について報告がなかったことを詰められていた。
妹のすすり泣く声が聞こえる。
「ロキシーは、やっぱり、わたくしを許してはいないのですわ。殺したいほど、憎まれていたなんて……」
「私の目には、事故に見えましたよ。それにむしろロクサーナ様はモニカ様を助けたように思いましたけどね。お茶会や殴り合いについては知りませんが」
はっきりとしたレットの声。
彼にしたら見たままを言っているのだろうが、ロキシーを庇うような彼の言葉に、少なくともあの時彼に殺意はなかったのだと安心する。
ふむ、と吐き出すようにオリバーは言い、レットに命じた。
「フォード。ロクサーナをここへ連れてこい。彼女からも話を聞こう」
扉に人が寄ってくる気配がし、ロキシーは慌ててその場を離れる。だが部屋に逃げ帰るのが間に合うはずもなく、すぐさま見付かってしまった。
扉が閉まる音がしてから呼び止められる。
「ロクサーナ様」
ロキシーは気まずい思いで足を止める。立ち聞きなど、はしたないことだ。
だがレットはいつもの調子で声をかけてきた。
「お父様がお呼びですよ」
「……行かないわ」
「なぜ?」
「なぜって……」
決まっている。
ロキシーによるモニカへの連続嫌がらせ事件。裁判長はモニカを何よりも大切に思う父だ。判決が分かりきっている裁判なんて、被告人からしたらご遠慮願いたい。
今度こそ、上手くやっていけると思っていたのに。ロキシーは妹を憎んでいた女王ロクサーナとは違う。モニカを大切に思おうと、少なくとも努力はしていた。
「ははあ。逃げるおつもりですか」
合点がいったような彼の言葉に、思わず振り返る。意に反して目に溜まっていた涙が、宙に散った。
「そうよ! 逃げちゃだめ? 行きたくないの」
ロキシーの涙を見てもレットの態度は変わらない。目の前まで歩いて来ると見下ろすようにして言った。
「存外、期待外れですね」
「なによそれ!」
「悪いことをしていないのに逃げるのですか?」
「……あなたに何が分かるのよ」
「さあ。私は男爵令嬢ではないので、その繊細すぎるお心など分かりかねますが」
ロキシーは黙る。
分かってたまるか、と思いながら。
「私が迎えに行った時に見せたような気概を今も見せればいいじゃないですか。拳銃後ろに『帰ってちょうだいレット・フォード!』って」
馬鹿にしているのかこの男は。ロキシーは睨み付ける。
「堂々と、事実を述べればいい。殺されかけたのは、むしろ自分の方だと」
驚いて彼の表情を探る。しかし飄々とした態度の内側に潜む感情は遂に分からなかった。
やはりロキシーの勘違いではなく、馬車の時、モニカは殺す気でいたのか。
「だって、お父様は昔モニカを信じたのよ」
それでロキシーを追い出したのだ。
「昔そうだったからと言って、今もそうだとは限らないでしょう。こんなことで、負けてどうするんです? 今逃げたら、これから先も逃げ続けることになりますよ」
彼にしては、呆れから発した言葉だったかもしれない。
だがそれは、思いがけずロキシーの心を励まし、闘志に火をつけた。
(――確かに。ここで諦めたら、お母様に叱られてしまうわ)
きっと母だって、レットと同じ事を言うだろう。負けてはだめだと。いつだって母は戦い抜いた人だったのだから。
涙の跡を拭く。
泣いていたと、傷ついていたと、妹に知られたくなかった。
「あなたはなぜわたしを奮い立たせるような事を言ってくれるの?」
考え込むような少しの間の後で、彼は言った。
「……さあ、どうしてでしょうね。私はあまり、他人に入れ込む人間ではないのですが。
多分、興味があるんですよ。何も持たない、どう見ても負け戦のあなたが、その身一つでどこまでやれるのかをね」
ロキシーはレットの脇を抜けると、オリバーの書斎へ向かう。
「やるなら徹底的に。中途半端はいけませんよ。一分の隙もなきように」
レットの声が背中越しに聞こえる。
「ご忠告ありがとう」
小さな胸には決意が宿る。
ロキシーは父と妹の前に立つ。やや遅れて、レットも部屋に入ってきた。
モニカが、大きな目いっぱいに涙をためながらロキシーを睨んだ。
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