断頭台のロクサーナ

さくたろう

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第一章 首を切られてわたしは死んだ

お茶会に、わたしは招かれる

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 翌朝、ロキシーの心配に反し、モニカは驚くほど普通の態度だった。まるで昨日起きたことなど全て幻であったかのように。

「おはようございます、ロキシー」

「お、おはようモニカ」

 あまりにも平然とした態度に、逆にロキシーが動揺してしまった。

(昨日のあれは、思い過ごしだったのかしら)

 モニカも死にかけた恐怖により、神経過敏になっていただけかもしれない。

「今日わたくしのお友達が来るの。気楽なお茶会よ。ロキシーも良かったら一緒にどうかしら?」

 朝食の席でモニカがそう誘ってくれたので、ロキシーは嬉しくなる。

「ええ、もちろんよ!」

「一応、ドレスを着てきてね? この屋敷に来たときの、あの素敵なものでいいと思うわ」

 分かったわ、と返事をした。レットに貰ったあの服だ。他にきちんとした服は持っていない。母の形見の服があるが、大人のサイズであるため、ロキシーにはまだ着られなかった。



 天気が良く、外にテーブルを出してそこに座る。
 お茶会が始まるとロキシーはたちまち好奇心旺盛な少女たちの質問攻めにあった。

「ロキシーさんはどこに住んでいらしたの?」

「どうして遠くへ行っていらしたんですの?」

「そのお洋服、とってもかわいいですわ、どこで仕立てたんですの?」

 モニカの友人だというその少女たちは皆目を輝かせる。田舎でも王都でも、少女という生き物は変わらず賑やかなのだ。そしてそれはロキシーも例外ではない。おしゃべりは楽しかった。
 質問に全て丁寧に答える。

「この服はいただきものなんです。お父様の部下のフォードさんに買っていただいて」

 服について言及したところで、少女たちは急に前のめりになった。 
 
「フォード様に!?」
 
 わあ! と彼女たちは色めき立つ。顔を赤らめる者までいた。

「さすがモニカ様のお姉様ですわ! 羨ましい!」

「皆さん、フォードさんのお知り合いなの?」

「もちろん! いつも優しく声をかけてくださって! あんなに素敵な殿方、貴族の中にもそういませんわ」

「あら、レットも一応は貴族の肩書きを持っているのですよ?」

 モニカがそう言って笑った。少女たちの間でレットは有名人で、そして人気者らしい。

「今度お茶会にお呼びしましょうか?」

 モニカのその言葉にも、少女たちは歓喜の声を上げてはしゃぐ。
 その時、偶然にもロキシーの隣に座る少女の手がロキシーのカップに当たった。

 それは不幸としか言いようがなかった。

 まだほとんど口を付けていないそこには熱い紅茶がたっぷりと入っており、ひっくり返ったそれはモニカの体になみなみとかかる。

「きゃあ!」

 悲鳴を上げたモニカは立ち上がる。足にかかったらしく服をめくった。
 すぐさま使用人が飛んでくる。

「モニカ様! 大丈夫ですか!?」

 少女たちも突然の事件に驚き目を丸くしている。その中でロキシーにドレスのことを尋ねた少女が叫ぶ。

「ロキシー様がわざとカップを倒したのよ! フォード様と仲のよろしいモニカ様に嫉妬したんだわ!」

 ――そんな、まさか! 

 他の少女たちは顔を見合わせた。
 誰もその瞬間を見ていなかった。

 カップはロキシーのものだし、現場を見た少女がそう言うのなら、もしかしたらそうなのかも……? 疑惑の瞳が向けられるのが分かった。

(違うわ! わたしの隣のこの子が!)

 ロキシーのカップを倒した少女は今にも倒れそうなほど青ざめた顔をしていた。人なつっこそうな栗色の透き通った純粋な瞳は、可哀想なことに恐怖に怯えている。

 哀れだった。

 確か彼女は裕福ではあるが平民の子で、その身分はファフニール家よりはるかに低い。そんな彼女が男爵家の令嬢に傷を負わせたとなると、単なるお叱りでは済まないだろう。
 
「あ、あの、あたしが……」
 
 その少女がそう言いかけたのをロキシーは遮る。

「わたしの手が引っかかってしまったの。わざとじゃないわ」

 少女は驚いた顔でロキシーを見た。
 他の少女は黙っている。彼女たちの胸の中にある疑惑が解けたわけではないのはその表情から明白だった。それでもロキシーは、真実を言うつもりはなかった。
 きっと母ベアトリクスでも同じ事をしただろう。立場の弱い者たちを、彼女はいつも大切にしていたから。

 ――幸いにして、モニカは火傷を負ってはいなかった。だがもうお茶会を続ける雰囲気ではなかったし、ロキシーにもその気はなかった。

 直感だったが、やはりモニカはわざとやったのではないかと思う。少女を買収し嘘の証言をさせたのだ。
 ならこれで終わるとも思えない。まだ続くのだろう。ロキシーがこの屋敷から出て行くまで……。

 少女たちが帰って行く姿を見送っていると、ロキシーが庇ったあの少女が一度だけ振り返り、深々と頭を下げた。そのことに、ロキシーは心が慰められた。



 その夜。
 届いたルーカスからの手紙を開く。彼らしい几帳面な文字をそっとなでると、あの懐かしい日々がありありと蘇った。

「ロキシーへ
 王都の暮らしはどうですか? 男爵は優しいですか? 双子の妹にいじめられていませんか?
 もしそっちが嫌になったらいつでも帰ってきてください。ロキシーの家は、いつだってここだから。ロキシーがいつ帰ってきてもいいように、毎日部屋を掃除しています。
 こっちの暮らしは相変わらずです――」

 それから、生活のことがいくつか書かれていた。畑のこと、季節のこと、人の噂のこと。知った名を見つけてロキシーは笑った。

 ルーカスの手紙は続く。

「そういえば、少し変わったこともあります。戦争が近くで起こるのか、戦車が道を通りすぎていくのが見えました。兵隊も街中に増えたように思います。
 大人たちはここで争いなんて起こりっこないと笑うけど、オレは少し心配です。王都では、きっとそんな心配ないと思うけど、ロキシーも気をつけて。
 じゃあ、また手紙を書きます。大好きなロキシー、お体に気をつけて」

 ――帰りたいな。

 なんてことを思った。
 ロキシーの帰る家は、ルーカスの言うとおりあのただっ広い農場以外になかった。それはどんなにこの家での暮らしに慣れても変わらない。

 養父がいて、養母がいて、ルーカスがいて、多くの農夫たちがいて。黄金に輝くあの麦の畑をルーカスと一緒に走り回ることこそが、ロキシーにとっての生活だった。

 だが今帰ったら、わざわざここに来た意味がない。お金をルーカスに送ってあげられなくなったら、本末転倒だ。

(返事に何を書こうかしら)

 まさか王都に来て間もないのに、いきなり妹と上手くやれなさそう、なんて書くわけにはいかない。心優しい弟を心配させたくなかった。

 結局散々迷ったあげく、当たり障りのない事だけを書いて、父から受け取ったお金を一緒に入れて封を閉じた。

(お母様は誰も信じるなって言っていたけど――)

 どんなに辛いことがあっても、ロキシーはルーカスを思えば強くなれた。
 母の教えに一つだけ背くならば、それは自分の他にルーカスだけは何があっても信じている、ということだ。
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