46 / 48
第1話 第二王女は死に戻る(5)
しおりを挟む
激しい頭痛、渦の中、私の頭はかき回される。耳元で巨大な蜂が飛び回っているかのような不快な耳鳴りが続く。
「ヴィクトリカ、お前とヒースとの婚約は解消された。今日の花婿は――」
そこまで言ったところで、お兄様はくらりと壁に手をついた。顔面は蒼白で呻くように言う。
「何が、起きたんだ。ああ……気分が悪い――」
レイズナーが、今にも倒れそうなお兄様の体を支える。
「どうされました、陛下?」
「レイズナー、どうして僕は、妹に望まぬ結婚を勧めているんだろうか?」
その言葉で、私は確信した。
お兄様は、ブルクストンから解放されたのだ。そして代わりに――。
だってこんなに。
私は自分の口から、悲鳴が漏れる音を聞いた。
レイズナーが驚いて私を見る。
「ヴィクトリカ! どうした!」
「――中にいる! 私の中に!」
体の中をマグマが駆け巡っているかのように熱い。
頭が痛い。
耳元で五月蠅い。
不快だった。
涙が出る。
叫び続けた。
時間の流れというものが不可逆なのかそうでないのかなど私には分からない。だけどさっきのループでブルクストンは私の中に入り込むことに成功していた。そして今も、私の中にいる。
私の心を言うならば、確かにいつだって空虚だった。レイズナーを知るまでは。
「助けて――! 助けて――!」
お兄様が叫ぶ。
「ヴィクトリカには、彼女の体の中には、この国を滅ぼすだけの途方もないエネルギーが封じられているんだ! 暴走したら、皆が死に絶える!」
「なんだと……」
レイズナーの美しい緑色の瞳が、私に向けられる。私の手足は醜くゆがみ、声は老人のようにしわがれた。
「この娘が生まれた時、愛するキーラは死んだ! 国を守る、生け贄として! 私は、知らされなかった! 当たり前だ。知っていれば、王族を殺してでも止めたはずだ!
これはキーラの復讐だ! この国を、滅ぼしてやろう!」
――そうだったんだ。
初めから、ブルクストンはその命と引き換えに影となった。代償は既に捧げられていたのだ。死ぬから影になったのではない。影になるから死んだんだ。
遅れて、私も悟った。
私の中にあったのは、強い意志でも、王女としてのプライドでもなかった。
ただブルクストンの妻の命と引き換えに封じ込められた史上最低の災害があっただけだ。その災害を止めるには、誰かを媒介にするしかなかった。未だ自我のない、生まれたばかりの赤ん坊の体に、それはよく馴染んだことだろう。
奇跡なんかじゃない。奇跡なんかじゃなかった。
二人の人間の犠牲によって、国は守られた。おぞましい、あまりにもおぞましい決断だ。
ブルクストンはその事実を知ったに違いない。だから復讐のため、お兄様の体の中に侵入した。いずれ訪れる機を、待っていたんだ。
レイズナーが私を見ている。
こんな醜い私を見られたくない。
他ならぬ、レイズナーだけには。
だけど彼が私を見つめる瞳には、愛情だけが宿っていた。
「君を助けるよ。愛しているから」
私は魔法が使えないから、お兄様の体ほど、ブルクストンは使いこなせてはいないようだった。
叫びながら、私はレイズナーに手を伸ばす。
「レイズナー、この力ごと、私を殺して――!」
私も彼を愛しているから。
レイズナーが私に近づいてくる。
他の人に殺されるのは嫌だ。だけど、レイズナーになら、殺されてもいい。この苦痛から解放されるなら、その大きな愛の中で逝けるなら、恐怖は微塵もなかった。
「馬鹿を言え。君は生きるんだ」
そう言って微笑み、彼は私を抱きしめた。
瞬間、出現した魔方陣があり、彼の体は消し飛んだ。
私の両手から放たれた魔力によって。
「ヴィクトリカ、お前とヒースとの婚約は解消された。今日の花婿は――」
そこまで言ったところで、お兄様はくらりと壁に手をついた。顔面は蒼白で呻くように言う。
「何が、起きたんだ。ああ……気分が悪い――」
レイズナーが、今にも倒れそうなお兄様の体を支える。
「どうされました、陛下?」
「レイズナー、どうして僕は、妹に望まぬ結婚を勧めているんだろうか?」
その言葉で、私は確信した。
お兄様は、ブルクストンから解放されたのだ。そして代わりに――。
だってこんなに。
私は自分の口から、悲鳴が漏れる音を聞いた。
レイズナーが驚いて私を見る。
「ヴィクトリカ! どうした!」
「――中にいる! 私の中に!」
体の中をマグマが駆け巡っているかのように熱い。
頭が痛い。
耳元で五月蠅い。
不快だった。
涙が出る。
叫び続けた。
時間の流れというものが不可逆なのかそうでないのかなど私には分からない。だけどさっきのループでブルクストンは私の中に入り込むことに成功していた。そして今も、私の中にいる。
私の心を言うならば、確かにいつだって空虚だった。レイズナーを知るまでは。
「助けて――! 助けて――!」
お兄様が叫ぶ。
「ヴィクトリカには、彼女の体の中には、この国を滅ぼすだけの途方もないエネルギーが封じられているんだ! 暴走したら、皆が死に絶える!」
「なんだと……」
レイズナーの美しい緑色の瞳が、私に向けられる。私の手足は醜くゆがみ、声は老人のようにしわがれた。
「この娘が生まれた時、愛するキーラは死んだ! 国を守る、生け贄として! 私は、知らされなかった! 当たり前だ。知っていれば、王族を殺してでも止めたはずだ!
これはキーラの復讐だ! この国を、滅ぼしてやろう!」
――そうだったんだ。
初めから、ブルクストンはその命と引き換えに影となった。代償は既に捧げられていたのだ。死ぬから影になったのではない。影になるから死んだんだ。
遅れて、私も悟った。
私の中にあったのは、強い意志でも、王女としてのプライドでもなかった。
ただブルクストンの妻の命と引き換えに封じ込められた史上最低の災害があっただけだ。その災害を止めるには、誰かを媒介にするしかなかった。未だ自我のない、生まれたばかりの赤ん坊の体に、それはよく馴染んだことだろう。
奇跡なんかじゃない。奇跡なんかじゃなかった。
二人の人間の犠牲によって、国は守られた。おぞましい、あまりにもおぞましい決断だ。
ブルクストンはその事実を知ったに違いない。だから復讐のため、お兄様の体の中に侵入した。いずれ訪れる機を、待っていたんだ。
レイズナーが私を見ている。
こんな醜い私を見られたくない。
他ならぬ、レイズナーだけには。
だけど彼が私を見つめる瞳には、愛情だけが宿っていた。
「君を助けるよ。愛しているから」
私は魔法が使えないから、お兄様の体ほど、ブルクストンは使いこなせてはいないようだった。
叫びながら、私はレイズナーに手を伸ばす。
「レイズナー、この力ごと、私を殺して――!」
私も彼を愛しているから。
レイズナーが私に近づいてくる。
他の人に殺されるのは嫌だ。だけど、レイズナーになら、殺されてもいい。この苦痛から解放されるなら、その大きな愛の中で逝けるなら、恐怖は微塵もなかった。
「馬鹿を言え。君は生きるんだ」
そう言って微笑み、彼は私を抱きしめた。
瞬間、出現した魔方陣があり、彼の体は消し飛んだ。
私の両手から放たれた魔力によって。
31
お気に入りに追加
429
あなたにおすすめの小説
氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。
りつ
恋愛
イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。
王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて……
※他サイトにも掲載しています
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました

【完結】どうやら時戻りをしました。
まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。
辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。
時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。
※前半激重です。ご注意下さい
Copyright©︎2023-まるねこ

【完結】氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む【番外編更新】
矢口愛留
恋愛
ミアの婚約者ウィリアムは、これまで常に冷たい態度を取っていた。
しかし、ある日突然、ウィリアムはミアに対する態度をがらりと変え、熱烈に愛情を伝えてくるようになった。
彼は、ミアが呪いで目を覚まさなくなってしまう三年後の未来からタイムリープしてきたのである。
ウィリアムは、ミアへの想いが伝わらずすれ違ってしまったことを後悔して、今回の人生ではミアを全力で愛し、守ることを誓った。
最初は不気味がっていたミアも、徐々にウィリアムに好意を抱き始める。
また、ミアには大きな秘密があった。
逆行前には発現しなかったが、ミアには聖女としての能力が秘められていたのだ。
ウィリアムと仲を深めるにつれて、ミアの能力は開花していく。
そして二人は、次第に逆行前の未来で起きた事件の真相、そして隠されていた過去の秘密に近付いていき――。
*カクヨム、小説家になろう、Nolaノベルにも掲載しています。
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!
楠ノ木雫
恋愛
貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?
貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。
けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?
※他サイトにも投稿しています。

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜
咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。
実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。
どうして貴方まで同じ世界に転生してるの?
しかも王子ってどういうこと!?
お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで!
その愛はお断りしますから!
※更新が不定期です。
※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。
※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる