第二王女は死に戻る

さくたろう

文字の大きさ
上 下
46 / 48

第1話 第二王女は死に戻る(5)

しおりを挟む
 激しい頭痛、渦の中、私の頭はかき回される。耳元で巨大な蜂が飛び回っているかのような不快な耳鳴りが続く。

「ヴィクトリカ、お前とヒースとの婚約は解消された。今日の花婿は――」

 そこまで言ったところで、お兄様はくらりと壁に手をついた。顔面は蒼白で呻くように言う。

「何が、起きたんだ。ああ……気分が悪い――」

 レイズナーが、今にも倒れそうなお兄様の体を支える。

「どうされました、陛下?」

「レイズナー、どうして僕は、妹に望まぬ結婚を勧めているんだろうか?」
 
 その言葉で、私は確信した。
 お兄様は、ブルクストンから解放されたのだ。そして代わりに――。
 
 だってこんなに。

 私は自分の口から、悲鳴が漏れる音を聞いた。
 レイズナーが驚いて私を見る。

「ヴィクトリカ! どうした!」

「――中にいる! 私の中に!」

 体の中をマグマが駆け巡っているかのように熱い。

 頭が痛い。
 耳元で五月蠅い。
 不快だった。
 涙が出る。
 叫び続けた。

 時間の流れというものが不可逆なのかそうでないのかなど私には分からない。だけどさっきのループでブルクストンは私の中に入り込むことに成功していた。そして今も、私の中にいる。

 私の心を言うならば、確かにいつだって空虚だった。レイズナーを知るまでは。

「助けて――! 助けて――!」

 お兄様が叫ぶ。

「ヴィクトリカには、彼女の体の中には、この国を滅ぼすだけの途方もないエネルギーが封じられているんだ! 暴走したら、皆が死に絶える!」

「なんだと……」

 レイズナーの美しい緑色の瞳が、私に向けられる。私の手足は醜くゆがみ、声は老人のようにしわがれた。

「この娘が生まれた時、愛するキーラは死んだ! 国を守る、生け贄として! 私は、知らされなかった! 当たり前だ。知っていれば、王族を殺してでも止めたはずだ!
 これはキーラの復讐だ! この国を、滅ぼしてやろう!」
 
 ――そうだったんだ。

 初めから、ブルクストンはその命と引き換えに影となった。代償は既に捧げられていたのだ。死ぬから影になったのではない。影になるから死んだんだ。

 遅れて、私も悟った。

 私の中にあったのは、強い意志でも、王女としてのプライドでもなかった。

 ただブルクストンの妻の命と引き換えに封じ込められた史上最低の災害があっただけだ。その災害を止めるには、誰かを媒介にするしかなかった。未だ自我のない、生まれたばかりの赤ん坊の体に、それはよく馴染んだことだろう。

 奇跡なんかじゃない。奇跡なんかじゃなかった。
 二人の人間の犠牲によって、国は守られた。おぞましい、あまりにもおぞましい決断だ。

 ブルクストンはその事実を知ったに違いない。だから復讐のため、お兄様の体の中に侵入した。いずれ訪れる機を、待っていたんだ。
 
 レイズナーが私を見ている。

 こんな醜い私を見られたくない。 
 他ならぬ、レイズナーだけには。

 だけど彼が私を見つめる瞳には、愛情だけが宿っていた。

「君を助けるよ。愛しているから」

 私は魔法が使えないから、お兄様の体ほど、ブルクストンは使いこなせてはいないようだった。

 叫びながら、私はレイズナーに手を伸ばす。 

「レイズナー、この力ごと、私を殺して――!」

 私も彼を愛しているから。
 レイズナーが私に近づいてくる。
 他の人に殺されるのは嫌だ。だけど、レイズナーになら、殺されてもいい。この苦痛から解放されるなら、その大きな愛の中で逝けるなら、恐怖は微塵もなかった。

「馬鹿を言え。君は生きるんだ」

 そう言って微笑み、彼は私を抱きしめた。
 瞬間、出現した魔方陣があり、彼の体は消し飛んだ。
 私の両手から放たれた魔力によって。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ
恋愛
 イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。  王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて…… ※他サイトにも掲載しています ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました

[完結]凍死した花嫁と愛に乾く公主

小葉石
恋愛
 アールスト王国末姫シャイリー・ヨル・アールストは、氷に呪われた大地と揶揄されるバビルス公国の公主トライトス・サイツァー・バビルスの元に嫁いで一週間後に凍死してしまった。  凍死してしたシャイリーだったが、なぜかその日からトライトスの一番近くに寄り添うことになる。  トライトスに愛される訳はないと思って嫁いできたシャイリーだがトライトスの側で自分の死を受け入れられないトライトスの苦しみを間近で見る事になったシャイリーは、気がつけば苦しむトライトスの心に寄り添いたいと思う様になって行く。  そしてバビルス公国の閉鎖された特殊な環境が徐々に二人の距離を縮めて… *完結まで書き終えております*

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ化企画進行中「妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 部屋にこもって絵ばかり描いていた私は、聖女の仕事を果たさない役立たずとして、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されました。 絵を描くことは国王陛下の許可を得ていましたし、国中に結界を張る仕事はきちんとこなしていたのですが……。 王太子殿下は私の話に聞く耳を持たず、腹違い妹のミラに最高聖女の地位を与え、自身の婚約者になさいました。 最高聖女の地位を追われ無一文で追い出された私は、幼なじみを頼り海を越えて隣国へ。 私の描いた絵には神や精霊の加護が宿るようで、ハルシュタイン国は私の描いた絵の力で発展したようなのです。 えっ? 私がいなくなって精霊の加護がなくなった? 妹のミラでは魔力量が足りなくて国中に結界を張れない? 私は隣国の皇太子様に溺愛されているので今更そんなこと言われても困ります。 というより海が荒れて祖国との国交が途絶えたので、祖国が危機的状況にあることすら知りません。 小説家になろう、アルファポリス、pixivに投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 小説家になろうランキング、異世界恋愛/日間2位、日間総合2位。週間総合3位。 pixivオリジナル小説ウィークリーランキング5位に入った小説です。 【改稿版について】   コミカライズ化にあたり、作中の矛盾点などを修正しようと思い全文改稿しました。  ですが……改稿する必要はなかったようです。   おそらくコミカライズの「原作」は、改稿前のものになるんじゃないのかなぁ………多分。その辺良くわかりません。  なので、改稿版と差し替えではなく、改稿前のデータと、改稿後のデータを分けて投稿します。  小説家になろうさんに問い合わせたところ、改稿版をアップすることは問題ないようです。  よろしければこちらも読んでいただければ幸いです。   ※改稿版は以下の3人の名前を変更しています。 ・一人目(ヒロイン) ✕リーゼロッテ・ニクラス(変更前) ◯リアーナ・ニクラス(変更後) ・二人目(鍛冶屋) ✕デリー(変更前) ◯ドミニク(変更後) ・三人目(お針子) ✕ゲレ(変更前) ◯ゲルダ(変更後) ※下記二人の一人称を変更 へーウィットの一人称→✕僕◯俺 アルドリックの一人称→✕私◯僕 ※コミカライズ化がスタートする前に規約に従いこちらの先品は削除します。

【完結】契約の花嫁だったはずなのに、無口な旦那様が逃がしてくれません

Rohdea
恋愛
──愛されない契約の花嫁だったはずなのに、何かがおかしい。 家の借金返済を肩代わりして貰った代わりに “お飾りの妻が必要だ” という謎の要求を受ける事になったロンディネ子爵家の姉妹。 ワガママな妹、シルヴィが泣いて嫌がった為、必然的に自分が嫁ぐ事に決まってしまった姉のミルフィ。 そんなミルフィの嫁ぎ先は、 社交界でも声を聞いた人が殆どいないと言うくらい無口と噂されるロイター侯爵家の嫡男、アドルフォ様。 ……お飾りの妻という存在らしいので、愛される事は無い。 更には、用済みになったらポイ捨てされてしまうに違いない! そんな覚悟で嫁いだのに、 旦那様となったアドルフォ様は確かに無口だったけど───…… 一方、ミルフィのものを何でも欲しがる妹のシルヴィは……

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...