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第3-9.5話 ルイサからポーリーナへ
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「わたくしはその時、ほんの七つでしたけれど、とてつもなく恐ろしいことが起きているのだ、ということは分かっておりました。
お父様は連日大臣達と会議をしておりましたし、身重のお母様にしても、不安げな顔をされていました。
後で知った知識と組み合わせてお話いたしますね。あなたも知っての通り十八年前、我が国は未曾有の大飢饉に襲われていました。
大雨が数週間に渡り続き、洪水が至る所で起きて。
敵国の魔法使いが仕掛けたのではないかと言う噂がしきりにされていたということですが、真相は分かりません。自然を全て掌握などできないのだから、やはり偶然に過ぎなかったのでしょう。
連日に渡った会議の末、一人の魔法使いがお父様に進言しました。
『解決策は、一つしかございません。術者の命を脅かす、禁忌の術ではございます。そしてもう一つ、命が必要になり得ますが、それしか、ないのです』
その魔法使いこそ、キーラ・ブルクストン。当時の宮廷魔法使い、ブルクストンの妻でした。
臨月のお母様は、わたくしとカーソンを部屋に招き言いました。
『ルイサ、カーソン。わたくしたちは、これから決して許されないことをします。この罪は、わたくしと陛下で背負っていきます』
わたくしたちの手を握る、お母様の手は震えていました。それでもその瞳には、揺るぎのない決意が宿っていました。きっとお父様と何度も話し合い決めたのでしょう。
『けれど、あなたたちも、秘密を守り通すのです。これは、家族だけの、秘密ですよ』
そう言って、涙を流されたのでした。
わたくしとカーソンが秘密の全貌を知ったのは、キーラ・ブルクストンが亡くなってからでした。
彼女の死により国中を煩わせていた災害はピタリと止んだのです。そして、妹のヴィクトリカが生まれました。
もう、お分かりでしょう?
おぞましいことですわ。
お父様とお母様は、この国を守るために、一人の女性を殺し、我が子に咎を負わせたのです。
……ええ、ええ。大丈夫ですわ。
ありがとう、ポーリーナ、そんな顔をしないで。あなたには、真実を教えておきたいのです。だって、家族ですものね……。
そう……術者の命をも奪う禁忌の魔法により、災厄は、キーラの命と引き換えに、ヴィクトリカの体に封じ込まれました。
呪われた娘。
それがヴィクトリカなのです。
ブルクストンは、長い間、もしかしてと疑問に思いながら生きてきたのでしょう。
ヴィクトリカの寿命が尽きれば、どのみち災厄はまた国を飲み込んでしまう。その前に、再び力の強い魔法使いが対処する必要がありました。
カーソンはそれをブルクストンだと思い、信頼する彼に、秘密を、話してしまったのです。わたくしたちはまだ未熟で、人の愛憎への考えが、足りなかったのです。
彼が真実を知った時の絶望は計り知れません。彼の最期の言葉を覚えています。
――呪ってやる、この国を。
わたくしは震え上がりました。そう、彼はわたくしとカーソンの前で、自ら命を絶ったのです。
ショックだったのでしょう。カーソンは、高熱を出してしまいました。
わたくしにも、激しい後悔が、ありました。
両親の決断がなければ、この国をより大きな不幸が覆っていたのかもしれません。だけど……だからと言って、人の命の上に成り立った幸福が、果たして本当の幸福になり得るのでしょうか?
不幸の渦は、ヴィクトリカが生まれたときから始まってしまっていた。
あの子は賢く、優しい子です。本来であれば、幸せを享受しなくてはならない子なのです。
あの子に真実を話せばよかった?
……それは。どうしてもできませんでした。
もしもあの子が、絶望してしまったら? あの子に罪はないのです。
それにこのまま、何も起こらなければいいだけの話なのだから。
だけど、どうだったのでしょうか。今更になって、わたくしは、話さないことの正義が揺らぎはじめています。全て打ち明けて、何もかもさらけ出すべきだったのではないかと、思わずにはいられません。
人の感情というものは、知らずにもつれ絡まり合い、時に誰も意図もしない結末へと向かってしまうものですからね――」
お父様は連日大臣達と会議をしておりましたし、身重のお母様にしても、不安げな顔をされていました。
後で知った知識と組み合わせてお話いたしますね。あなたも知っての通り十八年前、我が国は未曾有の大飢饉に襲われていました。
大雨が数週間に渡り続き、洪水が至る所で起きて。
敵国の魔法使いが仕掛けたのではないかと言う噂がしきりにされていたということですが、真相は分かりません。自然を全て掌握などできないのだから、やはり偶然に過ぎなかったのでしょう。
連日に渡った会議の末、一人の魔法使いがお父様に進言しました。
『解決策は、一つしかございません。術者の命を脅かす、禁忌の術ではございます。そしてもう一つ、命が必要になり得ますが、それしか、ないのです』
その魔法使いこそ、キーラ・ブルクストン。当時の宮廷魔法使い、ブルクストンの妻でした。
臨月のお母様は、わたくしとカーソンを部屋に招き言いました。
『ルイサ、カーソン。わたくしたちは、これから決して許されないことをします。この罪は、わたくしと陛下で背負っていきます』
わたくしたちの手を握る、お母様の手は震えていました。それでもその瞳には、揺るぎのない決意が宿っていました。きっとお父様と何度も話し合い決めたのでしょう。
『けれど、あなたたちも、秘密を守り通すのです。これは、家族だけの、秘密ですよ』
そう言って、涙を流されたのでした。
わたくしとカーソンが秘密の全貌を知ったのは、キーラ・ブルクストンが亡くなってからでした。
彼女の死により国中を煩わせていた災害はピタリと止んだのです。そして、妹のヴィクトリカが生まれました。
もう、お分かりでしょう?
おぞましいことですわ。
お父様とお母様は、この国を守るために、一人の女性を殺し、我が子に咎を負わせたのです。
……ええ、ええ。大丈夫ですわ。
ありがとう、ポーリーナ、そんな顔をしないで。あなたには、真実を教えておきたいのです。だって、家族ですものね……。
そう……術者の命をも奪う禁忌の魔法により、災厄は、キーラの命と引き換えに、ヴィクトリカの体に封じ込まれました。
呪われた娘。
それがヴィクトリカなのです。
ブルクストンは、長い間、もしかしてと疑問に思いながら生きてきたのでしょう。
ヴィクトリカの寿命が尽きれば、どのみち災厄はまた国を飲み込んでしまう。その前に、再び力の強い魔法使いが対処する必要がありました。
カーソンはそれをブルクストンだと思い、信頼する彼に、秘密を、話してしまったのです。わたくしたちはまだ未熟で、人の愛憎への考えが、足りなかったのです。
彼が真実を知った時の絶望は計り知れません。彼の最期の言葉を覚えています。
――呪ってやる、この国を。
わたくしは震え上がりました。そう、彼はわたくしとカーソンの前で、自ら命を絶ったのです。
ショックだったのでしょう。カーソンは、高熱を出してしまいました。
わたくしにも、激しい後悔が、ありました。
両親の決断がなければ、この国をより大きな不幸が覆っていたのかもしれません。だけど……だからと言って、人の命の上に成り立った幸福が、果たして本当の幸福になり得るのでしょうか?
不幸の渦は、ヴィクトリカが生まれたときから始まってしまっていた。
あの子は賢く、優しい子です。本来であれば、幸せを享受しなくてはならない子なのです。
あの子に真実を話せばよかった?
……それは。どうしてもできませんでした。
もしもあの子が、絶望してしまったら? あの子に罪はないのです。
それにこのまま、何も起こらなければいいだけの話なのだから。
だけど、どうだったのでしょうか。今更になって、わたくしは、話さないことの正義が揺らぎはじめています。全て打ち明けて、何もかもさらけ出すべきだったのではないかと、思わずにはいられません。
人の感情というものは、知らずにもつれ絡まり合い、時に誰も意図もしない結末へと向かってしまうものですからね――」
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