第二王女は死に戻る

さくたろう

文字の大きさ
上 下
44 / 48

第1話 お兄様の秘密

しおりを挟む
「ヴィクトリカ、お前とヒースの婚約は解消された。今日の花婿は、このレイブンだ」

 お兄様が、無感情にそう言った。

 私はまたしても、今日に戻ってきてしまった。

「顔色が悪いようだが」

 レイズナーは眉間に皺を寄せ私の顔を覗き込む。以前は威圧しか感じなかった仕草だけど、今は彼が、心から心配しているのだと分かる。

 レイズナーが生きている。

 彼の心臓は鼓動を続け、体中に血を巡らせていた。喜びに震えそうになる心を必死に押さえつけ、私は言った。

「お兄様。レイブンとは結婚できません」

 不愉快そうに、お兄様は言う。

「お前に拒否権などない。これは決定事項だ――」

「お兄様と二人でお話がしたいのです。理由を聞いて納得できれば、式を挙げますわ」

 すかさずレイズナーが言った。

「俺も同席を」 

「いいえ、許しません。出て行きなさい」
 
 断固とした態度を取るが、レイズナーも譲らない。

「だが、君は俺の妻だ。見たところ体調が悪いようだし、一緒に話をしようじゃないか」

 レイズナーには時が戻る前の記憶はないはずだけど、少しも変わらないその態度を嬉しく思う。
 だけど彼をもう二度と失いたくない。誰にも……彼自身にさえも、その命を奪わせはしたくなかった。

 お兄様と対峙するのは、この私だけで十分だ。それだけの覚悟を、くれたのはレイズナーだった。

「だがヴィクトリカ」 

「出て行ってといっているのよ!」

 遂に叫ぶと、彼は諦めたのか、部屋を後にした。
 
 私はお兄様に向き直る。
 決着をつけなくてはならなかった。
 自分の未来を救うために。
 お兄様を解放するために。

 どこから言おうと迷ったのはほんのわずかな間で、結局は核心から告げる。

「お兄様は人を殺したのね」

 相変わらずの無表情の中で、お兄様の瞼がピクリと動く。
 私は一つ前のループで掴んだ真相を口にする。つまりお兄様の心の中にある、その闇の原因を。

「その日……その殺人が行われた日、レイズナーが先に部屋に入ったのでしょう。お兄様は外で待っていたけど、異変に気がついた。怒鳴り声や悲鳴が聞こえたのかもしれないわ」

 レイズナーが奪ったのだから、記憶は無いはずだったけど、お兄様は青白い顔をして黙っている。
 レイズナーから聞いた話を思い出しながら、一つ一つ推論を組み立てていく。

「お兄様が部屋に入ったとき、見たのは血まみれで倒れるレイズナーと、怯えるキンバリーと、貴族の男。そして床に転がるナイフだった」

 お兄様からの反論はなく、驚くほどの静寂があった。
 私は続ける。

「お兄様がやるべきことは一つだけだった。王として、国民を守りたい。大切な友人を守りたい……という建前の元、けれど本当は、ただその男が憎くて、殺した。お兄様がナイフをその男に突き立てたのは、英雄的思いではなかった。ただただどす黒い憎悪で、殺意で、だからお兄様はご自分を許せなくて、心の中を別の人に支配されてしまったのね」
 
 お兄様は力なく首を横に振る。

「何を……」

「お兄様がその貴族の男を殺したのはブルクストンが亡くなった後だったから、その時には既にブルクストンは、お兄様の体の中に、魂を埋め込んでいたんだわ」

 その頃はまだお兄様を支配できていなかったブルクストンは、殺人を機に生まれた闇につけ込んだ。
 だけど今目の前には、かつてのお兄様が佇んでいるようだった。衝撃的な事件を思い出し、表に引きずり出されたのかもしれない。

 混乱したように片手で顔を多い、痛みに耐えるかのように歯を食いしばる。

「憎悪じゃない」

 長い沈黙の後で小さなつぶやきと共に、お兄様は顔を上げた。

「僕は、正しいことをしたんだ。決して憎しみじゃなかった」

「いいえ、憎悪だわ」

 確信の内に、私は断言した。

「ただ憎かったのよ。お兄様とレイズナーは本当の友達だった。その友達を刺した男を、お兄様は許せなかった」

「僕は王として、弱者たる彼らを守る義務が――」

「逃げてはだめよ!」

 遂に叫んだ。
 
「お兄様がご自分の罪から目を反らしたから、心をブルクストンに支配されてしまった。レイズナーもそうよ! キンバリーを救いたいから記憶を奪ってしまった。だけど、本当はそんなことすべきじゃなかったのよ!」

 たとえ理性が否定しようとも、私の心は確信していた。
 
「お兄様は憎悪の内に男を殺した。だけど、それは正しいことだったのよ。だってそうしなければ、彼らの誇りは守れないから。
 私は、お兄様が間違っているとは思いませんわ!」

 お兄様の目が、救いを求めるように向けられた。その目は赤く、揺れていた。

「なぜ……」

「だって、私がお兄様の立場でもそうするから」

 きっとそいつを殺しただろう。
 絶対に許さなかっただろう。

「僕は――僕は、ずっと……」

 お兄様はよろめき、壁に手を突いた。もう片方の手で顔を覆う。
 
「僕は、ヴィクトリカ、君のように強くないんだ。子供の時から、魂は枯れ果てていた。あの男を殺したとき、僕の魂は砕け散った。だけど殺さなくても、どのみち、ブルクストンに蝕まれていただろう。それを彼に、見抜かれていたんだ――」 

 それは、推論を認めたということだ。
 お兄様はそうしなくては立つこともままならないというように、体を壁に寄りかからせていた。

「お兄様……」

 そこにいるのは、多分初めて弱さを見せたお兄様だった。私はその背を慰めようと側による。

 その瞬間だった。
 私の腕は掴まれる。強い力で、引き剥がせない。

「お前のせいだ」

 再び顔を上げたお兄様の瞳は血走っていた。声は老人のようにしわがれて、明らかに、そこにいるのはお兄様とは異なる存在であること分かった。

「ブルクストン――!」

「お前のせいだヴィクトリカ!」

 目の前のブルクストンはそう叫び、壁に懸けていた手から、まばゆく光る魔法を発そうとする。

「ヴィクトリカ、下がれ!」

 部屋の扉が勢いよく開いたのと、お兄様の体が後方に吹っ飛んだのはほぼ同時だった。
 お兄様は壁に激突し、頭を横に振る。
 レイズナーが手を構え、部屋に突入してきた。

「レイズナー、聞いていたの!」

「魔法使いの前で、内緒話などできはしないんだ」

 私の肩を抱きながら、だけど、とレイズナーは言う。

「なぜ君が、あの殺人を知っているのか、そして俺を庇うようなことを言っているのか、少しも分からなかったけどね。陛下の中にブルクストンのいびつな魂が入り込んでいるということは分かった」

 微笑む彼の顔を見て、彼の手が私の肩を優しく包んでいるのを感じ、こんな時なのに心が凪いだ。
 お兄様は、ふらふらしながら立ち上がる。

「お前のせいだ、ヴィクトリカ。生まれてきてはいけなかった」
 
 私は激しく苛立った。

「何が私のせいなのよ!」

「お前のせいで、我が妻は……!」

「妻……?」眉を顰めたのはレイズナーだった。「キーラ・ブルクストンのことか」

 お兄様――もとい、もはやお兄様の顔は邪悪に歪み、老人のように皺が現れていた。

「キーラ……。美しい妻だった」

 お姉様が、ブルクストンには奥様がいたと言っていた。亡くなったとも。だけどそれが、私とどう関係があるというのかは、少しも分かりはしない。
 ブルクストンは続ける。

「この男の死と引き換えに、再び魔法をかけよう。もはやカーソンとこの私は、同じ魂と成り果てた」

 レイズナーは否定する。

「あり得ん! いくらブルクストンが強大な魔法使いだったとはいえ、再び魂を飛ばすだけの魔力が残っているはずがない」

「違うわ……!」

 このやりとりの中で、私は気がついてしまった。お兄様の、もう一つの秘密に。

「お兄様自身も、魔法が使えるんだわ……!」

「なんだって?」

 驚くレイズナーに言う。

「魔法使いは貴重で重宝されているわ。たとえヒースのように、力の弱い魔法使いでもそう。だけど、一国の王が魔法使いとなると話は別だわ。それは脅威となり、近隣国の……」

 いいえ、それだけではない。

「国内においても、混乱と騒乱を招きかねない……!
 だからお兄様は、とりわけブルクストンを側に置いていたのね。魔法の抑え方を、学ぶために」

 レイズナーにも、だから興味を惹かれたのかもしれない。
 お兄様は成長とともに、姉妹にさえ心を閉ざすようになった。全ては自分が抱える、恐ろしい魔力を隠すために。

「そうだ」

 ブルクストンが言った。

「このカーソンは、とりわけ力のコントロールが苦手だった。だからこの私に、教えを請うた。操るなど、容易いことだったよ――。だがそれも、今日で終いだ!」

 ブルクストンが、私に手を向ける。

「ヴィクトリカ、お前のエネルギーを利用させてもらう! これから、この世の支配者はこの私だ!」

 刹那、ブルクストンの手から、漆黒の影が放出された。レイズナーが私を庇うように抱きしめる。

「君の中に、とてつもないエネルギーを感じる。君が死んでしまう前に――!」

 私に、どんなエネルギーがあるというの。王女に生まれた以外は、何もできない私に。レイズナーも、その手から魔法を噴出させる。まさしく、感情を爆発させるが如く。
 
 レイズナーの魔力とお兄様の魔力とブルクストンの影、そして私に内包されていた力が、衝突し合った。

 ブルクストンが私の体に入り込む。吐き気を催すほどの不快感が体中を駆け巡り、私の体は飛散した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

忘れられたら苦労しない

菅井群青
恋愛
結婚を考えていた彼氏に突然振られ、二年間引きずる女と同じく過去の恋に囚われている男が出会う。 似ている、私たち…… でもそれは全然違った……私なんかより彼の方が心を囚われたままだ。 別れた恋人を忘れられない女と、運命によって引き裂かれ突然亡くなった彼女の思い出の中で生きる男の物語 「……まだいいよ──会えたら……」 「え?」 あなたには忘れらない人が、いますか?──

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない

天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。 だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。

氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ
恋愛
 イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。  王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて…… ※他サイトにも掲載しています ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。

美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯? 

氷の公爵の婚姻試験

恋愛
ある日、若き氷の公爵レオンハルトからある宣言がなされた――「私のことを最もよく知る女性を、妻となるべき者として迎える。その出自、身分その他一切を問わない。」。公爵家の一員となる一世一代のチャンスに王国中が沸き、そして「公爵レオンハルトを最もよく知る女性」の選抜試験が行われた。

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

処理中です...