41 / 48
第10話 彼の告解
しおりを挟む
「すまなかった」
嵐のように姉妹達が去って行った後で、レイズナーが言った。私たちは未だに廊下に立ち尽くしている。
「君を怖がらせただろう」
レイズナーは、私と目も合わせない。そのことがひどく悲しい。
「ポーリーナに、危害を加えようとした。あの時、俺は魔法を放とうとしていたのかもしれない」
怒り故か、あるいはまた別の感情のためか、彼の拳は握りしめられる。
「彼女が、あんな行動を取ってくるなんて思わなかったんだ」
ポーリーナが何をしたのかはっきりと見てはいないけど、場面から容易に想像できる。
「嫌いになったか?」
静寂の中、自分の呼吸の音だけが聞こえた。
目が合った瞬間、レイズナーは私の前に跪くように足をついた。大きな手が、両腕に重ねられる。
「……君が一番だ。君が二番だ。君が三番だ。四番目も、五番目も、その先もずっと、ヴィクトリカしかいない。
君だけだ。君だけなんだ。俺の中には、君しかいないんだ」
私の腕を掴むように置かれた彼の手は震えていて、頭を垂れていた。
「君がいなくなってしまったら、俺に残るのは果てしない暗闇だ。そこにはもう、光さえない。
嫌わないでくれ。どこにも行かないでくれ。俺は最低の人間だ。ひっくり返ったって、君の夫には相応しくない。だけど、俺の側にいてほしい」
「レイズナー、ねえ、レイズナーったら。顔を上げて」
ゆっくりと、彼の顔が上げられる。その目は赤く充血していた。
「嫌いになんて、なってないわ」
彼は私に何もかもさらけ出してくれた。だから私も、言うべきことを言わなくてはらならない。
「ポーリーナが、ごめんなさい。あなたの心を踏みにじったわ」
レイズナーは、じっと私の言葉を待っていた。まるで教会の司祭の言葉を待つ信者のように。
「一人で戦うのは孤独だったでしょう」
ゆっくりと、私は言った。
「もう、一人じゃないのよ。私、前はあなたが噂通りのひどい人だったら良かったのにって思っていた。
だけど、アイラにやり込められて頭をかいていたり、テオを雇って面倒を見ていたり、弱音を吐いて震えていたり――。
知らなければよかったって思ったの。そんなあなたを知ってしまったら、愛さずにはいられないから」
彼はまるで未知だった。知れば知るほど、さらに深みにはまっていく。
「私、自分がすっかり変わってしまったように思う。簡単に心が揺れて、こんなに簡単に、あなたを好きだと思うなんて。
あなたはお姉様が止めなくても、ポーリーナに危害を加えはきっとしなかったわ。
大丈夫よレイズナー。私は本当のあなたを知っている。私が側にいるわ。いつだってずっと、側に――」
言葉の先が紡げなかったのは、彼が口づけをしてきたからだった。まるで生きるためにはそうしなくてはならないかのような、感情を全てぶつけるかのような、切迫したキスだった。
そのまま抱きすくめられる。彼の心臓の、早い鼓動を感じていた。
「無理強いはしたくない。だがもう、抑えがきかない。怖がらないでくれ」
私が震えているのは、恐怖からではなく、彼によって与えられる歓喜によってだった。いつか言わなかった言葉を、やっと口にした。
「なにも怖くないわ。あなたがいるから」
* * *
ベッドに横たわりながら、レイズナーは天井を見上げていた。脱いだ服が、乱雑に散らかされている。
「君の話だと襲撃は、いずれも夜だった。理由は分かる。亡霊は、夜に力が強まるんだ。昼間だと、生きる者のエネルギーが強すぎるから」
私は彼の横顔を見る。鋭い目つきは、まるで天井にいる敵を睨んでいるようだ。
「そう考えると、やはり、誰かの体を借りて存在しているんだろう。問題は、それが誰かだ」
「外れるのはルイサお姉様とヒースね」
「俺もだ」
「そして私も」
疑わしい人間は沢山いる。だけどその中にブルクストンと同じ性格をしている人がいるかは分からない。
「その人の自我を変えることなく体を借りることはできるの?」
「分からないな。禁忌の術は、当然使ったことがないから」
唸った後でレイズナーは言う。
「普通に考えれば、人の体を借りるなんて無理だ。可能な場合は、対象に意識がない場合じゃないか。それこそ魂が体から離れる死に際とか。
……だが例えば、精神に隙がある人間だとしたらどうだろうか。完全なる魂であれば、入り込む余地がないが、心に空白がある人間がいれば、その隙間に入り込めるのではないか」
「心に欠落がある人ってこと?」
心という目に見えない概念的なものが、魔法という現実に侵食されるのだろうか。
「自我が破壊される何かがあった者かもしれない。過去のトラウマで、心に穴が開いているような人間だ。だが人格の両立は難しいだろう。少しずつ、元の人格は破壊されていくはずだ」
言いながら、レイズナーも気がついたらしい。はっと目を見開き、私に顔を向けた。
私も、同時に気がついた。
「いるわ。いるじゃないの! たった一人だけ、ブルクストンが死んで、すっかり人格が変わってしまった人が!」
私はレイズナーの手を取った。
「お兄様に、会いに行きましょう!」
嵐のように姉妹達が去って行った後で、レイズナーが言った。私たちは未だに廊下に立ち尽くしている。
「君を怖がらせただろう」
レイズナーは、私と目も合わせない。そのことがひどく悲しい。
「ポーリーナに、危害を加えようとした。あの時、俺は魔法を放とうとしていたのかもしれない」
怒り故か、あるいはまた別の感情のためか、彼の拳は握りしめられる。
「彼女が、あんな行動を取ってくるなんて思わなかったんだ」
ポーリーナが何をしたのかはっきりと見てはいないけど、場面から容易に想像できる。
「嫌いになったか?」
静寂の中、自分の呼吸の音だけが聞こえた。
目が合った瞬間、レイズナーは私の前に跪くように足をついた。大きな手が、両腕に重ねられる。
「……君が一番だ。君が二番だ。君が三番だ。四番目も、五番目も、その先もずっと、ヴィクトリカしかいない。
君だけだ。君だけなんだ。俺の中には、君しかいないんだ」
私の腕を掴むように置かれた彼の手は震えていて、頭を垂れていた。
「君がいなくなってしまったら、俺に残るのは果てしない暗闇だ。そこにはもう、光さえない。
嫌わないでくれ。どこにも行かないでくれ。俺は最低の人間だ。ひっくり返ったって、君の夫には相応しくない。だけど、俺の側にいてほしい」
「レイズナー、ねえ、レイズナーったら。顔を上げて」
ゆっくりと、彼の顔が上げられる。その目は赤く充血していた。
「嫌いになんて、なってないわ」
彼は私に何もかもさらけ出してくれた。だから私も、言うべきことを言わなくてはらならない。
「ポーリーナが、ごめんなさい。あなたの心を踏みにじったわ」
レイズナーは、じっと私の言葉を待っていた。まるで教会の司祭の言葉を待つ信者のように。
「一人で戦うのは孤独だったでしょう」
ゆっくりと、私は言った。
「もう、一人じゃないのよ。私、前はあなたが噂通りのひどい人だったら良かったのにって思っていた。
だけど、アイラにやり込められて頭をかいていたり、テオを雇って面倒を見ていたり、弱音を吐いて震えていたり――。
知らなければよかったって思ったの。そんなあなたを知ってしまったら、愛さずにはいられないから」
彼はまるで未知だった。知れば知るほど、さらに深みにはまっていく。
「私、自分がすっかり変わってしまったように思う。簡単に心が揺れて、こんなに簡単に、あなたを好きだと思うなんて。
あなたはお姉様が止めなくても、ポーリーナに危害を加えはきっとしなかったわ。
大丈夫よレイズナー。私は本当のあなたを知っている。私が側にいるわ。いつだってずっと、側に――」
言葉の先が紡げなかったのは、彼が口づけをしてきたからだった。まるで生きるためにはそうしなくてはならないかのような、感情を全てぶつけるかのような、切迫したキスだった。
そのまま抱きすくめられる。彼の心臓の、早い鼓動を感じていた。
「無理強いはしたくない。だがもう、抑えがきかない。怖がらないでくれ」
私が震えているのは、恐怖からではなく、彼によって与えられる歓喜によってだった。いつか言わなかった言葉を、やっと口にした。
「なにも怖くないわ。あなたがいるから」
* * *
ベッドに横たわりながら、レイズナーは天井を見上げていた。脱いだ服が、乱雑に散らかされている。
「君の話だと襲撃は、いずれも夜だった。理由は分かる。亡霊は、夜に力が強まるんだ。昼間だと、生きる者のエネルギーが強すぎるから」
私は彼の横顔を見る。鋭い目つきは、まるで天井にいる敵を睨んでいるようだ。
「そう考えると、やはり、誰かの体を借りて存在しているんだろう。問題は、それが誰かだ」
「外れるのはルイサお姉様とヒースね」
「俺もだ」
「そして私も」
疑わしい人間は沢山いる。だけどその中にブルクストンと同じ性格をしている人がいるかは分からない。
「その人の自我を変えることなく体を借りることはできるの?」
「分からないな。禁忌の術は、当然使ったことがないから」
唸った後でレイズナーは言う。
「普通に考えれば、人の体を借りるなんて無理だ。可能な場合は、対象に意識がない場合じゃないか。それこそ魂が体から離れる死に際とか。
……だが例えば、精神に隙がある人間だとしたらどうだろうか。完全なる魂であれば、入り込む余地がないが、心に空白がある人間がいれば、その隙間に入り込めるのではないか」
「心に欠落がある人ってこと?」
心という目に見えない概念的なものが、魔法という現実に侵食されるのだろうか。
「自我が破壊される何かがあった者かもしれない。過去のトラウマで、心に穴が開いているような人間だ。だが人格の両立は難しいだろう。少しずつ、元の人格は破壊されていくはずだ」
言いながら、レイズナーも気がついたらしい。はっと目を見開き、私に顔を向けた。
私も、同時に気がついた。
「いるわ。いるじゃないの! たった一人だけ、ブルクストンが死んで、すっかり人格が変わってしまった人が!」
私はレイズナーの手を取った。
「お兄様に、会いに行きましょう!」
7
お気に入りに追加
424
あなたにおすすめの小説
【完結】どうやら時戻りをしました。
まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。
辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。
時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。
※前半激重です。ご注意下さい
Copyright©︎2023-まるねこ
氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。
りつ
恋愛
イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。
王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて……
※他サイトにも掲載しています
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。
石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。
ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。
ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。
母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる