第二王女は死に戻る

さくたろう

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第8話 ルイサお姉様あらわる

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 何もかも、上手く行くなんてあり得ないのかもしれない。
 翌日もレイズナーはポーリーナを庭へ案内する。楽しそうな二人の姿を、私は居間から眺めていた。

 ポーリーナは誰もが認める美人だ。愛嬌もあって、私みたいに自分を主張することもなく、相手を上手く立てられる世渡り上手。身内のひいき目無しで、完璧な女性だった。

 レイズナーが、彼女に心惹かれていたらどうしよう?
 いいえ、もう既に、そうなっているかもしれない。
 
 慌てて首を横に振る。

「馬鹿ねヴィクトリカ。大切な人たちを疑うなんてどうかしているわ」

 だけどレイズナーは、時が戻る謎も忘れて、ポーリーナとのデートに夢中なように見える。
 
 一人でいると余計なことばかり考えてしまい、急速にさみしさが込みあげた。
 アイラがいればいいのに。だけど彼女は、ハンと共に遠いところへと行ってしまった。

 本を読むフリをしていると、使用人が現れた。

「お客様が参られました」

 今までに、客が来た覚えはなかった。不思議に思うが、その正体はすぐに分かる。

 相変わらず派手に着飾ったルイサお姉様がお腹をさすりながらやってきたのだ。心が弾む。

「ルイサお姉様! どうしてここへ?」
  
 いつかとは違い手紙は書いていなかったから、お姉様が来てくださるなんて思いもしなかった。
 お姉様はひどくお怒りのようで、眉間に皺を寄せる。

「レイブンがヴィクトリカと結婚して、ヒースとポーリーナが婚約し破局したことを、ついおととい聞いたのです! カーソンったら使者もよこさずに。知って、すぐに参ったのです。わたくしは、それまでてっきりヴィクトリカとヒースが結婚したものと思っていたのですよ! なのに今は、二人ともこの屋敷で暮らしていると言うじゃありませんか! 一体、何があったというんです?」

 まくし立てるお姉様は、私たちのことが心配で外国からわざわざやって来てくれたようだ。
 ソファーに促し、時が戻ることを伏せながら経緯を説明していると、レイズナーとポーリーナが庭の散歩から戻ってきた。

 お姉様はレイズナーをギロリと睨み付ける。

「わたくしのかわいいヴィクトリカと結婚した気分はどうです?」

「この世で一番幸福な思いです」

 一礼をしながらレイズナーが答えると、お姉様は静かに頷いた。

「でしょうね。別の答えが返ってきたら、わたくし、あなたを殺していたかもしれません。なにせ無理矢理結婚したんだもの」

 慌てて私は言った。

「誤解だわお姉様。彼は私のことを本気で思ってくれているの」

 お姉様の目が細まり、私をじっと見つめてきた。思案するようなその瞳に、どんな思いが潜んでいるかは分からない。 
 だけどお姉様が何かを言う前に、レイズナーが私に顔を向けた。

「姉妹で積もる話もあるだろう? 俺は厨房へ行って、テオの様子でも見てこよう。
 どうかルイサ様、ごゆっくりしてください。泊まって行かれるなら、準備をさせますよ」

 手早くそう伝えると、レイズナーは逃げ出すように客間を後にする。その姿にルイサお姉様は微笑んだ。

「相変わらずね、レイブンは。わたくしのことが苦手なんです」

「どうして?」

「十代の頃、彼に迫って逃げられたからです」

 衝撃の事実だが、お姉様は何でも無いことのように告げる。
 お姉様の隣に座るポーリーナも驚いていた。

「な、なんですって?」 

「じゃあ、お姉様が前に言っていた、結婚前にお慕いしていた人というのはレイズナーのことだったの?」

「前に言いましたか? ええでも、そうです。あの頃は皆若くて、とにかく何かをせずにはいられなかった。わたくしの場合は恋でした。レイブンは少しも振り向いてはくれませんでしたけど。
 ……昔の話ですわ。もう今は、夫に夢中ですもの」

 お姉様は優しい笑みを私に向けた。 

「彼があなたと結婚したのは地位や名誉のためではなく、愛のためです。だってわたくしと結婚しようと思えばできる立場にいたにも関わらず、それをしなかったんですもの。それを伝えに来たんですのよ。だけど杞憂でしたわね。ヴィクトリカは賢いもの、もうとっくに気がついていたようですね」

 そして肩をすくめてみせた。

「女たらしという噂も信じない方が賢明でしょう。どちらかと言えば潔癖に見えますわ。貴族を打ち負かそうという野望に溢れているのは否定しませんけれど、本物の真心を持つ一人の男性ですわ」

「私ちょっとお手洗い!」

 つまらなそうに聞いていたポーリーナがぴょこんと立ち上がり、さっと出て行ってしまった。

「あなたたちが幸せなら、わたくしはそれで構わないのです。ですが、あなたとポーリーナは何かあったのですか?」

 さすが、お姉様は鋭い。このところ私とポーリーナの間に流れる空気を感じ取ったらしい。だけど、何かあったとはっきり言えるほど、何かが起こったわけではなかった。

「ううん。ただ、レイズナーと思ったより仲がいいのよ」

 私にしては深刻な問題だったけど、お姉様は声を上げて笑った。

「嫉妬ですわね?」

「そうかも。だって彼ったら、ポーリーナの誘いは断らないし」

 接する態度さえ、親しげに思える。それでもお姉様はまだ笑っていた。

「当たり前でしょう? 考えてもみなさいヴィクトリカ。ポーリーナはレイズナーにとって義妹に当たります。誰だって、親族付き合いは円滑にしたいものですよ。
 それに、レイズナーは平民でしょう?」 

「身分が関係あるの?」

「大ありですよ。身分の低い者は、高い者に得てして抵抗できないものです。
 ねえヴィクトリカ。わたくしたちには想像もできないけれど、彼らは自らの意思を殺し、ひたすらに耐えているのです。まるでそれが、生き残る唯一の術だとでも言うように――」

 お姉様の言葉は、私に新たな発見をさせた。もしかするとレイズナーは、私のためにポーリーナと仲良くしているのかもしれない。ポーリーナだって、私に気を遣っているのかも。一人で抱え込んで嫉妬するなんて、私は浅はか過ぎる。

 その件は後でレイズナー本人に確かめるにして、私はどうしてもお姉様に確認したいことがあった。

「ブルクストンってどんな人だったの?」

 あの死の影。あそこに浮かんだ顔は不気味で、憎悪だけが浮かんでいた。

「良い人でしたわ」

 お姉様は答える。

「覚えていない? まるで本物の祖父のようによくしてくださったでしょう?」

「ええ、優しかったことは覚えているわ。でも、よく一人で研究室に引きこもっていたような気がする」

 ブルクストンについて思い出すのは、穏やかで孤独な老人の姿だ。白い髭は白い髪と同じ長さをして、いつも寂しげな笑みを浮かべていた。

「わたくしが幼い頃は、もっと社交的だったと思いますよ。だけど奥様を亡くしてからは、あまり人付き合いをしなくなった印象があります」

「奥様を亡くされているの? いつ頃?」

 どんなことが手がかりになるのか分からない。何でも知っておきたかった。
 お姉様は神妙に答える。

「あなたが、生まれたころです……。ブルクストンの嘆きは大きかったですわ」

「奥様って、どんな人だったの?」 

「ブルクストンと同じように、優しい人でした。彼女も魔法使いで、それもとても優秀だったそうですよ。二人の間には子供もいなくて、だから、絆は強かったようです」 

「奥様はどうして――」

 どうして亡くなったのか尋ねようとしたが、お姉様は突然話題を変えた。

「ポーリーナは遅いですわね? もしかして、レイズナーと話し込んでいるのかしら?」

 それを聞いて、じっとしてはいられなかった。ブルクストンのことは気になるけれど、二人の様子はもっと気になる。
 お姉様は厳しい眼光とともに言った。

「この際、確かめましょう。運が良ければ、二人の本心が分かるかもしれません」
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