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第6話 残存する亡者
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気を失ったヒースは城の護衛により連れ出される。濡れた服から水が滴り落ちていた。
レイズナーは自分の服を、魔法により一瞬で乾かしてしまったけど、温室だってびちゃびちゃだ。魔法使いたちの力量の差がここまであるとは思わなかった。レイズナーはヒースを、遙かに圧倒していた。
場所を、私が数度死を経験した城の噴水の前に移し、ポーリーナと揃ってベンチに腰掛けた。レイズナーは噴水の縁に腰掛け、じっと私たちを見つめている。
「私が馬鹿だったんだわ……! あんな人のこと、信じてしまうなんて……!」
泣きじゃくるポーリーナの背を撫でながら、私はレイズナーに言う。
「ポーリーナを連れて帰るわ。ヒースとお兄様がいるこの城に、置いてはおけないもの」
レイズナーが、珍しくぎょっと目を剥いた。
「冗談だろう! 嫌だ。俺が望んだのは君だけで、ポーリーナではない。第一、君を悪く言っていただろ?」
ポーリーナの鳴き声が一際大きくなる。
私は眉を顰めた。
「私の妹よ? あなたの義妹でもあるのよ」
「新婚生活に小姑はいらない。二人きりの生活を、他人に邪魔されるのが気に食わない」
まるで彼はだだをこねる子供のようだ。
「他人というけど、使用人は沢山いるじゃないの」
「彼らは弁えているからな。ずかずかと他人のことに首を突っ込んでこないだろう」
私たちのやりとりを見ていたポーリーナが赤い目をして、ようやく少しだけ笑った。
「……私、何もかも馬鹿だったわ。ヴィクトリカお姉様に辛く当たって、自分が信じられない。あんな人に騙されてたなんて、最低だったわ。
許されるなら、私も弁える。二人の寝室には近づかないようにするから、しばらくの間、置かせてほしいわ」
「レイズナーとの寝室は別よ?」
私が言った直後、レイズナーの瞳が、いたずらを企む子供のように光った。
「ポーリーナ王女を迎え入れても良いが、ヴィクトリカ、君と俺が、寝室を一緒にするのが条件だ」
「あらそんなこと? もちろんいいわ」
微笑むと、レイズナーは当てが外れたような表情になる。
きっと私が断ると思ったのだろう。
以前の私だったら、嫌だったと思う。だけど今の私は、むしろなぜ、彼と別々に眠らなくてはならないのか、理解できなかった。
*
ポーリーナが支度をする間、レイズナーが図書室に行くというので私も一緒に着いていった。
レイズナーは迷うことなく一冊の本を手に取った。その本は、鍵がかかる棚の禁書欄にあった。古い本で、書かれている言語も同じく古い。
「禁忌の魔法の書?」
手元を覗き込み、書かれている言葉を読み上げると、レイズナーは頷いた。
「いずれも強大な魔法だが、周囲を危険にさらすか、術者自身も危ういほどの代償が必要になるものだ。だから通常は、禁止されている……。あった、これだ」
ページが開かれ、机の上に置かれる。
書かれているのは、以前聞いた内容と同じだった。
「エネルギーと、それを扱うだけの魔法が必要なのね」
要約すると、それに尽きる。
「私には不可能だわ」
「だが事実、時が巻き戻っているんだから、不可能を可能とする何かがあるんだろう」
「そもそも私が死ななければいいんだわ」
「理想的だが、敵が分からない以上、絶対に死なないとは断言できない」
「……影はブルクストンの姿をしていたわ」
レイズナーが驚いたように目を見開き、私を睨んだ。
「なんだって? なぜすぐに言わなかった」
「だって、タイミングがなかったのよ」
聞いたレイズナーは目を閉じ考え込んだ様子で、独り言のように呟いた。
「ブルクストンは死者だ。あり得ない。あり得たとして――いや、まさか」
彼の思考を遮り、私は言った。
「前にあなたは言っていたわ。二つある条件のうち、一つは分かりそうだって。何か思いつかない?」
「魔法の方だ」
レイズナーは即答する。
「時が戻る魔法がどれほどのエネルギーを要するのか、俺にはまだ分からないが、君が戻った事実がある以上、誰かが君に代わって魔法をかけたということだ。
そして俺は、仮に君に死が近づいたら、間違いなく護るために魔法をかけるという確信がある」
きっぱりと断言する彼に、わずかの迷いも無かった。
「でも、私の行動全てを予知できるの? いつだって死んだら戻ったわ。そのどこにも、あなたがいたというの?」
「予知じゃない、いつも見ているだけだ。君が結婚式から逃げ出す数パターンの経路は想定済みだったしな」
いつも鋭すぎるその目が、今にあっては優しく細まる。
「エ、エネルギーの方は?」
動揺を悟られないように、声を正しながら問いかける。
「分からないな。大砲を百発同時にぶっ放すのでは足りないほどの莫大な力が必要だし、そんなものが出現する現象となると、考えもつかない」
「やっぱりあり得ないと思う?」
「いや、エネルギーがどうのなどということは、さして問題じゃないんだ。君が戻っている以上、確実に生じているはずだから」
レイズナーは本から視線を外し、ゆっくりと私の手を握った。大きく、温かい熱を感じて、私は彼から目が離せない。
「……俺から決して離れないでくれ。敵は、俺より弱い存在なんだろう。だから俺から君が離れている時に襲ってくる」
「屋敷では襲われないわ」
「あそこは俺が護りの結界を張っているからな。敵は入り込めない」
「ヒースが、影を操っていたのかしら」
「あれは所詮、金持ちのボンボンさ。君を殺す男じゃない」
「ブルクストンが生きている可能性はある?」
影はあの老人の姿をしていたのだ。
「ないだろう、当時、相当な高齢だったし……だが、あるいは」
途端、レイズナーは私の手を離して、本を数ページめくった。
記述を指さしてきたので、私も目を走らせる。
「死者を蘇らせる魔法……ですって?」
たった数行だけの項目を読み上げる。
「肉体がなければ魂は存在できない。あるいは、魂は魂を持って蘇る。……どういう意味?」
「もしかすると、あえてぼかしているのかもしれないが、それだけ扱いが危ういということだろう。曖昧な記述だが解釈は可能だ」
じっと文字を見つめながら、レイズナーは言った。
「肉体と魂を完全に分離できるものと考えた上で、他者の肉体を借り、別の者の魂の器として使用するということだ。
あるいは冥界から魂を連れて戻すためには、代わりの魂を差し出さなければならないということだろう」
「そんなこと、可能なの?」
「不可能ではないから、記述があるのだろうが、どうかな。実際に目にしたことはない。だがブルクストンは俺をも遙かに上回る力を持つ偉大な魔法使いだったから、死の際にこの魔法を使い、この世に残存しているのかもしれない」
恐る恐る、私は尋ねた。
「そしたら、ブルクストンがだれかの体の中にいるか、だれかの魂を引き換えにして、この世に留まっている可能性があるってこと?」
「可能性で言えば、誰かの中にいる方が高いだろう。何者かの魂を引き換えにしているなら、影という曖昧な形よりも、確実な存在となるはずだから。
厄介なのは、外見からじゃ、誰がブルクストンの宿主か分からないということだ」
あの老人の魂が、おそらくは、私の知っている人の中に存在している。誰もが怪しく思えてくるし、そもそなぜ、ブルクストンに殺されるほどの恨みを持たれているのか分からない。
だけど一方で、私はレイズナーに尊敬の念を抱いていた。古い文字をさらりと読み、本の内容を熟知するのは並大抵のことではないはずだった。
「すごい努力をしてきたのね」
「どうも」
褒めると、居心地が悪そうにレイズナーは眉を顰めた。
「褒められるのが嫌いなの?」
「慣れていないだけだ。褒めるに値しない人間だしね」
「そんなことはないわ。あなたは素敵な人だって、今はもう、疑っていない」
「君といると、自分が弱くなっている気がするよ」
「あなたは、強い人よ」
「君ほどじゃないさ」
「自信過剰で傲慢なレイブンという男の人より、今のあなたはよほど素敵よ」
なおも言うと、レイズナーははぎこちなく微笑んだ。
「その二人はどう違う?」
「今、目の前にいる本当のあなたは、私に心を許して、安らぎを得ているように見える」
彼の手が私の頬に触れる。
「好きで好きでたまらないように?」
「ええ」
「まるで愛しているように?」
「ええ」
「君は鋭い人だ」
彼の唇が、私に触れた。
レイズナーは自分の服を、魔法により一瞬で乾かしてしまったけど、温室だってびちゃびちゃだ。魔法使いたちの力量の差がここまであるとは思わなかった。レイズナーはヒースを、遙かに圧倒していた。
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「ポーリーナを連れて帰るわ。ヒースとお兄様がいるこの城に、置いてはおけないもの」
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ポーリーナの鳴き声が一際大きくなる。
私は眉を顰めた。
「私の妹よ? あなたの義妹でもあるのよ」
「新婚生活に小姑はいらない。二人きりの生活を、他人に邪魔されるのが気に食わない」
まるで彼はだだをこねる子供のようだ。
「他人というけど、使用人は沢山いるじゃないの」
「彼らは弁えているからな。ずかずかと他人のことに首を突っ込んでこないだろう」
私たちのやりとりを見ていたポーリーナが赤い目をして、ようやく少しだけ笑った。
「……私、何もかも馬鹿だったわ。ヴィクトリカお姉様に辛く当たって、自分が信じられない。あんな人に騙されてたなんて、最低だったわ。
許されるなら、私も弁える。二人の寝室には近づかないようにするから、しばらくの間、置かせてほしいわ」
「レイズナーとの寝室は別よ?」
私が言った直後、レイズナーの瞳が、いたずらを企む子供のように光った。
「ポーリーナ王女を迎え入れても良いが、ヴィクトリカ、君と俺が、寝室を一緒にするのが条件だ」
「あらそんなこと? もちろんいいわ」
微笑むと、レイズナーは当てが外れたような表情になる。
きっと私が断ると思ったのだろう。
以前の私だったら、嫌だったと思う。だけど今の私は、むしろなぜ、彼と別々に眠らなくてはならないのか、理解できなかった。
*
ポーリーナが支度をする間、レイズナーが図書室に行くというので私も一緒に着いていった。
レイズナーは迷うことなく一冊の本を手に取った。その本は、鍵がかかる棚の禁書欄にあった。古い本で、書かれている言語も同じく古い。
「禁忌の魔法の書?」
手元を覗き込み、書かれている言葉を読み上げると、レイズナーは頷いた。
「いずれも強大な魔法だが、周囲を危険にさらすか、術者自身も危ういほどの代償が必要になるものだ。だから通常は、禁止されている……。あった、これだ」
ページが開かれ、机の上に置かれる。
書かれているのは、以前聞いた内容と同じだった。
「エネルギーと、それを扱うだけの魔法が必要なのね」
要約すると、それに尽きる。
「私には不可能だわ」
「だが事実、時が巻き戻っているんだから、不可能を可能とする何かがあるんだろう」
「そもそも私が死ななければいいんだわ」
「理想的だが、敵が分からない以上、絶対に死なないとは断言できない」
「……影はブルクストンの姿をしていたわ」
レイズナーが驚いたように目を見開き、私を睨んだ。
「なんだって? なぜすぐに言わなかった」
「だって、タイミングがなかったのよ」
聞いたレイズナーは目を閉じ考え込んだ様子で、独り言のように呟いた。
「ブルクストンは死者だ。あり得ない。あり得たとして――いや、まさか」
彼の思考を遮り、私は言った。
「前にあなたは言っていたわ。二つある条件のうち、一つは分かりそうだって。何か思いつかない?」
「魔法の方だ」
レイズナーは即答する。
「時が戻る魔法がどれほどのエネルギーを要するのか、俺にはまだ分からないが、君が戻った事実がある以上、誰かが君に代わって魔法をかけたということだ。
そして俺は、仮に君に死が近づいたら、間違いなく護るために魔法をかけるという確信がある」
きっぱりと断言する彼に、わずかの迷いも無かった。
「でも、私の行動全てを予知できるの? いつだって死んだら戻ったわ。そのどこにも、あなたがいたというの?」
「予知じゃない、いつも見ているだけだ。君が結婚式から逃げ出す数パターンの経路は想定済みだったしな」
いつも鋭すぎるその目が、今にあっては優しく細まる。
「エ、エネルギーの方は?」
動揺を悟られないように、声を正しながら問いかける。
「分からないな。大砲を百発同時にぶっ放すのでは足りないほどの莫大な力が必要だし、そんなものが出現する現象となると、考えもつかない」
「やっぱりあり得ないと思う?」
「いや、エネルギーがどうのなどということは、さして問題じゃないんだ。君が戻っている以上、確実に生じているはずだから」
レイズナーは本から視線を外し、ゆっくりと私の手を握った。大きく、温かい熱を感じて、私は彼から目が離せない。
「……俺から決して離れないでくれ。敵は、俺より弱い存在なんだろう。だから俺から君が離れている時に襲ってくる」
「屋敷では襲われないわ」
「あそこは俺が護りの結界を張っているからな。敵は入り込めない」
「ヒースが、影を操っていたのかしら」
「あれは所詮、金持ちのボンボンさ。君を殺す男じゃない」
「ブルクストンが生きている可能性はある?」
影はあの老人の姿をしていたのだ。
「ないだろう、当時、相当な高齢だったし……だが、あるいは」
途端、レイズナーは私の手を離して、本を数ページめくった。
記述を指さしてきたので、私も目を走らせる。
「死者を蘇らせる魔法……ですって?」
たった数行だけの項目を読み上げる。
「肉体がなければ魂は存在できない。あるいは、魂は魂を持って蘇る。……どういう意味?」
「もしかすると、あえてぼかしているのかもしれないが、それだけ扱いが危ういということだろう。曖昧な記述だが解釈は可能だ」
じっと文字を見つめながら、レイズナーは言った。
「肉体と魂を完全に分離できるものと考えた上で、他者の肉体を借り、別の者の魂の器として使用するということだ。
あるいは冥界から魂を連れて戻すためには、代わりの魂を差し出さなければならないということだろう」
「そんなこと、可能なの?」
「不可能ではないから、記述があるのだろうが、どうかな。実際に目にしたことはない。だがブルクストンは俺をも遙かに上回る力を持つ偉大な魔法使いだったから、死の際にこの魔法を使い、この世に残存しているのかもしれない」
恐る恐る、私は尋ねた。
「そしたら、ブルクストンがだれかの体の中にいるか、だれかの魂を引き換えにして、この世に留まっている可能性があるってこと?」
「可能性で言えば、誰かの中にいる方が高いだろう。何者かの魂を引き換えにしているなら、影という曖昧な形よりも、確実な存在となるはずだから。
厄介なのは、外見からじゃ、誰がブルクストンの宿主か分からないということだ」
あの老人の魂が、おそらくは、私の知っている人の中に存在している。誰もが怪しく思えてくるし、そもそなぜ、ブルクストンに殺されるほどの恨みを持たれているのか分からない。
だけど一方で、私はレイズナーに尊敬の念を抱いていた。古い文字をさらりと読み、本の内容を熟知するのは並大抵のことではないはずだった。
「すごい努力をしてきたのね」
「どうも」
褒めると、居心地が悪そうにレイズナーは眉を顰めた。
「褒められるのが嫌いなの?」
「慣れていないだけだ。褒めるに値しない人間だしね」
「そんなことはないわ。あなたは素敵な人だって、今はもう、疑っていない」
「君といると、自分が弱くなっている気がするよ」
「あなたは、強い人よ」
「君ほどじゃないさ」
「自信過剰で傲慢なレイブンという男の人より、今のあなたはよほど素敵よ」
なおも言うと、レイズナーははぎこちなく微笑んだ。
「その二人はどう違う?」
「今、目の前にいる本当のあなたは、私に心を許して、安らぎを得ているように見える」
彼の手が私の頬に触れる。
「好きで好きでたまらないように?」
「ええ」
「まるで愛しているように?」
「ええ」
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