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第5話 嘘だらけの男
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薬草が立ち並ぶ城の温室は、ヒースが所有しているものだ。婚約していた時度々見慣れていた光景だったけど、中ではヒースが薬草の世話を使用人に任せ、優雅に本を読んでいた。
レイズナーが温室の扉を開けると、ヒースが顔を上げる。
「グリフィス。少しいいだろうか」
「なんだレイブン。なんの用事だ?」
声色が、明らかに侮蔑を含んでいた。
「薬草を分けてもらえないか。魔道書に書かれていた方法を試したいんだ」
「ふん、君に文字が読めるとは驚きだ」
驚いたのはこっちだ。ヒースがこんなひどい物言いをするところを初めて見た。一方のレイズナーはいつものことなのか、涼しい顔をしている。
「急いでくれ。薬草は君の専売特許だろう?」
「おい、言葉に気をつけろ。この僕に命令か? 最下層の出のくせに。
陛下がなぜ君に、ヴィクトリカを捧げたのか理解できない」
私は、自分の顔が引きつるのを感じた。隣のポーリーナも同じように、信じがたい表情で二人を見つめていた。
レイズナーは言う。
「陛下とは、十代の頃からの友人だからね。妹を任せるには適任だと思っていただけたと言うことだろう。……君よりも」
ち、とヒースが舌打ちをした。
「貴様のような貧乏人が、僕たちと肩を並べることさえおぞましい」
それから、にやりと嫌な笑みを浮かべた。
「彼女は、この僕をまだ愛しているぞ」
「いいや、あいにく彼女はもう、この俺のものだ。心も、その体もね」
レイズナーはあくまでも冷静に振る舞うが、目の前のヒースに嫌気が差しているのは表情から明らかだ。
ヒースは敵意を隠そうともしない。
「上手くやった気になるなよ」
「まあ確かに、奇跡の王女は素晴らしい。俺の地位と名誉を底上げしてくれた。あえて言わなくとも皆知っていると思うが、実のところ、愛などないさ」
レイズナーが、私の方を見た。彼に見えるはずがないけれど、私は頷き返す。大丈夫、嘘だと分かっている。
レイズナーは続けた。
「だがグリフィス。君もポーリーナ王女と婚約をしたじゃないか。君に不足はないだろうに、なぜ俺に突っかかる? ヴィクトリカに未練があるのか?」
「あるはずがないだろう。ポーリーナは僕にぞっこんだ。小賢しいヴィクトリカより、あれは扱いやすいからな」
「王女二人をよく手懐けたものだ」
「ポーリナは簡単さ。ヴィクトリカへ抱く劣等感を、刺激してやったんだ。愛していると囁けば、容易く心を開いてきたよ。所詮、世間知らずの王女様だな」
ひ、とポーリーナが後ずさり、レイズナーがかけた結界の、外に出てしまった。その気配に気がついたのか、ヒースがこちらに目を向けた。
「ポーリーナ?」
ヒースの目が見開かれる。仕方なく私も結界の外に出て、姿を現した。
「ヴィクトリカまで。い、いつからそこに」
彼への答えは、ずっといた、だった。
開け放たれた温室の扉のすぐ外で、私とポーリーナはレイズナーが地面に描いた魔方陣の中で姿を隠していたのだ。
ヒースは狼狽えたように立ち上がった。
「違うんだこれは! これはこの、レイブンが仕組んだ罠だ!」
「レイズナーが何をしたというの? 全部、聞いていたわ」
私の声は震えていた。
ヒースが怒りに顔を赤くし、レイズナーの胸ぐらを掴んだ。
「こ、この僕を罠に嵌めたのか!? 覚えておけよレイブン! 貴様を殺すための手段は選ばない!」
「はははは!」
頓狂な笑い声を上げたのはレイズナーで、腹を抱えて、目には涙さえ浮かべていた。
顔をヒースに向かい、未だ口を左右に広げながらレイズナーは言った。
「いやすまない。君があまりにもおかしくて。そういや、ハンと言ったかなあの男は。
誰が差し向けたのか、調べればすぐに分かるだろう」
「この……下衆野郎が――!」
ヒースがレイズナーに片手を向ける。
「レイズナー!」
私は夫に駆け寄ろうとしたが、彼が手で制するのが見えた。「来るな」と、そう言っている。
ヒースが手から炎を放った――ように見えた。だが即座、炎なんて遙かに上回る濁流が、温室を駆け巡っていった。
レイズナーが温室の扉を開けると、ヒースが顔を上げる。
「グリフィス。少しいいだろうか」
「なんだレイブン。なんの用事だ?」
声色が、明らかに侮蔑を含んでいた。
「薬草を分けてもらえないか。魔道書に書かれていた方法を試したいんだ」
「ふん、君に文字が読めるとは驚きだ」
驚いたのはこっちだ。ヒースがこんなひどい物言いをするところを初めて見た。一方のレイズナーはいつものことなのか、涼しい顔をしている。
「急いでくれ。薬草は君の専売特許だろう?」
「おい、言葉に気をつけろ。この僕に命令か? 最下層の出のくせに。
陛下がなぜ君に、ヴィクトリカを捧げたのか理解できない」
私は、自分の顔が引きつるのを感じた。隣のポーリーナも同じように、信じがたい表情で二人を見つめていた。
レイズナーは言う。
「陛下とは、十代の頃からの友人だからね。妹を任せるには適任だと思っていただけたと言うことだろう。……君よりも」
ち、とヒースが舌打ちをした。
「貴様のような貧乏人が、僕たちと肩を並べることさえおぞましい」
それから、にやりと嫌な笑みを浮かべた。
「彼女は、この僕をまだ愛しているぞ」
「いいや、あいにく彼女はもう、この俺のものだ。心も、その体もね」
レイズナーはあくまでも冷静に振る舞うが、目の前のヒースに嫌気が差しているのは表情から明らかだ。
ヒースは敵意を隠そうともしない。
「上手くやった気になるなよ」
「まあ確かに、奇跡の王女は素晴らしい。俺の地位と名誉を底上げしてくれた。あえて言わなくとも皆知っていると思うが、実のところ、愛などないさ」
レイズナーが、私の方を見た。彼に見えるはずがないけれど、私は頷き返す。大丈夫、嘘だと分かっている。
レイズナーは続けた。
「だがグリフィス。君もポーリーナ王女と婚約をしたじゃないか。君に不足はないだろうに、なぜ俺に突っかかる? ヴィクトリカに未練があるのか?」
「あるはずがないだろう。ポーリーナは僕にぞっこんだ。小賢しいヴィクトリカより、あれは扱いやすいからな」
「王女二人をよく手懐けたものだ」
「ポーリナは簡単さ。ヴィクトリカへ抱く劣等感を、刺激してやったんだ。愛していると囁けば、容易く心を開いてきたよ。所詮、世間知らずの王女様だな」
ひ、とポーリーナが後ずさり、レイズナーがかけた結界の、外に出てしまった。その気配に気がついたのか、ヒースがこちらに目を向けた。
「ポーリーナ?」
ヒースの目が見開かれる。仕方なく私も結界の外に出て、姿を現した。
「ヴィクトリカまで。い、いつからそこに」
彼への答えは、ずっといた、だった。
開け放たれた温室の扉のすぐ外で、私とポーリーナはレイズナーが地面に描いた魔方陣の中で姿を隠していたのだ。
ヒースは狼狽えたように立ち上がった。
「違うんだこれは! これはこの、レイブンが仕組んだ罠だ!」
「レイズナーが何をしたというの? 全部、聞いていたわ」
私の声は震えていた。
ヒースが怒りに顔を赤くし、レイズナーの胸ぐらを掴んだ。
「こ、この僕を罠に嵌めたのか!? 覚えておけよレイブン! 貴様を殺すための手段は選ばない!」
「はははは!」
頓狂な笑い声を上げたのはレイズナーで、腹を抱えて、目には涙さえ浮かべていた。
顔をヒースに向かい、未だ口を左右に広げながらレイズナーは言った。
「いやすまない。君があまりにもおかしくて。そういや、ハンと言ったかなあの男は。
誰が差し向けたのか、調べればすぐに分かるだろう」
「この……下衆野郎が――!」
ヒースがレイズナーに片手を向ける。
「レイズナー!」
私は夫に駆け寄ろうとしたが、彼が手で制するのが見えた。「来るな」と、そう言っている。
ヒースが手から炎を放った――ように見えた。だが即座、炎なんて遙かに上回る濁流が、温室を駆け巡っていった。
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