第二王女は死に戻る

さくたろう

文字の大きさ
上 下
36 / 48

第5話 嘘だらけの男

しおりを挟む
 薬草が立ち並ぶ城の温室は、ヒースが所有しているものだ。婚約していた時度々見慣れていた光景だったけど、中ではヒースが薬草の世話を使用人に任せ、優雅に本を読んでいた。
 レイズナーが温室の扉を開けると、ヒースが顔を上げる。

「グリフィス。少しいいだろうか」

「なんだレイブン。なんの用事だ?」

 声色が、明らかに侮蔑を含んでいた。

「薬草を分けてもらえないか。魔道書に書かれていた方法を試したいんだ」

「ふん、君に文字が読めるとは驚きだ」

 驚いたのはこっちだ。ヒースがこんなひどい物言いをするところを初めて見た。一方のレイズナーはいつものことなのか、涼しい顔をしている。

「急いでくれ。薬草は君の専売特許だろう?」

「おい、言葉に気をつけろ。この僕に命令か? 最下層の出のくせに。
 陛下がなぜ君に、ヴィクトリカを捧げたのか理解できない」

 私は、自分の顔が引きつるのを感じた。隣のポーリーナも同じように、信じがたい表情で二人を見つめていた。
 レイズナーは言う。

「陛下とは、十代の頃からの友人だからね。妹を任せるには適任だと思っていただけたと言うことだろう。……君よりも」

 ち、とヒースが舌打ちをした。

「貴様のような貧乏人が、僕たちと肩を並べることさえおぞましい」

 それから、にやりと嫌な笑みを浮かべた。

「彼女は、この僕をまだ愛しているぞ」

「いいや、あいにく彼女はもう、この俺のものだ。心も、その体もね」

 レイズナーはあくまでも冷静に振る舞うが、目の前のヒースに嫌気が差しているのは表情から明らかだ。
 ヒースは敵意を隠そうともしない。

「上手くやった気になるなよ」

「まあ確かに、奇跡の王女は素晴らしい。俺の地位と名誉を底上げしてくれた。あえて言わなくとも皆知っていると思うが、実のところ、愛などないさ」

 レイズナーが、私の方を見た。彼に見えるはずがないけれど、私は頷き返す。大丈夫、嘘だと分かっている。
 レイズナーは続けた。

「だがグリフィス。君もポーリーナ王女と婚約をしたじゃないか。君に不足はないだろうに、なぜ俺に突っかかる? ヴィクトリカに未練があるのか?」

「あるはずがないだろう。ポーリーナは僕にぞっこんだ。小賢しいヴィクトリカより、あれは扱いやすいからな」

「王女二人をよく手懐けたものだ」

「ポーリナは簡単さ。ヴィクトリカへ抱く劣等感を、刺激してやったんだ。愛していると囁けば、容易く心を開いてきたよ。所詮、世間知らずの王女様だな」

 ひ、とポーリーナが後ずさり、レイズナーがかけた結界の、外に出てしまった。その気配に気がついたのか、ヒースがこちらに目を向けた。

「ポーリーナ?」

 ヒースの目が見開かれる。仕方なく私も結界の外に出て、姿を現した。
 
「ヴィクトリカまで。い、いつからそこに」

 彼への答えは、ずっといた、だった。
 開け放たれた温室の扉のすぐ外で、私とポーリーナはレイズナーが地面に描いた魔方陣の中で姿を隠していたのだ。
 ヒースは狼狽えたように立ち上がった。

「違うんだこれは! これはこの、レイブンが仕組んだ罠だ!」

「レイズナーが何をしたというの? 全部、聞いていたわ」

 私の声は震えていた。
 ヒースが怒りに顔を赤くし、レイズナーの胸ぐらを掴んだ。

「こ、この僕を罠に嵌めたのか!? 覚えておけよレイブン! 貴様を殺すための手段は選ばない!」

「はははは!」 
 
 頓狂な笑い声を上げたのはレイズナーで、腹を抱えて、目には涙さえ浮かべていた。
 顔をヒースに向かい、未だ口を左右に広げながらレイズナーは言った。 

「いやすまない。君があまりにもおかしくて。そういや、ハンと言ったかなあの男は。
 誰が差し向けたのか、調べればすぐに分かるだろう」

「この……下衆野郎が――!」

 ヒースがレイズナーに片手を向ける。

「レイズナー!」

 私は夫に駆け寄ろうとしたが、彼が手で制するのが見えた。「来るな」と、そう言っている。
 ヒースが手から炎を放った――ように見えた。だが即座、炎なんて遙かに上回る濁流が、温室を駆け巡っていった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ
恋愛
 イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。  王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて…… ※他サイトにも掲載しています ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。

美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯? 

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

グランディア様、読まないでくださいっ!〜仮死状態となった令嬢、婚約者の王子にすぐ隣で声に出して日記を読まれる〜

恋愛
第三王子、グランディアの婚約者であるティナ。 婚約式が終わってから、殿下との溝は深まるばかり。 そんな時、突然聖女が宮殿に住み始める。 不安になったティナは王妃様に相談するも、「私に任せなさい」とだけ言われなぜかお茶をすすめられる。 お茶を飲んだその日の夜、意識が戻ると仮死状態!? 死んだと思われたティナの日記を、横で読み始めたグランディア。 しかもわざわざ声に出して。 恥ずかしさのあまり、本当に死にそうなティナ。 けれど、グランディアの気持ちが少しずつ分かり……? ※この小説は他サイトでも公開しております。

処理中です...