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第3話 救済
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「ハンを……彼を攻撃してはいけないわ」
ゆっくりとレイズナーの腕に触れるが、ハンにまっすぐ向けられたそれは、びくりともしなかった。未だレイズナーの眼光は、鋭くハンを見つめていた。
「全く理解できない。ヴィクトリカ、君までもそいつの味方か? 今までの話はすべて嘘で、その男と同じ目的なのか?」
「いいえ、私はあなたの味方よ。そして、誰もが幸せになる世界で生きていたい」
静かに、本当に静かに、レイズナーの視線が私に向いた。何もかもを、悟った深い瞳のように感じた。
低い声が、馬屋に響く。
「俺は以前、この男を殺したのか?」
勘のいい人だった。
同時に気がついたのは、それは彼が、私を信じた末の言葉だということだ。
「ええ。あなたはハンを殺して、私たちの親友のアイラを傷つけたわ」
アイラの顔は私たちの会話の意味が分からずに困惑気味ではあったものの、その体は明確にハンを守ろうとする意思を示していた。
レイズナーはしばし、アイラを見つめ、やがて諦めたかのように手を下ろした。
「……おい貴様。金ならくれてやる。ヒース・グリフィスの倍は出そう。言え。いくら積まれた?」
ハンが金額を告げると、レイズナーは頷いた。とてもじゃないけどぽんとだせるほど安くはない。思わず尋ねてしまう。
「そんなお金、あるの?」
「持参金がある。ヴィクトリカに生活の苦労はさせない。俺にも蓄えがあるから――。もちろん、ヴィクトリカさえよければだが」
「いいわ。もちろんよ! 全額あげるわ!」
それは、レイズナーが結婚のひとつの目的であった金を手放すということだ。ハンを殺すことなど容易いのに、私の言葉を聞き入れたということでもあった。
即座何度も頷いた。
レイズナーはハンに言う。
「すぐに用意させる。受け取り次第失せろ。グリフィスがお前を見つけられないくらい遠くへ。俺がお前を追えなくなるほどの果てまで。そして、二度と顔を見せるな。それまでは、この馬屋が開かないよう、外から魔法をかけておく」
それから、うずくまったままのアイラに声をかけた。
「アイラ! 屋敷へ戻るぞ」
だがアイラは首を横に振る。そこには静かな決意が表れているかのようだった。
「ごめんなさい、レイズナー。私は彼といるよ。それに……もうここでは働けない」
アイラの目は、真剣にレイズナーを見つめていた。
「お前の首元にナイフを突きつけた男だぞ」
「でも刺さなかったわ」
「十年以上付き合いのある俺から去り、そいつと逃げるというのか」
「彼が好きなの。一人にできない」
「出て行くのか」
「うん。彼の故郷に一緒に行く」
「……苦労をするぞ」
「かまわないわ」
そう言って、今度は私に目を向けた。
「奥様、ごめんなさい。あなたと過ごすのを、楽しみにしていたのは本当ですわ」
胸に、込みあげたのが別れの悲しみか、友人の幸せを願う喜びかは分からなかった。だけど、考える前に、私は彼女を抱きしめた。
「私も、あなたと過ごすのを、楽しみにしていたわ――逃げるのよ。誰にも見つけられないくらい遠い場所まで。そして絶対に、幸せになるの」
どんな時でも、アイラは私に寄り添ってくれた。花を飾ってくれたし、レイズナーと私の喧嘩の間に入ってくれた。あの思い出を共有することはできないけれど、彼女は大切な友達だった。
私の心が、どれほど伝わったかは分からないけれど、アイラは幸福そうに微笑んだ。
ゆっくりとレイズナーの腕に触れるが、ハンにまっすぐ向けられたそれは、びくりともしなかった。未だレイズナーの眼光は、鋭くハンを見つめていた。
「全く理解できない。ヴィクトリカ、君までもそいつの味方か? 今までの話はすべて嘘で、その男と同じ目的なのか?」
「いいえ、私はあなたの味方よ。そして、誰もが幸せになる世界で生きていたい」
静かに、本当に静かに、レイズナーの視線が私に向いた。何もかもを、悟った深い瞳のように感じた。
低い声が、馬屋に響く。
「俺は以前、この男を殺したのか?」
勘のいい人だった。
同時に気がついたのは、それは彼が、私を信じた末の言葉だということだ。
「ええ。あなたはハンを殺して、私たちの親友のアイラを傷つけたわ」
アイラの顔は私たちの会話の意味が分からずに困惑気味ではあったものの、その体は明確にハンを守ろうとする意思を示していた。
レイズナーはしばし、アイラを見つめ、やがて諦めたかのように手を下ろした。
「……おい貴様。金ならくれてやる。ヒース・グリフィスの倍は出そう。言え。いくら積まれた?」
ハンが金額を告げると、レイズナーは頷いた。とてもじゃないけどぽんとだせるほど安くはない。思わず尋ねてしまう。
「そんなお金、あるの?」
「持参金がある。ヴィクトリカに生活の苦労はさせない。俺にも蓄えがあるから――。もちろん、ヴィクトリカさえよければだが」
「いいわ。もちろんよ! 全額あげるわ!」
それは、レイズナーが結婚のひとつの目的であった金を手放すということだ。ハンを殺すことなど容易いのに、私の言葉を聞き入れたということでもあった。
即座何度も頷いた。
レイズナーはハンに言う。
「すぐに用意させる。受け取り次第失せろ。グリフィスがお前を見つけられないくらい遠くへ。俺がお前を追えなくなるほどの果てまで。そして、二度と顔を見せるな。それまでは、この馬屋が開かないよう、外から魔法をかけておく」
それから、うずくまったままのアイラに声をかけた。
「アイラ! 屋敷へ戻るぞ」
だがアイラは首を横に振る。そこには静かな決意が表れているかのようだった。
「ごめんなさい、レイズナー。私は彼といるよ。それに……もうここでは働けない」
アイラの目は、真剣にレイズナーを見つめていた。
「お前の首元にナイフを突きつけた男だぞ」
「でも刺さなかったわ」
「十年以上付き合いのある俺から去り、そいつと逃げるというのか」
「彼が好きなの。一人にできない」
「出て行くのか」
「うん。彼の故郷に一緒に行く」
「……苦労をするぞ」
「かまわないわ」
そう言って、今度は私に目を向けた。
「奥様、ごめんなさい。あなたと過ごすのを、楽しみにしていたのは本当ですわ」
胸に、込みあげたのが別れの悲しみか、友人の幸せを願う喜びかは分からなかった。だけど、考える前に、私は彼女を抱きしめた。
「私も、あなたと過ごすのを、楽しみにしていたわ――逃げるのよ。誰にも見つけられないくらい遠い場所まで。そして絶対に、幸せになるの」
どんな時でも、アイラは私に寄り添ってくれた。花を飾ってくれたし、レイズナーと私の喧嘩の間に入ってくれた。あの思い出を共有することはできないけれど、彼女は大切な友達だった。
私の心が、どれほど伝わったかは分からないけれど、アイラは幸福そうに微笑んだ。
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