第二王女は死に戻る

さくたろう

文字の大きさ
上 下
32 / 48

第1話 三度目の結婚式

しおりを挟む
 心臓は、まだバクバクと脈打っていた。あの影は、確かに死んだブルクストンの姿をしていた。だけどそんなのおかしいし、あり得ないってことは私にだって分かる。

 死者は、肉体がなければこの世に存在できない。仮に彼が生きていたとして、私を殺す動機も分からない。

「ヒースはお前との婚約を破棄し、ポーリーナと結婚を」

「お兄様。彼と二人きりになってもよろしいでしょうか」

 どうせ何を言うか分かりきっているお兄様の言葉を最後まで待たずに、私は言った。

「……かまわんが」

 お兄様は、珍しく腑に落ちなさそうな表情をして去って行く。
 残されたレイズナーにしても、困惑気味に微笑んだ。

「光栄だな。君から二人きりになりたいと言ってくれるなんて」

「ソファーにかけて」

「え?」

「ソファーに座ってと言ったのよ」

 立ちっぱなしの彼の体を押し、ほとんど無理矢理座らせる。抵抗はまるでなかった代わりに、じろりと視線を向けられる。

「……奇妙だな」

 レイズナーの整いすぎている顔が疑念に歪んだ。

「昨日までウジ虫でも見るような瞳で俺を見ていた君は、今日最愛の人を見るような目をしている。一体なんの策略だ?」

 ああもう! なんて難しい男なんだろう。

 元来、彼は疑り深い男だということを忘れていた。こちらから攻めると、たちまち猜疑心の塊のようになってしまう。
 何から語ろうか考え、隣に腰を下ろすとまた問われる。

「誰に雇われた?」

「王女を雇う馬鹿がいて?」

「ならば俺を嵌めるように、誰かに言い含められたか? グリフィスか? だろう? 君はいつから俺との結婚を知っていたんだ?」

 まるで責めるような言い方に、私もきつく言い返してしまう。

「あなたが自分を頼れと言ったのよ」

「俺が? いつ」

「前の世界で。私、なぜだか分からないけど、死んで時が戻っているの。何回もよ? 死ぬと、この日に来るのよ」

 彼が再び問いかける前に、間髪入れずに私は前の世界の出来事を説明する。だが彼の表情は、未だ曇ったままだ。

「結婚式は中止だと、陛下に言ってくる。時が戻るなんてあり得ない。嘘を言っていないなら、君は錯乱の魔法でもかけれたんじゃないのか? 式を取りやめ、医者に看てもらった方がいい」

 なんてこと! 立ち上がる彼に、私は愕然とした。前の世界で、彼は信じてくれたし、必ず味方になると言っていた。なのに目の前の同一人物は、まるで私を嘘つき呼ばわりだ。
 それに、結婚を中止になんてさせられない。

「だめよ! だって私はあなたが好きだもの!」

 瞬間、レイズナー動きを止め、瞳を揺らした。
 なんて美しい色なのだろうと、わずかの間見つめた後で、我に返る。

「前の世界では、あなただって私を信頼してくれていたのよ。私、知っているわ。あなたとキンバリーが兄妹だってこと。それに、過去の殺人や、あなたがキンバリーとお兄様の記憶を奪ったことも知っている」

 レイズナーの眉間にますます皺が寄る。

「なぜ知っているんだ」

「あなたが教えてくれたからよ!」

 叫ぶように言ったが、レイズナーは頭を抱えた。

「どう? これでもまだ、私が錯乱していると思う?」

「……考える時間をくれ」

「時間はないわ。だって式はもうすぐだもの。私は準備をするから、あなたも着替えてくるといいわ。それともここで服を脱ぐ? 裸を見たことがあるもの。かまわなくってよ」


 *


 三度目の式に、もう不安など微塵もなかった。お兄様の視線も、ポーリーナの嘲笑も気にならない。
 逆にレイズナーは、どこか心あらずだ。司祭が彼に問いかけても、返事すらない。
 私は彼を、肘で小突いた。

「考え事をするのは仕方が無いけど、あなたの台詞よ」

「誓います」ただそれだけの言葉を、レイズナーは言った。

 詳細な話は、二人きりになった時にすればいい。誰が私の敵なのか、今になっては見当さえつかないけれど、逆に、唯一の味方がレイズナーだということは分かっていた。

 レイズナーの考えを早く知りたくて、滞りなく式が終わった直後に、私は言った。 

「あなたの屋敷に行きましょう。服と化粧道具は、明日持ってきてくれればいいから」

 レイズナーは、やはり不審な目つきで私を見つめる。話を信用してもらえてなかったのかと、密かに落胆していたが、馬車に乗り込むなり彼は言った。

「……式の間中、時が戻るという話について考えていたんだ。まあ一応は、筋が通っているようには思う」

 感情を極力排除した、静かな声だった。
 馬車の変則的な揺れに身を任せながら、彼は続ける。いつかのように彼が私に好意を見せ、言い寄ってくる様子もない。考え込み、慎重に言葉を選んでいるようだった。

「だが時が戻るほどの魔法を使うには、相応の代償が必要になるし、加えて――」

「莫大なエネルギーが要るんでしょう?」

 言葉の先を言われたレイズナーは、鋭い視線を私に向けた。ただ、肩をすくめてみせる。

「前のあなたが教えてくれたのよ。でも、不可能だと思っていたけど、一つの条件は解決できそうだって」

「城の図書室に、古い魔法が書かれた本がある。そこに記述があったように思うよ。明日にでも、行って調べてみよう」

 驚いて彼を見た。
 
「信じてくれたの?」

「君が真剣に言うことだから、疑うわけにはいかないよ。ヴィクトリカが嘘を吐くような人間ではないことを、俺は知っているから」

 未だから視線を外せない私に、レイズナーも目を合わせ、微笑んで見せた。

「ずっと君を見ていたんだ。当たり前だろう?」

 頬が赤く染まるのを感じながらも、言った。

「私も行くわ」

 目をわずかに開くレイズナーに向かって、私は言った。

「だって、私自身に関わることだもの」

「変な感じだ」

「……何が?」

「結婚が許されてから、俺はどうやって君の心を開こうかと、そればかり考えていた。どんな贈り物なら喜んでくれるだろう。劇に誘うのはどうだろうかとも、考えていたんだ。
 なのに君は、心を開くどころか――」

「信頼しているように見える?」

「……ああ」
 
 ゆっくりと頷く彼の手を、私は握った。

「好きで好きで、たまらないって、そう思っているように見える? まるで愛しているみたいって、そう思う?」

「からかうのはよしてくれ」

 瞬時に、手は引き抜かれ、レイズナーは自分の顔を覆った。
 拒否されたのだと思い悲しくなったが、指の隙間から覗く顔が真っ赤に染まっているのを見て、私の心臓は大きく跳ねる。
 
「本当にだめなんだ。俺が君のことを、どれだけ好きだと思っていると? 憧れたし、手に入れたいと心の底から願っていた。
 その君に、そんな目で見られると、頭がどうにかなってしまいそうなんだよ。我を忘れてしまいそうになるんだ」

 私は、なんて愚か者だったんだろう。
 彼がこんなに可愛らしい人だなんて、知らずに生きてきたんだから。

「どうにでも、なってしまえば良いのよ」

 そう言って、レイズナーの頬にキスをした。途端、彼は限界だったかのように、荒々しく私を抱き寄せて、口づけをしてきた。宥めるように、それに応じる。
 赤毛の長髪が、私に纏わり付いた。
 過去も未来も、なくていい。ただこの瞬間だけ、永遠に存在し続ければ、それだけでよかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

忘れられたら苦労しない

菅井群青
恋愛
結婚を考えていた彼氏に突然振られ、二年間引きずる女と同じく過去の恋に囚われている男が出会う。 似ている、私たち…… でもそれは全然違った……私なんかより彼の方が心を囚われたままだ。 別れた恋人を忘れられない女と、運命によって引き裂かれ突然亡くなった彼女の思い出の中で生きる男の物語 「……まだいいよ──会えたら……」 「え?」 あなたには忘れらない人が、いますか?──

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。

石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。 ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。 ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。 母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない

金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ! 小説家になろうにも書いてます。

処理中です...