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第13話 第二王女は死に戻る(3)
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私の部屋の壁時計を睨み付けながら、レイズナーは言った。
「君が影に追われるのは何時だ?」
「深夜……零時を回っていたと思うわ」
そうか、と椅子に座るレイズナーは頷いた。テーブルを挟んで向かい合う私は、思わず恨み言を言う。
「前は、来ないあなたをひたすら待っていたわ」
彼は肩をすくめる。
「俺が君を放っておくはずがない。たとえキンバリーに会っていたとしても」
「でもあなたは来なかったわ。私、ずっと待っていたのに」
「……それは気の毒に」
「それだけ?」
「悪かったよ。……前の俺が失礼した。だがこの俺は、そんなことをしない」
確かに彼は、キンバリーの部屋にいかずにここにいる。
未だ時計を見つめるレイズナーを盗み見た。
「あなたと暮らすようになって、魔法のことをよく考えるの。分からないんだけど、どうやって魔法をかけるの?」
尋ねると、レイズナーはメモ用紙を一枚破り、二つ折りにして、赤毛を一本抜くとはさみ、そのまま宙に放った。
途端、それは蝶のように部屋の中を舞った。紙の蝶はひらひらと飛び続ける。なんて繊細なんだろうと、見とれてしまう。
「不思議だわ。だけど美しいものね」
「本来は、こうあるべきなんだ」
“本来”、“こう”とは、今はまるで違うことをやっているようだ。紙はくるりと部屋を舞うと、壁にとまった。
「あなたはどんな仕事をしているの?」
「魔道具の開発や、新しい魔法の研究さ。ほどんどは戦争で使うものだ」
「ヒースは薬草の研究をしていたわ。全然違うのね」
「あいつには、それがせいぜいだろう」
レイズナーはため息をついた。
そこに侮蔑している様子はなく、本気で呆れているように見える。ポーリーナの話もあるし、もしかすると、ヒースは私が思っているような人ではない一面も、持ち合わせているのかもしれない。
「髪の毛が必要なの?」
「髪の毛でなくてもいいんだが、爪や歯や、血液――自分の体の一部を媒介にすると、魔法が定着しやすくなる。だから俺は髪を伸ばしてるんだ」
「本当?」
笑う彼の表情からでは、冗談か本気か分からない。
「不思議なもので――術者の力量に寄るところもあるが、代償が大きいほど強力な魔法となるんだよ。
君を襲った影が魔法によるものだとすると、術者はおそらくかなりの負担を強いられているはずだ。具現化するほど強大なんだから、手足や――あるいは、命を捧げるほどの」
考えると分からなくなったのは、今回はまだ襲われてはいないけれど、前回は二度、襲われたといことだ。だけどパーティに出席した人物の中に、深手を負った人はいなかった。
どこかに見落としがあるんだろうか。
「今日が終わったら」私は言った。「今日が無事に、終わったら。私、あなたのこと、もっと知ることができるといいなと思っているの」
回りくどすぎたのか、不思議そうな顔を、彼はした。
「この結婚に、希望を見いだしているということよ。本当のあなたを、やっと最近、見つけたように思うの」
私が見つけた彼は、堂々と自信に溢れた強引な男ではなく、時に弱く、時に優しく、家族を思い、人に親切な、そんな普通の、だけどたまらなく魅力的な人だった。私よりも遙かに強くて大きな人なのに、おかしな話だけど、守ってあげたいと思った。
本当のレイズナーを見つけて、と言ったアイラはもう側にはいない。それを思うと、心が痛んだ。
レイズナーは、自虐的に笑った。
「君は俺を嫌っていると思っていた」
「あなたのことを、よく知らないときはそうだった。嫌で嫌で何度も逃げて、だけど何度も戻ってしまった。でも、あなたを知るようになって――今は違うわ。嫌いじゃない」
深呼吸をして、言った。
「あなたのこと、好きよ」
「何度も何度も、か……」
私の決死の告白を、レイズナーはまるで聞いていなかった。考え込むように、壁の時計を睨み付ける。
「とうに時間を回っているぞ。俺がいるから現れないのか?」
ゆっくりと、レイズナーは私に視線を会わせる。表情は固く、何かを決意したかのようだ。
「ヴィクトリカ、俺が言ったことを覚えているか。また俺を、必ず頼って欲しいと言ったことだ」
「もちろん」
「何があっても、君を守るよ」
私の手に、彼の大きな手が触れた。
「時を戻るには、莫大なエネルギーの他に、それを操るに相応する魔法が必要だ」
前にも聞いたことだった。私にはエネルギーを生み出す力も、魔法も使えない。だから彼は、不可能だと言っていた。
「影は魔法が具現化したものだ。そこには、必ず術者の特徴が現れる。
……君は、その目に、焼き付けるんだ。誰が君を狙っているのか」
意図を測りかね、彼を見る。
真剣なまなざしに、時が止まったかのような錯覚を覚えた。
「不可能だと言った一つの方は、解決しそうだと言っただろう? 今はもう、断言するよ。君はまた、必ず死に戻る。だが以前と違うのは、誰が君を殺すのか、はっきりと分かった状態で戻れるということだ。これは強みだ」
レイズナーは私の手を、両手で覆った。そのまま、祈るように額を付ける。
囁くような、彼の声がした。
「愛している、ヴィクトリカ。君をいつだって――。君のためなら、この命さえ惜しくはない」
彼は、私の肩に触れた。
気がつけば、庭にいた。
夜の風が、吹き抜ける晩だった。
私はたった一人だった。
エルナンデスを劇場の外に追い出したように、レイズナーが私をここまで飛ばしたらしい。彼の姿はどこにもない。
辺りを見渡す。
暗い夜だけがそこにある。
屋敷の明かりが漏れている。
人々は、ほとんど眠っているようだ。
私の視線は、一点で止まる。
遠くに、影がいたのだ。
またしても死が、私を殺そうとしている。
影は私を見つめると、一気に距離を詰めてきた。
「殺すなら、殺すがいいわ!」
恐怖を覚えつつも、心を奮い立たせ私は影に叫んだ。
「お前の正体を、この第二王女が見極めてやる!」
影が接近する。
そして、私は見た。
ああそれは――。
あり得ない人の姿だった。
なぜなら彼は、既に亡者だからだ。
亡者が私を殺すのだ。
私に、死に戻ると予言したあの老人。
「ブルクストン――!」
先代の、宮廷魔法使いブルクストン。
影は、まさしく彼の姿をしていた。
* * *
「ヴィクトリカ、お前とヒースの婚約は解消された。今日の花婿は、このレイブンだ」
お兄様が、無感情にそう言った。
「君が影に追われるのは何時だ?」
「深夜……零時を回っていたと思うわ」
そうか、と椅子に座るレイズナーは頷いた。テーブルを挟んで向かい合う私は、思わず恨み言を言う。
「前は、来ないあなたをひたすら待っていたわ」
彼は肩をすくめる。
「俺が君を放っておくはずがない。たとえキンバリーに会っていたとしても」
「でもあなたは来なかったわ。私、ずっと待っていたのに」
「……それは気の毒に」
「それだけ?」
「悪かったよ。……前の俺が失礼した。だがこの俺は、そんなことをしない」
確かに彼は、キンバリーの部屋にいかずにここにいる。
未だ時計を見つめるレイズナーを盗み見た。
「あなたと暮らすようになって、魔法のことをよく考えるの。分からないんだけど、どうやって魔法をかけるの?」
尋ねると、レイズナーはメモ用紙を一枚破り、二つ折りにして、赤毛を一本抜くとはさみ、そのまま宙に放った。
途端、それは蝶のように部屋の中を舞った。紙の蝶はひらひらと飛び続ける。なんて繊細なんだろうと、見とれてしまう。
「不思議だわ。だけど美しいものね」
「本来は、こうあるべきなんだ」
“本来”、“こう”とは、今はまるで違うことをやっているようだ。紙はくるりと部屋を舞うと、壁にとまった。
「あなたはどんな仕事をしているの?」
「魔道具の開発や、新しい魔法の研究さ。ほどんどは戦争で使うものだ」
「ヒースは薬草の研究をしていたわ。全然違うのね」
「あいつには、それがせいぜいだろう」
レイズナーはため息をついた。
そこに侮蔑している様子はなく、本気で呆れているように見える。ポーリーナの話もあるし、もしかすると、ヒースは私が思っているような人ではない一面も、持ち合わせているのかもしれない。
「髪の毛が必要なの?」
「髪の毛でなくてもいいんだが、爪や歯や、血液――自分の体の一部を媒介にすると、魔法が定着しやすくなる。だから俺は髪を伸ばしてるんだ」
「本当?」
笑う彼の表情からでは、冗談か本気か分からない。
「不思議なもので――術者の力量に寄るところもあるが、代償が大きいほど強力な魔法となるんだよ。
君を襲った影が魔法によるものだとすると、術者はおそらくかなりの負担を強いられているはずだ。具現化するほど強大なんだから、手足や――あるいは、命を捧げるほどの」
考えると分からなくなったのは、今回はまだ襲われてはいないけれど、前回は二度、襲われたといことだ。だけどパーティに出席した人物の中に、深手を負った人はいなかった。
どこかに見落としがあるんだろうか。
「今日が終わったら」私は言った。「今日が無事に、終わったら。私、あなたのこと、もっと知ることができるといいなと思っているの」
回りくどすぎたのか、不思議そうな顔を、彼はした。
「この結婚に、希望を見いだしているということよ。本当のあなたを、やっと最近、見つけたように思うの」
私が見つけた彼は、堂々と自信に溢れた強引な男ではなく、時に弱く、時に優しく、家族を思い、人に親切な、そんな普通の、だけどたまらなく魅力的な人だった。私よりも遙かに強くて大きな人なのに、おかしな話だけど、守ってあげたいと思った。
本当のレイズナーを見つけて、と言ったアイラはもう側にはいない。それを思うと、心が痛んだ。
レイズナーは、自虐的に笑った。
「君は俺を嫌っていると思っていた」
「あなたのことを、よく知らないときはそうだった。嫌で嫌で何度も逃げて、だけど何度も戻ってしまった。でも、あなたを知るようになって――今は違うわ。嫌いじゃない」
深呼吸をして、言った。
「あなたのこと、好きよ」
「何度も何度も、か……」
私の決死の告白を、レイズナーはまるで聞いていなかった。考え込むように、壁の時計を睨み付ける。
「とうに時間を回っているぞ。俺がいるから現れないのか?」
ゆっくりと、レイズナーは私に視線を会わせる。表情は固く、何かを決意したかのようだ。
「ヴィクトリカ、俺が言ったことを覚えているか。また俺を、必ず頼って欲しいと言ったことだ」
「もちろん」
「何があっても、君を守るよ」
私の手に、彼の大きな手が触れた。
「時を戻るには、莫大なエネルギーの他に、それを操るに相応する魔法が必要だ」
前にも聞いたことだった。私にはエネルギーを生み出す力も、魔法も使えない。だから彼は、不可能だと言っていた。
「影は魔法が具現化したものだ。そこには、必ず術者の特徴が現れる。
……君は、その目に、焼き付けるんだ。誰が君を狙っているのか」
意図を測りかね、彼を見る。
真剣なまなざしに、時が止まったかのような錯覚を覚えた。
「不可能だと言った一つの方は、解決しそうだと言っただろう? 今はもう、断言するよ。君はまた、必ず死に戻る。だが以前と違うのは、誰が君を殺すのか、はっきりと分かった状態で戻れるということだ。これは強みだ」
レイズナーは私の手を、両手で覆った。そのまま、祈るように額を付ける。
囁くような、彼の声がした。
「愛している、ヴィクトリカ。君をいつだって――。君のためなら、この命さえ惜しくはない」
彼は、私の肩に触れた。
気がつけば、庭にいた。
夜の風が、吹き抜ける晩だった。
私はたった一人だった。
エルナンデスを劇場の外に追い出したように、レイズナーが私をここまで飛ばしたらしい。彼の姿はどこにもない。
辺りを見渡す。
暗い夜だけがそこにある。
屋敷の明かりが漏れている。
人々は、ほとんど眠っているようだ。
私の視線は、一点で止まる。
遠くに、影がいたのだ。
またしても死が、私を殺そうとしている。
影は私を見つめると、一気に距離を詰めてきた。
「殺すなら、殺すがいいわ!」
恐怖を覚えつつも、心を奮い立たせ私は影に叫んだ。
「お前の正体を、この第二王女が見極めてやる!」
影が接近する。
そして、私は見た。
ああそれは――。
あり得ない人の姿だった。
なぜなら彼は、既に亡者だからだ。
亡者が私を殺すのだ。
私に、死に戻ると予言したあの老人。
「ブルクストン――!」
先代の、宮廷魔法使いブルクストン。
影は、まさしく彼の姿をしていた。
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