第二王女は死に戻る

さくたろう

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第12話 以前と違う婚約パーティ

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 お兄様からの呼び出しがあったのは、前と同じだった。違うのは、レイズナーが一緒に部屋に入ったことだろうか。

「随分、仲が良いようだな」

 涼しい顔をして入室するレイズナーを見て、お兄様は眉を顰めた。

「夫婦になるように命じたのはお兄様ですわ。喜んでくださるかと思ったのに。私たち、真っ当に夫婦としてやっていけそうなの」
「何よりだ」
「なんのご用ですか」

 レイズナーが問うと、冷たい視線が浴びせられる。

「妹が元気にやっているか、兄として気にかけただけさ」

 それだけ言って、お兄様は私たちを下がらせた。
 レイズナーの罪の話も、処刑の話もない。扉を出たところで、レイズナーは安堵したかのようにため息を吐いた。

「怖かったの?」

 からかうように言うと、彼は肩をすくめる。

「自分が処刑される話を聞くかもしれないのに、平然としていられる奴はいないだろう」

 困ったように頭をかく彼を見て、私はなんだかおかしかった。


 * * *


 あっという間に、この日になった。
 ポーリーナとヒースの婚約披露パーティだ。
 パーティは、なにも問題など起こりえないかのように進んでいく。
 お祝いムードの中、私は一人、目を光らせていた。この中に、私を殺す人間がいるのだろうか。

 お姉様に手紙を書かなかったから、今回彼女は現れなかった。前回は、私が助けを求めたから、わざわざ来てくれたのだ。
 レイズナーは私の側を離れなかった。彼もまた、周囲に怪しまれない程度に犯人を探っている。味方がいるということが、これほどまでに心強いとは思わなかった。

 それとも彼は特別なのかしら?

 途中、レイズナーに誘われ、パーティを抜け庭に出る。二人きりになれるのは嬉しかったから、当然従う。
 だが彼は、庭で楽しげに話すひと組の男女に向かっていった。
 近づくにつれ、それがキンバリー・グレイホルムと、彼女の恋人の公爵だということがわかった。

 キンバリーが驚いた表情をするのが見える。
 レイズナーは二人に向かって一礼した。私も倣ってお辞儀をする。

「先日は、劇場で失礼いたしました」

 レイズナーが言うと、公爵は人の良さそうな笑みを浮かべた。

「やあレイブン、失礼だなんてとんでもない。君のおかげで、妙な男に絡まれずに済んだのだから」
「ご紹介する間もなかったので、改めて――妻のヴィクトリカです」
「何度かお会いしておりますものね?」

 公爵は恐縮したようにぺこぺこと頭を下げる。

「ええ王女様。以前あなたの婚約パーティで……あ!」

 自分の失言に気がついたように、公爵は再び頭を下げた。確かに彼とは、ヒースとの婚約パーティで挨拶を交わしたことがある。
 
 なんとも言えない気まずさに、思わずレイズナーと顔を見合わせ笑い合った。奇妙な感じだ。ヒースとの婚約が解消されたことに、今はもう傷ついてさえいない。

 私たちの顔を、公爵は不思議そうに見つめた。

「何か?」
「いえ、心から祝福を申し上げます。色々言う輩も多いですが、お二人は本当にお幸せそうで――」

 それから彼は、キンバリーに微笑みかけ、その背を押した。

「こちらは、キンバリー・グレイホルム伯爵令嬢です。パーティのパートナーとして、来てもらいました」

 近々、私生活でもパートナーになるのだろう。二人の距離は近く、互いを信頼していることがすぐに分かる。
 ふいに、レイズナーが場違いとも言えることを口走った。視線はまっすぐに、キンバリーを見つめている。

「私は妻を信頼しています。何もかも、全て話しました。生まれも、育ちも、――」

 レイズナーが言外に告げたメッセージは、正しく届いたらしかった。はっと、キンバリーの目が見開かれ、私を見た。レイズナーと同じ瞳の色だ。比べて見ると、二人は確かによく似ていた。

 彼によく似た目が微かに優しさを帯び、公爵に気付かれないように、ほんのわずかだけ微笑んだ。歳は私よりも上だけど、なんて可愛らしくて素敵な人なんだろう。
 彼女と義妹として過ごせたら、どんなに幸せだろうと考えた。それをレイズナーは、許しはしないだろうけれど。

 美しい声色で、彼女は言う。

「私からも、心からお祝い申し上げますわ。ヴィクトリカ様、レイブン様――本当に、お似合いだと思います。どうか、お幸せに」

 レイズナーが微笑んだ。

「あなたも、ミス・グレイホルム。彼なら、何不自由なく、あなたを幸福にしてくださるでしょうから」

 照れながらも、しっかりと頷く公爵なら、必ずキンバリーを幸せにするだろうと私は嬉しくなった。
 レイズナーの話を聞いてから、キンバリーは既に、私の中では他人ではなくなってしまっていた。
 


「兄妹であることを、ずっと周囲に隠しておくの? 彼女を遠ざけて」

 庭を二人で歩きながら、レイズナーに尋ねた。

「俺が近くにいて、キンバリーが記憶を思い出すのが怖いんだ。彼女は幸せになる。あの貧民街での暗い記憶を誘発するものから、遠く離れていた方がいい」

 なんてこの男は不器用なんだろう。大切なものほど遠ざけてしまうだなんて。
 彼の腕に手を置きながら歩いていると、胸が否応なく高まる。敵を探さなくてはならないのに、この穏やかな時間が永劫続けばいいと、願わずにはいられない。

 だから彼の言葉に現実に戻されたときに、密かに落胆した。

「エルナンデスを探すか」

 そして続けて言われた言葉に、自分でも分かるほど舞い上がった。

「夜は君の部屋に行くよ。一緒に過ごそう」

 私は彼の挙動一つで、こんなにも簡単に心が対極に揺れてしまう。自分はこれほどまでに、欲望に忠実な人間だったということを、彼と過ごすようになって初めて知った。
 
 幸にして、エルナンデスはすぐに見つかった。庭をうろうろと物珍しげに歩き回っていたのだ。
 
「おい」

 レイズナーが声をかけるとびくりと彼は体を震わせた。

「レイズナー! 探していたんだぜ」

 そして私を見て、にやりと笑う。

「これは奥様。劇場でお目にかかりましたね」
「失せろ。それともまた追い出されたいか?」
「奥様からも言ってくださいよ。俺とこいつは、貧民街時代からの仲間で、家族のことも、色々と知っているってのに、冷たいんです」
 
 暗に、レイズナーがひた隠しにしているキンバリーとの関係をバラすぞと脅しているのだ。
 私はにこりと微笑んだ。

「あら、では私からもあなたへ忠告いたしますわ。実は私も、何もかも知っているんですの。彼を脅す材料は、もうないと言うことですわ。
 それに私、こう見えても、元々王女で、人の口を封じる手段に長けているんですもの。誰にも気付かれず人一人いなくならせるくらい、容易いの。またあなたを見かけたら、何をするか分かりませんわ」

 もちろん脅しだが、エルナンデスの顔色は変わる。

「ご自分が大切ならば、くれぐれもご自愛なさってね?」

 エルナンデスの顔は引きつり、そして恐怖に凍り付いた。想像し得る最悪の事態を思い浮かべたのかもしれない。
 そのまま、聞いたこともない悪態を付きながらではあるが、彼は確かに去っていた。
 これで、懸念の一つはなくなった。
 彼は単なる小悪党に過ぎない。ここまで脅せば、もうしばらくは大人しくしているだろう。

 レイズナーを見ると、愉快そうに笑っていた。私の髪に触れると、そこにキスをする。

「ヴィクトリカ。君が妻でよかったと、心から思ったよ」
 
 ――ああまたしても。私の胸は高鳴った。


 前回との差異はまだあった。
 気がつけばお兄様が現れる時間になり、そしてその通り、彼はやってきた。
 違いがあったのはポーリーナだ。私がずっとレイズナーといたせいか、会いにすらこなかったということに、その時初めて気がついた。

 お兄様に挨拶をするポーリーナに、以前とは違い、はしゃいだ様子はない。主役だというのに表情はどこか浮かず、ちらちらと私に目を向けていた。
 
 なにか、言いたいことがあるのだろうか。そう思い、兄妹揃っての挨拶を終え、話しかけようとしたところで、するりと逃げられてしまう。

 たった一人の妹に、こうも避けられてしまうと、なんとも悲しい。たとえ相手がヒースだったとしても、ポーリーナには幸せになってもらいたい。お祝いの言葉だって、この世界ではまだ伝えていなかったのだから。
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