第二王女は死に戻る

さくたろう

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第11話 罪の真相

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「仕事が見つかったと言っていたんだ」

 ベッドに横になったレイズナーは、ぽつり、と話し始めた。まだ腹が痛むのか、片方の手は刺された場所を抑えていた。

「あの時、キンバリーはまだ十二だった。花を売っているんだと言っていた。稼ぎはいいようで、俺にも小遣いをくれるほどだった。
 俺もその頃、いくつかの仕事を掛け持ちしていて、おまけにカーソンと会うことに夢中だった」

「お兄様に?」

「ああ。時々、彼は下町までやってきて、庶民に扮する遊びに興じていた。学校の勉強を、俺に教えてくれたんだ。分かるだろうか、彼はまるで未知の世界の人だった、ガキの俺には、魅力的に映ったんだ」

 手を繋ぎ、彼の隣に横たわりながら話を聞いていた。いつかのように抱き合いはしない。ただ隣で、互いの存在を感じていた。

 お兄様がお忍びで街に出かけていたとは知らなかった。
 本当に、お兄様とレイズナーは友人同士だったんだ。
 
「俺は妹が疎ましかった。あの子は、歳の割りに幼かったから、俺の後をいつだって着いてきたがった。ずっと彼女の世話で一生が終わるのだろうかと思うとおぞましかった。
 なぜ俺は、カーソンのように自由に生まれなかったのだろうと本気で考えていたよ。彼が国で一番自由がない立場にいると、無知な俺は知らなかったから。
 互いに働いているのなら、そろそろ自立をしてもいいだろうと、妹の話を禄に聞きもしなかった」

 嗚咽のように、レイズナーは息を漏らした。握られる手に、痛いほど力が込められる。

「カーソンがある日、俺の部屋を見たいと言い出した。拒もうと思った。当たり前だ。あんなうさぎ小屋のような部屋、恥ずかしくて見せられたもんじゃない。
 だが当時彼が、続けざまに両親を亡くし、親のように慕っていたブルクストンをも亡くしていたことを知っていた。気が紛れるならまあいいかと、予定を早めて帰宅した――」

 彼は痛みに耐えるかのように、顔を歪めた。まだ傷が痛いのかと思ったが、痛むのは変えようもない過去だった。

「――……男が、妹に覆い被さっているのが見えた」

 自分が、息を呑む音が聞こえた。

「“花を売る”仕事でそこまで稼げるはずがないと、妹の話をちゃんと聞いていれば気づけたはずだったんだ。妹は無知だった。母がやっていたことを、彼女もやっただけだ。
 当然だ、だって他に、金を稼ぐ方法を、幼い彼女は知らなかった。誰に唆されたのかは分からない。だけどキンバリーは体を売っていた。
 気付けば俺は――その男を何発も殴っていた」

 言葉が出なかった。
 世間の人がどうやって暮らすか、何も知らない私に、何かが言えるはずもなかった。

「魔法を使えば良かったか? そうすれば、早々に決着は着いたはずだ。だがその時、考える余裕なんて無かった。
 男は、必死に謝ってきた。心からの謝罪というよりは、俺に殴られたくない一心だったんだろう。大の男に謝られ、俺は怯んだ。怯んだとき、男はナイフを持ちだして、俺を刺したんだ」

 レイズナーの口調は、思い出を語るというよりは、投影された過去の映像を、ひたすら読み上げるかのように無感情だった。

「すぐにナイフを抜いて、床に投げた。投げた先に、キンバリーがいた。覚えているのはそこまでだ。
 次に俺が気がついた時には、ナイフを持つキンバリーと、俺に手当をするカーソンと、それから、死んでいる男がいたんだから。
 何が起こったか、想像に容易い。妹が、男を殺したのだと、すぐに分かった」

 私は上半身を起こして彼を覗き込んでいた。彼の顔は蒼白で、無感情な口調に反して、病人のように具合が悪そうだった。

 ――だとしたら、彼は殺していないじゃないの。
 キンバリーの殺人も、正当な防衛と言える。普通ならそうだ。
 普通じゃないことが起きるのであれば、殺された方が、遙かに立場が上の場合だ。

 額に浮かんだ汗を、そっとぬぐってやる。それでも彼は、話を続けた。

「耐えきれなかったんだ。殺人の罪を犯した妹が、これからどうなるかなんて分かりきっていることだった。相手は貴族だった。妹は絞首刑台に送られる。目撃したのは、俺と、カーソンだった。だから俺は、カーソンと、妹の記憶を魔法で消した。もし、露呈したら、俺がやったことにしようと、誓ったんだ」

 そこで初めて、レイズナーは私に気がついたかのように目を向けた。透き通るガラス玉のように、美しい瞳だった。いいや美しいのは瞳だけではない。彼という存在全てが完璧のように思えた。

「あの殺人を、誰も知らない。妹は、自分が体を売っていたことさえ覚えていない。カーソンも、俺とあそこまで親交が深かったことを、覚えてはいないだろう。それが、過去の殺人の真実だ」

 だとしたら、彼は今までたった一人で戦ってきたのだ。誰にも告げずに、守り抜いてきた。

 城で見かける彼は、どこか孤高の獣を思わせた。雪山を駆ける狼のような――。目が合う度に、逸らさずにはいられなかった。なのにいつも、目で追っていた。

「あなたは、少しも悪くないわ。できる限りの、最善をしたのよ……たったひとりで」

 罪を悔恨するかのように、彼は言う。

「キンバリーが、近く婚約を申し込まれると聞いて、もう俺の役割は終わったと思った。城を去ろうとしていたんだ。だが、カーソンは俺に、君と結婚させてやるから留まるように言ってきた。だから俺は――」

「あなたは、立派な人だわ」

 額に、瞼に、鼻に、キスをした。

「一人の戦いは、孤独だったでしょう? もう怖がらなくていいのよ。私が、側にいるもの――」
 
 未だ許しを求めるような哀れな瞳を見て、彼が欲しいと、心から思った。


 *


「あり得ないと言った片方の問題については、仮説が立てられそうだ」

 翌日、アイラがいない朝食の席でレイズナーはそう言った。昨日見かけた弱気で愛おしい彼はもうおらず、いつも通りの自信に溢れた彼がいる。

「どちらの方?」

「ほとんど確信しているが、まだ推論の段階だ。それに誰が君を狙っているかについては、まるで分からない」

 まどろっこしい言い方だけど、つまりは話せないということだろう。

「やはり、パーティには行った方がいいと思う」

 レイズナーは、躊躇いながらも言う。

「君にとっては恐ろしいことかもしれないが、再び影をおびき寄せ、誰が操っているかを探るんだ」

「怖くないわ」

「勇敢だな」

 笑いながらコーヒーを飲むレイズナーに、あなたがいるから、という言葉をかけようとして飲み込んだ。戦いに向かうときに、無用な感傷は不要に思えたからだ。

「影というのは、恐らく魔法が可視化したものだと思う。濃い魔法は、一般人にも目視できるからな」

「じゃあもしかして、ヒースが?」

 恐る恐る尋ねるが、レイズナーは否定する。

「それほど高度な魔法を、あの男が操れるとは思えない」

 レイズナーは考え込むように唸った。

「もし失敗した時の話だが――つまり、君が殺されてしまった時の話だ。多分また、君は死に戻る。
 次の繰り返しでも俺を頼れ。君が見たことを、どんな小さなことも事細かに伝えるんだ。必ず君の力になるよ」

 私が曖昧に頷いたのは、また彼と、離れてしまうと思うと、戦いに恐れなかった心が恐怖に震えそうになったからだ。
 いつの間にかレイズナー・レイブンは、私にとって離れがたい男になっていた。 
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