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第10話 宮廷魔法使いの恋
しおりを挟む「聞いてもいい?」
深く考え込んでしまった様子のレイズナーに問いかけると、目線が向けられる。
「なぜ私に結婚を申し込んだの。お金が目当てでないなら、どうして」
じっと目を見つめられたまま、答えられる。
「確かに、持参金の額は魅力的だ。得られる地位と、それにより生じる信用も、興味がないと言えば嘘になる。……だが、あくまで副次的なものだ。金なら、暮らせるだけの蓄えはこの俺にもあるからな。
そう……。なぜ結婚を申し込んだかというと、君に恋をしたからという理由以外にはない。取り澄ました表情の下に、あらゆる策略と思考が巡らされていることに気がついた時には、もう君が世界の中心にいた」
あまりにも回りくどい告白に、私は束の間考え込んだ。
レイズナーは笑った。口の端に皺が寄り、目は少年のように細まった。
「端的に言うと、君が好きだった。守りたかったんだ」
暴れ出す心臓を諫めながら、私は言う。
「おかしなことを言うのね。私は城の護衛に守られていたわ、何から守るというの?」
「あのまま城にいたら君は死んでしまうと思った。カーソンに……陛下に望みを否定される度に、君の顔は氷のように冷たくなっていった。
ヒースに君が救えるか? あの男では無理だ。だから、俺しかいないと思った。今もその思いに変わりはない」
あまりにもまっすぐな目で見つめられ、私の方が逸らしてしまった。
彼の芯の通った思いに比べて、私の思いはその日その日で変わってしまう。なんて軽いんだろう。
私の思いを知ってか知らずか、レイズナーは話を戻した。
「婚約パーティで君は死んだのだから、そこに犯人がいるということだ。
ヴィクトリカ、君の話ではエルナンデスはその日に死んだらしいな。同一犯かもしれない」
「エルナンデスを殺したのは、本当にあなたではないのね?」
「顔を見たくはない相手だが、殺したいとは一度も思ったことはない」
尋ねたが、既に確信していた。
ハンの体を一瞬で消してしまえるほどの力のある彼が、エルナンデスの死体をそのまま放置しておくとは思えない。だから、その殺人において、彼は無実に違いない。
「なぜあの晩、キンバリーの部屋に行っていたの?」
レイズナーは小さく笑った。
「……未来のことを語るのは奇妙だな。
実を言うと別れを、パーティ会場で伝えようと思っている。
近く妹は、あの公爵と婚約をする。そうすれば、もう二度と俺には会わないだろうから」
悲しげな瞳を見て、私の胸は締め付けられた。
「彼女が大切なのね」
「家族だからな」
「家族は特別ね」
私にとっても、そうだった。
レイズナーは、まだ私から目を反らさない。その緑色の瞳は、高貴な賢者と相違ないだろう。そこに映り込む光をぼんやりと見つめていると、ふいに彼は口を開いた。
ずっと堪えていたことが、限界だったかのように。
「俺の人生は、キンバリーの幸福のためにあった。たった一人の家族だ。守らなくてはならない。
だが、君がいると、途端なにもかもどうでもよくなってしまうんだ」
罪を吐き出すかのように、彼の言葉は続いていく。
「気付けば君だけを目で追い、君だけを守りたいと思い、君の笑顔だけが幸せだと考えている。君といると、以前の強くあろうとした自分は消えてしまう。キンバリーを守ろうとしていた決意が、揺らぐ。俺はそれが恐ろしい」
驚いて彼を見た。
彼は今、こう言ったのだ。
“私のことが好きで好きでたまらない”と。
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「分からないわ。何が怖いの」
「自分が弱くなる気がするんだ。一度決めた誓いさえ、容易く破ってしまいそうになる」
懇願するような彼から、目が離せない。だって初めて、彼は弱さを見せている。
「分かっているんだ。無理矢理君を妻にしたのだと。君が俺を愛するなんてあっていいはずがないんだと。だが愚かにも、望まずにはいられない。君が俺を、いつか愛してくれるんじゃないかと。本物の、笑顔を向けてくれるんじゃないかと。
俺は高潔なつもりでいた。私腹を肥やす貴族どもを見下して、ああはなるまいと思っていた。だが君が手に入ると思ったら、もうどうしようもなかった。去ろうとしていた城に留まり、見下していた奴らと同じく、欲望に従った。君は俺を軽蔑するだろう」
私はレイズナーの手を握る。彼の手は震え、すっかり冷え切っていた。
「しないわ。あなたの真心が、今は分かるから」
私は彼に、何度目かのキスをする。
彼の血が、私の肌を濡らしていた。
「何もかも、教えて。過去、誰を殺したの?」
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