第二王女は死に戻る

さくたろう

文字の大きさ
上 下
27 / 48

第9話 アイラとの別れ

しおりを挟む
 アイラが絶叫し、レイズナーに掴みかかろうとするのを、私は立ちはだかり止めた。アイラは苦悶に顔を歪める。

「どうして止めるんです! 奥様だって、この男が嫌いでしょう!」
 
 彼は怪我人だから――。
 言いかけたところで、そんな理由では嘘になることに気がついた。

「私は彼の味方だもの」
 
 口にして、実感した。私はレイズナーの味方だった。
 背後で、レイズナーが呻く。

「あいつは、暗殺者として何者かに雇われた男らしい。馬車を止め、俺を刺した。お前のことだって愛してやいなかったに違いない」

 そんな言葉を、アイラに言っても逆効果だと思った。そして予想通り、アイラは怒りを静めるように肩を抱きながら、しかしレイズナーを憎しみを込めた瞳で睨み付けていた。

「もうここにはいられない。今日限りで辞める」

「勝手にしろ」

 レイズナーが言い放つと、アイラは泣きながらエプロンを外し、床に放り投げた。

「さよならレイズナー。奥様も……あなたのことは、本当に好きでした」


 *
 

 レイズナーはソファーに座り、腹の傷を自らの魔法で治療していた。
 元々、使用人が多くないこの屋敷は、ハンもアイラもいないと奇妙に静かだった。

 彼の向かいに座り、傷がゆっくりと塞がり、もう会話に支障がないと判断したことろで話しかけた。

「ハンは――」

 レイズナーが顔を上げたのを見て、一気に言う。

「ハンは誰かに雇われているようだったわ。あなたは誰かに殺される覚えがあるの?」

「予想はつく」

「誰なの」

「ヒース・グリフィスだ」

 瞬間、頭が熱くなる。

「まさか!」怒りで声が震えた。「彼を嫌っているからそんなことを言うのね!」
 
 レイズナーがヒースを敵視していることは知っている。私をも、彼から奪って見せたのだから。
 だが、レイズナーは冷静だった。

「嫌っているのは奴の方だ」

「嘘よ。あなたはヒースを排斥しようとしていたわ」

「それを誰から聞いたんだ?」

「それは……ヒースからよ」

「なるほど。ポーリーナの話とよく似ているじゃないか」

 はっとした。
 確かにヒースと婚約してから、ポーリーナはおかしなことを言い始めた。私がヒースを愛していなかったというのだ。

「奴は自分に都合のいいことなら、たとえ嘘でも平気で真実と偽る、小賢しい男だ。
 今日図書室で奴に会ったが、わかりやすいほどに挑発してきたよ――」

 疲れたように言うレイズナーに、嘘はないように思えた。

 もしかすると、と私は思った。
 もしかすると、私が今まで過ごしていた場所は、幸福だけが見えるように用意された箱庭だったのかもしれない。だとしたら、その壁は取り払われつつあった。私はレイズナーによって、この目を開かされている。

「本が好きなの?」

 何かを言わなくては、と思い口にしたのは、そんな間抜けな質問だった。

「いいや、娯楽としての意味でなら、好まない。図書室に行ったのは、君の言っていたことについて調べるためさ。――時が戻るという現象について」

 私はまたしても、心の中が温かくなるのを感じた。
 昨日、私が言った途方もない話を、彼は信じてくれたのだ。

「それで、何か分かったの?」

 彼が傷口から手を離すと、もうそこには完璧な皮膚があった。

「ヴィクトリカ、魔法使いが重宝されるのはなぜだと思う?」

「馬鹿にしているの? 貴重だからでしょ」

「そうだ。誰しも魔法を使えるわけじゃない」

 当然だ、と私は頷いた。世界の一割にも満たない人間だけに生まれつき備わっている特別な力が、魔法だった。

「時が戻る事象は、自然界ではありえない。だが人為的に起こすことは、“理論上”では可能だ」

「じゃあ、謎が解けたの?」

 希望を抱く私に向かい、まだ血に濡れた手に指を二本立て、彼は首を振った。

「君にそれが起こるのは、普通、二つの理由からあり得ない。
 第一に、時が戻るほどの強大な魔法には、それに比例する莫大なエネルギーが必要になる。当たり前だが、そんなものを生み出せる現象も人もない。
 第二に、魔法だ。エネルギーを生かす魔法使いでなければ、当然魔法は発動しない。だが君は魔法使いではないから不可能だ」

「だけど事実、私は時を戻っているわ」

 思わず語気が強まったのは、失望していることに気がつかれたくなかったからだ。不可能と断定する彼は、私を信じてくれたわけではないのかもしれない。

「そうだ、だから普通ではないことが、君に起こっている。なにか、思いつくことはないだろうか」

 その言葉に、私の心は勇気づけられる。彼のひと言ひと言で、こんなに感情の変化が起こるなんておかしなことだ。
 彼はまるで、暗闇の中の光のように、私の足下を照らしてくれているようだった。

「爆発に」

 彼は真剣に聞いている。
 
「爆発に、巻き込まれて死んだような気が、いつもするの。おかしなことだって思うわ、城で爆発だなんて。だけどヒースのお屋敷でも同じだった」

「爆弾でも落ちてくるのか?」

 彼は苦笑する。
 
「いつも同じ死因か?」

「死ぬのは一瞬だし、死んだ後の世界は分からない。だけど、感覚的にはいつも同じよ。誰かが爆弾を投げているのかもしれないわ。体がバラバラに破壊されて、飛び散るの」

 不気味さと恐怖を思い出して身震いする。

「確かに全くの無関係とは思えないが、爆弾が爆発する力では、時が戻る魔法の発動には到底及ばないだろうな」

 仮にそれだけのエネルギーが生み出されたとしても、私にそれを扱える魔法は使えない。
 考察は暗礁に乗り上げ、私たちはしばらく沈黙した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ
恋愛
 イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。  王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて…… ※他サイトにも掲載しています ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

グランディア様、読まないでくださいっ!〜仮死状態となった令嬢、婚約者の王子にすぐ隣で声に出して日記を読まれる〜

恋愛
第三王子、グランディアの婚約者であるティナ。 婚約式が終わってから、殿下との溝は深まるばかり。 そんな時、突然聖女が宮殿に住み始める。 不安になったティナは王妃様に相談するも、「私に任せなさい」とだけ言われなぜかお茶をすすめられる。 お茶を飲んだその日の夜、意識が戻ると仮死状態!? 死んだと思われたティナの日記を、横で読み始めたグランディア。 しかもわざわざ声に出して。 恥ずかしさのあまり、本当に死にそうなティナ。 けれど、グランディアの気持ちが少しずつ分かり……? ※この小説は他サイトでも公開しております。

【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。

美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯? 

処理中です...