第二王女は死に戻る

さくたろう

文字の大きさ
上 下
20 / 48

第2話 二度目のお屋敷

しおりを挟む
「料理人だけど、まだ子供でしょう?」

 翌日、朝食を出したアイラに言うと、驚いたように目を丸くされた。なぜ分かったのか不思議なのだ。
 
「私は王家の人間よ? 味を見れば、どんな人間が作ったかくらい分かるわ」

 当然のことながら、出まかせだ。あまりにもこの家の内情を知っているとますますレイズナーに疑われると思い、考えた末の嘘だった。
 アイラは疑った様子もなく、感心したように頷く。

「さすが奥様ですわ」

「でも、小さな子供に料理を任せるのはいかがかと思うわ。もちろんあなたたち使用人は順番で見守っているとは思うわ。だけど私も手伝いたいの。週末の夕食作りだけでも」
 
 困ったように、アイラは眉を下げた。

「旦那様にお伺いを立てないと、なんとも……」

 きっとレイズナーは賛成するはずだ。前回がそうだったんだから。
 本当は、テオと料理を作るのを楽しみにしていた。約束をしたのに、死んでしまったから結局は果たせずに終わったことが心残りだった。もしまたパーティで殺されてしまったら意味のないことだけれど。

 そこまで考え、一つ思いついたのは、そもそもパーティに出席しなければいいんじゃないかということだ。
 体裁としては最悪だが、気分が悪いと言えば欠席に表だって文句を言う人間はいない。
 良いアイデアのように思えた。

 
 *


 昼になって、レイズナーが私の荷物と共に帰宅した。

「君のだ」

「ありがとう」

 淑女の礼儀として、一応お礼は言っておく。

「入り用だと思って」

「ありがとう」

 無感情に繰り返すと、レイズナーはじっと私を見つめた。私も負けじとにらみ返す。

「次は花束でもでてくるのかしら」

「……その通りだ」

 なおも腑に落ちなさそうな表情を浮かべつつ、レイズナーは花束を差し出した。甘いにおいに包まれ、思わず口元が緩みそうになる。

「どうもありがとう」

 ただそれだけ言って、花束を受け取った。レイズナーに罪はあろうとも、この花たちに罪はない。

「わたくしが、花瓶に生けて参ります」

 そう言ってアイラは花束と共に姿を消した。前回もアイラの手により生けられた花たちは、今回も同じ運命を辿るらしい。

 レイズナーはまだ私を見つめたままだ。腕を組み、その目は何事かを言いたげだ。
 髪の埃はすでに取っていたから、彼が私に手を伸ばすことはない。

 彼は言った。

「君の態度は実に奇妙だ。ついこの前まで飛んでいる虫を見るより俺に無関心だったのに、今は生き生きと見つめてくる。しかも憎しみを込めて」

「離婚をしたくなった?」 

「まさか! どれほどの努力をして結婚にこぎ着けたと思っているんだ? 死んでも手放す気はない」

 私の馬鹿な心臓が、勝手に鼓動を早める。

「式の日だ。俺と結婚をすると告げられてから、ヴィクトリカ、君は変だ」

 鋭い眼光が、私の頭からつま先に走る。勘の良い男だった。だからこそ、平民でありながら宮廷魔法使いまで、その若さで上り詰めることができたのかもしれない。

「あなたとの結婚が嫌なだけよ」

「そうは思えない。確かに俺との結婚は嫌なのだろう。だが君の目には、別種の意思があるように思える」

 グリーンの瞳が、私を離さない。

「まるで――」

「まるで未来を知っているみたいに思えるの?」

 躊躇った言葉の先を言ってやると、はっと、彼の目が見開かれた。まるで全ての事象に納得がいったかのように。

「冗談よ。そんなことあり得ないでしょう?」
 
 彼が続けて言葉を紡ごうとしたため、遮った。これ以上、この話を続ける気はなかった。
 知りたいのは、あのパーティの日、何が起こったかということだ。エルナンデスという男がなぜ殺されるに至ったか。
 それは恐らく、キンバリー・グレイホルムと密接に関係している。

「あなたが何人愛人を囲おうとも構わないわ。だけど誰を愛人にしているのか、私に話してちょうだい」

「誰もいない。誓って君だけだ」

 その切実な瞳に、危うく騙されそうになり、心をまた戒めた。
 彼は嘘つきだとういことを忘れてはいけない。
 平気で人を殺すし、お金と地位のために、王女を罠にかける蛇のような男だ。

「あなたに愛人がいると、噂があるのよ」

「噂は承知しているが、本当に潔白だ。貴族どもは、俺のような人間が城に出入りしているのが耐えられないらしく、他にも根も葉もないことを色々言われているよ。その一つ一つを検証して回る気か?」

 だけど愛人がいるのも、殺人を犯したのも、事実だ。このままでは逃げられると思い、遂に具体な名を上げる。

「それじゃ、キンバリー・グレイホルムさんとの関係はいかがなの? あなたが本当に愛する人なんでしょう?」

 その名を出した途端だった。
 レイズナーの顔から血の気が引く。逆に目は血走っているようだ。

 私は思わず一歩下がった。
 怒っている、ように見えたから。

「彼女は、俺とはなんの関係もない」

「嘘よ」

「噂があるのか?」 

「ええ、あるわ」

 彼女との噂など聞いたこともなかったが、私は嘘を吐いた。

「あなたと彼女が恋人だっていう、そういう噂よ」

 レイズナーが私に詰め寄る。

「誰がそんなことを! どこのどいつだ、名を言え!」

 体の大きな彼は、圧迫感がある。見たこともないほど怒り狂った彼の様子に、私の声は喉に張り付いたかのように出てこない。

「旦那様! おやめください! やめろってんだよ、レイズナー!」

 アイラがそう叫ばなければ、私は泣き出していたかもしれない。
 レイズナーは我に返ったかのように私から数歩離れ、頭を抱えた。まるで風船がしぼんだかのようだ。

「すまないヴィクトリカ。怖がらせるつもりはなかったんだ」

「奥様、お部屋に行きましょう。花を飾りましたよ」

 アイラが肩を抱き、私を歩かせる。
 レイズナーは他人の目も気にせず、その場に座り込んでいた。

 あの態度では、認めたようなものだとうのに。あんなに怒るだなんて、心から想っている証拠だ。
 私は傷ついている自分に気がついた。覚悟はできていたはずなのに、彼が他の人を愛しているという事実に、激しく動揺していた。
  
 それを恐怖故だと思ったのか、アイラが慰めるように背を撫でる。
 恐怖ではない。私がまだ、彼を愛していたことを、今また知ってしまったから。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ
恋愛
 イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。  王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて…… ※他サイトにも掲載しています ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【溺愛のはずが誘拐?】王子様に婚約破棄された令嬢は引きこもりましたが・・・お城の使用人達に可愛がられて楽しく暮らしています!

五月ふう
恋愛
ザルトル国に来てから一ヶ月後のある日。最愛の婚約者サイラス様のお母様が突然家にやってきた。 「シエリさん。あなたとサイラスの婚約は認められないわ・・・!すぐに荷物をまとめてここから出ていって頂戴!」 「え・・・と・・・。」 私の名前はシエリ・ウォルターン。17歳。デンバー国伯爵家の一人娘だ。一ヶ月前からサイラス様と共に暮らし始め幸せに暮していたのだが・・・。 「わかったかしら?!ほら、早く荷物をまとめて出ていって頂戴!」 義母様に詰め寄られて、思わずうなずきそうになってしまう。 「な・・・なぜですか・・・?」 両手をぎゅっと握り締めて、義母様に尋ねた。 「リングイット家は側近として代々ザルトル王家を支えてきたのよ。貴方のようなスキャンダラスな子をお嫁さんにするわけにはいかないの!!婚約破棄は決定事項です!」 彼女はそう言って、私を家から追い出してしまった。ちょうどサイラス様は行方不明の王子を探して、家を留守にしている。 どうしよう・・・ 家を失った私は、サイラス様を追いかけて隣町に向かったのだがーーー。 この作品は【王子様に婚約破棄された令嬢は引きこもりましたが・・・お城の使用人達に可愛がられて楽しく暮らしています!】のスピンオフ作品です。 この作品だけでもお楽しみいただけますが、気になる方は是非上記の作品を手にとってみてください。

【完結】契約の花嫁だったはずなのに、無口な旦那様が逃がしてくれません

Rohdea
恋愛
──愛されない契約の花嫁だったはずなのに、何かがおかしい。 家の借金返済を肩代わりして貰った代わりに “お飾りの妻が必要だ” という謎の要求を受ける事になったロンディネ子爵家の姉妹。 ワガママな妹、シルヴィが泣いて嫌がった為、必然的に自分が嫁ぐ事に決まってしまった姉のミルフィ。 そんなミルフィの嫁ぎ先は、 社交界でも声を聞いた人が殆どいないと言うくらい無口と噂されるロイター侯爵家の嫡男、アドルフォ様。 ……お飾りの妻という存在らしいので、愛される事は無い。 更には、用済みになったらポイ捨てされてしまうに違いない! そんな覚悟で嫁いだのに、 旦那様となったアドルフォ様は確かに無口だったけど───…… 一方、ミルフィのものを何でも欲しがる妹のシルヴィは……

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

処理中です...