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第2話 二度目のお屋敷
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「料理人だけど、まだ子供でしょう?」
翌日、朝食を出したアイラに言うと、驚いたように目を丸くされた。なぜ分かったのか不思議なのだ。
「私は王家の人間よ? 味を見れば、どんな人間が作ったかくらい分かるわ」
当然のことながら、出まかせだ。あまりにもこの家の内情を知っているとますますレイズナーに疑われると思い、考えた末の嘘だった。
アイラは疑った様子もなく、感心したように頷く。
「さすが奥様ですわ」
「でも、小さな子供に料理を任せるのはいかがかと思うわ。もちろんあなたたち使用人は順番で見守っているとは思うわ。だけど私も手伝いたいの。週末の夕食作りだけでも」
困ったように、アイラは眉を下げた。
「旦那様にお伺いを立てないと、なんとも……」
きっとレイズナーは賛成するはずだ。前回がそうだったんだから。
本当は、テオと料理を作るのを楽しみにしていた。約束をしたのに、死んでしまったから結局は果たせずに終わったことが心残りだった。もしまたパーティで殺されてしまったら意味のないことだけれど。
そこまで考え、一つ思いついたのは、そもそもパーティに出席しなければいいんじゃないかということだ。
体裁としては最悪だが、気分が悪いと言えば欠席に表だって文句を言う人間はいない。
良いアイデアのように思えた。
*
昼になって、レイズナーが私の荷物と共に帰宅した。
「君のだ」
「ありがとう」
淑女の礼儀として、一応お礼は言っておく。
「入り用だと思って」
「ありがとう」
無感情に繰り返すと、レイズナーはじっと私を見つめた。私も負けじとにらみ返す。
「次は花束でもでてくるのかしら」
「……その通りだ」
なおも腑に落ちなさそうな表情を浮かべつつ、レイズナーは花束を差し出した。甘いにおいに包まれ、思わず口元が緩みそうになる。
「どうもありがとう」
ただそれだけ言って、花束を受け取った。レイズナーに罪はあろうとも、この花たちに罪はない。
「わたくしが、花瓶に生けて参ります」
そう言ってアイラは花束と共に姿を消した。前回もアイラの手により生けられた花たちは、今回も同じ運命を辿るらしい。
レイズナーはまだ私を見つめたままだ。腕を組み、その目は何事かを言いたげだ。
髪の埃はすでに取っていたから、彼が私に手を伸ばすことはない。
彼は言った。
「君の態度は実に奇妙だ。ついこの前まで飛んでいる虫を見るより俺に無関心だったのに、今は生き生きと見つめてくる。しかも憎しみを込めて」
「離婚をしたくなった?」
「まさか! どれほどの努力をして結婚にこぎ着けたと思っているんだ? 死んでも手放す気はない」
私の馬鹿な心臓が、勝手に鼓動を早める。
「式の日だ。俺と結婚をすると告げられてから、ヴィクトリカ、君は変だ」
鋭い眼光が、私の頭からつま先に走る。勘の良い男だった。だからこそ、平民でありながら宮廷魔法使いまで、その若さで上り詰めることができたのかもしれない。
「あなたとの結婚が嫌なだけよ」
「そうは思えない。確かに俺との結婚は嫌なのだろう。だが君の目には、別種の意思があるように思える」
グリーンの瞳が、私を離さない。
「まるで――」
「まるで未来を知っているみたいに思えるの?」
躊躇った言葉の先を言ってやると、はっと、彼の目が見開かれた。まるで全ての事象に納得がいったかのように。
「冗談よ。そんなことあり得ないでしょう?」
彼が続けて言葉を紡ごうとしたため、遮った。これ以上、この話を続ける気はなかった。
知りたいのは、あのパーティの日、何が起こったかということだ。エルナンデスという男がなぜ殺されるに至ったか。
それは恐らく、キンバリー・グレイホルムと密接に関係している。
「あなたが何人愛人を囲おうとも構わないわ。だけど誰を愛人にしているのか、私に話してちょうだい」
「誰もいない。誓って君だけだ」
その切実な瞳に、危うく騙されそうになり、心をまた戒めた。
彼は嘘つきだとういことを忘れてはいけない。
平気で人を殺すし、お金と地位のために、王女を罠にかける蛇のような男だ。
「あなたに愛人がいると、噂があるのよ」
「噂は承知しているが、本当に潔白だ。貴族どもは、俺のような人間が城に出入りしているのが耐えられないらしく、他にも根も葉もないことを色々言われているよ。その一つ一つを検証して回る気か?」
だけど愛人がいるのも、殺人を犯したのも、事実だ。このままでは逃げられると思い、遂に具体な名を上げる。
「それじゃ、キンバリー・グレイホルムさんとの関係はいかがなの? あなたが本当に愛する人なんでしょう?」
その名を出した途端だった。
レイズナーの顔から血の気が引く。逆に目は血走っているようだ。
私は思わず一歩下がった。
怒っている、ように見えたから。
「彼女は、俺とはなんの関係もない」
「嘘よ」
「噂があるのか?」
「ええ、あるわ」
彼女との噂など聞いたこともなかったが、私は嘘を吐いた。
「あなたと彼女が恋人だっていう、そういう噂よ」
レイズナーが私に詰め寄る。
「誰がそんなことを! どこのどいつだ、名を言え!」
体の大きな彼は、圧迫感がある。見たこともないほど怒り狂った彼の様子に、私の声は喉に張り付いたかのように出てこない。
「旦那様! おやめください! やめろってんだよ、レイズナー!」
アイラがそう叫ばなければ、私は泣き出していたかもしれない。
レイズナーは我に返ったかのように私から数歩離れ、頭を抱えた。まるで風船がしぼんだかのようだ。
「すまないヴィクトリカ。怖がらせるつもりはなかったんだ」
「奥様、お部屋に行きましょう。花を飾りましたよ」
アイラが肩を抱き、私を歩かせる。
レイズナーは他人の目も気にせず、その場に座り込んでいた。
あの態度では、認めたようなものだとうのに。あんなに怒るだなんて、心から想っている証拠だ。
私は傷ついている自分に気がついた。覚悟はできていたはずなのに、彼が他の人を愛しているという事実に、激しく動揺していた。
それを恐怖故だと思ったのか、アイラが慰めるように背を撫でる。
恐怖ではない。私がまだ、彼を愛していたことを、今また知ってしまったから。
翌日、朝食を出したアイラに言うと、驚いたように目を丸くされた。なぜ分かったのか不思議なのだ。
「私は王家の人間よ? 味を見れば、どんな人間が作ったかくらい分かるわ」
当然のことながら、出まかせだ。あまりにもこの家の内情を知っているとますますレイズナーに疑われると思い、考えた末の嘘だった。
アイラは疑った様子もなく、感心したように頷く。
「さすが奥様ですわ」
「でも、小さな子供に料理を任せるのはいかがかと思うわ。もちろんあなたたち使用人は順番で見守っているとは思うわ。だけど私も手伝いたいの。週末の夕食作りだけでも」
困ったように、アイラは眉を下げた。
「旦那様にお伺いを立てないと、なんとも……」
きっとレイズナーは賛成するはずだ。前回がそうだったんだから。
本当は、テオと料理を作るのを楽しみにしていた。約束をしたのに、死んでしまったから結局は果たせずに終わったことが心残りだった。もしまたパーティで殺されてしまったら意味のないことだけれど。
そこまで考え、一つ思いついたのは、そもそもパーティに出席しなければいいんじゃないかということだ。
体裁としては最悪だが、気分が悪いと言えば欠席に表だって文句を言う人間はいない。
良いアイデアのように思えた。
*
昼になって、レイズナーが私の荷物と共に帰宅した。
「君のだ」
「ありがとう」
淑女の礼儀として、一応お礼は言っておく。
「入り用だと思って」
「ありがとう」
無感情に繰り返すと、レイズナーはじっと私を見つめた。私も負けじとにらみ返す。
「次は花束でもでてくるのかしら」
「……その通りだ」
なおも腑に落ちなさそうな表情を浮かべつつ、レイズナーは花束を差し出した。甘いにおいに包まれ、思わず口元が緩みそうになる。
「どうもありがとう」
ただそれだけ言って、花束を受け取った。レイズナーに罪はあろうとも、この花たちに罪はない。
「わたくしが、花瓶に生けて参ります」
そう言ってアイラは花束と共に姿を消した。前回もアイラの手により生けられた花たちは、今回も同じ運命を辿るらしい。
レイズナーはまだ私を見つめたままだ。腕を組み、その目は何事かを言いたげだ。
髪の埃はすでに取っていたから、彼が私に手を伸ばすことはない。
彼は言った。
「君の態度は実に奇妙だ。ついこの前まで飛んでいる虫を見るより俺に無関心だったのに、今は生き生きと見つめてくる。しかも憎しみを込めて」
「離婚をしたくなった?」
「まさか! どれほどの努力をして結婚にこぎ着けたと思っているんだ? 死んでも手放す気はない」
私の馬鹿な心臓が、勝手に鼓動を早める。
「式の日だ。俺と結婚をすると告げられてから、ヴィクトリカ、君は変だ」
鋭い眼光が、私の頭からつま先に走る。勘の良い男だった。だからこそ、平民でありながら宮廷魔法使いまで、その若さで上り詰めることができたのかもしれない。
「あなたとの結婚が嫌なだけよ」
「そうは思えない。確かに俺との結婚は嫌なのだろう。だが君の目には、別種の意思があるように思える」
グリーンの瞳が、私を離さない。
「まるで――」
「まるで未来を知っているみたいに思えるの?」
躊躇った言葉の先を言ってやると、はっと、彼の目が見開かれた。まるで全ての事象に納得がいったかのように。
「冗談よ。そんなことあり得ないでしょう?」
彼が続けて言葉を紡ごうとしたため、遮った。これ以上、この話を続ける気はなかった。
知りたいのは、あのパーティの日、何が起こったかということだ。エルナンデスという男がなぜ殺されるに至ったか。
それは恐らく、キンバリー・グレイホルムと密接に関係している。
「あなたが何人愛人を囲おうとも構わないわ。だけど誰を愛人にしているのか、私に話してちょうだい」
「誰もいない。誓って君だけだ」
その切実な瞳に、危うく騙されそうになり、心をまた戒めた。
彼は嘘つきだとういことを忘れてはいけない。
平気で人を殺すし、お金と地位のために、王女を罠にかける蛇のような男だ。
「あなたに愛人がいると、噂があるのよ」
「噂は承知しているが、本当に潔白だ。貴族どもは、俺のような人間が城に出入りしているのが耐えられないらしく、他にも根も葉もないことを色々言われているよ。その一つ一つを検証して回る気か?」
だけど愛人がいるのも、殺人を犯したのも、事実だ。このままでは逃げられると思い、遂に具体な名を上げる。
「それじゃ、キンバリー・グレイホルムさんとの関係はいかがなの? あなたが本当に愛する人なんでしょう?」
その名を出した途端だった。
レイズナーの顔から血の気が引く。逆に目は血走っているようだ。
私は思わず一歩下がった。
怒っている、ように見えたから。
「彼女は、俺とはなんの関係もない」
「嘘よ」
「噂があるのか?」
「ええ、あるわ」
彼女との噂など聞いたこともなかったが、私は嘘を吐いた。
「あなたと彼女が恋人だっていう、そういう噂よ」
レイズナーが私に詰め寄る。
「誰がそんなことを! どこのどいつだ、名を言え!」
体の大きな彼は、圧迫感がある。見たこともないほど怒り狂った彼の様子に、私の声は喉に張り付いたかのように出てこない。
「旦那様! おやめください! やめろってんだよ、レイズナー!」
アイラがそう叫ばなければ、私は泣き出していたかもしれない。
レイズナーは我に返ったかのように私から数歩離れ、頭を抱えた。まるで風船がしぼんだかのようだ。
「すまないヴィクトリカ。怖がらせるつもりはなかったんだ」
「奥様、お部屋に行きましょう。花を飾りましたよ」
アイラが肩を抱き、私を歩かせる。
レイズナーは他人の目も気にせず、その場に座り込んでいた。
あの態度では、認めたようなものだとうのに。あんなに怒るだなんて、心から想っている証拠だ。
私は傷ついている自分に気がついた。覚悟はできていたはずなのに、彼が他の人を愛しているという事実に、激しく動揺していた。
それを恐怖故だと思ったのか、アイラが慰めるように背を撫でる。
恐怖ではない。私がまだ、彼を愛していたことを、今また知ってしまったから。
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