第二王女は死に戻る

さくたろう

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第1話 繰り返す

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「君は嫌だろうが、俺は嫌ではない。どうぞよろしく、レディ・ヴィクトリカ」

 そう言って跪き、手にキスをするレイズナーを、私は呆然と見下ろした。
 震え上がりそうになる足に、力を込める。
 また、この日に戻ってきてしまった。

 無駄だったの? 足掻きは、更なる深みに嵌るだけだったというの。

 死の運命から、逃れられたわけではなかった。彼と過ごした一週間足らずの日々が、単に延長されただけだったのだ。
 声も出せない私の顔を見て、レイズナーは眉を顰める。以前ならこの表情を、とても恐ろしいと思ったことだろう。だけど今は、怖くはない。

「ヒースはお前との婚約を破棄し、ポーリーナと結婚をする。いいな?」

 お兄様の声は、どこか遠い場所から聞こえてくるみたいだ。

「気分でも悪いのか」

 長髪を揺らしながらレイズナーがさらに寄り、問いかけた。気分なら、もうずっと悪かった。
 咳払いを一つして、満面の作り笑顔で応じた。

「お受けいたします。結婚しましょう、レイズナー」

 彼の眉間の皺が濃くなる様子を見て、私は愉快になる。せいぜい訝しがるといいんだわ。私を騙した償いには到底ならないけれど。

 どうせなら、と覚悟を決めていた。
 私が数日間生き延びたことに、何か理由があるはずだ。彼と結婚すれば、少なくとも今日は死なないし、その間に理由を突き止めよう、と。

 レイズナーはお兄様に向き直る。

「陛下、彼女と二人で話すお許しをいただけませんか」

「これから二人の時間は腐るほどあるというのに。いいだろう、好きにしろ」

 既視感のある台詞を吐き、お兄様は部屋を出て行く。

「何を企んでいるんだ?」

「企んでいるのは、レイズナー、あなたでしょう?」

「光栄だな、ヴィクトリカ。いつから君は、俺を名前で呼んでくれるようになったのかな」

 苦笑するレイズナーを見て、言うことを聞かない胸がときめいた。まったく忌々しい。

「座りなさいレイズナー」

 命じると、胡散臭そうに私を見つめながら、レイズナーはソファーにかけ、隣に座るように手で促してきた。だが私は立ったまま、彼を見下ろす。

「レイズナー・レイブン。私はあなたがとても嫌いよ。だけど結婚してあげるわ。持参金と、地位と名誉を与えてあげる」

「随分な言い様だ」

 彼が鼻で笑う。

「勘違いするのも仕方が無いが、俺は君が好きだから、結婚の許しを陛下に請うたんだ」

 嘘ばっかり。もう騙されるものですか。
 睨み付けていると、レイズナーが立ち上がった。

「立ち上がる許可はしてないわ!」

「だけど式の準備をしなくてはならない。裸で俺の前で着替えてもいいというなら別だけどね。君の誤解は、今夜ゆっくり解くとしよう」

 私の髪の一房に彼は触れ、指先でもてあそんだ後で、ゆっくりと離した。私の愚かな心臓は、彼が触れるだけで歓喜する。

「では妻よ。式で会おう」



 式に、前回と変わった様子はなかった。カーソンお兄様とポーリーナがいて、ルイサお姉様とヒースはいない。

 繰り返された今日の中で、私が何度も死んだ原因が、あの影に殺されていたからだとしたら、今日いる人物と婚約パーティにいた人物が、必然的に影を操る犯人だ。

 そもそもあの影は何なんだろう。きっと魔法だ、と思った。だとしたら、魔法を使える人間は限られる。

 ヒース。
 そしてレイズナー。

 隣で司祭の言葉を聞いているレイズナーを横目で見る。と、彼と目が合った。

「見惚れてしまうのは仕方が無いが、そろそろ台詞が来るぞ」

 囁き声はぞくりとするほど魅力的だ。「誓います」ただそれだけの言葉を、私は言った。

 ヒースはこの場にいないけれど、なんたって、宮廷魔法使いの片翼なのだから、城に出入りすることを疑われることはない。考えたくはないけれど、彼が私を殺す機会は、有無で考えると“有”だ。

 ではもう片翼を担う魔法使い、レイズナーは――。どちらかと言えば、彼の方が疑わしい。パーティ会場で私が殺される前、こちらに向かって手を翳し、魔法を放とうとしていたのだから。
 だけど、ハンと一緒にいたときに襲われた際は助けてくれた。殺すのならあの時が絶好の機会だったはずなのに。いいえそうでなくとも、私を殺すだけならいつだって可能だ。

 あるいは他に、魔法を使う人間が潜んでいたのか――あり得なくはない。黙っていれば、誰もその人が魔法使いだなんて考えない。
 容疑者は更に広がる。今日いて、あの日にいたという条件は、この会場にいるほとんど全ての人に当てはまった。

 ふと肩に、レイズナーの大きな手が触れ、私の思考は戻された。続いてキスがある。
 誓いのキスは二度目だな、とぼんやり考えた。

 嘘ばかりだ。

 思わず冷笑が漏れ、レイズナーが奇妙なものを見たかのように眉を顰める。

 レイズナーはキンバリー・グレイホルムを愛している。私はそれを知っていて、彼を愛さないと決めている。

 どちらも、愛なんて誓っていない。この結婚式は偽りだった。


 *


 馬車での会話はほとんどなく、私は死ぬこともなく、レイズナーと共に屋敷に着いた。

「疲れているのか?」

「望まぬ結婚ですもの。当たり前でしょう」

 レイズナーも、私の様子を不審に思っているようで、以前のように軽口を叩くことも、言い寄ってくることもない。私にとっても好都合で、早々に部屋に引きこもった。

 ともかく、パーティまでは死ぬことがない。

 ――いえ、本当に?

 楽観的観測を打ち消した。道で一度襲われているのだ、パーティで機会が訪れただけで、影は私の殺害を虎視眈々と狙っているのかもしれない。

 身震いをしたとき、控えめなノックの音の後で、静かな声が聞こえてきた。

「ヴィクトリカ。入ってもいいか」

 レイズナーだった。

「いいえ嫌よ」

「妙なことはしないよ。君の様子が気がかりだ。心配している」

「心配はいらないわ。あなたといたくないだけだから」

 自分でも分かるほどのきつい言い方になってしまった。
 罪悪感を誤魔化すように、私は、まだ会ってさえいない彼女の手助けをする。

「メイドのアイラが馬小屋に異国の男性を隠しているけど、役に立つから雇ってあげて。遊牧民は馬の世話が得意だから」

「なんだって?」

 疑わしさが存分に含まれた声色だったが、彼の性格的に、確かめずにはいられないだろう。
 扉の前から気配が消え、足音が遠ざかっていくのを感じた。

 窓から外を眺めていると、レイズナーが馬屋に向かうおぼろげな光が見えた。
 しばらくの後、ハンが連れ出される。屋敷から飛び出したアイラが慌てた様子でそれに駆け寄り、三人はなにやら言い争い、そしてやはり、レイズナーが折れたようだ。

 彼が肩をすくめ――突然私の部屋に目を向けたため、慌てて隠れる。だがばっちりと目が合ってしまった。

 ベッドに潜り込み目を閉じていると、再び足音が近づき、私の部屋の前で止まる。

「君の助言の通り、彼を雇うことにした。片言のやりとりには参ったけどね。――ところで、なぜ彼が馬屋に匿われていることを知っていたんだ?」

 知っているのは、それだけじゃないと言い返したくなる衝動を抑え、私は答えた。

「言ったとしても、信じないわ」

「君が真実として言ったことなら、なんでも信じる」

「信じるふりはできるでしょう。私は嘘を見破るのが下手だから、簡単に騙されてしまうわ」

 頑なな私の心を感じ取ったのか、沈黙の後、やがてレイズナーの声がした。

「おやすみ、ヴィクトリカ」

 声に含まれる優しささえ、計算の上なのだろう。にじむ涙に気付かないフリをして、私は目を閉じた。
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