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第18話 第二王女は死に戻る(2)
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きっと理由があるはずだった。レイズナーが仮に、人を殺したのだとしても、きっと明確な理由が。納得できる根拠が。
レイズナーが去っても、混乱は収まらなかった。男達によって、死体は覆いを被される。
「しかし、本当にレイブンがやったのだろうか」
レイズナーが彼を殺しただなんて信じられない人が、私の他にもいたらしい。
そんな声が上がり、しかしお兄様が否定した。
「過去にもあの男は人を殺している。その時は、証拠がなく咎めることはできなかったが」
ざわつく周囲の中で、耳に、ルイサお姉様の囁く声が聞こえた。
「ヴィクトリカ、行くのよ」
驚いて振り返ると、お姉様は大きなお腹を抱え、叫んだ。
「産まれる! 産まれるわ! 手伝って!」
顔を真っ赤にして、お姉様は床に倒れる。
迫真の演技に、混乱は一際大きくなった。お姉様が小さく私に頷く。
心の中で何度もお礼を言いながら、私は急いで地下の貯蔵庫へと向かった。
ルイサお姉様が騒いでくれているおかげか、地下へと続く階段に見張りは一人もいなかった。
階段をゆっくりと降りていくと、話し声が聞こえてきた。
「レイズナー、今助けるわ。扉から離れていて。鍵を壊すから」
それは女性の声で、私は足を止めた。
「よすんだキンバリー、扉など、本当は俺にとってはないに等しい。こうして捕まってやっているのは、騒ぎをこれ以上大きくしないためだ。遠くへ逃げろ、ここにいたらお前まで捕まりかねない」
「もう貴族社会なんて嫌よ。捕まるというなら、その前に二人で遠いところまで逃げましょう?」
「公爵はどうなるんだ。お前に婚約を申し込むつもりでいるぞ」
「あなたよりも大切な人なんていないわ。レイズナー、愛しているもの」
心臓が、止まりそうになった。レイズナーの会話の相手が、キンバリー・クレイホルムであることは疑いようがない。
「ああ分かっている。俺も、お前を愛しているさ。だが――」
レイズナーの声が聞こえた瞬間、耐えきれず声を漏らしていた。
「そんな……」
私の声で、グレイホルム嬢が勢いよく振り返る。その手には斧が握られていた。
翡翠色の大きな瞳が見開かれる。
「ヴィクトリカ様! 違いますわ! 私と彼は――」
「何が違うって言うの。信じていたわ。なのに、初めから、私を騙していたのね!」
貯蔵庫の扉の向こうから、レイズナーの声がした。
「ヴィクトリカ! 待ってくれ!」
騙されていたんだ。
混乱のまま、私は階段を駆け上り、屋敷を後にし、庭に走り出た。
全て幻想だった。嘘だった。彼が私を愛するはずがない。初めから、彼が愛しているのはキンバリー・グレイホルムだけで、私と結婚したのは、お金と地位と、名誉が欲しかったからだ。裏切りだ。いいえ、裏切りでさえない。ただ、踊らされた私がいただけだ。
このまま走り続けて、世界の果てまで行って消えてしまいたい。こんなに惨めで悲しい気分になったのは、生まれて初めてだった。あろうことか、私は彼に体を許してしまった。何もかも、吐き出してしまいたい。彼が私の体に刻み込んだ何もかもを。
「信じなければよかった。信じなければよかったんだわ……!」
空虚が押し寄せ、絶望している理由を、私は知ってしまっている。自分のちっぽけな心さえ、私は守れなかった。
私は、彼を愛してしまったんだ。
庭の大きな木に手を着いて、肩で呼吸をしながら、私は泣いた。大声で泣くなんて、はしたないこと。だけど自分を抑えられなかった。
誰もいないはずだった。それでも、人の気配を確かに感じた。
振り返ると、黒い影がそこにいた。息が止まりかける。
――嘘、どうしてここに。
遠くに、レイズナーの姿が見えた。彼は私に手を翳す。
悲鳴を上げる暇も無く、影は私の体に入り込む。自分の中で無数の爆発が起こり、体がバラバラに崩れ去っていくのを感じた。
――。
――――。
――――――あれは、いつのことだっただろう。
お父様とお母様が私を呼んでいる。午後の、夏の日差しが木漏れ日を作っていた。
家族だけのお茶会で、もう他の三人のきょうだいたちはそこにいた。理由は覚えていないけれど、私は遅れて、そこに参加した。
三人ははしゃいでいた。
城の魔法使いブルクストンに、占いをしてもらったのだという。
ルイサお姉様は得意げに言う。
“第一王女は異国へ嫁ぐ”
カーソンお兄様は照れくさそうに言う。
“第一王子は偉大な王になる”
ポーリーナが嬉しそうに言う。
“第三王女は皆から愛される”
あの頃は、幸せしかなかったのに、なぜ今、私たちの心はこんなにも離れてしまったんだろう。
私もやりたいと言うと、ブルクストンは私の手のひらを見て、不思議そうな顔をした後に言った。
――第二王女は死に戻る。
* * *
燭台に揺らめく炎に照らされた長方形の箱をアイラは優しく撫でた。
不在の主人に代わり、昼間受け取りにいったものだ。
この箱の中には、レイズナーが店頭でうなり、散々迷い、数時間かけて選んだ品が入っている。
仕上げに、彼の妻の瞳と同じ色の宝石を埋め込むように注文したから、できあがりが遅くなった。
アイラは微笑んだ。
「今度はちゃんと欲しいものを聞いて作ったんですもの。奥様も喜んでくださいますわ」
包まれる前に見たから、中身は知っている。見事な装飾が施された銀の短剣だった。
(きっと上手く行くわ、レイズナー)
彼は孤独な人だった。そこにヴィクトリカが光を与えた。彼女は優しくまっすぐで、愛らしい女性だ。使用人は、皆すぐに彼女のことが好きになった。
窓の外では満点の星空と大きな満月が輝いている。引っ越しを決めたのは急なことで、家中大騒ぎだった。もっと近い場所に良い屋敷はあったのに。
それでも自然に囲まれ、夜には美しい星空が見える穏やかなこの屋敷がいいと、レイズナーは譲らなかったのだ。
不器用な男だ。あの幼なじみは。
アイラは星空に、そっと願った。
「旦那様が本心から奥様を愛していることが、どうか早く届きますように――」
* * *
「ヴィクトリカ、お前とヒースの婚約は解消された。今日の花婿は、このレイブンだ」
お兄様が、無感情にそう言った。
レイズナーが去っても、混乱は収まらなかった。男達によって、死体は覆いを被される。
「しかし、本当にレイブンがやったのだろうか」
レイズナーが彼を殺しただなんて信じられない人が、私の他にもいたらしい。
そんな声が上がり、しかしお兄様が否定した。
「過去にもあの男は人を殺している。その時は、証拠がなく咎めることはできなかったが」
ざわつく周囲の中で、耳に、ルイサお姉様の囁く声が聞こえた。
「ヴィクトリカ、行くのよ」
驚いて振り返ると、お姉様は大きなお腹を抱え、叫んだ。
「産まれる! 産まれるわ! 手伝って!」
顔を真っ赤にして、お姉様は床に倒れる。
迫真の演技に、混乱は一際大きくなった。お姉様が小さく私に頷く。
心の中で何度もお礼を言いながら、私は急いで地下の貯蔵庫へと向かった。
ルイサお姉様が騒いでくれているおかげか、地下へと続く階段に見張りは一人もいなかった。
階段をゆっくりと降りていくと、話し声が聞こえてきた。
「レイズナー、今助けるわ。扉から離れていて。鍵を壊すから」
それは女性の声で、私は足を止めた。
「よすんだキンバリー、扉など、本当は俺にとってはないに等しい。こうして捕まってやっているのは、騒ぎをこれ以上大きくしないためだ。遠くへ逃げろ、ここにいたらお前まで捕まりかねない」
「もう貴族社会なんて嫌よ。捕まるというなら、その前に二人で遠いところまで逃げましょう?」
「公爵はどうなるんだ。お前に婚約を申し込むつもりでいるぞ」
「あなたよりも大切な人なんていないわ。レイズナー、愛しているもの」
心臓が、止まりそうになった。レイズナーの会話の相手が、キンバリー・クレイホルムであることは疑いようがない。
「ああ分かっている。俺も、お前を愛しているさ。だが――」
レイズナーの声が聞こえた瞬間、耐えきれず声を漏らしていた。
「そんな……」
私の声で、グレイホルム嬢が勢いよく振り返る。その手には斧が握られていた。
翡翠色の大きな瞳が見開かれる。
「ヴィクトリカ様! 違いますわ! 私と彼は――」
「何が違うって言うの。信じていたわ。なのに、初めから、私を騙していたのね!」
貯蔵庫の扉の向こうから、レイズナーの声がした。
「ヴィクトリカ! 待ってくれ!」
騙されていたんだ。
混乱のまま、私は階段を駆け上り、屋敷を後にし、庭に走り出た。
全て幻想だった。嘘だった。彼が私を愛するはずがない。初めから、彼が愛しているのはキンバリー・グレイホルムだけで、私と結婚したのは、お金と地位と、名誉が欲しかったからだ。裏切りだ。いいえ、裏切りでさえない。ただ、踊らされた私がいただけだ。
このまま走り続けて、世界の果てまで行って消えてしまいたい。こんなに惨めで悲しい気分になったのは、生まれて初めてだった。あろうことか、私は彼に体を許してしまった。何もかも、吐き出してしまいたい。彼が私の体に刻み込んだ何もかもを。
「信じなければよかった。信じなければよかったんだわ……!」
空虚が押し寄せ、絶望している理由を、私は知ってしまっている。自分のちっぽけな心さえ、私は守れなかった。
私は、彼を愛してしまったんだ。
庭の大きな木に手を着いて、肩で呼吸をしながら、私は泣いた。大声で泣くなんて、はしたないこと。だけど自分を抑えられなかった。
誰もいないはずだった。それでも、人の気配を確かに感じた。
振り返ると、黒い影がそこにいた。息が止まりかける。
――嘘、どうしてここに。
遠くに、レイズナーの姿が見えた。彼は私に手を翳す。
悲鳴を上げる暇も無く、影は私の体に入り込む。自分の中で無数の爆発が起こり、体がバラバラに崩れ去っていくのを感じた。
――。
――――。
――――――あれは、いつのことだっただろう。
お父様とお母様が私を呼んでいる。午後の、夏の日差しが木漏れ日を作っていた。
家族だけのお茶会で、もう他の三人のきょうだいたちはそこにいた。理由は覚えていないけれど、私は遅れて、そこに参加した。
三人ははしゃいでいた。
城の魔法使いブルクストンに、占いをしてもらったのだという。
ルイサお姉様は得意げに言う。
“第一王女は異国へ嫁ぐ”
カーソンお兄様は照れくさそうに言う。
“第一王子は偉大な王になる”
ポーリーナが嬉しそうに言う。
“第三王女は皆から愛される”
あの頃は、幸せしかなかったのに、なぜ今、私たちの心はこんなにも離れてしまったんだろう。
私もやりたいと言うと、ブルクストンは私の手のひらを見て、不思議そうな顔をした後に言った。
――第二王女は死に戻る。
* * *
燭台に揺らめく炎に照らされた長方形の箱をアイラは優しく撫でた。
不在の主人に代わり、昼間受け取りにいったものだ。
この箱の中には、レイズナーが店頭でうなり、散々迷い、数時間かけて選んだ品が入っている。
仕上げに、彼の妻の瞳と同じ色の宝石を埋め込むように注文したから、できあがりが遅くなった。
アイラは微笑んだ。
「今度はちゃんと欲しいものを聞いて作ったんですもの。奥様も喜んでくださいますわ」
包まれる前に見たから、中身は知っている。見事な装飾が施された銀の短剣だった。
(きっと上手く行くわ、レイズナー)
彼は孤独な人だった。そこにヴィクトリカが光を与えた。彼女は優しくまっすぐで、愛らしい女性だ。使用人は、皆すぐに彼女のことが好きになった。
窓の外では満点の星空と大きな満月が輝いている。引っ越しを決めたのは急なことで、家中大騒ぎだった。もっと近い場所に良い屋敷はあったのに。
それでも自然に囲まれ、夜には美しい星空が見える穏やかなこの屋敷がいいと、レイズナーは譲らなかったのだ。
不器用な男だ。あの幼なじみは。
アイラは星空に、そっと願った。
「旦那様が本心から奥様を愛していることが、どうか早く届きますように――」
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