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第16話 ルイサお姉様はお見通し
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会場にお兄様が登場したようで、私も行かざるを得なかった。
昨日ぶりのお兄様は、祝いの席でさえ、変わらず無表情のままだ。
ポーリーナとルイサお姉様もいた。挨拶が自分の番になると、お姉様は他に聞こえないくらいの声色でそっけない態度のお兄様に言った。
「姉上に向かってなんという態度です? まさか他の人間たちにも、そのような冷酷な態度をしているわけではありませんよね?」
「君も相変わらず、国王に向かって不遜な態度だ」
「国王である前に、あなたはわたくしの弟ですから」
内心私はヒヤヒヤだった。ポーリーナも同じだったらしく、久しぶりに妹と顔を見合わせて肩をすくめ合う。
ぎこちなく、だけど、心から私たちは微笑んだ。
「相変わらず、そりの合わないお二人だわ」
「本当にね」
ポーリーナの目が赤いことに、初めて私は気がついた。喜びの涙だろうか、あるいは単にお酒の飲み過ぎだろうか。
ルイサお姉様がお兄様に向かって再びお辞儀をした。
「では陛下、わたくし、他のお方とお話しする約束がありますの。ごきげんよう」
国王にそんなことが言えるのはルイサお姉様だけだろうが、お兄様も含め誰も咎めはしなかった。
彼女の性格は、誰もが知り尽くしているからだ。
ルイサお姉様は、去り際私に視線を合わせた。
ルイサお姉様は大広間外の廊下に設置されたソファーの上に優雅に腰掛けていた。私を見ると微笑む。
「ヴィクトリカ、この国を脱出する算段を話しましょうか?」
慌てて周囲を見渡すが、こちらに注意を払っている者はいない。お姉様の隣に腰を下ろし、さてどうやってこの気持ちを話したものかと考え、昨日の話からすることにした。
「実はね、昨日カーソンお兄様に呼び出されたの。レイズナーを過去の罪で罰するから、私との結婚は無効にするって」
「あら、よかったじゃありませんか……ってわけでもなさそうですね?」
「お兄様をひどいと思うわ。だって無理矢理結婚させておいて、今度は一方的に終わりにしろだなんて。お兄様、昔はああじゃなかったでしょう? どうして変わってしまったのかしら」
「カーソンにも、色々あるのでしょう。背負う物があると、責任が生まれるわ。それが国王となればなおさら。お父様とお母様が連れ立ってお亡くなりになった時、カーソンはまだ十四歳でしたもの、慕っていたブルクストンが亡くなったのが十五歳でしょう? 重圧が一気にのしかかったのでしょう」
「昔のお兄様だったら、私たちに考えを言ってくれたはずだわ」
「そうね、だけどいつまでも昔のままというわけにもいかないわ。子供時代ならいざ知らず、わたくしたちは女性だし、多くの場合、憂いなく陽気に過ごすことを求められてる。
でもカーソンは男性。求められるのは戦いと重圧に耐える精神ですもの。そんなものを、彼はわたくしたちに背負わせたくはないんですよ」
私はもう子供じゃないから尚更頼ってもいいと思うが、お姉様の考えは違うようだった。
私はお姉様に問いかけた。
「結婚生活はどう?」
結婚が決まったとき、泣いて叫んで抵抗していた彼女を、私もよく覚えている。
「初めはもちろん嫌でした。わたくしの夫を、ヴィクトリカだって知っているでしょう? お世辞にも格好いいとは言えないわ。太っていて、髪の毛は薄いし。わたくし、その頃別の殿方を慕っていましたもの」
四人目の子供を愛おしそうに撫でながらお姉様は言った。
「だけどね、ヴィクトリカ。そんなわたくしのことを、彼は全て受け入れてくださいました。今はもう、他の男性は考えられないわ」
夫である友好国の国王を思い出したのか、お姉様の頬に赤みが差す。
「男の人の魅力は、見た目や地位じゃないのですよ。一番にはその真心です。もちろんそれだって完璧な人はいないでしょう。ぶつかり合って話し合って、衝突して、それでも夫婦として手を取り合って、同じ目的に進める人が、本当にいい男性なのだとわたくしは強く主張しますわ。
レイズナー・レイブンはどうです? そういう人ではありませんか?」
「お姉様は彼を嫌っているかと思っていたわ」
「もちろん心から好きとは言えません。だけどあなたはもう違うのでしょう?」
私はようやく、悩みの一つを吐き出した。
「お姉様。このところの私、変なのよ。彼が嫌いだったの。だけど一緒に過ごすうちに、彼について、思い違いをしていたように感じるの。つまり、噂のような悪人ではないような気がするのよ」
息を吸い込んで、吐いた。
「もしレイズナーと、これから先も夫婦として、一緒にやっていけたら幸せになれるんじゃないかって、そればかり考えているわ」
ふ、とお姉様は笑った。
「彼はあなたの話に耳を傾けてくれますか?」
「ええ。だけど言い返しても来るわ」
「そういう人は貴重ですよ。もちろん世の中には、議論をする男性を求めない女性もいます。だけどあなたはそうじゃない、でしょう? いつだって好敵手を探していたもの」
だけど、と首を横に振る。
「彼はまだ、私に隠していることがあるのよ」
「ならばもう一度、よく話すのです。あなたが不安に思っていることをすべて彼にぶつけるんです。そのチャンスはありそうですか?」
「今夜、部屋に来るって言っていたわ」
うんうんと、お姉様は頷いた。
「逃亡の計画は、いつだって実行できます。これから先も、機会は訪れるでしょう。あなたの逃げ場はわたくしが確保しているわ。
まだ、焦る時ではないのかもしれません。もう一度、レイブンと向き合って、それでもどうしようもなく嫌ならば、またわたくしに助けを求めてください。……そうはならないでしょうけどね?」
そういってお姉様は私の額にキスをした。
「あなた達が幸せであれば、わたくしはそれでいいんですよ」
昨日ぶりのお兄様は、祝いの席でさえ、変わらず無表情のままだ。
ポーリーナとルイサお姉様もいた。挨拶が自分の番になると、お姉様は他に聞こえないくらいの声色でそっけない態度のお兄様に言った。
「姉上に向かってなんという態度です? まさか他の人間たちにも、そのような冷酷な態度をしているわけではありませんよね?」
「君も相変わらず、国王に向かって不遜な態度だ」
「国王である前に、あなたはわたくしの弟ですから」
内心私はヒヤヒヤだった。ポーリーナも同じだったらしく、久しぶりに妹と顔を見合わせて肩をすくめ合う。
ぎこちなく、だけど、心から私たちは微笑んだ。
「相変わらず、そりの合わないお二人だわ」
「本当にね」
ポーリーナの目が赤いことに、初めて私は気がついた。喜びの涙だろうか、あるいは単にお酒の飲み過ぎだろうか。
ルイサお姉様がお兄様に向かって再びお辞儀をした。
「では陛下、わたくし、他のお方とお話しする約束がありますの。ごきげんよう」
国王にそんなことが言えるのはルイサお姉様だけだろうが、お兄様も含め誰も咎めはしなかった。
彼女の性格は、誰もが知り尽くしているからだ。
ルイサお姉様は、去り際私に視線を合わせた。
ルイサお姉様は大広間外の廊下に設置されたソファーの上に優雅に腰掛けていた。私を見ると微笑む。
「ヴィクトリカ、この国を脱出する算段を話しましょうか?」
慌てて周囲を見渡すが、こちらに注意を払っている者はいない。お姉様の隣に腰を下ろし、さてどうやってこの気持ちを話したものかと考え、昨日の話からすることにした。
「実はね、昨日カーソンお兄様に呼び出されたの。レイズナーを過去の罪で罰するから、私との結婚は無効にするって」
「あら、よかったじゃありませんか……ってわけでもなさそうですね?」
「お兄様をひどいと思うわ。だって無理矢理結婚させておいて、今度は一方的に終わりにしろだなんて。お兄様、昔はああじゃなかったでしょう? どうして変わってしまったのかしら」
「カーソンにも、色々あるのでしょう。背負う物があると、責任が生まれるわ。それが国王となればなおさら。お父様とお母様が連れ立ってお亡くなりになった時、カーソンはまだ十四歳でしたもの、慕っていたブルクストンが亡くなったのが十五歳でしょう? 重圧が一気にのしかかったのでしょう」
「昔のお兄様だったら、私たちに考えを言ってくれたはずだわ」
「そうね、だけどいつまでも昔のままというわけにもいかないわ。子供時代ならいざ知らず、わたくしたちは女性だし、多くの場合、憂いなく陽気に過ごすことを求められてる。
でもカーソンは男性。求められるのは戦いと重圧に耐える精神ですもの。そんなものを、彼はわたくしたちに背負わせたくはないんですよ」
私はもう子供じゃないから尚更頼ってもいいと思うが、お姉様の考えは違うようだった。
私はお姉様に問いかけた。
「結婚生活はどう?」
結婚が決まったとき、泣いて叫んで抵抗していた彼女を、私もよく覚えている。
「初めはもちろん嫌でした。わたくしの夫を、ヴィクトリカだって知っているでしょう? お世辞にも格好いいとは言えないわ。太っていて、髪の毛は薄いし。わたくし、その頃別の殿方を慕っていましたもの」
四人目の子供を愛おしそうに撫でながらお姉様は言った。
「だけどね、ヴィクトリカ。そんなわたくしのことを、彼は全て受け入れてくださいました。今はもう、他の男性は考えられないわ」
夫である友好国の国王を思い出したのか、お姉様の頬に赤みが差す。
「男の人の魅力は、見た目や地位じゃないのですよ。一番にはその真心です。もちろんそれだって完璧な人はいないでしょう。ぶつかり合って話し合って、衝突して、それでも夫婦として手を取り合って、同じ目的に進める人が、本当にいい男性なのだとわたくしは強く主張しますわ。
レイズナー・レイブンはどうです? そういう人ではありませんか?」
「お姉様は彼を嫌っているかと思っていたわ」
「もちろん心から好きとは言えません。だけどあなたはもう違うのでしょう?」
私はようやく、悩みの一つを吐き出した。
「お姉様。このところの私、変なのよ。彼が嫌いだったの。だけど一緒に過ごすうちに、彼について、思い違いをしていたように感じるの。つまり、噂のような悪人ではないような気がするのよ」
息を吸い込んで、吐いた。
「もしレイズナーと、これから先も夫婦として、一緒にやっていけたら幸せになれるんじゃないかって、そればかり考えているわ」
ふ、とお姉様は笑った。
「彼はあなたの話に耳を傾けてくれますか?」
「ええ。だけど言い返しても来るわ」
「そういう人は貴重ですよ。もちろん世の中には、議論をする男性を求めない女性もいます。だけどあなたはそうじゃない、でしょう? いつだって好敵手を探していたもの」
だけど、と首を横に振る。
「彼はまだ、私に隠していることがあるのよ」
「ならばもう一度、よく話すのです。あなたが不安に思っていることをすべて彼にぶつけるんです。そのチャンスはありそうですか?」
「今夜、部屋に来るって言っていたわ」
うんうんと、お姉様は頷いた。
「逃亡の計画は、いつだって実行できます。これから先も、機会は訪れるでしょう。あなたの逃げ場はわたくしが確保しているわ。
まだ、焦る時ではないのかもしれません。もう一度、レイブンと向き合って、それでもどうしようもなく嫌ならば、またわたくしに助けを求めてください。……そうはならないでしょうけどね?」
そういってお姉様は私の額にキスをした。
「あなた達が幸せであれば、わたくしはそれでいいんですよ」
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