第二王女は死に戻る

さくたろう

文字の大きさ
上 下
14 / 48

第14話 婚約パーティー

しおりを挟む
「よいしょっと……」
 僕は毛玉の遺体が入った入れ物を抱え、次々と、安全な上の世界へ、運んで行く。

 「………あ」
 何度か、紐を上り下りしていると、部屋の白い模様が文字である事に気が付いた。

 ええっと…。
 獣、魔力、少量ずつ。検証終了。村、噴水、魔力、少量ずつ。様子見。

 ……この、獣、と言う文字は、僕たちを指す言葉だ。つまり、下にいる同族が、その検証結果だと言うのだろうか?

 こっちは?
 ……人間からの効率の良い、魔力生成法。感情、大切、痛み、憎しみ、恐怖、大切。何より、身と心を殺さない事。
 魔力を含んだ死肉の腐敗度。魔力の依存症状。知能衰退と、発達について。生物の分解、結合……。
 他にも、色々な情報が、所狭しと、部屋中に描かれていた。

 その中でも目を惹いたのが、獣を動けなくする方法。と言う項目だ。
 如何やら、触れる事もなく、部屋中にいる獣を、動けなくすることができるらしい。

 今、捕まれば、僕はどうなってしまうのだろうか。
 喋れる僕は、きっと貴重だ。あそこにいる毛玉達よりも、もてあそばれるだろう。

 「ウゥ~……」
 壁に拘束されている人間が、唾液を垂らしながら鳴いた。
 その声は、僕を誘っているような気がして、身震いする。

 それに、この字は、あの男の物ではない。きっと、今、あそこで、気が狂った毛玉達に囲まれて、安らかな寝顔を晒している、あの少女の物だろう。
 前に、この部屋に来てから、それ程経っていないはずなのに、良くもまぁ、部屋中をこんなに……。

 「あっ!」
 力が抜けて、持っていた入れ物が、棚の下に落ちてしまった。

 ガン!と、容器の落下音が鳴り響く。
 そんな音より、すぐそばで、毛玉達が暴れ狂っている方が、五月蠅いに決まっている。
 決まってはいるのだが、頭がそれを理解していても、あの、黒髪の化け物が、目を覚ますかもしれないと思っただけで、腰が抜けて、動かなくなった。

 「あ……」
 毛玉の一匹が化け物に近づいていく。
 あいつ…。もしかして、あの化け物をかじる気ではないだろうか。
 馬鹿!そんな事をしたら、あの化け物が起きてしまう!やめろ!やめろ馬鹿!ヤメロヤメロヤメロヤメ!

 「おい!エボニ!そんな所で何をしておる!」
 その時、ラッカの声が聞こえた。
 振り向けば、穴からこちらを見ているラッカ。

 「た、たすけてぇ…」
 涙で霞む視界。
 僕は、腰が抜けたまま、短い腕を伸ばして助けを求めた。

 ラッカは、その様子を見て、ただ事ではないと思ったらしい。
 それ以上、何も聞かずに、素早く首を伸ばすと、僕を咥えて、上まで引き上げてくれる。
 引き上げられた僕は、ラッカから飛び降りると、すぐさま、板を元に戻した。

 「………」
 あの化け物が、あれほど危険な存在と知っていたら、僕は同族たちなど、解放しなかっただろう。
 解放中に、目覚めていたらと想像すると、自身が、とんでもない事をしていたと分かる。
 それに、あの毛玉も、あの化け物が、あれ程、恐ろしい存在だと知っていたら、齧ろうだなんて……。

 っと、突然、板の間から煙が上がって来た。
 僕は咄嗟に板から離れ、様子を見る。

 …暫くすると、下からの騒音が聞こえなくなっていた。きっと、毛玉達が鎮圧されたのだろう。
 無知がもたらす恐怖を知り、僕は、その場にへたり込んだ。

 「……」
 二人の間を、気まずい沈黙が流れる。

 「……えへへっ。ありがとう。ラッカ。また助けられちゃったね」
 僕は、そんな空気を壊す為にも、お礼を言う。

 「あ、あぁ……。まぁ、良く分からんが、無事でよかったわい」
 困惑気味のラッカ。尻尾が気まずそうに揺れている。

 「……」
 またも、沈黙に包まれそうな空気。

 「あ!そうそう!これ見て!」
 僕は透かさず、持ってきた入れ物を、見せびらかす。

 「そ、それは……」
 僕の目の前だからか、ラッカは、反応に困ったような顔をしている。

 「なになに?やっぱり、僕の方が美味しそう?」
 僕が茶化すと、ラッカは「いや、そう言う訳では!」と、テンパる。
 それが面白くて「え?つまり、僕って、こんな、ぐちゃぐちゃのより、美味しそうに見えないって事?」「僕だと思って、食べてね♪」と、更に、ラッカを追い詰めて行く。

 「あぁ!もう!」
 最後には、ラッカが切れ気味で、入れ物を潰し、中身を貪り食い始めた。

 「……どう?美味し?」
 首を傾げながら、僕が聞くと、ラッカは嫌そうな顔をして「美味しい」と、答えた。

 「じゃあ、僕も食べてみようかなぁ~」
 ラッカの「おい!こら!」と言う、制止を無視して、転がっていた残骸の一部を口に運んだ。

 「……うん。思った通りの味だ」
 あの部屋に掛かれていた情報の一部から、察してはいたが、やはりと言うか、味わった事のある、味だった。
 あの男が、僕達に与えていた食べ物には、これと同じような物が、含まれていたらしい。

 最初から、僕だって、下にいた毛玉達と一緒だったという訳だ。
 理性が有るか無いかだけの違い。
 …でも、大きな違いだ。

 顔を上げると、ラッカが辛そうな表情で、こちらを見ていた。

 「何だよラッカ!何でラッカが、そんな顔するのさ!」
 気さくな雰囲気で、ラッカに近づくと、その体を、軽く、パシン!と叩く。

 「……あんまり、無茶はするなよ」
 どの事を言っているのだろうか?思い当たる節が多すぎて…。
 まぁ全部なんだろうけど。

 「何て言うのかな……。僕は、僕のしたい様に、しているだけで……」
 ラッカの為とか、そう言うんじゃない。自己満足の為の、お節介。
 本当に、ただ、それだけなんだ。

 「だから、僕は、ラッカの迷惑になっても、お構いなく、続けると思うんだ。……だから、ラッカも、僕に構わず、好きにやって欲しい」
 僕に、気を遣い過ぎないで欲しい。
 ラッカはラッカの好きにやって欲しい。

 僕は、無言で、ラッカの瞳を見つめ続ける。
 馬鹿な僕が、意思の強さを伝えられる方法は、これだけだから。

 難しい顔をしていたラッカが、ニヤリと笑う。

 「……つまり、お前をここに置いて帰っても良いという訳じゃな?」
 そうじゃない。そうじゃないのだが、そう言う事だ。

 僕の何とも言えない表情を見て、ラッカは「カッカッカ!」と笑う。

 「……好きにすればいいさ。僕も好きにさせてもらうけど」
 そう言って、僕は、頬を膨らませながら、ラッカに抱き着く。

 「……好きにせい」
 ラッカは、呆れた様な、それでいて、どこか嬉しそうな声で、そう、呟く。

 その優しい声色に、ラッカはどんな表情をしているのかと、顔を上げてみる。
 しかし、ラッカは、顔をこちらに向けずに、無言で、残りのご飯を漁っていた。

 尻尾が絶え間なく振られているので、照れ隠しだと言う事は、分かっている。
 本当は、追っかけ回してでも、その表情を見てみたいものだが……。

 「…ま、今日は勘弁してあげる」
 いつか、その表情を、自身から見せてくれる日を願って、僕は、ラッカの冷たくて、大きな体に、身を預けた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ
恋愛
 イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。  王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて…… ※他サイトにも掲載しています ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない

天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。 だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。

【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。

美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯? 

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

拾った仔猫の中身は、私に嘘の婚約破棄を言い渡した王太子さまでした。面倒なので放置したいのですが、仔猫が気になるので救出作戦を実行します。

石河 翠
恋愛
婚約者に婚約破棄をつきつけられた公爵令嬢のマーシャ。おバカな王子の相手をせずに済むと喜んだ彼女は、家に帰る途中なんとも不細工な猫を拾う。 助けを求めてくる猫を見捨てられず、家に連れて帰ることに。まるで言葉がわかるかのように賢い猫の相手をしていると、なんと猫の中身はあの王太子だと判明する。猫と王子の入れ替わりにびっくりする主人公。 バカは傀儡にされるくらいでちょうどいいが、可愛い猫が周囲に無理難題を言われるなんてあんまりだという理由で救出作戦を実行することになるが……。 もふもふを愛するヒロインと、かまってもらえないせいでいじけ気味の面倒くさいヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより pp7さまの作品をお借りしております。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

処理中です...